猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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ロサンゼルスで偶然テレビに映った話
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    むかし私が大学生で大手塾に勤めていたころ、理科の中谷先生という大学生人気講師がいた。

    広大の学生で、陽気で明るくフレンドリーで生徒に人気があり、授業中は小4の授業で「光合成ダンス」といって、ズボンに黒板消しを挟んで踊っていた。いつも怖い顔で怒っていて、生徒が近づいてこない私とは好対照だった。

    中谷先生は海外旅行が好きで、ロシアとかアフリカとか鈴木宗男が好みそうな場所ばかりに行って、生徒に土産話をして喜ばせていた。中谷先生は卒業後、誰とでも壁を作らない性格を買われて、NHKのカメラマンになった。

     

    十数年後、私が個人塾を開いて、4月に休暇を取ってロサンゼルスへ行った。私は街歩きが好きで、海外の都市を歩き回るのが趣味だが、ロサンゼルスは街が広く、地下鉄路線も充実してない、流しのタクシーもほとんど走っていない、街歩きには極めて不便な街だ。ロスは車がないと生活できない。1日で街歩きをギブアップし、滞在2日目以降はツアーに頼ることにした。

     

    昼はユニバーサルスタジオへ行った。日本語ガイドさんつきのオープンバスに乗った。途中バックトゥザフューチャーのデロリアンが無造作に放置されていたり、池沿いを走ったら突然水しぶきをあげてジョーズが出てきたり楽しかった。

    ターミネーターの3Dでは、飛び出してくる画像を堪能した。途中悪戯心を起こして、3Dメガネを外し横のアメリカ人を見ると、画像から絵が飛び出すごとに”Wao!”と言ってのけぞる姿が面白かった。

     

    そして夜はドジャースタジアムで野球観戦をした。メジャーリーグを見るのは初めてである。この日は偶然、ヤクルトからドジャーズに移籍した石井一久投手の初登板日だった。記念する日に立ち会えてワクワクした。

    ところが、球場へ向かうバスの中で問題が起きた。バスガイドさんが「今日は、石井一久選手の初登板日です。そこで、バスを降りたらNHKがテレビの取材に来ています。もし声をかけられたら、インタビューに応じていただけないでしょうか」と言ったのだ。

    私はテレビに出るなんて絶対に嫌だった。私は容姿コンプレックスがある。これまで3冊本を書いているが、どの編集者の方も私に「本に先生の顔写真を出しましょうか?」と声さえかけてくれない。表紙どころか扉の部分にも私の写真はない。イケメン先生、たとえば船越先生あたりだったら表紙アップだろうに。『受かるのはどっち?』に至ってはイラスト勝負の本なのに、私のイラストすらない。写真どころかイラストにもなれない。要するに私は主観的にも客観的にも容姿的にバツなのだ。

     

    だから何とかしてテレビを避けようと、バスからは最後にこっそり降りた。誰か他のツアー客がインタビューを受けているどさくさに紛れて『黒子のバスケ』のように存在を消して隠れよう。

    ところが、バスを降りた瞬間、「笠見さんじゃあないですか。笠見さんですよね!」という陽気な声が聞こえた。見るとテレビカメラを抱えた中谷さんだった。

    「どうしたんですか、こんなところで」「中谷さんこそどうして?」

    中谷さんはNHKのカメラマンとして、メジャーリーグ中継を任されていたのだ。十数年ぶり、ロサンゼルスでの再会に驚いた。

    「笠見さん、インタビュー受けて下さいよ。みなさん嫌がってるんですよ。お願いしますよ」

    中谷さんの願いを拒絶するわけにはいかない。「いいですよ」

     

    誠実そうなインタビューアーの方が、笑顔で私にマイクを向けた。

    「石井選手にどんなピッチングを期待しますか?」

    「三振をバッタバッタ取ってほしいですね」

    ことらも笑顔で、無難に答えておいた。

     

    試合が始まってピーナッツを食べながら観戦していると、中谷さんが私を探しだして隣に座った。会話に花が咲いた。同僚の先生や教え子が10年たっていま何をしているか、情報を交換し合った。

    中谷さんはメジャーリーガーにカメラを向ける仕事だ。選手の内幕をいろいろ話してくれた。

    「いやあ、イチローは話してくれないんですよ。参っています」

    「カープの大野さんはいい人ですよ」

    「ジャイアンツOBのZさんはストリップが好きで困ります。アハハ」

    私は中谷さんからいろいろ面白い話を聞き出した。

     

    試合で石井一久投手は、6回2安打無失点、10三振の好投でメジャー初登板初勝利を挙げた。

    私がインタビューを受けた映像は、残念なことにしっかりオンエアされていた。ボツになるという期待はむなしかった。

    帰国後、中2のシュウヘイ君が「先生、テレビ出てましたね」と私の映像を偶然見ていたのだ。7時のニュースだったという。まあ10三振取った石井一久に対して、試合前に三振バッタバッタ取ってほしいですねと、おあつらえ向きのコメントしたのだから、使われてしまったのは仕方ないけど。

     

    でも私はカープファンなのに、わざわざロスまで石井一久の初登板を見に行った、ミーハースワローズファンだと視聴者の100%は誤解するだろう。それがつらい。


     

    | 旅行食べ物 | 18:39 | - | - | ↑PAGE TOP
    おでんは子供に人気がない
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      小学生の授業、家でお母さんが作る料理のうち、一番好きなメニューは何かという話になった。
      人気がある献立は、カレー・ラーメン・ハンバーグ・八宝菜・まぐろ丼・牛丼・オムライスなどが並んだ。

