猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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他の受験生の「赤本」が気になる
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    私は受験生時代、図書館や自習室の雰囲気が駄目だった。受験生が醸し出す静寂感に恐怖を感じた。家で勉強する方が性に合っていた。

    大きな図書館や自習室だと、人数の多さが私を圧迫した。
    100人ぐらいの受験生が一斉に勉強しているピリピリした冷厳な熱気と、カリカリ筆記用具の音だけが立ち込める静粛な空気と、若い体臭がムンムン立ち込める部屋は、私のような神経が細い人間には耐えかねた。

    また、図書館や自習室に行くと、同年代の受験生が、参考書や問題集はどんなのを使っているのか非常に気になる。
    他の受験生が自分よりレベルの高い問題集を解いていたら「負けた!」と胃がズキズキするし、逆に基礎レベルの問題集をやっていたら「勝ったね、オレ!」と間違った優越感に浸ってしまう。

    ある時『英文問題標準精講』を使っている受験生がいた。この本は「原の英標」といって四半世紀以上前からあり、旺文社を大出版社にしたベストセラーだが、フィッツジェラルドの「グレート・ギャッピー」など格調高い文学作品が多く掲載され、難易度が高いのと現在の大学入試問題の傾向に即してないのとで使う人が少ない本だ。私が受験生時代でも「古臭くて難しい」というイメージがあった。

    この受験生は、英語力があるから『英文問題標準精講』をやってるのか、それとも書店に平積みになっているから偶然買ってやってるのか。前者だったら嫌だなと思いを巡らせた。名匠の名刀を持つこの男は、剣の達人なのか素人なのか。顔を見ると賢そうにもそうでないようにも見える。ピリピリした受験生時代は、同年代の受験生の顔つきまで気になるのだ。

    あと、同じ問題集を使っている受験生を見ると、まるで同じユニクロの服を着た人間に、街でばったり出くわしたような感じで非常に気まずい。その同じ問題集が、自分のよりボロボロで使い込まれていたら居ても立ってもいられない。激しい闘争心がわく。

    とにかく図書館や自習室は、ライバル(こっちが勝手に思っているだけだけど)が気になって勉強が手につかなかった。

    特に自習室で一番気になるのが「赤本」である。周囲の受験生がやっている赤本の大学名は無性に気になる。
    「こいつ、どこの大学受けるんだろ?」
    隣の受験生が「東京大学(理系)」などという赤本をやっていたら、吐き気すら覚える。

    赤本の表紙と背表紙には、大きな大きな字で大学名が書いてある。
    赤本は真っ赤で強烈に目立つし、そこに「××大学」と大学名が必要以上にでっかく、ゴシック体太字で表紙と背表紙の2箇所に黒々と書かれている。
    赤本のデザインは、自分の志望大学を隠せない悪魔的なデザインだ。あんなに派手な自己主張の強い本はない。「俺は××大学を受ける人間だ!」と、満天下に誇示しているようである。

    また「赤本」に限らず、駿台の「青本」は難関大学しか出版していないので、大学名が見えなくても「青本」を持っている時点で「おぬし、できるな」と刺激を受けてしまう。

    今でも図書館や本屋の赤本コーナーに行くと、受験生が赤本を手にしていると「ちらっ」と見て、「こいつ、どこの大学受けるんだろう」と、受験生時代のなごりと職業病で探ってしまう癖がついている。


     
    | 大学受験 | 11:52 | - | - | ↑PAGE TOP
    こんな大学には行きたくない!
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      受験生を受験に駆り立てる動機は、もちろん「A大学に入りたい」という具体的な目標、A大学に対する「あこがれ」から発するものである。
      しかし、滑り止めの「B大学には絶対行きたくない」という恐怖、本番の試験がうまくいかなくて、B大学に行かざるを得ない情況に陥る地獄のような想像が、試験直前の受験生を締めつける。

      芥川龍之介の「蜘蛛の糸」ならば、糸を登りつめた場所には桃源郷のようなA大学、逆に下には地獄の釜の底のようなB大学がある。
      勉強で気を抜いたらB大学という血の海に溺れてしまう。そんな追い詰められた心理が受験生を勉強に駆り立てる。
      B大学の学生になってしまったら人生の落伍者になってしまうのではないか、そんな心理が受験生を奮い立たせる。「どうしてオレがB大なんだ?!」という強い自尊心が、モチベーションを高める。

      受験生にとって、許容できる大学と、できない大学がある。ある受験生にとっては東大以外は大学ではないし、ある受験生には関関同立未満は許されない。個人個人によって許容できない大学は違う。

      たしかに「B大なんか絶対イヤだ」とB大を嫌うことは傲慢なのかもしれない。学歴信仰に染まった時代錯誤の馬鹿なのかもしれない。
      また、A大学が不合格になり、B大学にしか合格できなかったら、A大学に対する思い入れの強い受験生ほど落ち込む。自分のidentityすら失ってしまう。A大学へのあこがれと、不合格になった時のショックは比例する。

      だからといって逃げ道を用意してはならない。A大学がダメならB大学でいいや、B大学D判定だからC大学に志望を変えよう、そんな気持ちでいるとA大にもB大にもC大にもふられてしまう。

      「こんな大学には行きたくない!」と、滑り止めの大学を忌避する心理が強いほど、受験生は追い立てられる。最悪の結果を想像し、悲観主義に浸った時こそ、受験生は勝利の女神に接近する。
      許容する大学以外は認めない「狭量さ」を持つ受験生、自分の存在意義を測る尺度はA大学合格以外にないと思い詰めた受験生の方が、良い結果が出る可能性は高い。

      受験生は不安や時間の無さに追い詰められ、特に模試の結果が思わしくないと気分が受身になってしまいがちで、理想は押し潰され心の中に自尊心が入り込む隙間が無くなってしまう。
      そんな時、第一志望だったA大学の姿は霞みがちで、いままで嫌っていたB大学に心が移ってしまう。
      しかし「B大学でいいや」とB大学に腰を据えてしまうと、砲火飛び交う第一線の戦場から脱出した時のように心はいったん平静を取り戻すが、そんな平静な気分の時に落とし穴は待っている。

      そんな時は「B大学には絶対行きたくない」というプライドを心の隅から呼び起こす作業が必要だ。
      B大学を避けている自分はそんなに偉い人間なのか? もしB大の学生になったら自分はただの「プライドの高いバカ」じゃないのか? 自分が「プライドの高いバカ」じゃないことを証明するにはA大合格しかないんだと。

       
      | 大学受験 | 18:35 | - | - | ↑PAGE TOP
      志望校は学校・塾の先生どっちに相談すべき?
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        志望校は学校の先生が決めるか、塾の先生が決めるか、どちらがいいか対決を考えたが、よく考えればこんな問い自体が間違っている。

