猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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中1から入塾する利点とは
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    ■中1は素直で「洗脳」しやすい

     

    1月から3月にかけての学習塾チラシでは、中1からの入塾を熱心にすすめている。だが、中学校の入学準備で忙しいのに、塾は後回しという家庭は多い。

    だが、塾側の立場から言えば、中1から入塾すれば、塾も保護者も生徒も、三者がWin-Winの関係になると断言できる。

     

    学習塾が中1からの入塾にこだわるのは、もちろん経営面もある。多くの塾は中1・中2・中3と、受験が差し迫るほど人数が多くなる。中1から定員が埋まり、3年間在籍してくれれば経営が楽になるのは確かだ。

    都会の大手塾の中には、中学受験経験者の中1の授業料を無料にする塾もある。これは中学受験をした優秀な中学生を囲い込むためだ。

     

    だが、良心的な塾が中1入塾にこだわるのは、決して金銭の問題ではない。

    正直言って、中1から教える方が、中2・中3から通い始める子より、はるかに教えやすいからだ。悪い言葉かもしれないが、中1からの方が勉強の世界に「洗脳」しやすい。

    塾に通い始めた子に、まず教えなければならないのは勉強法だ。だが中2・中3は我流の勉強法に走っている子が多く、一部の優秀な子以外は、その我流の勉強法は悪習慣以外の何物でもない。

    単語を書いて暗記しない、計算は雑で字が小さい、学校の提出物は解答を写す。こういう悪しき勉強法に染まっていると、矯正するのに苦労する。

    たとえば、塾の講師は和食の料理人とするなら、料理人は味がしみこみやすい新鮮な素材を好む。中1は朝堀りの柔らかいたけのこ、中2・中3は固くなった青竹。個人差はあるが、中2・中3に出汁をしみこませるのは骨が折れる。特に14歳の中2は反抗期か無気力で難しい年頃なのだ。中2・中3からの勉強開始は双方にとって一種の葛藤なのである。

    その葛藤が嫌だから、塾側としては中1の最初から入塾してほしいのが本音なのだ。

     

    途中入塾の生徒で一番苦労するのは、授業を聴く姿勢だ。勉強が苦手な子は総じて講師の話を聞けない。これまで学校で授業を聞いていなかったから、勉強が苦手なのである。

    ベテランの塾講師になれば、授業態度を見ればその子の成績を80%くらいの確率で当てられる。

    定期試験の点数で、英数国理社の5教科500点満点のうち、中2で350点、中3で400点を超えてないと、広島県の公立進学校合格は難しい、またこれ以下の点数を取る子は、決まって授業を聴く習慣ができていない。

    授業はオーケストラのようなもので、講師は指揮者だ。水準以下の点数しか取れない子は、異音を発する。よそ見をするとか授業中に話すとか、そういうわかりやすい兆候だけではない。ただ真面目ぶって黙っていても、聞いてない子は見抜けるものなのだ。

    また、教室で何か物音がしたとき、集中力が真っ先に切れるのは勉強が苦手な子である。成績上位者は物音がしようが爆音が鳴ろうが見向きもしない。

    通塾開始が早ければ早いほど聞く姿勢が身につく。繰り返すが中1からの入塾は、保護者と子供と塾講師の三者が、Win-Winの関係になれる。

     

    ■中1の内申点が最後まで響く現実

     

    中1からの入塾が好ましい理由は、高校の内申点にもある。

    広島県では公立高校の合否判断の比率は、中3・3月の学力試験と、内申点の比率がほぼ半々である。

    内申点は定期試験と授業態度や提出物の総合的判断で決まる。授業態度や提出物の比率は想像以上に大きい。

    恐ろしいのは、中1・中2・中3の点数が、同じ比率で判断されることだ。中1より中3の成績が重いわけではない。だから、中1で勉強つまずけば後々まで響き、中3でやる気になって塾に通い始め挽回しても追いつかない。

    中3で部活終了後に、一念発起して勉強に対してやる気になった子が、中1のひどい内申点で不合格になり涙した悲劇がどれだけあっただろうか。内申点が悪いと、本番の試験に重さ20圓留瑤鮨搬里亡き付けて出場するようなものだ。

    病気にたとえれば、中3で酷い内申点の子が来ると、ステージ4のガン患者を診察する医者のような気分になる、どうしてもっと早く来てくれなかったのかと。

     

    あと、内申点はなかなか上がらない。上がらない理由に「イメージ」の問題がある。

    中1の初期に「この子は不真面目」と判断されてしまうと、3年間悪いイメージが付きまとう。

    特に実技教科は、テストの点数以上に、性格的印象で判断される。しかも広島県の場合、音楽・技術家庭・保健体育・美術は内申点が2倍になり、英数国理社の主要教科より影響が大きい。そして、中1の最初の段階で悪い印象を持たれると、内申点は上がらないのが現実だ。悪いイメージがこびりつくのだ。

    逆に印象が良い子は、内申点で優遇される。たとえば中1に正田美智子さんと吉永小百合さん(いずれも仮名)という、品格が高そうな真面目な女子がいる。ノートも丁寧で発言も思慮深く、気品があり、申し分のない生活態度である。美智子さんと小百合さんなら、どの教科の先生も内申は最高点をつけるだろう。彼女たちが万が一テストの点数で時に悪い点を取っても、最高点5点の座は不動のままだ。

     

    同じく中1の、生活態度の良くない千鳥の大悟くん(仮名)という男の子がいる。遅刻の常習犯で、提出物は出さない。授業中に大声出して、授業を荒らし先生やクラスメイトを笑わせ荒らす。面白い子なのだが先生の評判は悪く、内申点は最悪である。

    中2中3になるにつれ、大悟くんの人の良さが伝わり、遅刻や授業荒らしが収まったとしても、最初のイメージが強烈で内申点はなかなか上がらない。当然、相対評価において、くせがすごい大悟くんは、イメージ最高の正田さんと吉永さんの牙城を崩せない。