      嫌いなものの筆頭は、レバー・ゴーヤチャンプルー・野菜サラダ・酢の物などのがあがった。また子供が口を揃えて嫌いだと言ったのは「ぬた」である。たしかに小学生の好物が「ぬた」「おから」「ひじき」とか老人くさい食べ物だったら少々おかしい。

      意外だったのは「みそ汁」の不人気。何人かの子が「みそ汁はまずい」と言っていた。みそ汁は米と同じで、うまいまずい以前の問題だと思っていたのだが、どうやら今の小学生の味覚は違うらしい。


      それから、おでんの評判が異常に悪い。味的には問題がないようなのだが、どうやらおでんは毎日続いてしまう傾向にあるのが嫌われる原因らしい。

      おでんは手抜き料理になりがちである。水に昆布を引いて鰹でダシを取るならともかく、最近では粉末状の「おでんの素」があるので、だしは簡単に作れる。そこへスーパーで買ってきたかまぼこ、ちくわ、つみれ、バクダン、さつま揚げ、ごぼう天などの練り物や、大根、こんにゃく、巾着、昆布巻きなんかをド〜ンとぶち込めばできあがり。入れる順番なんて関係ない。

      まさかイワシのつみれを魚をさばくところから丁寧に作る人は少ないだろうし、ましてや自家製のさつま揚げを作っている家庭は、鹿児島県ならともかく一般家庭では考えられない。おでんにかかる手間といったら、玉子を茹でて皮をむくことぐらいである。

      冬の寒い日なんかにおでんが食卓に上がると、身も心も暖まるものだが、問題はそのあとだ。おでんの鍋の中にある具を1日で食べきってしまう家庭はあまりない。

      大抵は残るはず。その証拠におでんの残り汁にうどんを入れましょうとか雑炊を作りましょうといった話は聞いたことがない。
      また冷蔵庫の中にはまだちくわやさつま揚げなどが残っている。汁は残るわ、タネは残るわで、全部胃の中に入れなければもったいない。というわけで次の日もおでん、また次の日もおでんになってしまう。

      カレーなら2〜3日経つと味が馴染んで旨くなるが、おでんは味が濃くなり汁が汚くなるばかりで、残り物感はぬぐえない。味がしみて旨くなるのは玉子ぐらいのものだ。

      しかもおでんの具は日が経つにつれだんだん貧相になってゆく。ちくわが無くなる、大根はとろける、昆布の切れ端が浮かぶ、ごぼう天は煮過ぎてバラバラになりダシが薄汚くなる、そんなこんなで末期には鍋の中にこんにゃくばかりがブカブカと浮かんでいるのだ。

      そんな具の少なくなったおでんに新たに大根や玉子を加えると悲惨なことになる。薄汚く灰色になったおでんのダシに、味の全くしみていない透明な大根や、真っ白でつるんとしたゆで玉子が加わる。大根や玉子がダシに馴染むまではさらに長時間かかり、そんなことをしていたらおでんは2〜3日どころか、永久に食卓に上ってしまう。

      子供は毎日おでんでいい加減飽きる。塾から腹をすかせて帰ったら食卓にはまたおでん。いつでもおでん。育ち盛りの子に毎日のおでんはこたえる。そんな子供に気を使って、お母さんの昼ごはんは、いつも残り物のおでんである。
      またおでんは基本的に大人の食べ物であって、日本酒のあてに最高だろうが、ご飯のおかずには合わない。そんなところも子供からおでんに対してブーイングが出る原因だろう。

       
      余談だが広島県のおでんは牛すじがうまい。すじなら良いおかずになる。ただ広島では「ちくわぶ」を入れる習慣がない。スーパーにもあまり売っていないし、コンビニのおでんのラインナップから外されている。ちくわぶはおでんの炭水化物担当で、腹を膨らませるには最高なのに不在はいたい。

       
      | 旅行食べ物 | 19:05 | - | - | ↑PAGE TOP
      デパートを生き返らせる方法
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        3週間のご無沙汰でした。猫ギターでございます。

         

        ところで、最近はデパートの景気が悪いらしい。阪急河原町店や有楽町西武が閉店し、地方のデパートも閉鎖が相次ぐ。

         

        正直言えば、デパートってマンネリでワクワク感がない。

        昭和初期、日本にデパートが登場した頃は、三越本店なんか行くと誰もが興奮したと思う。

        エレベーターで1階から高層階までワープできるし、最上階には食堂があってハイカラな料理が食べられる。

        また、エスカレーターは動く階段だ。モンゴルの首都ウランバートルでは15年ぐらい前にはじめてデパートができ、物珍しいエスカレーターに市民が殺到したという。

        デパートは都心のど真ん中にできたワンダーランドだった。

         

        ただ、地下に食料品、1階に化粧品、婦人服紳士服ときて、上階にはおもちゃ売り場、最上階にはレストラン街で、古いデパートなら屋上にペットショップや遊園地。そんなデパートのフロア構成は、もはや斬新なものではなくなった。

         

        今では、イオンモールの方が胸がときめく。アメリカのにおいがする。僕はイオンモールが大好きで、旅をすれば必ずイオンモールへ行く。何もない住宅地・田園地帯に忽然と現れる要塞のような建物。中は広く映画館まであり、夜遅くまで営業している。テナントのレストランがイマイチなのを除けば、本屋やCD屋やペットショップも充実して、イオンモールで充実した時間をおくれる。

         

        デパートに、大きな本屋やCD屋がないのはつらい。その点広島の福屋駅前店には、12階あたりに広いジュンク堂書店があり嬉しい。いまはどうか知らないが、東京池袋の西武百貨店にも高層階に大きな本屋があった。