        志望校は先生でもない、親でもない、自分自身が決めるものだ。

         

        だって結婚相手を先生が決めるか、両親が決めるか、親戚が決めるか、上司が決めるかという問いはナンセンスじゃないか。

        封建制度のなごりが残っていた時代ならともかく、結婚相手は本人どうしが決めるのが当然である。

        志望校は自分自身の意思で決めないと後悔する。

         

        ただし、最終決定は自分がするが、大人とはよく相談しなければならない。

        受験生は志望校を攻略する大名であり、先生や両親は情報強者で経験値の高い家老や参謀である。

         

        学校の先生を参謀につけた場合。

        学校の先生でも、地方の公立いわゆる「自称進学校」の先生は、進路指導で「現役国公立合格」に執着しがちなのは周知の事実だ。

        センター試験で思うような点数が取れなかった場合、三者面談で、聞いたこともないような遠隔地の公立大学を勧める。「自称進学校」の先生は、生徒を何が何でも、どういう手段を使っても国公立に行かせようとする。安全志向だけでなく、なにか深い事情でもあるのではないかと勘繰りたくなるくらい、国公立にこだわる。

        君が確実に合格できるのは延岡市立大学とか留萌工業大学とか(延岡や留萌の方には失礼だが)、島流しや都落ちを連想する大学名を出し、「大学へ行ってからが勝負だから」という言葉で納得させる。苦手教科の数学を捨てれば都会の私立大が射程圏内の生徒に対してでも、国公立をしつこいセールスマンのように勧める。

        大学を決める進路指導は、就活も視野に入れて行わなければならない。大学は偏差値データだけでなく会社四季報も頭に入れて決める必要がある。

        だが学校の先生は教育学部で教職をめざした方が多いため就活事情をあまりご存知ない。地方で就職するならいいが、特に文系学部で中央を狙うなら地方は不利だ。一つの資格めざして学業に邁進した学生、長期留学した学生、厳しい体育会系部活で頑張った学生、天性の感じ良さや目立った個性を持った学生なら別だが、就活事情が進路指導決定の要素から完全に抜けている。

         

        塾の先生はどうか?

        塾の先生に相談する時、気をつけなければならないのは、塾講師のバックボーンである。塾講師はいろんな職業から流れついてきた人が多いので、考え方が各自異なる。極端に異なる。

        私が言うのも何だが、塾講師は出自が怪しい。就活でうまくいかなかった人や、企業に就職したが人間関係でうまくいかず退職した人や、ポスドクで食っていけず流れ着いた人や、自由孤独を気取る人や社会主義者など、さまざまな経歴を得ている。反社会的だったり、社会のことを知らなかったり、就活というシステムに敵意を抱いていたり、就活に無知だったりする。相談相手としては偏りすぎている。

        あと、個人塾講師は大企業とか公務員に潜在的コンプレックス抱いている人が多いから、教え子が有名企業や高級公務員になると度を越えて喜ぶ。独立貴族を気取っていながら、権威に弱いところを露呈する。
        また生徒に対する愛情のバイアスがかかっているため、偏差値のデータを忘れ神風特攻隊のような非合理な精神で偏差値が高い志望校に玉砕しがちだ。「お前ならいける」と情熱が暴走する。

        しかも塾講師は言葉がうまくて強いし、「俺はお前のことを考えているんだ」という暑苦しい愛情をまとった殺し文句をかけるため騙されてしまう。長年世話になった個人塾の先生はいわば「腐れ縁」なので、言うことにはなかなか反対できない。

         

        学校教師塾講師、進路指導の参謀にするには一長一短がある。

        志望校の最終決断権は、受験生自身にある。


        『大学受験勉強法 受かるのはどっち?』
        (KADOKAWA)
        しがらみのない、胸をすくストレートな教育論!


         

        | 大学受験 | 17:16 | - | - | ↑PAGE TOP
        猫ギター流・英単語暗記法
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          英単語を暗記するのは、ビー玉を飲み込むような苦痛だと感じている人は多い。
          だがアメ玉をしゃぶるように、苦痛を減らして暗記する方法はないだろうか?


          IMG_0341.JPG

           

          英単語を暗記する時、上のように書きまくって暗記するのは、努力しているように見えて手抜きだ。頭を使っていない。書いている時に頭が空白。つくのは手の筋肉だけ。

          単語の記憶暗記には緊張感か、劇場性が必要だ。
           

          劇場性とは何か? 単語暗記に遊びの要素を加えること。
           

          たとえばupsetならこう。

          IMG_0343.JPG

           

          upsetには【動揺する、取り乱す】という意味がある。まさに動揺して取り乱し、髪のセットがアップしている状態ではないのか。

          upsetと機械的に写経するくらいなら、下らないイラスト書いて遊んだ方が記憶に残る。
          英単語暗記が「ビー玉」から「アメ玉」になるのがわかるだろう。

           

          韓国へ行くと、日本に負けず劣らず英語教材が充実している。直感的に英単語を暗記させるテキストが多い。私が買ってきた英単語集は、単語ごとにイラストが書いてあった。文字だけの単語集より記憶しやすい。

          securedownload.jpg

           

          あと、新しい英単語が登場したら、語源と語呂を使いわけよう。
          どっちが暗記しやすいか、仕分けする作業から始めたい。

           

          語源なら、こういった単語集の力を借りたい。


           

          語源は幼稚園児の芋掘り遠足みたいに、1つのパーツで5つも6つも単語が暗記できる。
          語源は一石二鳥どころか一石五鳥、一石六鳥だって可能だ。

           

          たとえば”opt”が「選ぶ」という意味だと知っておけば、
           

          adopt 選んで採用するから【採用する】

          optical 目で選ぶから【視力の、視覚の】

          option 選ぶことズバリで【選択、選択肢】

          optimism は望まれる中で最高のものを選ぶ主義だから【楽観主義】
           

          と一気に4つゴボウ抜きにできる。

          語源には諸説あり、本によって書いてあることが違うので、面白いものを採用すればいい。

           

          語源でよいものが見つからない時、たとえば語源がサンスクリット語とか言われるとお手上げなので、適当に語呂を自分で作れば楽しい。
          孤独な勉強時間に一人シュールな語呂を考え出すのも、青春暗黒な受験勉強の一コマだ。

           

          orchard【果樹園】は「果樹園でお茶どう(orchard)?」

          ordeal【試練】は「王である(ordeal)試練」

           

          みたいなキレイにまとまったものから、

           

          silly【ばかげた】は「尻出すバカ」

          decay【腐敗】は「デカいうんこは腐敗物」

           

          みたいな下品系まで、ネットで調べたり自分で考えたり、人に言えないような変な語呂であってもいい。
          語呂の破壊力は抜群だ。恥も外聞もなく、泥臭く語呂で頭に刻もう。

           

          変な直感法で暗記してもいい。spontaneousは「スポーン!」とシャンパンの栓が抜ける感じで「自発的に」と記憶するのが、私個人としては速い。

           

          最後に、単語の画像検索は絶対にお勧めしたい暗記法だ。実際に英単語が使われている場面に出くわして、リアルな質感がある。

           

          たとえばgrocery【食料品店】をGoogleの画像検索ではこう出ていた。



          カラフルな画像で、現地を旅行した気分になり、頭に残らないだろうか?

