猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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高校推薦入試小論文の「邪道」な秘訣
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    いま中学生に、高校入試小論文の指導をしている。

    僕がこれから書く高校入試小論文の方法論と価値観は、我流で邪道で外道かもしれないが、広島県公立高校の推薦入試(選抜機砲砲△訥度結果は出しているので、いちおう書いてみたいと思う。
     

    高望みなのはわかっているが、僕は「誰でも書ける小論文」はめざしていない。「誰も書けない小論文」を目標に指導している。出題者が求める文章ではつまらない。出題者が想像もしていなかったけど、出題者に『これを求めていたんだ!』と思わせてしまう文章が理想だ。

     

    僕の考えを一言で述べると、小論文はテクニックより素材だ。アイディアがすべてだ。1つのアイディアで押し通す、肺活量が強い一直線で天衣無縫な文章が理想だ。斬新なアイディアが閃いた時、思わず「これはいけるぞ!」と快哉を叫びたくなり、心の中で「クスッ」と笑いが出る。一刻でもはやく自分の閃きを文章にしたいから、筆はどんどん進む。構成は滑らかに、語彙は華やかになる。良いアイディアが閃けば原稿用紙は一瞬にして埋まる。一瞬で埋まった文章は一瞬で評価される。

     

    逆に段落間の不自然なつぎはぎが目立つ、干からびた文言を並べたパッチワークみたいな文章はよくない。なかなか原稿用紙が埋まらないのは、アイディアが貧困だからだ。貧困なアイディアを小手先のテクニックで取り繕った文章なんか教えたくない。子供の感性よりも指導者の存在を裏で感じる、形式が表に出る小賢しい小論文なら書かないほうがいい。
     

    繰り返すが、小論文は素材が勝負だ。たいていの小論文参考書は、表面的なテクニックに終始した、いわば「文章の書き方講座」の域を脱していないものが多い。「どう書くか」には触れられているが「何を書くか」について納得のいく説明がされた本はまれだ。

     

    英語や数学など他の教科は、鋭い閃きや膨大な知識がないと解けないのは当然だ。しかし小論文に関しては段落の分け方・接続詞の使い方など形式面ばかりがクローズアップされ、アイディア素材については、あまり触れられていない。小論文こそ斬新な閃きで、他人と大差がつけられる分野なのにもったいない。

     

    料理でも、素材がよければ調理法が多少悪くても素晴らしい一皿が作れる。小論文指導は悪い素材を誤魔化す方法ばかり教えられてきた。しかし屑肉を使ったハンバーグの作り方ばかり教えても意味がないし、つなぎのパン粉とか玉葱の炒め方とかスパイスとか、枝葉末節の部分だけ指導しても、材料の悪さは隠し通せない。

    逆に素材のいい霜降り肉なら、調理法を少々間違えても最高のステーキができる。問題はどうやったら素材のいい霜降り肉が育てられるかだ。

     

    要するに小論文は、試験直前に慌ててよい文章を書こうと取り繕ってもダメで、ふだんどれだけものを考え、読書をして重層的な教養を蓄えているかで決まる。霜降りの肉なんて、育てるには長期間の丹精が必要だ。

     

    ただ矛盾しているようだが、中学生の文章は短期間である程度上達する。

    では、良い文章を書くにはどうするか。アイディアを捻り出すにはどうすればいいか。

     

    まず、斬新なアイディアを出すには、思い切って裸にならなければならない。

    ’Don’t be shy.’「恥ずかしがるな」

    ’Don’t hesitate.’「躊躇するな」

    この2つのフレーズを意識しよう。いい子ぶってはならない。真面目な子を演じてはならない。生身のネタで勝負しないと、いい文章は書けない。

     

    では、小論文を書く上で最高のネタとは何か?

    それは「自分の体験」だ。

     

    裸になって自分の体験を書けばいい。中学3年生にとって、いちばん熱く一気呵成に書けるのは自分自身のことだ。最高の素材は自分自身である。

    ただ、手垢だらけの誰もが書く体験では、良い評価は得られない。評価されるのは「こんな体験誰もしたことがないだろう」「これを書いたら読む人は驚くだろう」という唯一無二の体験だ。試験官が小論文の採点をしていることを忘れ、文章に引き込まれるような素材だ。小論文を書くときこそ「オンリーワン」を意識したい。

     

    話は飛ぶが、文学賞の世界でも、オリジナリティの高い素材が受賞につながる。ミステリー作家の登竜門に「江戸川乱歩賞」という賞があるが、この賞は賞金が1000万円で、小説家志望者の憧れになっている。

