いまさら誰もが絶賛している「DUO」について語るのは野暮な気もするが、「DUO」は評判になるだけあって、素晴らしい本である。単なる英単語・英熟語集の範疇を超え、また無味乾燥な基本例文集でもない、現代英語の総合力をつける最適の教材である。
「DUO」を受験勉強をはじめるにあたり最初の単語集として使うのは危険が伴うが、ある程度単語力の土台ができた(「シス単」で言えば第2章まで終えた段階だろうか)大学受験生にとって、英語に対する知的好奇心を誘うまたとない良書だと思う。
「DUO」は現代英語の重要単語1600と熟語1000が、重複なしに560本の基本例文に凝縮されている。
例文暗記用の参考書といえば、昔から駿台の「基本英文700選」が有名だが、僕はかつて「基本英文700選」をこう評したことがある。
「基本英文700選」は700個の英文が、ズラズラ羅列してある本で、全部暗記すると英作文の得点アップ間違いなしという本なのだが、無味乾燥な例文をひたすら暗唱する作業に耐えかねて挫折する受験生は数知れず、「文章が古くさい」「ただ英文を集めただけ」「受験英語にしか役に立たない」「解説がのっていない」「こんなん誰が覚えられるつーんだよ」とみないろんな理由をつけてはリタイアするので、「基本英文700選」の全文暗唱に挫折した受験生の言い訳を集めたら「基本英文700選を暗記できなかった受験生の言い訳700選」というタイトルの1冊の本になりそうな、挫折率が異常に高い魔の書物である。
「DUO」と「基本英文700選」は、例文暗記を目的にした本でありながら方向性がまるきり違う。「基本英文700選」はTOEIC受験者の目には象牙の塔に放置された黴臭い骨董品に見えるだろうし、逆に京大の2次試験のアカデミックな英訳和訳対策に「DUO」は軽くて実用的すぎる。
ただ、暗記しやすさでは「DUO」に軍配が上がるだろう。
なぜなら「DUO」の例文には遊び心がある。
たとえば’tear’には「涙」と「破く」という途方もなく異なった2つの意味があるが、「DUO」では
530 In tears, she tore up his letter and threw it away.
彼女は泣きながら、彼からの手紙をめちゃくちゃに引き裂いて捨てた。
と、1つの例文に’tear’を2つ違った意味でぶち込んでいる。うまい例文だなあと感動する。
また、自動詞の’lie’と他動詞の’lay’の区別は頭を混乱させるが、
113 She laid the baby down and lay down beside him.
彼女は赤ちゃんを寝かせて自分も隣に横になった。
という例文は芸術的ですらある。downの位置が絶妙で、自動詞と他動詞が一発で区別できる。’lie’ と’lay’の使い分け方が自然な例文を通して学べる。
僕は塾で「DUO」を英文和訳の授業に使っている。難関大学の英文和訳問題には、単語の羅列から意味をひらめく力が必要で、想像力を鍛えなければ訳せない英文が多い。「DUO」の例文はイマジネーションを鍛えるための良い例文が並んでいる。
こんな風に「DUO」英文だけを並べたプリントを用意し、サクサクと1文ずつ生徒に和訳してもらう。
たとえば下の例文は、フレーズの類推力を喚起するのにうってつけであろう。
184 As a self-made man put it,“A man of vision will make good in the end.”
自分の力で成功をつかんだ人が言ったように、「先見の明のある人は最後には成功する」
この例文の意味が取れるかどうかは、’a self-made man’ と’a man of vision’を訳せるかにかかっている。
ただ、この2つの熟語は意味を知らなくても、ぎりぎり想像力でカバーできるのではないか。’a self-made man’の’made’は、第5文型でよく使われる ’He made his son a doctor.’ とほぼ同意の’made’であることがわかれば訳せるし、また’a man of vision’なら’ vision’を「ビジョン」とカタカナにすれば「ビジョンのある人」になり、意味は想像できるだろう。
僕は授業で生徒を追い込み焦らしながら、閃くのを待つのである。
とにかくも、英文を訳すには想像力が必要だ。和訳しても支離滅裂で意味が通らず、自然な表現にならなければイライラする。
ただ、英文の意味が頭に電光石火のごとく浮かんだ時、数学や物理の問題が解けたような快感が走る。「DUO」にはそんな快感を与える例文が揃っている。気難しそうに見える英文も、日本語にすればきわめて自然な表現になる。英文の難解さと和文のシンプルな日常性のギャップがいい。「DUO」を使えば楽しい授業ができるのだ。
ところで、「DUO」には少し羽目をはずしすぎた例文がある。男女関係に関する会話文が「DUO」には多い。
544 “Jennifer went so far as to call me an idiot and she wouldn’t take it back.”
“Serves you right! You provoked her, didn’t you?”
「ジェニファーは僕をばか呼ばわりして、しかもそれを撤回しないんだ。」
「自業自得よ! あなたからけしかけたんでしょう?」
539 “It dawned on me that I had been taken in by Jennifer all along.”
“How naive! Didn’t you see through her?”
「ジェニファーにずっとだまされていたのがわかってきたよ。」
「何てうぶなの。彼女の本性が見抜けなかったの?」
534 “Jennifer left me for another guy.”
“Oh, you must be upset.” “Not really. I’m used to it.”
「ジェニファーは俺をふって他の男のところにいったよ。」
「えっ、それは辛いわね。」「そうでもないよ。慣れてるよ。」
“I’m used to it.”という面白いオチで、’be used to〜’「〜に慣れている」という熟語が頭に焼きつく。
ところで「DUO3.0」は2000年の第1刷以来改訂していないが、改訂する必要がないほどの完成度である。
また、別売りの復習用CDは、560本の例文が60分に凝縮されている。使用しなければ効果が半減するだろう。CDを毎日1時間聴けばものすごい英語力がつくと思う。
無人島へ「DUO」と、i-Podに録音したCDを持ち込んで1週間ほど例文暗記に専念すれば、下手に海外留学するより英語に上達するのではないか。また、塾で「DUO合宿」でも企画したらいいかもしれない。効果は抜群に上がるだろう。
「DUO」は受験英語の本道より、少し実用英語に傾いているのは否めない。「DUO」は受験英語指導では、脇役に置いたほうがいい気がする。
ただし「DUO」は愉快で存在感抜群の脇役であり、堅苦しくなりがちな受験英語指導のブレイクタイムには欠かせない。
「DUO」はとにかく例文が面白い。和訳する作業を続ければ、英文の意味をつかむ想像力を楽しく鍛えながら、同時に語彙を蓄積できる。「DUO」は印象深いフレーズが多いので記憶に残りやすい。強い閃きを感じれば感じるほど、脳味噌に焼きつく可能性は高い。
「DUO」は試験本番で必要な単語の類推力をつけながら、類推力に頼らなくてすむ単語量を増やせる、インスピレーションとストックの両面を並行して伸ばせる、一石二鳥の教材である。