           

          面白いのはcrawl【這う】で、水泳のクロールで有名だが、画像検索すればこんなイラストや写真が出る。

          IMG_0332.PNG

           

           

          水泳のクロールだけでなく、赤ちゃんのハイハイ、匍匐前進、亀の歩き方までcrawlなのである。1つの単語で複数の意味が一気に目に飛び込み知識が一挙に増える。Googleの画像検索は「絵で見る電子辞書」である。

           

          以上、単語の暗記方法をいろいろ紹介したが、目新しいことは何もない。
          とにかく
          英単語は積極的にいろんな方法を駆使して暗記することである。暗記方法の球種は多い方がいい。

          どうせ暗記するなら楽しく覚えたいし、英単語という「ビー玉」を「アメ玉」に変えながら暗記した方が頭に残る。

           

          未知の単語が現れた時、語源にしようか語呂にしようかGoogle検索しようか、頭の中で単語の暗記方法を考える過程で暗記できてしまうのが面白い。

          availableを暗記するにはどうしよう、advocateを忘れないようにするにはどうしよう、暗記方法をあれこれ模索していると、単語の頭への滞在時間が長くなる。
          滞在時間が長ければ長いほど、どの英単語は「忘れ得ぬ客」になる。

           

          ただ書いて暗記する方法が、いかに寒々としてつまらない、しかも効果が薄い方法か、おわかりいただけたかと思う。

           

          もちろん英単語暗記はこれで終わりではない。

          一番大事な作業が残っている。

          復習である。

           

          だが、語源や語呂を駆使し画像検索を用いれば、少々忘れても思い出すのが速い

          たとえばsillyを「尻を出すバカ」と語呂で暗記しておくと、sillyを見たとたん「ああ、尻のやつね」と一瞬にして記憶復活する。

          私は脳科学のことに疎いが、語呂や語源や画像検索を使うと、一度暗記した英単語が明らかに脳の浅いところにあって、いつでも取り出せるような状態なのが素人でもわかる。

           

          それでも英単語を暗記できなければ携帯の待ち受け画面にすればいい
          携帯を見れば、いつでも単語が待ってくれるだろう。


          IMG_0800.JPG

           

           

           

           

           

          | 大学受験 | 19:24 | - | - | ↑PAGE TOP
          歴史が嫌いな人VS好きな人 勉強法対決
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            歴史が好きな人と嫌いな人では、まったく勉強法が異なる。
            前者は快楽、後者は地獄。
            対照的な勉強法を比べてみたい。

            格好のサンプルがある。
            うちの塾には歴史好きのマサト君と、歴史嫌いのスバル君というライバルがいた。
            マサト君はNHKの大河ドラマを欠かさず見ている男で、スバル君は歴史には全く興味がない男。
            マサト君は同志社に、スバル君は立命館に無事進学し、合格体験記を書いてもらった。
            歴史について勉強法があまりにも対照的だったので紹介しよう。


             
            ■日本史が大好きな人の勉強法 
            (同志社大・マサト君)

            僕は日本史が大好きです。勉強しなくてもセンターなら8割は取れる自信はありました。
            また、日本史の好奇心が強すぎるため先生から「日本史は勉強するな!」と厳命されたほどです。毎週欠かさずに見る大河ドラマが僕の原動力です。知識を頭に叩き込むのではなく、知識の方から頭に飛び込んでくるのです。
            日本史は、コツさえ押さえて観れば点数はガンガンあがります。そのコツとは自分でNHKのプロデューサーになったつもりで大河ドラマを創るのです。キャストは自分で自由に決めます。
            秀吉は竹中直人、家康は西田敏行、みたいな具合です。そのドラマの再生が試験中にできるようになれば、定期テストやセンター試験では7割から8割の点数は何もしなくても取れます。
            しかし、関関同立や早慶は一筋縄ではいけません。受かるためには難関大学の問題でしかお目にかかることのできない人物をドラマのキャストに加えなければなりません。これが一番面白い作業です。
            8歳で死んだ7代将軍・徳川家継が鈴木福くん、絶世の美女と言われた額田女王は綾瀬はるか、悲劇の宮さま有栖川宮熾仁親王は佐藤健、阿部定が壇蜜といった具合です。
            頭の中に壮大な大河ドラマを作り上げることで僕はセンター試験9割、同志社大学合格を勝ち取りました。




            VS


             
            ■日本史が大嫌いな人の勉強法 
            (立命館大・スバル君)

            僕は日本史が大嫌いです。夏までセンター模試で30点台連発。そんな僕が85点をなぜ本番で出せたのか。まぐれではない。きつい努力をしたからだ。
            日本史が好きな奴は、大河ドラマ」を見て流れがつかめていればできると、僕には全く理解できないことを言っていたが、僕がやったことは、「日本史書き込み教科書」だけである。穴埋めをし、テストを繰り返す。ただこれだけ。最初は全く穴が埋まらない。用語集を使って見直しをし、暗記するまで解き直す。  
            これを氷河期から小泉純一郎まで繰り返す。単純かつ地味な作業でボリュームたっぷり。毎日毎日、暇さえあれば書き込み教科書をやり続けた。焦るし飽きる。できるようになっている実感も湧かないし、ほんの少ししか点数も上がらない。精神的にピークに追い込まれ「つらい」という言葉をよくSNSに投稿をした。
            やりきれば点数が上がると信じて気が狂うようにやりまくった。でも、書き込み教科書のおかげで流れが理解でき、本番では、単語も何度も書いたことがあるものばかりで焦ることもなかった。
            書き込み教科書を書き込みまくった原動力は、日本史オタクで大河ドラマを見れば点が上がるなんて言っている奴へのジェラシーと、強い向上心があったからだ。




             
            歴史好きのマサト君と、歴史嫌いのスバル君の、日本史への向き合い方は対照的である。マサト君は焼肉をガツガツ食べるように大好きな日本史をエンジョイしたが、スバル君はまずい干し草をまずそうに口の中で反芻するつもりで日本史と格闘した。
            天才肌の人は、社会を得点源にすればいい。だが歴史嫌いでも、努力根性で足を引っ張らない得点は取れる。




             
            | 大学受験 | 18:03 | - | - | ↑PAGE TOP
            読めそうで読めないカタカナ英語
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              長文読解では、難単語のように見えて実は日本語として定着した英単語が、しれっと登場する。
              おなじみの単語なのに、英語で綴られると正体がわからない。
              意外に読めないカタカナ英語を40個並べてみた。クイズみたいに気軽に解いてほしい。何問正解できるだろうか?