    大悟くんのキャラは内申点向きではない。第一印象が悪すぎる。そして真面目になっても、第一印象を引きずるのが、中学校の内申点の世界である。

     

    とにかく中学入学後の初対面から、遅くとも中1の1学期の中間試験で、真面目アピールをしておかないと3年間響くのである。「人は見た目が9割」というが、「内申点は中1の1学期が9割」なのである。

    だから中1の4月の段階で、試験勉強の方法、学校の先生に対する振る舞い方、礼儀作法を塾で教え込んでおかねばならない。小学校受験で面接官に対する振る舞いを教える、就学前の子供が通う「お受験塾」と似たようなことを、中1の初期段階でしておく必要がある。大悟くんのように野生のまま、中学デビューするのは危険極まりない。

     

    ■隠れた才能は中1からの入塾で花開く

     

    そして、地方には勉強の才能があるのに、なぜか中学受験はしなかった、天然の才能が眠っている。

    都会だと難関中学を受験する才能がある子が、手つかずのまま天然で中1から入塾してくるのである。

    性格は素直で講師の話を聞く力があり、記憶力理解力も抜群。中学受験で汚れてない分、無垢で教えやすい。都会では金鉱は掘りつくされているが、地方では金塊が岩肌に露出している。

    こういう子をお預かりした時「私はこの子を育てることができるのか!」と有頂天になる。この素直な物体をどう鍛えようか、頭の中がアイディアでいっぱいになる。

    そして、もしこういう才能がある子が、中学でも塾に通わず、勉強の才能が眠ったままだったらどれだけ惜しいかもったいないか、心胆が震え上がる。

     

    また、中学受験失敗した子も、中1から塾に通い捲土重来してほしい。不合格になっても、中学受験で学んだ教養は役に立つ。

    たとえば、中学受験していなかった子が中学で数学の速さや割合でつまずくところ、彼らは簡単に解いてしまう。中学受験経験が肥料になって、学力を豊かにする。

    中学受験に合格した子は、大学受験まで6年間受験がない。遊んで成績が奈落の底に落ちる子もいる。

    逆に不合格だった子は、不合格だったことで「大人」になる。中学受験不合格は精神年齢を上げる。「失敗は成功のもと」という、ありきたりだが深い英知を秘めた教訓を、中学受験に失敗した子は傷とともに得る。

    中学3年間、臥薪嘗胆の気概を心に秘め、リベンジに燃え勉強頑張れば、中学受験で自分を不合格にした難関高校に合格することもできる。中学受験で成功した子を学力性格両面で追い抜く可能性が高い。

     

    さらに、小学校まで勉強が苦手だった子にこそぜひ、中学1年生から入塾してほしい。

    小学生時代は、勉強面が地味でパッとしなくても、性格が素直で根性を秘めてる子が、3年後には難関高校に合格し、ヒーローヒロインになることができるし、そんなサクセスストーリーを演出するのが塾だ。

    地味で真面目な子は、学校では脇役かもしれないが、塾では主役である。真面目で素直というのは、分別ある大人の目から見れば、ものすごく目立つ。神々しいくらいに。だから真面目な子は塾の先生から強く肯定され、誉め言葉のシャワーを浴び、黙っていても塾で自己顕示欲を満たせる。

    最初は成績がイマイチ伸びなくても、最初の3か月は正直我慢が必要だが、厳しい時をこらえて3年間修業を積めば、結果は出る。

     

    うちの塾に、小6のはじめに入塾したヨシタカ君は、最初勉強が苦手で、お母さんが「この子勉強ができないんです」と匙を投げた感じで話していらっしゃった。

    様子を見ると、入塾してから1か月のあいだ、百ます計算をストップウォッチで時間を計っても、なんと途中で眠ってしまう。緊迫感が演出される百ます計算で眠るとは、かなりの強者である

    だが性格がおとなしく素直で、最初は厳しく叱ったが、懲りずに塾に休まず来るうち、見違えるようになった。ヨシタカ君はギブアップしなかった。

    中1後半の今では定期試験5教科400点を超え、英語では95点以上とコンスタントに高い点数を取っている。

     

    英語という科目は地味で真面目な子が伸びる科目である。小学校時代成績がパッとしなくても、中学生になると真面目な子には最重要科目の英語が味方につく。英語は努力を裏切らない科目だ。中学での勉強革命は英語がおこす。

    塾に通わず英語を系統立てて習わなければ、勉強が苦手なままで人生をすごす危険性があったのだ。英語は子供を「変身」させる。

     

    中1・1学期からの入塾は、子供の人生を劇的に変える。

     

     

     

    | 高校受験 | 20:41 | - | - | ↑PAGE TOP
    中学校定期試験過去問をやらせる塾は八百長
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      相撲の世界は、いまだに八百長があるという噂がある。

      貴乃花親方の日馬富士暴行事件での度を越えた協会への反抗は、八百長を弟子の貴ノ岩に強要したモンゴル人力士たちへの怒りがあるという。

      私にはその真偽はわからないが、もし八百長があるとするなら、ガチンコ力士が八百長力士に対して強い憤りを持っている感情は十分理解できる。自分は本気でやってるのに、ズルして勝ち星をカネで買う行為は許しがたいし、また集団で隠蔽された時の胸の苛立ちはいかばかりか。

       

      中学生を教える塾にも「八百長」をやっている塾がある。中学校の定期試験の過去問を集め、生徒にやらせている塾である。

      学校の先生の中には、定期試験を使い回ししている人が案外多い。過去問をやらせる塾はそこを狙う。特に国語のテストは先生ごとにクセがあるため、当たった時は大きなアドバンテージになる。

       