         

        斬新なデパートといえば、新宿の伊勢丹メンズ館である。フロア構成がすごい。地下に靴、1階にアクセサリーや鞄や帽子、2階に若者向けのセレクトショップ、上から下までメンズ用の服が揃っている。そんなに洋服好きでもない僕でも、オシャレをしたい衝動に駆られる空間である。

        僕が東京へ行くときは必ず飛行機だが、朝一番の飛行機で羽田に着いて、新宿行きのリムジンバスに乗り、10時開店の伊勢丹メンズ館に直行する。

         

        もし僕がデパートの社員だったらどんな企画を立てるか。もう地下から最上階まで、食べ物で埋め尽くしたデパートにしたい。

        1階入り口から、マグロの解体ショーや、藁でカツオのたたきを焼くイベント。ガラスの中では中国人が30人ぐらいで小籠包を作っている。横ではトルコ人があの食欲をかき立てる匂いを放つケパブを焼いていて、釧路直産のキンキやホッケやシシャモが炙られ、石川五右衛門が煮られそうな巨大な釜で芋煮会が行われ、客は広大なフードコートで思い思いに食べている。

         

        2階はラーメン、3階はパスタ、4階は蕎麦の専門店が揃う。黒っぽい出雲そば・白っぽい信州そば、ワンフロアに蕎麦屋が10軒も入れば壮観だ。

         

        5階には鍋の専門店がある。体育館のように広い空間に、客が思い思いの鍋を食べている。フグやカニのような高級食材の鍋から、豚肉と白菜のシンプルなな鍋まで、あらゆる鍋が揃う。鍋の具なら何でも揃う。

        豆腐は京都から職人が来て、にがりで本格的に作り、豆のクリーミーな感触だけを残し、エグ味のない味に仕上がる。豆腐は寄せ鍋から韓国風のチゲまであらゆる用途に使われる。油揚げも揚げ立てで、豆乳も豆乳鍋として利用される。

        また、新鮮な鶏がミンチにされ鶏だんごが作られ、生簀の鯛がさばかれ柚子を効かせた団子になり、泥つきの大根が清涼な水で洗われ、巨大な豚バラの塊が盛大にスライサーで薄切りにされる。

        鍋の材料はワゴンでテーブルに運ばれる。店の大きなテレビ画面には、元力士が餅をつく姿、讃岐から呼び寄せた職人がうどんを打つ姿が映し出される。つき立ての餅、打ち立てのうどんが鍋に投入され、最高の締めになる。

         

        6階は、7階は、8階は・・・あれこれアイディアが浮かぶ。

        「美味しんぼ」の雁屋哲さんにでも監修してもらえたら、面白い「食べ物デパート」ができそうだ。

        | 旅行食べ物 | 22:56 | - | - | ↑PAGE TOP
        「坂の上の雲ミュージアム」と「伊丹十三記念館」
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          坂の上の雲ミュージアム



          10月下旬に松山に行って来た。

          「伊丹十三記念館」と「坂の上の雲ミュージアム」が目的だ。

           

          「坂の上の雲ミュージアム」は残念ながら期待はずれだった。行かなければ良かった。

          「坂の上の雲ミュージアム」の位置は松山城の麓、近くに愛媛県庁や三越や大街道という立派な商店街がある絶好の場所にある。

          ミュージアムの建物は立派だ。安藤忠雄設計の三角形の4階建てで、三角形の辺がスロープになっていて、スロープをたどれば1階から4階まで行ける構造になっている。「坂の上の雲」という題名からもじって、スロープにしたのだろう。

           

          しかし「坂の上の雲ミュージアム」は、スロープをいくら登りつめてもめぼしい展示物がない。坂を上がっても雲ひとつ見えない。

          展示物はパネルや映像が主で、高校の文化祭レベルである。これだけ立派な器なのだから、中身も度肝を抜くものがほしい。

          戦艦「三笠」で東郷平八郎が双眼鏡を持ち敵艦を視察したデッキとか、秋山真之が籠もって作戦を練った司令室とか、ロシアの戦艦を打ち砕いた大砲とか再現してほしかった。

          「坂の上の雲ミュージアム」の展示は文字・写真主体で、これならわざわざ足を運ばなくても本を読めばわかることだらけだ。

           

          「坂の上の雲」を読んでいない人が訪れても、子規や秋山兄弟のすごさを理解させることはできないだろう。「坂の上の雲ミュージアム」は、「坂の上の雲」ファンを新たに作り出す魅力もないし、「坂の上の雲」ファンも失望させる。まさに「ハコモノ行政」の典型のようなミュージアムだ。

           

          「坂の上の雲ミュージアム」を訪れて一番印象に残ったのは、松山出身の秋山兄弟や正岡子規ではなく、作者の司馬遼太郎の業績でもなく、安藤忠雄の建てたミュージアムの建物だった。これでは「坂の上の雲ミュージアム」ではなく「安藤忠雄ミュージアム」である。主役の展示物より脇役の建築物が目立つとは、最高権力者の首相のハトさんより、脇役のカメさんの方が存在感が大きい、どこかの国の内閣みたいである。

           

          逆に「伊丹十三記念館」は、こじんまりとした趣味のいい記念館だった。

          最近の若い人は伊丹十三を知らない人が多く、「伊丹」「十三」という名前から、阪急電車の回し者と勘違いされるかもしれないが、俳優で映画監督でエッセイストで美食家の、当代きってのインテリであった。もちろん伊丹十三は「いたみじゅうそう」ではなく「いたみじゅうぞう」と読む。