    江戸川乱歩賞を取るには傾向と対策があり、審査員がよく知らない未知の世界が舞台でなければ、なかなか受賞できない。江戸川乱歩賞の審査員は百戦錬磨の小説家で、彼らはミステリーの舞台としては定番の警察とか病院とか刑務所については精通しているから、よほど斬新な舞台を設定しないと評価されないのだ。


    もちろん僕は、文学賞と小論文は別種の才能が求められるのは十分承知の上で言ってるのだが、素材が新鮮な文章が人を引き付けるという点では、中学生小論文もプロの小説家の文章も同じである。

     

    中学生の頭に浮かんだ素材が新鮮かどうか、オリジナリティが高いかどうかは、ある種の審美眼がないと中学生にはわからない。「これは面白い。新しい」「これは面白くない。よくあるタイプの文章」と指摘するのが僕の役割だ。僕の作文指導は枝葉末節の形式的な指導より、面白いか面白くないかの選定作業がメインだ。

     

    さて、僕の方法論や価値観を読んで、「それは小論文の書き方ではない」「小説やブログの書き方ではないか」と指摘する方もいるだろう。

    よく小論文は作文ではないといわれる。たしかに小論文は作文ではない。小論文に「自分の体験」ばかり書くと作文になってしまう。小論文は生の自己主張の場ではなく、設問に対してズレた文章を書いてはならないのが小論文の大前提だ。設問者のツッコミに、的確なボケをかますのが基本だ。

     

    しかし小論文の中の作文的要素は文章にふくらみを与える。大学受験の小論文はまた別の世界だが、中学生が書く小論文には、堅苦しさの中にも書き手の個性の痕跡を、中学生らしい素直な子供っぽさを加えたい。ボケを演じながらも、したたかに自己主張する意識がほしい。
     

    また、小論文を書くには構成力、すなわち起承転結の技法が必要だ。そのうち「起」は話題の紹介、「結」は文章を無難に締める部分で、他人との違いをアピールできない。
    「結」はあくまで軽い表現のほうがいい。もし小論文の最後が「これからの日本はどうなってしまうのであろうか!」などという陳腐な大言壮語で終わってしまったら、大減点されてしまう。
    また「起」から気合をいれて、ケレン味のある書き出しで読者を一気につかむ作戦を狙ってもいいが、文章のカナメは何といっても「承」「転」の部分である。

     

    僕の作文指導は「承」の部分に一番こだわる。「承」は具体例で、独自のアイディアがアピールできる願ってもない空間だ。小論文の前半部で、思いっきり自分の体験を披露すればいい。文章の面白さは「承」の部分が請け負っている。

     

    それに対して「転」は論文の最重要部で、抽象度の高さが求められる。今度は一転して「承」の具体例を「転」で抽象化しなければならない。僕は起承転結の「転」という文字を具体から抽象に転じるという意味で解釈している。「承」で子供のように遊んで「転」で大人になるのだ。「承」で中学生らしさを、「転」で高校生の背伸びした姿をアピールすれば、コントラストの強い小論文に仕上がる。


    「承」は感情「転」は理性、「承」は感性「転」は知性、「承」は柔らかく「転」は硬く、「承」は気さくに「転」は小難しく、「承」が普段着姿でカジュアルなら「転」で制服を着込んでフォーマルに。

    「承」で展開した中学生個人の話を、「転」で社会とか地球とか環境とか、広い世界に解き放つ意識を持てば、良い小論文が完成する。

    ただ中学生の小論文は「転」の抽象的な部分では差がつかない。「承」の具体的な部分、個人の思いを込めた実例の部分で勝負が決まると僕は考えている。設問に対して「私にもこんな経験がありました」と面白く反応した文章を、うちの塾生には書いてほしい。
     

    なんだか小論文のテクニックを否定したニュアンスの文章になってしまったが、もちろん小論文にテクニックが必要だ。僕はマクロな素材面の指導だけではなく、ミクロな技術面の指導にも怠りはないつもりだ。

    技術面の例を一つ挙げると、対義語を使えば文章にメリハリができる。たとえば僕の今日の記事でも、「アイディア」「テクニック」、「理性」「感性」、「ボケ」「ツッコミ」、「ステーキ」「ハンバーグ」、「カジュアル」「フォーマル」といった対照的な言葉を要所要所で散りばめている。対義語を使うだけで文章は映える。

    しかし素材が悪ければ、腕利きの書き手でも良い文章は作れない。どんな名料理人でも腐った鯛を料理できないように。

     

    (なお、大学受験の小論文には、決定版とも言えるべき本がある。この本の紹介はまたの機会に)




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