              1.    rhythm 
              2.    missile
              3.    bucket
              4.    sausage
              5.    dilemma
              6.    yacht
              7.    pump
              8.    biscuit
              9.    peanut
              10.   humor
              11.   amateur
              12.   liver
              13.   stew
              14.   celery
              15.   button
              16.   container
              17.   soap
              18.   wrist
              19.   handkerchief
              20.   mammoth
              21.   rival
              22.   recipe
              23.   cushion
              24.   collar
              25.   towel
              26.   doughnut
              27.   hose
              28.   virus
              29.   umpire
              30.   wrestler
              31.   athlete
              32.   capsule
              33.   oven
              34.   radar
              35.   lettuce
              36.   cocktail
              37.   stocking
              38.   cabbage
              39.   circus
              40.   hormone
               

                






              解答はこちら
               

              1.    rhythm (リズム)
              2.    missile(ミサイル)
              3.    bucket(バケツ)
              4.    sausage(ソーセージ)
              5.    dilemma(ジレンマ)
              6.    yacht(ヨット)
              7.    pump (ポンプ)
              8.    biscuit (ビスケット)     
              9.     peanut (ピーナッツ)
              10.   humor (ユーモア)
              11.   amateur (アマチュア)
              12.   liver(レバー)
              13.   stew (シチュー)
              14.   celery (セロリ)
              15.   button (ボタン)
              16.   container (コンテナ)
              17.   soap (石鹸・ソープ)
              18.   wrist (手首・リスト)
              19.   handkerchief (ハンカチ)
              20.   mammoth (マンモス)
              21.   rival (ライバル)
              22.   recipe (レシピ)
              23.   cushion (クッション)
              24.   collar (襟・カラー)
              25.   towel(タオル)
              26.   doughnut(ドーナツ)
              27.   hose (ホース)
              28.   virus (ウィルス)
              29.   umpire (審判・アンパイア)
              30.   wrestler (レスラー)
              31.   athlete (アスリート)
              32.   capsule (カプセル)
              33.   oven (オーブン)
              34.   radar (レーダー)
              35.   lettuce (レタス)
              36.   cocktail(カクテル)
              37.   stocking(ストッキング)
              38.   cabbage (キャベツ)
              39.   circus (サーカス)
              40.   hormone (ホルモン)
               

               
              | 大学受験 | 18:03 | - | - | ↑PAGE TOP
              宅浪の罠
              0
                私は一年間宅浪した。
                宅浪が可能だったのも、予備校に通わない決断ができたのも、私に自学自習の経験があったからだ。
                私は小6の時、一年間、大手の進学塾に通った。塾は広島にあって週1回・日曜日。私が住む尾道から、行きは新幹線、帰りは在来線で通った。家から塾まで行きは1時間半、帰りは2時間強かかった。
                授業時間は朝9時から正午まで3時間。テストとテスト解説だけの塾だった。1週間の勉強はテストの予習範囲を配られてこなすだけ。授業は基本的になし。テキストを自分で解くだけ。いい意味で放任された。毎回配られるテストの順位がモチベーションの源だった。
                こういう放任主義で、勉強は自分一人の力でやるものという意識が血肉化した。勉強は講義で聞くものでない、本から目で吸収するものだと。
                 
                だが、私は中高で勉強をサボった。英語と数学は壊滅的だった。
                当然、東大も早稲田も慶應も落ちた。開成高校の人間は妙にプライドが高く、東大・早稲田・慶應・医学部など以外の大学には行きたがらない。「開成のおちこぼれ」である私もそうだった。
                だけど、私には中学受験時代に鍛えた、自学自習力があった。勉強は自分一人でできるという確信があった。
                予備校に通わず、宅浪の道を選んだ。
                 
                中高時代、勉強をサボっている間に、読書ばかりしていた。映画ばかり見ていた。古い名作を見たら図書館に通い、映画評論を読み漁った。ハリウッドの娯楽作と違って、古典映画には高校生には理解できない謎の部分がある。謎を理解するために文献を読んだ。
                とくに小津安二郎にはまった。小津作品はストーリーは明快だが、撮り方といい、セリフの言い方といい、謎だらけだった。謎を解くため無理して映画評論家・蓮實重彦の本を読んだ。難解だった。だが受験勉強を始めた時、どんな入試問題の素材文も、蓮實重彦の文章よりは簡単に読めた。映画評論を読むことで自然に現代文の力がついていた。
                現代文の力があるから、参考書を読む力がついた。壊滅的な英語を立て直すために使ったのが伊藤和夫の『英文解釈教室』。難しい本だが、私には読みやすかった。蓮實重彦の文章が独特の「蓮實重彦語」で書かれているのと違って、『英文解釈教室』は明晰な日本語で書かれていたからだ。
                 
                宅浪してどん底から這い上がるには、参考書の力を借りなければ無理だ。参考書を読むには読解力がいる。プラスして自学自習するノウハウが身体にしみこんでいなければならない。私にはそれがあった。
                私が宅浪したとき、一番頼った本は過去問だ。孤独な受験生にとって赤本は掴むべき藁である。
                予備校には受験情報があふれている。宅浪生は情報弱者だ。だけど過去問で合格最低点が取れれば合格なんだ。受験は合格最低点を取る競技だ。7割取れればいい。こう開き直ると気分が楽になった。赤本こそ最高の情報源じゃないか。私は赤本を信頼し信仰し、反復して解いた。
                 
                宅浪中、私は定評ある参考書しか使わなかった。新しい参考書に浮気しそうになったが耐えた。英語は伊藤和夫、日本史は山川出版社から、ほとんど逸脱しなかった。古い参考書には過去の受験生の成功体験がしみついている。宝くじを買う時は一等賞が当たった店で買う客の心理と同じだ。
                だから私は今でも、教え子の大学受験生には新しい参考書はあまりやらせない。古い定評があるものしか基本的に薦めない。これは私の宅浪時代の、新しい本への恐怖心に由来している。
                 
                とにかく、予備校なしで宅浪して、私が一浪して早稲田の政経学部に合格できたのも、参考書読解力と自学自習力があったからだ?
                 