           

          僕は伊丹十三の大ファンで、新作映画公開のときには伊丹十三の舞台挨拶を欠かさず見に行ったくらいなのだが、「伊丹十三記念館」は伊丹十三に対する敬意に満ちた記念館だった。伊丹十三だったら自分の記念館をこう作るだろうなというイメージと違わない、博物館を設計し展示を決める責任者が、まるで天国の伊丹十三と交信しながら作ったような記念館だった。

          「伊丹十三記念館」は、伊丹十三への尊敬と愛情に満ちていた。館長が宮本信子なのだから当然なのだろうけど、とにかく非常に居心地が良かった。




          伊丹十三記念館
           








          ★開成塾
          尾道市向島・「志」のある若者が集う「凛」とした学び場









          | 旅行食べ物 | 16:40 | - | - | ↑PAGE TOP
          尾道の魚系ラーメン「有木屋」
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            僕が住んでいる町尾道は「尾道ラーメン」が有名である。

            尾道ラーメンという名称は、1990年、バブルがはじける頃までは存在しなかった。地元民には預かり知らぬところでつけられた、ここ十数年で強く定着した名称だ。

             

            「尾道ラーメン」の特徴は、濃口醤油を使った焦げ茶色した獣系のスープに、豚の脂のミンチが浮かんでいて、「朱華園」「つたふじ」「萬来軒」「東珍康(とんちんかん、と読む)」あたりが典型かと思われる。

             

            僕は尾道の原住民で、子供の頃ラーメンとは豚の脂のミンチが入った食べ物だという固定観念に囚われていたので、よその土地のラーメンに豚の脂が入っていないことに驚いた。豚の脂ミンチが入っていないラーメンはどこか物足りない。

            僕は豚の脂が大好きなので、家族でラーメン屋に行くと家族のメンバーが僕に脂ミンチを分けてくれ、僕のラーメンは白い脂ミンチだらけになった。

             

            ところで1年くらいまえ、尾道の旧市街の細い路地に「有木屋」という新しいラーメン屋が現れた。小さな店の外観は、木の感触が清潔かつストイックで、東京の新興ラーメン屋によくある一種の「殺気」が漂い、店の前には5〜6人の行列ができていた。

            それから数度近くを通りがかったのだが、いつも行列ができている。

             

            たまたま行列ができていない時に、店に入ってみた。7〜8人しか座れないカウンター席の小さな店だ。




            それから僕は「有木屋」に、2週間に1度は通うようになった。2週間に1度の頻度だと、常連と言ってもいいかもしれない。

             

            「有木屋」のラーメンは「尾道ラーメン」ではない。似ても似つかぬものだ。「有木屋」は尾道駅から10分もかからないくらいの距離にあるため、通りすがりの観光客がふらっと入りやすいロケーションである。観光客がスープの濃い獣系の脂ミンチギトギトの、典型的な尾道ラーメンを期待して入ると、完全にはぐらかされる。九州を旅した人がラーメン屋に入ったら、醤油ラーメンが出てきたような裏切られ方だ。

             

            「有木屋」のラーメンは、スープが透明で魚系のあっさりしたラーメンだ。「尾道ラーメン」とは対極にある。

            「有木屋」のスープは塩ラーメンのような色をしていて、いや、どう考えても塩ラーメンなのだろうが、塩ラーメンと定義するのは間違っているような気がするから、「塩ラーメンのような」と持って回った表現をしたのだが、スープが鯛の吸い物のような味がする。

            しかも鯛の吸い物の旨みを4番ぐらいに凝縮した強い味だ。塩気が強いのではない。旨みが強いのである。化学調味料の味はしない。化学調味料よりも上品で強い旨みがする。魚のアラでだしをとっているのは明白な味である。生臭さなど露ほども感じない。

             

            「有木屋」の店内は、ラーメン屋特有の豚骨や鶏ガラ、ネギやショウガなどの香味野菜を煮込んだ匂いがしない。和食のカウンター割烹の匂いがする。だしの食材に魚を使っている証拠だろう。カウンターの木の清潔感といい店内に漂う香りといい、黙っていたらラーメンではなく尾道近海で獲れた白身魚を刻んだお造りが出てきそうだ。

             

            麺はどうか。旨みが強いといっても魚の味は繊細だ。そんなスープに横浜の「家系」のような太い麺が合うわけがない。博多の長浜ラーメンのような粉っぽいストレート麺もミスマッチだ。「有木屋」の麺は、細めの黄色い縮れ麺である。おそらく自家製麺だろう。縮れ方が半端ではない。そこへ魚の出汁の旨みがまとわりつく。麺とスープの相性は際立っている。

             

            僕が好きなのは「うず潮そば」だ。ふつうのラーメンは炙りチャーシューだが、「うず潮そば」には鶏のつくねが3つのせられている。このつくねが秀逸で、軟骨も練りこまれて歯ごたえもいい。このつくねがゴロゴロ浮かんだ鶏鍋をしたら感動的な味になると思う。

            そして「有木屋」には「お茶漬けセット」というメニューがある。残ったスープをご飯にかけて食べる。これが鯛茶漬けのようにうまい。麺で楽しみご飯で楽しみ、2度スープの味が楽しめる。

             

            ここのご主人は30代半ばくらいの方で、丁寧な仕事ぶりで余計な事はしゃべらず、感じの良い方だ。僕の想像だがご主人は、和食の修行をしていて、知らぬ間にラーメンの世界にのめり込んでしまった方ではないのか。

             