      塾の中には各中学校の先生の転勤先まで調べ、前任校のテストまで収集するCIAみたいな行為までやっている。

      また「80点成績保障! 達成できなければ授業料返金します」という広告を見かけるが、こういう塾は何が何でも基準点をクリアしないと収入減になるため、手当たり次第過去問を集め生徒にやらせる。もし効果があれば見せかけの達成感に保護者も生徒も騙される。

       

      中学校の定期試験の点数は内申点に直結する。こういう不正が内申点という公的文書に反映されていいものだろうか。真面目にガチンコで定期試験を受けた子と差がつくのは不公平ではあるまいか。

      塾が中学校定期試験の過去問やらせば、塾に通わない子はどうなるのか。過去問やらせる塾の生徒の中には「俺、塾で配られた3年分の過去問持ってるぜ。欲しいだろ〜」と見せびらかす悪質な子が出てくるかもしれない。過去問対策は悪差別を助長し、ただでさえ「カネ払って勉強教えるところ」と揶揄される塾業界への世間の目は冷たくなる。

      塾には「情報収集力」があるというが、中学校の過去問を収集する行為に情報収集力というカッコいい言葉は使えない。単なる不正行為である。

       

      中学生が真面目に試験に挑んでいるのに、一方では定期試験過去問丸暗記という塾主導のカンニング的行為がなされるのは絶対におかしい。

      貴乃花親方は現役時代からガチンコで八百長に一切手を染めなかったというが、他の八百長力士に対して激怒しただろう。あのかたくな仏頂面が示している。ガチンコで定期試験頑張る中学生も、過去問に手を染めない塾の先生も、貴乃花と同じ怒りを抱いている。

       

      中学校定期試験の過去問をやらせる行為はドーピングである。生徒の「真の学力」を破壊する。

      中学の定期試験過去問に頼った勉強法では、高校では通用しない。定期試験過去問で内申点を嵩上げして高校に合格できたとしても、十中八九落ちこぼれる。モヤシが成長しないのと同じ。

      だが困ったことに、親や本人は高校で成績が下がった責任を高校や高校の塾の先生に押し付ける。「中学の塾の先生は面倒見が良かった」と。成績落下の悪の張本人は中学の塾の先生なのに。過去問で積み上げた「フェイク学力:」は剥げる運命にある。

       

      中学校で過去問をやらせる塾に通った子の、高校でのカルチャーショックは極めて大きい。

      まず定期試験丸暗記させるような塾は高校であまり存在しないから、中学の時ほど定期試験の点数が取れない。「何かおかしいぞ」と疑問に思う。

      絶望的なのは模試だ。模擬試験はテスト中に考えねばならない。模試は暗記したことがそのまま出題されるわけではない。頭を使う。考えることなく、ただ記憶したことを神に写す中学校の定期試験とはまるっきり違う。

      模試ができなければ当然入試問題もできない。中学校過去問に頼る塾は、生徒から思考力の足腰を根こそぎ奪っているのだ。

       

      中学校定期試験過去問を丸暗記することは、ドラえもんのアンキパンと同じ、一瞬にして外に出てしまう。蓄積しないし応用はきかない。生徒の将来を見据える指導者なら、中学校定期試験過去問は強く拒絶する。目先の点で生徒の将来を奪いたくないから。

       

      まともな親、真の学力を子どもに授けたいと考える親は、中学校の定期試験の過去問をやらせるような「せこい塾」に通わせたりしない。取り繕ったフェイク学力が、高校で大学で社会で役に立たぬことは百も承知だからだ。

       

      そして過去問をやらせる講師は、指導力不足を卑怯な手で取り繕おうとしている。私塾を作るなら、中学の定期試験過去問なんてセコい下請け根性丸出しのことやってないで、もっとオリジナルの教養蓄積に役に立つ楽しいことがあるでしょ?と思う。

      過去問やらせる塾は零細塾が多い。目先の成績上げねば飯が食えない。ちっぽけな金銭欲のために安易に過去問に手を出し子どもの将来をスポイルしてると言われても仕方がない。

       

      真面目な塾は、中学校定期試験の過去問をやらせるような八百長でフェイク学力を伸ばしたりしない。ガチンコで試験に臨む。ただ、ガチンコでやると決めたからには、八百長な他塾より濃い稽古がいる。ズルをする人間には負けられないのだ。

      生涯八百長しなかった貴乃花のような、愚直で真直ぐなやり方でいきたい。

      | 高校受験 | 20:54 | - | - | ↑PAGE TOP
      基礎力の正体は何か?
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        勉強が苦手な子の勉強法を眺めていると頭を抱えてしまう。

        塾の自習室で中学校の定期試験対策を生徒の好きなようにやらせると、教科書丸写しとか小学生のような漢字練習とか、手を使うが頭を使わない勉強をしている。こんな勉強は知的作業でなく肉体労働である。ゲームでは頭を使うのに、勉強では頭を使わない。

         

        「基礎は大事だ」と誰もが言う。だが「基礎」という言葉を勘違いして解釈している子が多い。丸暗記で得た基礎は応用力がきかない。スパルタ塾で長時間拘束して詰め込んでも入試に対応できない。応用問題が解けてはじめて、勉強は完成するのである。基礎が肉体労働のまま終わってしまえば勉強の意味がない。

         

        例を挙げよう。

        英語の第5文型の典型的な文が

         

          Tom made her happy. (トムは彼女を幸せにした)

         

        である。第5文型は中学生が苦手なところで、ふだんhappyという形容詞ははbe動詞のあとにあったり、a happy boy みたいに名詞を前から修飾したりするのに、第5文型では文の最後に取ってつけたように置かれている。中学生には違和感しかない。例文暗記や簡単なドリルを繰り返せば、付け焼き刃的に例文は一応記憶できる。学校の定期試験にはこのレベルでも通用する。

         

        だが、入試問題はそんなに甘くはない。

        たとえば、次の文章の意味を中学生はなかなか理解してくれない。

         

          Helping the old woman made both Yuta and the old woman happy.