                だが、宅浪には罠がある。
                読者の方は、こういう疑問を持つだろう。
                「おまえは開成高校を出ていながら、なぜ東大に行けなかったのか?」
                「開成から一浪して早稲田では、成功とは言えないのではないか?」
                疑問は正しい。
                 
                結局、私は数学から逃げたのだ。
                数学で自学自習をもくろんでいたが、失敗に終わった。浪人開始当初は、自分だけでできると考えていた。だが、苦手教科がどん底状態では、大学受験では一人で這い上がれない。
                私の「読解力」とやらも、数学の解説を理解できるまでには至らなかった。青チャートの解説を読んでも、どうしてこの式が次の式につながるのか理解できない。基礎知識がごっそり抜けていた。現代と違って「実況中継」的なわかりやすい参考書は出ていなかった。
                数学を一人で這い上がるには、限界があると悟った。一人で勉強すると、苦手教科の壁がブチ破れないことが骨身にしみた。
                 
                宅浪すれば、無意識に得意教科に走る。私は社会が得意だったから、社会の勉強がメインになってしまった。
                孤独に勉強を続けていると、得意教科は精神安定剤になる。逆に苦手教科で心が病む。時間をかけても伸びた心地がしない。前に向けて走っているつもりでも、ルームランナーのように進めども進めでも一か所にとどまっている。残るのは精神的疲労だけだった。
                 
                6月に、東大をあきらめ、早稲田を第一志望にした時の開放感は、いまも覚えている。
                数学は向いてない、自分には数学の才能がない。英国社で勝負しよう。登山者が重いリュックを地面に置いた時のように、身体が一気に軽くなった。
                俺は官僚になりたいわけではない。マスコミに就職したい。だったら東大じゃなくてもいいじゃないか、早稲田はマスコミ就職に有利だ。
                たとえ周囲が反対しても、わが道を行くべきだ。まわりは東大に捨てられたバカだと心の中で思うだろう。
                だけど、浪人して強いところは、周囲の意見に流されなくなることだ。他人が自分に対して何を思おうと、あまり気にならなくなる。頑固さ、したたかさが身につく。
                数学をどん底から伸ばすのは難しい。『ビリギャル』だって数学の成績が伸びたわけではない。数学を伸ばすのは「奇跡」なのだ。
                 
                しかし今考えると、私はリタイアを自己正当化しただけかもしれない。
                浪人中、もっと人や組織に頼る方が良かったと後悔することがある。
                一人にこだわり過ぎたのではないか。中学受験の成功体験に酔い、何でも自分でできると思い込み過ぎたのではないか。
                数学がわからなければ家庭教師に頼み、予備校の講習会ぐらいは通い、Z会や進研ゼミなど通信添削の手も借り、誰かに頼れば良かったのだと思う。
                依存症は良くない。だが見栄を張った独立心だけでは成功しない。人に教わることは恥だ、そんなプライドが当時の自分にあったことは否定できない。
                国立を避け私立を選んだのも、論述問題を誰かに添削され、文章を批判されるのを恐れたのかもしれない。
                 
                宅浪でも、一人で苦しむことに執着せず、誰かに甘えるべきところ甘える気楽さが必要なのではないか。
                教わることは恥ではない。まだ18歳19歳なんだから。




                 
                | 大学受験 | 18:07 | - | - | ↑PAGE TOP
                浪人と自殺未遂
                0
                  浪人はつらい。自分が経験したからよくわかる。
                  浪人が決まったとき、死に場所を探しに九州へ家出した。全財産5万円の中から、
                  九州の周遊券を買った。尾道から普通列車で博多まで行き、なぜか博多駅前のサウナでひと風呂浴びた。熱いサウナ室に入り、このままサウナに居続けたら汗が永遠に流れ続け干からびて死ねるのにと考えたが、精神力が続かなくてサウナを出た。
                  深夜の座席急行で鹿児島まで流れ、朝に桜島に渡り、のちに長渕剛がライブを行った島の海岸でぼんやりした。城山は西郷隆盛の死の匂いがしたから近づくのが怖く、さびれた鹿児島駅の待合室で松本清張を読み、天文館のアーケードや古めかしい山形屋デパートを徘徊した。
                  ずっと空腹は感じなかったが、夜になると突然腹が減ってきて、「のぼる屋」のラーメンを食べた。ラーメンもサービスの大根の漬物もおいしかった。ラーメン屋なのに割烹着姿のおばあさんの店員さんに、やたらぬくもりを感じた。
                  夜は夜行列車で眠った。深夜3時の熊本で目が覚め、深夜の熊本の町を路面電車の線路に沿って歩いた。「健軍」というカッコいい名前の駅まで歩いたら、熊本駅まで戻った。
                  阿蘇山にも雲仙にも行った。図らずも九州の有名な火山を制覇したわけだが、結局噴煙の中に身を投じる度胸がなく、しかも旅を続けていると妙にポジティブな気持ちになり、一週間で家に帰った。
                  死にたいと深刻に悩んでいた時、自分が死んだら死体の処理はどうするのか、行方不明にならずに、ちゃんと死体が発見され、親に死体の処理料で迷惑をかけない死に方は何なのか、ややこしくない死に方をいろいろ模索していたような気がする。
                  浪人生の死体なんてゴミだ。自意識過剰な男の死体ほど醜いものはない。おのれのけがれた自意識が、そのまま死体の腐臭に変わりそうで嫌だった。
                  山で遭難すればレスキュー隊の人に迷惑がかかるし、列車に飛び込めば死後JRから親に何百万何千万請求されるかもしれない、「どうせ死ぬならもっと金のかからない死に方ができただろ」と、親に悲しまれるどころか憤慨されるのは嫌だった。
                  その時私が死ななかったのが正解なのか不正解なのかともかく、結局1年浪人して早稲田に行った。私を救ってくれた早稲田大学には感謝するしかない。