            なお「有木屋」の暖簾には「海味そば」と書かれている。確かに目の前に瀬戸内海という天然の生簀がある尾道の街と、「有木屋」のラーメンの味はマッチしている。

            よく考えたら魚介類が豊富な尾道に、脂系の「尾道ラーメン」が生まれたことの方がおかしいのではないか。

             

            なお「有木屋」は11時半に開店して、3時ごろにはたいてい閉まる。魚のアラを使った繊細な出汁は大量生産できないのだろう。








            ★開成塾
            尾道市向島の「個性派個人塾・熱血系」








            | 旅行食べ物 | 23:53 | - | - | ↑PAGE TOP
            長崎・軍艦島へ行く
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              のんびり航海していて、こんな軍艦か島かわからない、異様な物体に突然遭遇したら驚くだろう。
              長崎港から1時間弱の位置に、軍艦島が浮かんでいる。

              軍艦島の正式名称は端島(はしま)であり、日本海軍の戦艦「土佐」に似ているところから、軍艦島の通称がつけられた。
              軍艦島は南北に約480メートル、東西に約160メートルで、南北の長さは16両編成「のぞみ」号より若干長い程度の小さな島である。

              良質な石炭が取れ、明治以降、三菱の資本で操業が開始され、日本の近代化の礎になった。石炭は八幡製鉄所に送られ、鉄鋼の原料になった。
              最盛期の1960年には5,267人の人口がおり、人口密度は83,600 人と世界一を誇り、東京23区の9倍以上に達していた。

              軍艦島には、香港のように山の傾斜に7階〜9階建てぐらいのアパートが50以上立ち並び、東京や大阪ですら住宅地には低層の木造建築が軒を連ねていた昭和初期から、モダンな高層アパートが立ち並ぶ近未来的景観を呈していた。

              軍艦島は世界でもまれな超過密空間であり、閉鎖的空間であった。

              エネルギーが石炭から石油への移行するにつれ衰退し、国のエネルギー政策の影響を受けて1974年に閉山した。
              端島は無人島となり、現在は廃墟になっている。軍艦島は廃墟マニア垂涎の場所であり、廃墟マニアでなくても核戦争後の世界のような強烈な写真を見たら、一度は訪れてみたいと好奇心を抱くだろう。



              さて、K君と長崎の軍艦島に行った。

              K君はどこか離島へ行きたいらしく、長崎周辺なら五島列島とか対馬とか魅力的な離島はあるが、K君は瀬戸内海の島の子であり、離島に行っても日常の延長の風景で、あまり感動はしないだろうと僕は予測した。

              また離島に行くには時間がかかる。タイトな時間内に五島列島や対馬を往復するのは難しい。しかも僕は船旅を退屈に感じるタイプで、豪華客船の旅ですら船内で360度の海に囲まれ、絶対に退屈だろうと思う。なんで高い金出して、長期間船内に閉じ込められねばならないのか理解に苦しむ。目的地に速く着く飛行機の方がいい。

              で、離島行きをあきらめてたところ、長崎のガイドブックを見ると、4月から軍艦島に上陸できると書いてある。軍艦島はコンクリートの崩壊が激しく危険なので立入禁止になっていたのだが、長崎市が1億5000万円かけて桟橋と観光客用の歩道を完成させ、1ヶ月前の2009年4月から上陸可能になったそうだ。
              博多から長崎行きの特急「かもめ」の車内から船会社に電話すると、午後1時半から、所要時間2時間半ほどの上陸ツアーがあり、まだ空席はあるという。

              日本のどこを探しても、軍艦島ほどインパクトが強い島は思いつかない。まさか長崎の街からわずか1時間弱の海上に、こんな異形の物体が浮かんでいようとは。
              K君にとって社会勉強になるし、なによりも僕自身が軍艦島に興味がある。四次元的な空間移動と時間移動ができそうな、サプライズを与えてくれるスポットだ。宮崎駿や押井守が訪れたら、軍艦島を舞台にアニメ作品1本撮ってしまうだろう。

              というわけで、ワクワクしながら軍艦島を訪れることにした。






              (つづく)

              | 旅行食べ物 | 17:35 | - | - | ↑PAGE TOP
              K君と長崎へ行く
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                阪大2年のK君はテニスサークルに所属しているが、彼は僕に真顔でこう自慢したことがある。
                「僕はサークルの中で、ルックスは中の上ぐらいなんですよ」

                なるほど、アンパンマンよりルックスが上のキャラクターは、しょくぱんまんしかいない。バイキンマンやカレーパンマンは明らかにブサイクな部類に入る。他のキャラクターに至っては化け物のようだ。なるほど。アンパンマンが中の上なのも理解できる。

                冗談はともかく、K君はテニスサークルの会長だ。彼のサークルは2年生が執行部である。ふつうのサークルなら、3年生や4年生が執行部に就くのに、ちょっと変わった人事体系である。
                3年生・4年生・大学院生と上級生が多い中、自分の意見を通すのは容易ではない。年功序列が幅を利かす日本社会で、年下が年上の「上司」になることは容易ではなく、安倍晋三元首相だって52歳の若さで首相の座に就き、長老との軋轢に苦しみ精神を病んだ。
                K君のサークルも、歴代の会長が人間関係に悩み、途中でサークルを辞めた例が数回あったようだ。

                しかも彼は調整型のリーダーではない。強力なリーダーシップを発揮するタイプである。サークルを強くしようと練習方法の改革に没頭している。K君は上級生だろうが同級生だろうが下級生だろうが私にだろうが、自分の意見を強く通す。下手をしたら上級生に潰され、窮地に陥りやすい。
                ただ、彼には天性の「かわいげ」がある。自分を強引に主張すればするほど年上に好かれる。典型的な「じじいキラー」である。