         

        目的語のher がboth Yuta and the old woman と長いから難解な文章になってしまうのだが、この文章、Tom made her happy.をただ丸暗記するだけの、頭を使わない勉強に固執してたら手が出ない。

        Tom made her happy.のような短い文でも違和感があったhappyが、長い文の最後に置かれることで、さらに取ってつけた感が増している。整序問題で出されると解けないだろう。

        だが、応用問題を意識して解き続けることで、迷うことなくhappyを最後に置く力がつく。真の基礎力は応用問題を解かないと定着しない。基礎と応用を繰り返してこそ、確信ある基礎力がつくのである。

         

        繰り返すが、基礎ばかりでは伸びない。

        塾でも昔ながらの中学生を長時間監禁し、気合と根性を唱え、中学校の定期試験の過去問を丸暗記させる、先生というより鬼軍曹と呼んだ方がいい講師が教えている塾は時代の遺物になりつつある。講師の力量のなさを生徒の根性で補い、基礎をタラタラ反復させ知的刺激のない塾では、たとえ高校受験は乗り切れたとしても、大学受験には勝てないのだ。

         

        逆に応用ばかりやるのはさらに悪い。大学教授のような数学の眠い難解な授業は、トップクラスの生徒には一定の支持があるかもしれないが、大部分の生徒には何の利益もない。知的刺激の恩恵は一部の生徒しか享受できない。基礎だけ繰り返すよりたちが悪い。基礎と応用の繰り返しを教える側も教わる側も意識しなければならないのである。

         

        落合博満が言ってたが、ふだんの素振りやバッティング練習で打撃フォームを固めていれば、試合で投手が投げる百戦錬磨の投球に、少々フォームが崩れても対応できるのだという。

        勉強も基礎でフォームを固め、どんどん実戦を繰り返し確信ある基礎力が身に付いたか試す工程が必要なのだ。

         

        変な比喩で恐縮だが、勉強ができるということは、空を飛ぶということだ。

        基礎で地べたを這っているだけではいけない、鳥や飛行機のように空を飛ぶ応用力があってこそ入試問題が解ける。

        だが、空を飛ぶには才能が必要なのも事実だ。誰もが空を軽快に飛べるわけではない。だが教える側も教わる側も、いつかは基礎力で助走をつけて飛ばねばならないということを意識しておきたい。意識一つで、ルーティンワークのような退屈な勉強から卒業できる。

         

         

        | 高校受験 | 21:07 | - | - | ↑PAGE TOP
        中1の英単語はキミョウキテレツ
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          中1の単語、習いたてのうちは単語のフィーリングをつかむのに苦労する。ローマ字感覚にとらわれ、英語独自の文字の並び方を会得するのに時間がかかる。
          中途半端にローマ字感覚が残っていると、appleをappruなどと間違える。
           
          「る」はローマ字の「ru」と書かないと気がすまないのだろう。気持ちは良くわかる。
          またbとdの混同はよくあることで、dogをbog、boxをdoxとするのは英語習いたての時期において、非常によくある間違いである。
           
          よく考えたら英語の綴りはあまりにも理不尽である。
          ハウスがどうしてhouseなのか、ホワイトがなぜwhiteなのか、ナイフが何故にknifeなのか、英語の語源の本を何冊かひも解いてはみたが、完全に納得したわけではない。英単語の綴りはまるでブッシュのイラク攻撃みたいに強引だ。
           
          音楽家の名前でも、Mozartはモーツァルトとは読めないし、Chopinはどう見てもチョピンで、Debussyはデブシーだ。西洋語のスペルは東洋人にはわかりにくい。生まれも育ちもfar eastの中1の子が、英語と最初に遭遇した時に奇妙なスペルミスを犯すのは責められないことなのだ。
           
          英語だけではない。西洋の言語のスペルは東洋人にとって違和感がある。
          フランス語にしてもprintempsをプランタンと読むのは無理がある。あとParisのsと、画家のモネのMonetのtは邪魔だ。最後に変な子音をつけないで欲しい。
           
          オランダ語もひどい。HUIS TEN BOSCHをハウステンボス、Vermeerをフェルメールと一発で読むことは難しい。
           
          オランダ語で思い出したが、オランダ語の単語には英語と「ほんのちょっと」だけ違うものがある。
          僕はにヨーロッパ旅行をして、ベルギーを訪れたのだが、その時使ったオランダ語の旅の会話集を見ると、単語の1文字2文字が英語と微妙に違うのだ。
          例を挙げてみると
           
          tomaat(トマト)
          appel(リンゴ)
          banaan(バナナ)
          brood(パン)
          oile(オイル)
          peper(胡椒)
          trein(列車)
          maan(月)
          などである。
           
          どれもマイクロソフトのワードで書くとスペルチェック機能が働いて、語の下に赤い波線が引かれそうなものばかりだ。オランダ語はまるで日本の中学1年生が習い始めに書く英単語みたいだ。
           
          英語を習ってからオランダ語を見ると、オランダ語は変な言語に見えるが、逆もまた然りだろう。
          福沢諭吉を代表とする幕末の洋学者は青年期にオランダ語を習い、その後世界最強の国家がイギリスであることを知るに至って英語に鞍替えする人が多かったが、彼らはわれわれと逆に
          「蘭語appelは英語じゃappleなのか。偏屈な言語じゃなあ英語は」
          と頭を抱えたのだろう。



           
          | 高校受験 | 21:12 | - | - | ↑PAGE TOP
          小学校で英語を中途半端に習う悲劇
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            新中1の英語の授業。たいていの中学校ではアルファベットから始まる。
            中1の4月時点で、もうすでに子供の英語の学力は大きな差がある。
            上は帰国子女から、下はローマ字すら書けない子まで、また上はnativeとjokeを交わせる子から、下はアルファベットが書けない冗談にならない子まで、レベルはさまざまだ。
            中学校の先生は、授業がとてもやりにくいだろう。
             
