猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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アウトレイジ塾
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    塾長が子供を叱る理由は、当たり前のことが守られていないからである。叱る内容はたいてい、勉強の出来不出来ではなく、ささいな「勉強姿勢」によるものだ。

     

     

    例に挙げると

    「宿題をやってこない」

    「宿題の解答を写す」

    「忘れ物をする」

    「挨拶をしない」

    「カンニングする」

    「遅刻をしても『遅れてすいません』の一言がない」

    「無断で欠席・遅刻をする」

    「学校でいま習っている内容が答えられない」

    「定期試験の点数を忘れる」

    「姿勢が悪い」

    「反応が鈍い」

    「目が死んでいる」

    「背筋が伸びていない」

    「机にひじをつく」

    「授業中講師の方に目を向けていない」

    「忘れ物が激しい」

    「授業中当てられた時の声が小さい」

    「指示されたノート作りをしない」

    「計算の途中の式を書かない」

    「文字が小さい」

    「文字が汚い」

    「文字が薄い」

    「鉛筆を削っていない」

    「赤で書くところを青で書いている」

    「同じミスを繰り返す」

    「3日前に教えたことをもう忘れている」・・・

     

     

    これを読んだ人は、「それなら怒るのは仕方ない」という意見と、「細かいことにうるさくしないで、もっと大らかな気持ちで子供を見守ってあげたら」という意見に分かれるだろう。「子供だから仕方ない。いつか直るさ」という反論も生まれると思う。

     

     

    たしかに上に羅列した欠点は、大人になったら大部分は自然消滅する。子供は「育てる」のではなく「育つ」ものなのだから、少々のことは見守ってやれという考えも納得できないことはない。

     

     

    ただ、小さい頃から勉強姿勢が完成されている子がいることを忘れてはならない。そんな子は小さい時から正しい勉強姿勢で、眼を光らせ前を向きながら真正面から先生の話を吸収し、成長するに従って知識を加速度的に増やし、頭の芯から勉強を理解している。

    一般に、教師は学習姿勢が素晴らしい子をかわいがるのは否定しがたい。話を聞かない人間より、聞く人間の方に好感を持つのは当然のことだ。教師から好意を持たれた子と、疎まれた子では、ますます学力に差がつく。

     

     

    勉強姿勢が未熟な子が、やっと大人になって自分のまずさに気づいた時には、知識の貯蓄量は圧倒的な差がついている。先生から疎まれて大人不信にもなる。勉強姿勢を身につけるのは一刻も早いほうがいい。だから良心的な教師は子供に口うるさい。

    勉強姿勢が悪い子は塾に来る前、人の話を聞く姿勢や、挨拶をする習慣が身についていなくても、親や学校から欠点をスルーされている。子供に嫌われたらいけないという、気の弱さがそうさせるのだろうか。

    厳しい環境に身を置くチャンスがなく、悪い点を大人に指摘されずに生きていた子供は、知識を吸収できずに学力面で痛い目にあうどころか、就活でも相手にされない。学校や塾では姿勢の悪い子を怒って注意するが、企業は笑って避けるのである。

    運良く就職できたとしても、勉強姿勢が出来てない子は、仕事に対する熱意と丁寧さに欠け、挨拶ができず笑顔がなく感じが悪いので、上司や取引先から嫌がられ、他の同僚より厳しく怒られる。

    家庭や学校から無菌室で純粋培養され叱られた経験がなく、欠点を残したまま社会に出た子は、大人になって自分の至らなさで仕事ができないことを棚に上げ、怒った人間を恨むようになる。そうなると会社の厄介者として自分から職場を去るか、上司から引導を渡されるか、いずれにせよ社会人失格である。

    欠点を矯正されないまま育った子供は「裸の王様」ならぬ「裸のお子様」として大恥をかく。子供の時は王族のようにちやほやされて、大人になったら厳しい一般社会に放り出され、子供時代の「ぬるさ」と社会に出てからの「冷たさ」のギャップにもだえ苦しむのだ。

     

     

    厳しい塾は、子供に免疫をつけるため存在する。

    大人社会の「リハーサル」を教育現場で行ってくれる、いまどき珍しく有難い存在だと思えばいい。

    教師が細かい注意を怠り、いい加減な教え方をしていたらいい加減な人間しか作れない。形から入らなければ学力が伸びない。子供の細かい欠点を「見守る」ことは「見捨てる」ことでもある。塾は成績を上げるのが仕事であり、細かい腐食した部分が、子供の学力をシロアリのように蝕んでいるのを見過ごすわけにはいかない。

     

     

    芸術でも音楽でも、細部にこだわる作品は支持される。たとえば山下達郎はレコーディングに多大な時間を使い、音の一つ一つにこだわるが、彼の音楽は時代の風化に耐え、老若男女問わず日常的に聴かれている。

    また、宮崎駿アニメの大きな世界観は、細部の執拗な書き込みによって生まれる。宮崎駿が子供に支持されるのは、手抜きが一切ない映像だからである。子供こそ大人の手抜きを見破る。

     

     

    とにかく、学力を伸ばすには細部がすべてである。子供の何気ない所作には、勉強が苦手な理由が詰め込まれている。慧眼な教師なら、子供の姿勢と物腰と眼力をチラと観察しただけで、勉強が得意か苦手か読み取ることができるのだ。

     

     

    細かいことに気づいたら腹に溜めないで瞬時に直す。ただそれだけのことである。

     

     

     

     

    塾長が厳しくキャラが立っており、塾の外からも塾長が子供を叱る声が聞こえ、拘束時間が長く、猛特訓合宿まである。そんな塾は高度経済成長期の化石扱いされ、「魔王」「スパルタ塾」「ヨットスクール」「平成の人足寄場」「アウトレイジ塾」などと揶揄され、親は「勉強しないと○○塾に入れます」と子供を脅す。

     

     

    では、塾長は何を理由に、子供を厳しく叱っているのだろうか?

    塾長は塾生に対して、とてつもなく高いものを要求しているのだろうか?

     

     

    個人塾に多い。

    いまどき厳しい塾がある。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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