                おまけに、K君は先輩に可愛がられているだけでなく、サークルの後輩にも慕われている。
                先日はK君の誕生日だったのだが、新入部員の1年生の男の子たちが、「K先輩、誕生日おめでとうございます」とTシャツに寄せ書きをしプレゼントしたそうである。1年生はサークルに入ってまだ3ヶ月なのに、もうすでにK君は後輩の心をつかんでいる。

                ただ、K君には弱点がある。
                仕事面では「輝かしい未来の大物」の片鱗を見せるのに、ある一つの分野に限っては「普通の男の子」になるのが楽しい。勉強やテニスや仕事ではスーパーポジティブなのに、恋愛ではウルトラネガティブになってしまう。

                K君は勉強の面に関しては、僕のアドバイスに従ってくれ、しかも自分なりに咀嚼してオリジナルの勉強法を編み出し、サプライズを与えてくれるのに、恋愛に関しては僕のアドバイスを素直に受け取らない。弱気で話が煮えきらず、堂々巡りになってしまう。

                K君はムードを盛り上げるため、女の子と一緒にホタルを見に行くようなロマンチックな男だ。真正面からではなく、搦め手から本丸を狙う。
                僕はそんな弱気なK君に対して、「ホタルじゃなくてホテルに誘え!」と、メールで大人のアドバイスをしたのだが、軽くスルーされてしまった。勉強の時のように、きちんと僕のアドバイスに従えばいいのに。

                ところで長崎の夜は、思案橋にある生簀のある居酒屋に行った。竜宮城のような店だった。西海漁場で獲れたアジにイカにアカハタにウチワエビやトビウオを刺身にして食べた。残った骨や頭は味噌汁にした。

                酒を飲みながらいろいろ話をした。K君とはもう10年間の付き合いだ。しかも受験の荒波をともにくぐった。絆は強い。

                僕は、K君が親孝行なところが好きだ。酔うと必ずお母さんへの感謝の言葉を口にする。今回もK君は豪華で鮮度抜群の刺身に手をつける前に、自分だけ贅沢して悪いと思ったのか、笑顔でこうつぶやいた。


                「母さん、ごめんなさい」


                K君の言葉に僕は目が潤んだ。彼は人の心を動かす言葉を無邪気に放つ。

                塾の講師なんてものは、自分の周りに「いい子」が集まると、自然に自尊心は高まる。 自分が間違った道を歩んでいないからこそ「いい子」が集い、敬意を払ってもらえる。

                まわりに「善」なるものが集まり慕ってくれる状況から、講師の心に清々しい自尊心が芽生えるのは健全なことだ。


                K君と長崎へ行く
                http://usjuku.jugem.jp/?eid=898

                K君と長崎へ行く
                http://usjuku.jugem.jp/?eid=907

                | 旅行食べ物 | 17:43 | - | - | ↑PAGE TOP
                京都・宮内庁職員ってどんな人?
                0

                  私は京都に凝っていて、ちょくちょく足を運んでいた時期があった。

                  昼は寺社や庭園を巡ったり、古めかしい小路をそぞろ歩いたり、寺町の骨董品屋を冷やかしたり。

                  京都の夜は、祗園の割烹で飛び切りうまいものを食い、夜の街を徘徊する。
                  そして京都を離れる際には、ぐじの干物や、薄味だが昆布の旨みがたっぷりついた漬物や、山椒が香ばしいうなぎ茶漬けや、お菓子では出町ふたばの「豆餅」や松屋常盤の「味噌松風」などを土産にして家で楽しむ。
                  京都には何度訪れても、汲みつくせぬ魅力がある。懐の深い街だ。


                  さて、京都御所や桂離宮や修学院離宮など、宮内庁が管轄している皇室財産は素晴らしい。京都観光の白眉である。


                  ただ、御所も修学院離宮も桂離宮も、事前に葉書かネットで申し込むか、或いは前日までに御所にある宮内庁の事務所に直接手続きしないと入場できない。
                  御所も桂離宮も修学院離宮も、宮内庁職員の案内つきで、20〜30人ぐらいの人数で回る。


                  手続きがややこしいし、定員が少ないので、訪れる人は他の観光名所に比べて極端に少ない。もちろん、修学旅行生なんかいない。
                  集合時間はあらかじめ厳密に決められていて、また自由に見て回れないので不便といえば不便だが、なにしろ人数が少なく、混雑や喧騒とは全く無縁なので、御殿や庭を独り占めしたみたいで、素晴らしい体験ができる。


                  ところで、皇室財産へ興味の他に、私は別の意味で、「宮内庁職員」という存在にも興味を持った。いったい、宮内庁の職員というのは、どういう生き物なのだろう?
                  市役所で働く地方公務員の方とは日常的に接しているし、財務省や文部科学省の役人なら、ある程度どんな人かは想像がつく。


                  ところが「宮内庁職員」という存在は、ちょっと想像を超えている。
                  TVドラマや映画で、宮内庁職員が登場することはまずない。イメージがつかめない。


                  宮内庁職員とはいったいどんな人なのか? 雅な妖気を過剰に漂わせているのか、それとも謹厳実直で「陛下の赤子」を地でいく存在なのか。


                  さて、京都御所の案内をしてくれた宮内庁の人。
                  結論から言うと、アクの強い人だった。「京都人」だった。京都人といえば、私は上岡龍太郎や島田紳助を真っ先に思い出すのだが、私を案内してくれた宮内庁の方も、彼らの系譜に属する、毒舌系のタイプだった。