            一番手に負えないのは、小学校で中途半端に英語をかじった子だ。
            中学校行ったら英語が始まるので親が心配になって、小学校5年生あたりから、心配だからちょっと英語でも習わせておこうかと英語教室に通い始める子が、一番タチが悪い。
            小学校で英語教室に通った子が、中1の終わりごろから成績が奈落の底に落ち、ピンチに陥るケースが意外と多いのだ。

            小学校で英語をやっていた子は、中1の1学期くらいまでは、中学校の英語の授業は異常に退屈だ。小学校時代に習った、簡単な内容しか授業でやらないからである。

            当然アルファベットは熟知しているから、アルファベットの授業は硬筆習字みたいに退屈だ。
            単語も100個ぐらいは頭にストックしているので、努力しなくてもテストでいい点を取れる。1学期の中間テストでは当然100点を取る。
            そんな環境では、子供は英語をなめてしまう。何の苦労も努力もしなくても、英語はできると錯覚する。
             
            しかし、英語をなめている子を横目に、履修内容はどんどん難しくなっていく。
            知識のストックが空になっても、なまじ「英語は得意」という過剰な意識があるので、危機を感じないまま過ぎていく。
            whoとwhoseの使い分けができなくても、過去形の不規則変化の暗記が疎かになっても、現在進行形を習い始めてbe動詞と一般動詞がグチャグチャになっても、自分の陥った罠には気づかない。気づいたときには、英語の成績は壊滅状態になっている。
             
            学校の定期試験の得点の推移は、
            1学期中間  100点
            1学期期末   95点
            2学期中間   82点
            2学期期末   64点
            3学期学年末  47点
            という具合に、見る見るうちに下がる。

             
            親はせっかく英語を小学校のうちから早取り学習して、子供にアドバンテージを与えようと英語教室や英会話教室に通わせたのに、そんな気持ちが徒になってしまうケースのいかに多いことか。
             
            逆に、中1になったばかりの時点で、小学校時代英語を習っていない中学受験組は、英語で結構苦しむ。
            dogをbogと書いたり、motherをmatherと平気で書いたりして、小6までは華麗に算数の難問を解いていた姿はどうしたのかと思うほど、笑っちゃうくらい英語に戸惑う。
             
            ところが彼らは、中学受験で勉強のノウハウを知悉しているから、すぐに英語の勉強のコツをつかむ。
            3〜4ヶ月も経てば、小学校で英語を習っていた子を、ウサギとカメのようにあっさり抜き去る。
             
            教訓。
            小学校で英語を始めても、英語が得意になるとは限らない。

            小学校から英語をやるのなら、中途半端にはやるな。
             
            もう1つ。中学受験は幼いうちに勉強のやり方とか姿勢を子供に叩き込む、絶好の機会。中学受験の経験は、実は中学校の英語学習に、存分に応用が利く。





             
            | 高校受験 | 21:02 | - | - | ↑PAGE TOP
            歴史用語は漢字で書け!
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              小学生の作文はひらがなだらけで、読みにくい。

              ひらがなベースの文章に、漢字が無秩序に混入していて、読むのに骨が折れる。

              ある小学生の作文に「百円きん一」とあったので、生徒の前で朗読するとき、間違って私は「ひゃくえんきんいち」と読んでしまった。「均」が「きん」に変わっただけで、たちまち文章が読みにくくなる。

              以下の作文は、私が作った「漢字とひらがながランダムに混じった、小学生が書きそうな読みにくい作文」の例である。

              ぼくの1ばんのたから物は家ぞくです。そのり由は、家ぞくがいると、じ分でできないことがあったら、相だんにのってくれるからです。てん国のおじいちゃんとおばあちゃんもたからです。家族には健こうでいてほしいです。

              2ばん目のたから物は、友だちのしゃ真と手がみです。てん校してしまったけれど、手がみを読むと、友だちと一しょにべん強やうん動をしたことや、え顔を思い出します。友だちのしゃ真と手がみは、つくえのひき出しに、大じにしまってあります。

               

              読みにくさ炸裂である。

               

              あと、歴史用語は漢字で書かせたい。うちの中学生は、社会科の用語は必ず漢字で書いてもらう。
              中学校には、定期試験の答案をひらがなで書いてもOKのところもあるが、高校に進学したら漢字じゃないと汎用性がきかないので、漢字以外は許さない。

              もちろんアメリカを亜米利加、オランダを和蘭陀、オーストラリアを豪太刺利と書けなんて無理は言ったりはしないけど。
              イギリスを英吉利、ポルトガルを葡萄牙なんて格好つけて書いたら×になってしまう。

              去年の中3の途中入塾してきた女の子に、私が作った「歴史一問一答 500題」をやらせてみると、歴史用語を漢字とひらがなを、巧みに混ぜて書いていた。

              「井伊直弼」を「井伊直すけ」、「墾田永年私財法」を「こん田永年私ざい法」、「運慶・快慶」を「運けい・快けい」と、画数の多い難しそうな漢字をひらがなで誤魔化して書いていた。ピーマンやニンジンが嫌いな子供が、巧みに避けて食べるような感じだ。

              まだ「井伊直すけ」「こん田永年私ざい法」「運けい・快けい」ならいい。解読可能だ。
              しかし「本おりのり長」は困る。一瞬では拝読できない。「本居宣長」を我々が一瞬で「もとおりのりなが」と読めるのは、「居」「宣」という2字の印象が強いからであり、その2文字ともひらがなに直されてしまったら、少々手間取る。

              中途半端にひらがなが混じった人名や熟語は読みにくい。我々日本人がいかに漢字の絵文字性に依存し、文字を一種の映像として捉えているかがわかる。
              本来漢字であるはずの部分が、ひらがなに変わっていると、文字を絵文字として一瞬のうちに頭脳に焼き付けることができない。