                  誰かが言ってたが、浪人とはマラソンを42.195km走ったあとに、「さあ、あともう1回、42.195kmを完走せよ」と残酷に宣言されるのに等しい。精神力と持続力が試される。また学歴信仰が強くないとできる行為ではない。
                  ただ、予備校に通うには理不尽なほど金がかかる。年間100万以上は異常だ。大手予備校も建物や宣伝に金をつぎ込むくらいなら、どこか夜間の中学校の校舎でも借りて、夜に講義をすれば安上がりですむのだと、予備校のバカ高い費用を恨んだ。
                  結局、当時私の家は余裕がなかったので予備校はあきらめ、宅浪を選んだ。東京の高校に親元離れて暮らしていたが、東京は刺激が強いので尾道に帰った。正規のレールから放り出された気がした。高校生でも大学生でもない19歳。職業欄には「家事手伝い」と書いた。
                  不幸なことに、田舎では「浪人」という言葉に、悪いイメージを抱いている人が多い。「浪人」と聞くとキテレツ大百科の弁造さんみたいな、薄汚い人生の敗残者みたいな風貌を連想するのか。
                  しかも私は中学の時に鳴り物入りで東京へ行ったので、都落ちして尾道に戻っている姿を小学校の同級生たちに見つかるのは屈辱だった。「あいつは落ちぶれて帰ってきた」と、私の膨れた自意識の中で、何十人もの同級生とその家族が、私の中傷噂話をしていた。
                  どこにも所属していない片田舎の宅浪生は、アウトロー候補生にしか周囲は思ってくれない。ちょっと買い物に出ただけで、近所を徘徊する穀つぶし息子だと近所の噂の種になる。「俺には夢がある」と心で叫んでも、誰も相手にはしてくれない。

                  でも、ありきたりの言い方だが、浪人の屈辱はいい経験になる。
                  私は、予備校に通うにせよ宅浪にせよ、浪人生という生き方は立派だと思う。意志を曲げない人が、初志貫徹で行きたい大学をめざす。特にバブルの頃に比べて浪人生の数が大幅に減った今、浪人する道を選ぶ若い人は凄いと思う。
                  周りの冷たい視線を浴び、親からも腫れ物に触るような扱いを受ける中、死ぬほど合格したかった第一志望に合格する瞬間の喜びは、味わったものにしかわからない。
                  自分の受験番号を見た瞬間、革命が起きたような、身体の中で爆弾が破裂したような、この世のものとも思えない至上の快楽。あの快楽を味わうためだったら、死んでもいいとすら思う。
                  浪人前は苦しくて死にたかったが、合格した瞬間は嬉しくて死にたくなるのだ。
                  大学生になる資格を得た瞬間、重いリュックが背中から降りたような解放感。深海の底のように重かった空気が、一気に軽くなる開放感。空気が悪い都会にいるのに、吸う息は草原のにおいがした。
                  浪人中は斜に構え、汚れた目で社会を眺めてしまう。あらゆるものが自分を拒絶し無視している気になる。
                  ところが合格して喜びの涙を流した瞬間、網膜に張り付いていた穢れが綺麗サッパリ洗い流され、目の前の景色が澄んで見えた。
                  浪人中は、いっそのこと銀行強盗にでもなってやろうかと気持ちが荒んでいたのに、合格した瞬間、スーツを着こなした銀行員になってアメリカに出張している自分の姿を想像する。アウトローからインサイダーに一気に成り上がった気分になる。
                  また浪人中は、レストランに行って自分の注文したものがなかなか来なかったら、必要以上にカリカリして店員に毒づきたくなったが、合格した瞬間、どんなに待たされても「いいですよ」と鷹揚になり、心に余裕ができる。
                  合格した瞬間、澱のように沈んでいた心の悩みの9割がふっ飛んだ。
                  自分が浪人中に抱えてきた苦悩は、哲学的で深遠なものかと思いきや、たかが大学に合格しただけで瞬時に消え去る。そんな自分の俗物性を嘲笑しながら、合格の喜びに浸った。

                  浪人生はスタートが肝心だ。
                  もし4月に大学受験があったら、浪人生が圧倒的に勝つだろう。1年後に勝負の相手になる現役生は、まだ意識が高まってなかったり、部活に一生懸命だったり、学力が備わっていない。5月6月の模試で意外に高い偏差値が出る。そこで安心するのが落とし穴だ。
                  しかし1年後には現役生の合格率が高くなる。浪人生は1人、また1人と現役生に越されていく。その恐怖を常に意識しながら、緊迫した勉強を、浪人生の皆さんにはしてほしい。
                  合格した喜びと、浪人で合格した自信は、1年2年耐えた分だけ、絶対に大きい。

                   
                  | 大学受験 | 17:07 | - | - | ↑PAGE TOP
                  大学受験・部活生はラストスパートできるのか?
                  0
                    部活生はラストスパートがきくという説がある。本当だろうか?
                    部活に青春を捧げ、勉強がおろそかな状態で、高3の夏から難関大学を狙い合格することは可能か?
                    「偏差値40から半年で65に伸ばす」ことは、実際にできるのか? 
                    私には「才能がすべて」としか言いようがない。
                    「才能」という言葉を少し分析してみよう。
                     
                    第1は「読解力」である。
                    読解力とは「面白いものを感知する力」「他人のひらめきに気づく力」とでも言いかえればいいだろうか。
                    勉強には、教科書や参考書から正確な情報を引き出す読解力がいる。教科書や参考書は、偉大な先人たちが残した「ひらめき」の記録である。教科書や参考書に面白さを感じ、ユニークな「ひらめき」をすくい取るには感性がいる。
                    面白いものをスルーする受験生は、難関大合格は難しい。
                     
                    学問はそもそも暇人がするものだ。何もすることがない時間が、本や自分の脳に語りかける機会を作り、沈思黙考の中で「ひらめき」が生まれる。
                    ニュートンが、リンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を閃いたのは、ニュートンがリンゴの木を眺める余裕がある暇人だったからである。西田幾多郎が「善の研究」を書けたのも、哲学の道を散策する時間に恵まれていたからだ。
                    ニュートンが地中海の港湾の船の荷揚げ人夫で、西田幾多郎が京都で人力車の車夫をやっていたら、肉体的疲労で閃きどころではなかったはずだ。新しいことを「ひらめく」にも、読書から「ひらめき」を吸い取るにも、体力的な余裕と自由な余暇が必要だ。


                    ところが、部活生の多くは、家に帰ったら疲労で読書どころではない。肉体的疲労で読書ができない。肉体疲労と「ひらめき」は反比例する。
                    放課後の部活の時間が読書にあてる時間を削り取る。読書には一定の体力がいる。ハードな部活は子供の国語力を砂漠化する危険性をはらんでいるのだ。 
                    半年間で猛烈に追い上げるには、参考書や問題集の力は欠かせない。これから2段階3段階上の大学をめざすには、授業には頼れない。部活で頑張り授業で眠っている間に、授業進路は遥かに先に進んでいるからだ。進路の差を自分で埋めなければならない。