                  職員氏は、50前後の痩身で、黒い背広を着てノータイの、ちょっと身体から仁丹の匂いを漂わせたおじさんだった。
                  彼は異端の匂いを漂わせ、砂利道をズリズリいわせながらついて来る、われわれ観光客を引き連れながら、いろいろ説明してくれた。


                  「この桧皮葺、ぎょうさんお金かけて、作るのに三十年かかりますけど、ほら見てみ、カラスがつついて、穴だらけですわ」
                  「寝殿造ゆうても、天井は無いは、障子も襖も無いわで、天皇さんも寒うて眠れまへんわ」
                  軽い毒舌を放ちながら、軽快に案内してくれました。


                  ちょっと驚いたのは天皇の呼び方。この宮内庁氏は天皇を「天皇さん」と呼んでいた。
                  「天皇さん」と気軽に呼ぶのは京都人の天皇に対する親密さからなのか?
                  それともこの人は京都にやたら多い共産党支持者なのか?
                  共産党員の宮内庁職員なんて想像できないし・・・


                  とにかく京都御所は幕末に再建されたとはいえ平安の壮大で典雅な寝殿造の趣を残し、桂離宮も修学院離宮も日本庭園のルーツである。
                  素晴らしい遺産を、静寂の中、宮内庁職員の方の案内つきで散策すると、ちょっとだけ昔の宮様の気分になれて有意義である。デートコースには最高だ。

                  | 旅行食べ物 | 10:02 | - | - | ↑PAGE TOP
                  イタリアのパスタ
                  0



                    イタリアのパスタは、もともと料理のあとの「残り汁」の始末が起源のような気がする。

                    たとえばイカを墨で煮る。イカを食べたあとに、真っ黒なコクのある汁が残る。しかしそのまま飲むには塩辛いし味が濃い。捨てるのはもったいない。だからスパゲッティに絡めた。絡めたら美味かったので、パスタはイタリアで欠かせない料理の1つになった。そんなところではないか。


                    上の写真は、ベニスのイカ墨パスタ。細麺。
                    イカ墨だけでなく、イカのワタも少々入っているような、コクのある味。

                    レモンの鮮烈さが、イカのクサ味を綺麗さっぱり消している。というか、イカが新鮮だから旨みしか残らない。イカの煮付け好きの日本人にはたまらないパスタ。




                    夜のベニスをフラフラ歩いていたら、"DONA ONESTA"という、混んでいて美味そうなトラットリアを見つけた。

                    この店で注文した、スカンピのトマトソースのグリル。スカンピとは手長えび、別名アカザエビのことで、身が柔らかくてうまい。

                    写真うつりが悪くて申し訳ないが、絶品はこのトマトソース。
                    イタリア料理店の前を通りがかったら、オリーブオイルでニンニクを炒めた、いい匂いが漂ってくる。あの匂いが、そのまま凝縮した味のソース。火の通ったニンニクの香ばしさが、口の中に強烈に広がる。ニンニクの香ばしさの後に、魚介類特有の旨みが舌にパンチを食らわす。

                    少しだけ唐辛子の味がする。意識しなければわからないが、この微妙な辛味が胃を活性化させる。
                    皿の上のソースを原始分子レベルまで舐め尽くしてしまいたい味。パスタを絡めて食べたかった。


                    これもベニスの街角の店で食べた、ボンゴレビアンコ。
                    麺は細め。スパゲッテー二より細く、フェデリーニか。茹で時間は6分ぐらいか。

                    私も時々、瀬戸内海のアサリを使って自分でボンゴレを作ることがあるが、上手くいかない。アサリの汁がパスタに吸収されず、スパゲッティーを食べたあと、どうしても皿の底にスープが大量に残ってしまう。

                    皿に残ったスープは、白ワインとアサリの旨みが凝縮されたものだから非常においしいのだが、肝心のパスタがアサリの旨み汁を吸っていないので、少し粉っぽい、無味乾燥な味にしか仕上がらない。汁をパスタに吸収させなければ麺はうまくない。スープを残したら失格である。

                    このベニスの店のパスタは、底に汁が残ってない。アサリの旨い汁がすべてスパゲッティーに吸収されている。だから歯でパスタを噛み切ると、アサリの旨みがプチュッと麺から飛び出してきそうな感触にとらわれる。麺が細いのがいいのかもしれない。ボンゴレに太い麺は合わない。

                    それからパスタはオリーブオイルでコーティングされ、少しオイリーな食感。軽やかに麺にまとわりつくオリーブオイルが、パスタにツルンとした気味の良い滑らかさを与える。
                    塩加減も絶妙。海の旨みを凝縮したアサリを、最も生かす繊細な塩味。ギリギリの塩味。シンプルだけど、完璧なパスタ。


                    フィレンツェのトラットリア「アルマンド」で食べた、カレッティエラという、トマト味のペペロンチーノ。ニンニクとトマトの味が凝縮された、目の覚めるような一品。こんなパスタを日常的に食いたい。

                    パルメザンチーズが新鮮。ほろりと口の中で溶け、日本の粉チーズのように乾燥していない。牛乳の味もしっかりする。
                    「アルマンド」にはパバロッティ、ドミンゴ、メータ、シノーポリなど、有名音楽家のサインがズラリ。


                    またこれは同じくフィレンツェ「ベルコーレ」で食べた、イノシシ肉のラグーのパッパルデッレ、幅の一番広いパスタである。
                    ワインの味が凝縮したミートソースに、豚肉をワイルドにしたイノシシ肉のミンチが絡み、粉の噛み応えがあるパッパルデッレが受け止める。