              その上、パソコンで「本居宣長」なら一発で出るが、「本おりのり長」をパソコンで打つのは非常に面倒くさい。「本」「おりのり」「長」と分割して打たねばならぬ。

              その子は他にも、「織田信長」を「お田信長」、「聖徳太子」を「しょうとく太子」、「近松門左衛門」を「近松門左えもん」、「吉田茂」を「吉田しげる」と書いていた。
              「お田信長」はいかにも弱そうだし、「しょうとく太子」は明太子の親戚みたいだし、「近松門左えもん」はドラえもんの関係者みたいだし、「吉田しげる」は吉田しげる・梶原しげる・松崎しげる・克美しげる四兄弟の長男みたいだ。


               
              | 高校受験 | 15:25 | - | - | ↑PAGE TOP
              広島県東部の私立中高に、子供を通わせたくない
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                私は尾道に住んでいるが、塾講師生活20年間の経験から判断し、自分の子供ができたら、どの中学・高校に通わせたいか考えてみた。

                広大附属福山中高は別格として、おそらく、公立中学から尾道北高・東高というルートを選ぶだろう。

                 

                広島県は全国に先駆けて「ゆとり教育」が行われていた。かつて広島県は寺脇研氏が教育長だったのだ。そのころの公立高校は総合選抜入試で難易度が低く、高校には学力向上へのモチベーションがあまり感じられなかった。当然大学進学実績も悪かった。教育熱心な家庭は、公立を避けて私立中学・高校へ子供を通わせた。

                 

                しかし、最近では総合選抜の廃止と、日教組の弱体化、それに広島県の教育に対する力の入れようもあり、公立高校の充実がめざましい。尾道北・福山市立などには有能な先生が集結し、また尾道北は県から重点校として強力なプッシュを受け、進学実績を大きく伸ばしている。

                尾道北高は生徒の半分以上が国公立に進学する。北高の進学実績を上回る高校は、広島県東部では広島大附属福山高校しかない。逆に近隣の私立は軒並み大学進学実績を落としている。

                 

                私の感覚では、中学を卒業して高校3年間で一番成績を伸ばす高校は、ダントツで尾道北高である。たしかに尾道北高の指導は厳しく「北高プリズン」という呼び方もされ、今年も進学実績があるにもかかわらず定員割れだったが、一教育者から見てわが子を託したい高校である。頭髪検査も厳しく、ソックスも白しか許さない、「昭和スタイル」をかたくなに守る高校である。

                 

                しかし、特に小学生の保護者の方には、まだ「ゆとり教育」時代の公立高校への不信感を持つ方がいて、その反動で「私立信仰」が残っている。中学受験で何が何でも私立という方は多い。

                だが、公立高校が進学実績を伸ばしたいま、私立高校の相対的価値は大きく下落している。

                広島県東部の私立中高に対して、東京や大阪や都市部の「私立」の輝かしいイメージは捨てた方がいい。「ゆとり教育」時代の私立ブームは、不景気もあり終焉した。おまけに金銭の話で恐縮だが、公立高校無料化によって、北高にはタダで行けるのだ。

                 

                広島県東部の、私立中高の問題点は何か?

                第1は、私立は生徒を集めないと経営に差し障るため、指導に甘い点があることは否めない。いったん厳しい学校というイメージがつくと、私立は生徒集めには致命傷になる。だからある程度生徒を「お客さん」として扱わなければならない部分も出てくる。

                その点、生徒数が少々減っても学校が存続し続ける公立高校では、生活面でも勉強面でも、思い切って厳しい指導ができる。

                 

                第2は通学時間である。尾道から福山ならともかく広島まで通うとなると、通学時間が往復で3時間弱かかる。これは私に言わせれば、体力を消耗させるだけの無駄な時間である。通学時間を家庭学習や塾にあてれば、学力は大きく伸びる。

                朝の新幹線や山陽本線で、私立の制服を着て広島方面に通っている中高生を見ると、余計なお世話なのは十分承知なのだが、疲れるだけなのに時間がもったいないと感じてしまう。通学時間のタイムロスは勉強面に大きな差しさわりがある。北高ならば市街地や向島なら自転車一本で通えるのに。

                 

                第3は、6年一貫私立には高校受験がないことである。高校受験は15歳の若者には大きな試練で、高校受験は若者を強くすると私は信じて疑わない。

                東京や関西の意識の高い子が揃う私立中高ならば、高校受験のない6年間は教養を身に付け、脳を涵養する貴重な期間になるだろう。しかし地方の私立中高の甘い環境で、テストで学力を試されることなく平和ボケした6年間を過ごせば、学力は惨めなほど弛緩し、大学受験に関して致命的な不利を背負う。

                 

                第4は大学受験の指定校推薦である。私立高校には何らかの指定校推薦の枠がある。私立大学の指定校推薦で、高3の秋には進学する大学が決まる生徒が多い。

                私は高3の1月・2月・3月の厳しい一般入試は、若者のポテンシャルを高め、社会人としての強さを育むと固く信じている。だから高校入試の洗礼も受けず、大学も推薦入試で合格してしまったら、自分の力を最大限に振りしぼり、能力を試す機会が若い時にやってこないのである。これじゃあ、ありきたりの言葉で恐縮だが「生きる力」など身につかないではないか。

                 

                第5は私立の知名度を伸ばすため、スポーツに熱が入りすぎることである。

                野球や柔道やラグビーなど、全国大会を目指せるスポーツ競技がある高校では、高校で最も熱いスポットが、夜遅くまでカクテル光線を浴びて活発な部活動のグラウンドになってしまう。

                そうなると同じ高校内に、厳しい監督に鍛えられた体育会系の根性がある生徒と、服装がだらしなく眉を剃った不良、またゲームに夢中の無気力な生徒が混ざり、コントラストが著しい。そういう環境では、高校で弁護士でも雇って「ドラゴン桜」でもやらない限り、勉強への指導が疎かになりがちなような気がする。