                    猛烈な追い込みのためには、参考書や問題集を使った自学自習が必要だ。先生が四六時中べったりくっ付いているわけにはいかない。参考書を読みこなさねば成績は上がらない。なのに、皮肉にもそんな受験生ほど、部活で読解力を奪われている。
                    本から吸収すべき受験生ほど、本を読む力がない。偏差値を大幅アップさせるには、文章を深部細部まで読みこなす本を食べるくらいの読解力、それから教科書からウィットやエスプリを嗅ぎ分ける、面白さに反応する力が絶対に必要だ。
                    勉強は頭脳労働、部活は肉体労働。この2つはシンクロする部分もあるが、別物であることを再認識する必要がある。
                     
                    第2は「暗記力」である。
                    高3の夏から、勉強を始めるために塾や予備校に通う生徒がいる。しかし塾や予備校の授業は、ゼロから勉強を始めようとする生徒には合わせていない。
                    ならば、個別指導や家庭教師ならどうか。たぶんレベルに合った指導をしてくれるだろう。ただ、そこで問題になるのは、知識の絶対量である。
                    知識の絶対量とは、英語で言えば具体的に単語・熟語・文法・語法の量である。英語ができる生徒は5000も6000も単語を暗記し、しかも単語を使って有機的に英文を読める。知らない単語があっても類推する能力さえ持っている。


                    しかし、部活に目を向けすぎて勉強を疎かにしていた高3生は、単語量が決定的に不足している。だから彼らが勉強に目覚めた時、まず取り掛からなければならないのは、猛烈な単語・熟語・文法・語法の暗記である。
                    追い込みをかけるには、勉強をコツコツやってきた同級生が長期間かけて暗記してきた単語・熟語・文法・語法を、短期間で記憶する人間離れした暗記力が必要だ。
                    個別指導や家庭教師を頼むなら、強い強制力を持ち、厳しいノルマを課すスパルタ系の先生に身を預けるぐらいの覚悟が必要なのだ。
                     
                    強い読解力と暗記力を「才能」と呼ぶ。ただこの2つの「才能」だけでは、追い込みは難しい。
                     
                    ここで 第3の才能、「ハングリー精神」がクローズアップされる。
                    体育会系男子の、最強の長所はこれだ。
                    ラストスパートで猛烈な追い込みができるのは、狂気スレスレのエネルギーを持つ生徒だ。バイタリティがある「肉食系男子」である。 
                    高3の夏まで勉強が二の次になっていたのは、部活にあまりにも熱中しすぎたからである。一つのことにのめり込むと周囲が見えない。
                    しかし勉強に集中し始めると止まらない。エンジンフル稼働で、血圧が上がったような真っ赤な顔で、深夜2時3時まで勉強する。超人のような集中力と継続力で、成績はグングン伸びる。
                     
                    ちなみにこのタイプは、センターや二次の過去問を解くことをなぜか好む。本番と同じ問題に対して戦意が湧くのか、スコアが出ることが嬉しいのか、理由はよくわからないが、本能的に過去問を好む。赤本の赤色を見ると牛のように興奮するのか。 
                    ラストスパートがきく典型的タイプといえば、大阪の北野高校ラグビー部で活躍し、部活引退後は勉強面で振るわず、周囲に無理だと言われながらも、一念発起して一浪で早稲田に合格した橋下徹前大阪市長みたいな人である。あふれんばかりの言葉の力と、過信ギリギリの自信と攻撃性が、超人的な追い込みの原動力になる。 
                    橋下徹のように、母子家庭で育った男の子に、ハングリー精神を感じる子がいる。18歳にして家父長のように、家族を背負っている切羽詰った感じがある。母親をいつか楽にしたいという気持ちが、照れから口にこそ出さないが垣間見える。経済的にも浪人は許されず私立併願も限られ、背水の陣の中から勝利をつかむ。
                     
                    第4は「出会い」である。
                    一人では大学受験の逆境はカバーできない。そんな時、熱心に支えてくれる学校や塾の先生にめぐり合えるか運命を決める。
                     
                    教師は心の中で、猛烈にやる気がある子を待ち望んでいる。大人の中には、将来ある若者に自分を賭けてみたい「教育欲」を、人並みはずれて持っている人がいる。教育欲の強い大人と、向上心の強い若者が出会えば、強い師弟関係が生まれる。
                    積極性と礼儀正しさ、それに可愛げがあれば、教育欲の強い教師の懐に飛び込み、ゴールまで二人三脚を超えた一心同体の人間関係を築き上げ、思いっきり贔屓され、大学受験を乗り切れる。
                     
                    ただ、いくら部活に熱心とはいえ、限度がある。一定量の勉強量は確保しておくべきだ。あまりにも長時間生徒を拘束する部活は薦められない。
                    難関大学に合格するには、部活の時間が短いことが必要条件だ。進学校は短時間で効率的に練習し、部活の時間を伸ばさず勉強時間に配慮している。こういう学校なら、高3夏に瀬戸際まで追い詰められることは少なく、勉強と部活の両立は可能だ。
                     
                    体育会の部活は、時に受験に役立つ。
                    部活で頭を使いながら上達してきた子は、勉強の世界でも伸びが速い。運動と勉強、目標が変わっても、自分の力を伸ばす方法論を知っている。上達するコツがカンで理解できる。監督・コーチの言うままでなく、良い部分は受け入れ合わない部分は削って、自分の頭で練習方法を開発してきた子は、勉強の世界でも十分に応用できるのだ。
                     
                    プロ野球界でも、環境が変わっても活躍するのは「頭がいい」選手である。日本のプロ野球からメジャーに行って成功したのはクレバーな選手ばかりだ。メジャーで成功した選手、たとえばイチロー・松井・黒田・ダルビッシュ・長谷川・上原らは、肉体面に加えて頭脳面に秀でていた。
                    日本のプロ野球では相対的に高い能力で評価されていても、いざ海を渡ってメジャーに移籍すれば、圧倒的な力の低さに気づく。絶望的な壁が立ちふさがる。そこから浮き上がるには、やはり知力が必要である。
                     
                    同じことが、高3の夏から大学受験に目覚める子にも言える。
                    絶望的な偏差値の壁。問題解いても歯が立たない。高い志望校を周囲に告げたときの嘲笑。そこから這い上がるには、作戦面での間違いは許されない。そこで先ほど述べた、有能で熱心な先生との「出会い」も一つの鍵になる。

                     
                    以上の条件を満たした受験生が、追い込みが可能な受験生である。
                    部活に一生懸命だが、読解力や記憶力はありハングリー精神も旺盛。部活を引退したら「部活教」から「勉強教」へ、チームプレイから個人プレイへ華麗に転進する。一度方向性を決めたら、能力と熱意のある先生の懐に飛び込み、アドバイスをもらいながら自分で勉強法を開発し、高いポテンシャルとバイタリティでガッツリ勉強し、志望校にたどり着く。
                     