                    ガツンとくるわかりやすい味。高校生ぐらいの食べ盛りの男の子が泣いて喜ぶ味だろう。食わしてやりたい。


                    これも「ベルコーレ」の、海鮮ラビオリ。イカやタコがふんだんに入り、日本人のために作られたような味。
                    塩と油の効かせ方が大胆。あともう少しで塩辛く、油濃くなるギリギリの線を見計らっている。料理人は化学者の才能を持つのか。理系の精密さを感じた。


                    ミラノで食べたジェノベーゼのフェットチーネ、きしめん状の幅広麺で、腰があり好みの味。バジリコの香りは中毒性を持つ。

                     


                    さて、イタリアのパスタは「アルデンテ」に茹でなければならぬとよく言われる。「アルデンテ」とは、茹で上げたパスタの真ん中に、ちょっとだけ芯が残る状態のことを言う。アルデンテに茹でると、麺が適度な歯ごたえでもっともおいしく感じられるという。

                    しかし日本の「アルデンテ」は、麺がかなり固いような気がする。日本の本格的なイタリア料理店ほど、「シコシコ」ではなく「ゴリゴリ」した麺が多かった時代があった。
                    私もイタリアに行く前は、博多ラーメンの「バリカタ」「ハリガネ」のように、「アルデンテ」=「ゴリゴリの固麺」だと思い込んでいた。

                    しかし、イタリアのパスタの麺の固さは素晴らしかった。
                    どこで食べても固からず柔らかすぎず、ちょうどいい麺の固さだった。一度も麺が固いとか柔らかいとか意識することはなく、スルスル胃に麺が収まった。

                    よく考えてみれば、日本ではどこの店で食べても、米の硬さは一定である。芯が残っていたり粥みたいになった炊き方を誤った米は、どんないい加減な食堂でも出さない。日常の主食に調理の失敗は許されない。

                    イタリアのどんな安食堂でも、パスタの茹で方は完璧だった。アルデンテとは、毎日食べても飽きの来ない、ちょうどいい固さの麺という意味だったのである。

                    パスタとは、肉や魚介類の煮込み料理の、塩がきいて味が濃い残り汁に、ほどよい茹で方のパスタを絡める料理なのだ。


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                    | 旅行食べ物 | 15:57 | - | - | ↑PAGE TOP
                    K君と長崎へ行く
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                      K君と長崎に行った話の続き。

                      K君は九州を4泊5日で行く予定だ。私は旅程を組むのを手伝った。私は自称「歩くJTB」なので、旅のコースを立てるのが好きである。

                      ところがK君は「歩くJTB」泣かせの男で、たった5日間のうちに長崎も阿蘇も黒川温泉も別府の地獄めぐりも九重夢大吊橋もヤフードームも門司港も鹿児島や高千穂峡にも行きたいらしく、挙句の果てには屋久島にも興味があるという。自家用ジェットとタクシーを使いまくれば可能かもしれないが、これだけ回ると最低10日はかかる。

                      屋久島なんて、九州旅行のついでではなく、屋久島それ自体を目標にしなければ行けない島である。島内は世界遺産で自然保護の観点から交通機関が著しく不便だ。屋久島だけで2泊は欲しい。

                      しかも前述したとおりK君は荷物が多い。これで阿蘇山や別府の地獄めぐりに行けるのだろうか。地獄のように重たい荷物をかかえている。これで別府の地獄めぐりをしたら文字通り地獄めぐりになる。

                      下らない冗談はともかく、新幹線とJR特急「かもめ」を乗り継いで長崎に着いた。長崎に11時頃着くと、中華街の「江山楼」でちゃんぽんと皿うどんを食べたあと、グラバー園に行った。

                      グラバー園に上がるには「グラバースカイロード」という斜めのエレベーターがある。長崎は山に囲まれ坂が多い。足腰の弱いお年寄りはたいへんだろう。長崎は老人殺しの街で、1本エレベーターがあれば生活が便利になる。

                      ただこのエレベーター、修学旅行生は乗ってはいけないらしい。修学旅行生は人数が多いので、生活の足を乱すという観点から、学校の自主規制でエレベーターに乗れないことになっている。私たちはもはや修学旅行生ではないので、大人の特権でエレベーターで楽に山の上に登れる。やれやれ。
                       


                      左手がエレベーター、右手が階段で、私はK君に「じゃあ、階段で行こう」と冗談で言ってみた。
                      ところがK君に冗談は通じず「そうしましょう! 歩いた方が面白いですよ」と、勢いで歩いて登ることになってしまった。

                      でも、なんだか歩いて登るほうが面白そうだ。



                      K君はテニスサークルの会長で、1日何時間もテニスコートを走り回っている男だが、対照的に私は名うての運動嫌いで、スポーツのために自分の身体を1ミクロンたりとも動かしたくない人間である。体力差はいかんともしがたい。

                      しかし私は車を持っていないので、同世代の大人より遙かに日常的に歩いているので、長距離を長時間歩くことは平気である。江戸時代以前の交通機関が発達していなかった時代でも生きてゆける自信がある。

                      あとで調べると、このへんの坂は「地獄坂」と呼ばれているらしい。やっと上までたどり着くと、三菱造船所が真下に見えた。



                      時節柄、修学旅行生が少ない閑散としたグラバー園と大浦天主堂を見たあと、昼の1時半からは、ちょっと変わったスポットへ行くことになった。
                      (つづく)
                      | 旅行食べ物 | 20:06 | - | - | ↑PAGE TOP