                 

                とにかく、広島県東部の6年間一貫私立中高は、下手をすればありもしない私立ブランドにすがった、プライドだけ高い「もやし製造機」になってしまい、私は自分の子供を、高い学費と交通費を払ってまで、私立に通わせる気にはならないのである。



                ★開成塾・高校受験
                尾道市向島・しまなみ海道の「凛」とした勉強空間

                | 高校受験 | 21:26 | - | - | ↑PAGE TOP
                わが塾の高校受験・合格体験記
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                  4月6日に、春最後の広告を出すので、尾道北高に合格した男の子2人に、合格体験記を書いてもらった。

                   

                  まずは一般入試で合格した、やんちゃキャラのスグル君。

                  中学校の先生にあれこれ余計なちょっかいを出し、内申点は正直あまり良くない。学生服の第一ボタンは必ず開いている。修学旅行の沖縄でも、他校の生徒に眼を飛ばしたらしい。そんなわけで、私は彼に「部活の鬼顧問」として接した。

                   

                  ただ、彼は体育会系のスッキリした素直な性格で、独特のかわいげがあるいいヤツだ。そんなスグル君は、こんな合格体験記を書いてくれた。

                   

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                  「このままでは、北高に合格する確率は消費税と同じ5%以下です」
                  中3の12月にあった三者懇談で、僕は先生にはっきりと言われた。

                  だが、ここから頑張れば受かるといわれたので、毎日自習室に行くようになった。


                  塾に行くたびに、先生に一言もらい、成績があまり伸びない時期には、具体的なアドバイスをくれて、全面的にサポートしてくれた。

                  塾の自習室に毎日行っているうちに、乾いたスポンジが水をどんどん吸収するように力がつくのが実感できるようになった。


                  そしてついに高校入試の日が来た。先生から気合のビンタをもらい実力を発揮することができた。

                  合格発表の日は、結果が出たらすぐさま先生に電話した。北高に合格できたのも先生がいろいろサポートしてくれたからである。

                  北高に入ったら大学受験があるけど、ずっと先生についていってがんばりたいと思う。

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                  情の「熱さ」がほとばしる文章である。泣かせ所を心得た、素晴らしい合格体験記だ。「このままでは、北高に合格する確率は消費税と同じ5%以下です」という衝撃的な書き出しの文章構成も見事だ。

                   

                  高校生になったら、スグル君は野球部に入る。練習で厳しく鍛えられるだろう。ぜひ尾道北高を甲子園に連れてってほしい。

                  また塾では、鬼塾長から容赦なく気合が入れられるだろう。彼に期待しているぶん、指導が厳しくなる。

                  とにかくスグル君には「文武両道」の最高の形を、高校3年間で見せてほしい。ヤンチャな部分を残したまま、小さくまとまらず、デカイ人間に育ってほしい。
                  政治家にでもなって、ドカンと生きてほしい。

                   

                   

                  次はコタロウ君。彼は紳士だ。怒り屋の私だが、いままで彼を叱ったことがない。叱る隙が全くないのだ。

                  髪型は坊ちゃん刈りで、真面目を絵に描いたような男だ。詰襟の学生服のホックはきちんと閉められ、いつも笑顔を絶やさない。一昔前の、中学生用の学習雑誌の表紙を飾りそうなルックスである。


                  彼の家にはゲーム機がないという。そんなコタロウ君のご両親の教育方針に、私は強い敬意を抱いている。


                  コタロウ君は、当然のように推薦で尾道北高に合格した。

                   

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                  僕は受験勉強を意識したことはありません。それは塾にはいつも凛としていて、受験のような緊張感が漂っているからです。

                  僕は試験の二ヶ月ほど前から前から小論文の練習を本格的に始めました。
                  家で書いた文章を先生に提出し、先生が一人一人の文章をみんなの前で読みます。その一つ一つを先生が採点し、丁寧に添削して下さいます。
                  文は書き出しで決まることや、接続詞に気を付けること、「思う」という語尾はできるだけ使わないほうが良いことなど、先生が繰り返し言われたことは大切だと感じました。先生が言われたことを忘れないように、僕は家に帰って再び文章を書きました。

                  開成塾は自習室がいつでも開放されていることも大きな特徴です。僕は決まった塾の時間よりも自習室で勉強した時間の方が長いといっても過言ではないと思います。
                  特に定期テスト前は、自習室に入り浸っていました。普段の学習が入試に向けての勉強になっていたようです。僕の場合内申点を稼ぐことにつながりました。

                  入試では落ち着いて小論文を書くことができ、北高に選抜気嚢膤覆垢襪海箸できました。開成塾の小論文対策は、どこの塾にも負けません。

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                  テーマを小論文と自習室にまとめ、コンパクトにまとめた文章力はさすがである。しかも彼は私が書いた広告のチラシを熟読し、私の教育方針を正しく解釈し、その延長線上で合格体験記を書いてくれた。卓越した読解力と表現力がなければ、こういう文章は書けない。

                   

                  彼には旧帝大か早慶に行って、サッカー選手として活躍し、将来はJリーグのチェアマンか、日本サッカー協会会長になってもらいたい。



                  ●開成塾・高校受験
                  尾道市向島・真直ぐな性格の子が集まる塾


                  | 高校受験 | 11:05 | - | - | ↑PAGE TOP
                  不況下の高校受験の厳しさ
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                    日本は不景気で疲弊している。とくに地方の痛みは激しい。農業・漁業は高齢化が進み、工業は中国の経済発展に屈し、商業・サービス業は東京や大阪などの華やかな都会に太刀打ちできない。

                    地方は人材の枯渇も激しく、純粋で真っ直ぐな性格の、学力・能力が高くヴァイタリティのある若者は都会にどんどん出て行く。「こいつはすごい!」という教え子は、みんな尾道・向島から去ってしまう。地方から活力が消え、無気力で退廃的な気分だけが残る。