                    話は突然飛ぶが、個人レベルでなく国家レベルでも、同じことが言える。
                    中国が経済発展したのも、同じ理屈が当てはまる。
                    中国は、平等だが貧乏な共産国で、文化大革命に国の総力上げて打ち込んできたが、小平の政策転換で経済発展に目覚め、人民が競争意識を持ち始め、古代から儒学など読書経験が豊富で、人口も資源も多くポテンシャルが高く、本来中国人が持つ自己主張が強く自己中心的な国民性が表に現れ、日本という技術も資金も出してくれる隣国に恵まれたからこそ、中国は経済発展を成し遂げたのである。失礼だがブータンのような国は、良くも悪しくも経済発展は難しいのである。
                     
                    突然成長できるのは、個人レベルでも国家レベルでも「眠れる獅子」だけなのだ。
                    獅子は必ず、皆さんの心の中で眠っている。

                     
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                    大学受験生「親が超ウザい!」
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                      受験生にとって親は最大の味方ではあるが、暑苦しい存在でもある。
                       
                      受験情報に無知な親が心配のあまり、にわかに教育熱心になり、突然成績について根掘り葉掘り聞いてくるのは、非常に困る。
                       
                      母親「ねえ、勉強うまくいってるの」
                      息子「一応ね」
                      母親「模試の成績見せて」
                      息子「わかった」
                      母親「ねえ、数学って200点中90点だけど、これ100点満点だったら、45点しか取れてないじゃない」
                      息子「模試だから、問題が難しいんだよ。45点でも取れてる方だよ」
                      母親「でもあなた、小学校や中学校のテストでは100点取ってたじゃないの。ちゃんと勉強してるの?」
                      息子「してるよ。小中学校のテストと模試を一緒にするなよ。入学試験は6割から7割取れれば合格なんだよ。それだけ問題が難しいの」
                      母親「でも、100点取る人だっているわけでしょ。がんばりなさい」
                      息子「はいはいはい。それから模試はね、点数より偏差値の方が大事なんだよ」
                      母親「あなたの数学の偏差値は60点? たった60点しか取れてないわけ?」
                      息子「あのね、偏差値は平均点取れば50なわけ、平均点より上だったら60、70になるし、下だったら40や30になる。そういう数値なんだ」
                      母親「私は難しいことわからないけど、偏差値60点って低くない? 英語も偏差値70点。100点めざしなさい」
                      息子「偏差値70で文句言われたら、頭来るなあ。偏差値100なんて見たことないよ。あと偏差値に60点とか、「点」をつけるのやめてよ。偏差値は点じゃないんだから」
                      母親「よくわからないけどわかりました。じゃあこの国語の偏差値は40だけど、これは低いと解釈していいわけね」
                      息子「はい。それについては言い返す言葉はありません」
                      母親「ねえ、このBってのは何なの?」
                      息子「志望校への合格可能性を、アルファベットで表したものだよ。A判定が一番上で、B判定が2番目」
                      母親「B判定って、B級グルメみたいで響きが悪いわ。ちゃんとA判定取りなさい」
                      息子「はいはいはい」
                      母親「それからこのEっていうのは何? どれくらい合格可能性が少ないの? E判定って何番目くらいに低いわけ? F判定とかP判定とかZ判定とかあるの?」
                      息子「E判定が一番低い・・・」
                      母親「まあ! 最低なの? もっと頑張りなさい」
                      息子「わっかりやした」
                       
                      受験生には、こういう親子の会話は疲れる。親はストレス供給源になってしまう。
                       
                      受験情報に疎い母親との会話も疲れるが、受験情報をたっぷり仕入れている父親の説教はもっとつらい。書店の学参コーナーで教育書を買い漁って、勉強法オタクになっている父親もいる。
                      浪人生にとって、中学受験を引きずったような、教育熱心な父親はやっかいな存在だ。

                       
                      父親「お前、浪人生になって生活のリズム乱れてるぞ。「早寝、早起き、朝ご飯」が頭を良くするというのは常識だろうが。おまえのは「遅寝、遅起き、朝ご飯抜き」だろ。夜食にセブンイレブンの「すみれ」や「一風堂」のカップラーメン食べ過ぎだ。最近ちょっと太ってないか? 生活習慣から変えていかないと」
                      息子「はい」
                      父親「あとこの前アメトーーク見たら、京大出身のロザンの宇治原がエア授業やってたぞ。学力を伸ばすには授業をやってみるのがいいってな。お前のそういう姿、見たことないぞ」
                      息子「これからはやるよ」
                      父親「あと英語の音読やってるか? お前の勉強部屋からは、英語音読の声が聞こえてこない。英語は耳と口で覚えないと身につかないぞ。ブツブツ英文つぶやかないと」
                      息子「わかった」
                      父親「あと国語力は読書で伸びる。本をもっとたくさん読め。読書すればボキャブラリーが増える。マンガや涼宮ハルヒも否定はしないが、もっと入試に即した歯ごたえのある本を読めよ。新書とか」
                      息子「考えておくよ」
                      父親「怒るかもしれないが、お前のツイッターアカウント見たぞ。なんだよあのつぶやきは。「朝起きたー」「数学わかんねえー」「予備校の授業切りてえー」「やる気でねえー」「セックスしてえー」。内容は短くてつまらないのに、数だけは多い。つぶやいてる暇あったら、英単語の一つでも暗記したらどうだ?」
                      息子「なんでそんなの見つけたんだよ」
                      父親「そういうのはね、ばれちゃうんだよ。ベッキーみたいに」
                      息子「・・・」
                      父親「ツイッター見ると、成績あまりの伸びてないようだな。効率が悪いんだ。池谷裕二の本読んで、脳科学もっと研究して、忘却曲線意識しながら復習しないとだめだぞ。脳のポテンシャルを十分生かさないと。理屈に適った合理的勉強法が大事だ」
                      息子「ああ」
                      父親「あと勉強法の本で、頭を坊主にして頑張った浪人生の話が書いてあったぞ。今すぐ床屋に行って、その鬱陶しいボサボサ頭丸めて気合入れてこい。最後は根性が勝つ」
                      息子「・・・」
                       
                      親は付け焼刃の勉強法を浴びる息子は、鬱陶しいことこの上ないだろう。
                      脳科学を推奨していながら、髪を切れと言う矛盾。頭蓋骨の内と外、両方に口を出す。合理性と精神論をともに浴びれば頭が混乱する。
                      受験期、親は自分が「毒親」になっていないか、意識しておかねばならない。熱心な親ほど「毒親」になりうる。
                       


                       
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