                    当然、不景気は高校受験に大きな状況変化をもたらす。
                    尾道の高校受験も、例に漏れず不況の影響をもろにかぶっている。不況と公立高校の授業料無料化で、尾道北高・東高など公立高校の入試は未曾有の狭き門になるだろう。私立高校の定員割れが進むのに対し、公立高校の倍率は大幅に高くなるのは素人分析でも明白だ。


                    中学生の意識も変わった。たとえば尾道北高は厳しい高校なのに、不況の中、厳しく鍛えられることを求めて志願者が増えている。「高校生活をエンジョイしたい」という動機で高校を選ぶ中学生は減った。
                    中学生は教育機関に「真剣さ」を求めている。そして自らも真剣になっている。例年と同じ意識で高校受験を戦っていては合格発表の日に痛い思いをすることがよくわかっている。もはや広島県公立入試は総合選抜時代の甘い世界ではない。


                    とにかく中学生が将来、疲弊した地方に残るか、都会に出る足場を固めるかは、高校受験の結果にかかっている。だからこそ、塾の講師も生徒も覚悟を決めている。
                    受験に勝つには強いエネルギーが必要だ。エネルギーを外に放出するタイプ、内に秘めるタイプ、それは人それぞれだが、ガツンとした熱量が合格を左右する。受験は戦争だ。戦う意欲を忘れた塾や受験生は淘汰される。静かな闘志が充満した凛とした空間でこそ、子供は持って生まれた素質を磨き上げる。


                    何度も繰り返すが、地方の状況は厳しい。良い将来像が思い浮かばない。デフレは徐々に経済大国日本の生活水準を奪っていく。

                    そんな絶望的なデフレの中、うちの塾は高い授業料をいただいている。月謝の額は、大学受験は文型3教科で13,000円、高校受験・中学受験は18,000円。不景気で高額の授業料を捻出するのは家計には痛かろう。それでもわが塾を信じて高い授業料を出して下さっている方の信頼にこたえねばならない。


                    また「親に迷惑をかけたくない」と塾の費用を気にしながら、でも先生の塾には通いたいと言ってくれる殊勝な高校生もいる。彼のためには腹をくくらねばならない。数千倍にして返してやらなければならない。


                    こんな言い方をするのは気が引けるが、不景気は子供を強くするのも事実だ。親がリストラで仕事を失い、家庭内に社会の寒風が入り込み、大人の厳しい世界の波が押し寄せれば、もはや子供は子供ではいられない。両親の苦境を救うのは自分しかいない。現状を打破する唯一の突破口は学問しかないのだ。

                    明治維新後没落した武士の子弟は、親の不遇の身を嘆き、かつての恵まれた地位を学問で挽回しようとした。そのときと同じように、キリリとした目で勉学に励む若者が増えつつある気がするのは私だけだろうか?


                    どんな若者が最も強くなれるか。偉人になる可能性が高いか。それは生まれた時は家庭円満で経済的に豊かだが、就学時に家が傾き苦境に立つ、そんな経験をした若者である。幼少期の幸福と、青年期の困難をともに肌で知っている。苦境続きの若者は幸福の甘さを夢想できず、逆に満ち足りた若者は零落の苦さを想像すらできない。不自由のない生活から一転して叩き潰された経験のある若者こそが、最終的な勝者になる。


                    とにかく不況の中、子供は依存を捨て自立する気概を持たざるを得ない。親の依存から離れるどころか、親を両肩に背負う若者も現れるだろう。「家貧しくして孝子出づ」という格言が、いまのご時勢だからこそ生きてくる。

                    わが塾は、例年より真剣味が増している。これも不況のせいか。わが塾が学問で這い上がる野心を持つ若者の受け皿にならなければと思う。腹をくくらねばならない。

                    | 高校受験 | 23:58 | - | - | ↑PAGE TOP
                    三平方の定理と「青い三角定規」
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                      三平方の定理は、高校数学入試問題の主役である。中学で習う数学では最後の最後に登場して、最も重要な役割を果たす。三平方の定理を知らなければ入試問題の3割は解けない。いかに複雑な図形の中から直角三角形を探し当てるかが、図形問題を解く鍵になる。

                       

                      直角三角形を発見すれば、2辺の長さがわかればもう1辺は三平方の定理を使って簡単に計算できるし、三角定規の形をした直角三角形なら、1辺の長さだけで残りの2辺は自動的にわかる。30度・60度・120度という角度の図形があれば、三角定規の形を疑ってかからねばならない。

                       

                      僕が三平方の授業をするときには、三角定規はメルモちゃんのキャンディーみたいに、赤と青で書く。




                       

                      この「赤い三角定規」「青い三角定規」を使えば、三角定規がビジュアル的に目立ち、難しい図形の問題が解きやすくなる。

                      数学のややこしい問題で、「ここ120度でしょ? 180度から120度引いたら60度。青い三角定規が潜んでいる感じがするだろ? (ここで「太陽がくれた季節」の、あのイントロを効果音に使う)」


                      こんな説明をすると、三平方の定理の応用問題を、多少はわかりやすく教えられる。

                      ところが今年の中3は、「青い三角定規」というグループを知らない。 君は、何をいま、見つめているの」と歌っても、2名しか反応しなかった。 ものすごく有名な曲なのに。
                      効果音の効果はなさそうなので、「太陽がくれた季節」を歌いながらの説明は、お蔵入りしている。

                       




                      ★開成塾・高校受験
                      尾道市向島・「志」の高い若者が集う「凛」とした学びの場






                      山川啓介,藤田敏雄,あずまたつを,北山修,岩谷時子,岡田冨美子,松岡直也,福井崚,渋谷毅,葵まさひこ
                      ¥ 1,295

                      | 高校受験 | 16:35 | - | - | ↑PAGE TOP