猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
kasami88★gmail.com
CALENDAR
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
twitter
猫ギター
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 日本一素直な男・コウタロウ(1) | main | 日本一素直な男・コウタロウ(3) >>
日本一素直な男・コウタロウ(2)
0
    60年代の高校生がタイムスリップ

    コウタロウ君は、1960年代の高度経済成長期、まだ誰もが将来に夢を感じていた時代の容姿性格の子供である。ゲームはしない、でもテレビは見る。サッカーが大好きで、勉強が得意。いつもニコニコしていて年長者から好かれ、愛情をたっぷり浴びて育った、オールドファッションなタイプで、東京オリンピックの体操選手の白いユニフォームが似合いそうな少年である。他の同級生のようにスカしたところがなく垢抜けていないので、コウタロウ君は同級生から少しだけ浮いたところがある。

    まるで1960年代の健康的でシャイで真面目な少年が、現代にタイムスリップしたような男だった。そんなコウタロウ君の、真面目さ古めかしさゆえに現代の普通の若者とズレてしまったユニークな部分を紹介してみたい。

     

    コウタロウ君のヘアスタイルは坊ちゃん刈りで、高3になって少しだけ色気づいてワックスをつけるようになったが、それまではどう見ても、団塊の親父世代の中学卒業アルバムみたいな髪型だった。

    コウタロウ君が高校生になると、拘束時間が長い私の塾のせいで髪を切りに行く暇もなく、高校の頭髪検査によくひっかかり、そのたびにお父さんがハサミで応急処置をされるのだが、この髪型が実に面白く、前髪が極端に短い高杉晋作みたいな時もあれば、中国雲南省の穴倉に住んでいる十代の少年みたいなモッサリした時もあり、髪型を気にする子なら家に引きこもっても仕方ないような髪型で堂々とニコニコしながら外に出ていた。彼の髪型は高校の「頭髪検査」にパスするためでなく「おかしな髪型コンテスト」にパスするためのものとしか思えなかった。散髪屋に行けないのは塾で拘束する私の責任だから多少は罪の意識はあるけれども、コウタロウ君の愉快な髪型を見て私は「お前、いまどきの高校生だろう」と思いながら笑った。笑うと彼は照れた。ちなみに、彼は美容院に行ったことが大学生になった今でもない。

     

    コウタロウ君は髪型には無頓着だが、ノートのとり方や書類整理は几帳面で、ノートは丁寧な字でまとめられ、机の上はきれいに整頓されていた。スグル君の机が乱雑なのとは対照的だった。私もあまり整理整頓が得意でなく、机の上に本や書類や紙くずが散らばっているタイプだ。コウタロウ君の机がドイツの幾何学的な街並みなら、私の机はアメリカのスラム、スグル君の机はインドのカオスだった。

     

    2013-05-03 11.15.38.jpg 

    コウタロウ君が高3の時の生物ノート

    コウタロウ君の授業中の姿勢は当然良かった。しかも、お父さんお母さんが迎えに来られる車の助手席でも、背筋を伸ばして手を膝に乗せて座っている。車の中まで職業軍人みたいに姿勢がいい男の子は珍しい。

    ところが対照的に、コウタロウ君の自習中の姿勢はひどかった。授業中は誰よりも姿勢正しく聞いているくせに、自習している時に集中し始めると、机に顔を突っ伏して、しかも顔を斜めに傾けて、口を赤ちゃんのように開いて貧乏ゆすりを始めた。授業中と自習中の姿勢が正反対なのである。彼の自習中の奇妙な姿勢は、まわりに整然と並べられた本や書類とコントラストを成していた。書類が散らばっているくせに、自習する時の姿勢だけは良かったスグル君とは対照的だった。

    だが、自習中に独自の境地に入り込んでしまうコウタロウ君の姿勢の悪さを、私は矯正する気はなかった。彼は勉強ができるので、勉強中のフォームをいじったら、集中力がそがれて学力が落ちてしまうのではないかと勝手に考えたからだ。野茂英雄の変則フォームを、高校時代の監督はいじらなかった。もちろんそんな大げさなものではないが、コウタロウ君の勉強中の姿勢を直すのは、彼の可能性をつぶすことだと考えた。

     

    あとコウタロウ君の服装だが、いつも小ざっぱりとして清潔なものを着ていた。服装のセンスは抜群だった。ケバいチャラ男とは180度違う、イギリスのパブリックスクールの生徒が着ているような知的な服装だった。先日、彼に服装のことをメールで聞くと、こんな文面が返ってきた。

    僕が着ている服は基本、母が買ってきたものです。通販が多いのか…一人、もしくは友達と服を買いに行ったことはないです。ズボンを買う時など、一緒に行くことはありますが。母が買ってくる服はハズレがほとんどないので、自分で組み合わせだけ考えて着ています。

    いまどき自分で服を買わない高校生は珍しいが、その反動からか、彼は靴が大好きだった。2ヶ月に1回は新しい靴を買う。塾の靴箱に真新しい靴があれば、それは決まってコウタロウ君の靴だった。服装にこだわりがない分、靴に興味が集中しているのだろか。靴も白いスニーカーとか真面目な高校生が履いているものばかりだが、数は圧倒していた。コウタロウ君の家の靴箱は彼の靴で充満していて、巨大ムカデが来ても靴には困らないだろう。私は彼をからかって「イメルダ夫人」と呼んだ。

     

    それから、コウタロウ君は無口である。といっても、学校や家ではよくしゃべるらしいが、私の前では猫をかぶって真面目なキャラを通している。ただ、無口といっても高倉健的な寡黙無愛想とは正反対で、いつもニコニコ笑っている。笑顔からは深いニュアンスが漂い、この男が言いたいことを全部しゃべったらどんなに面白いか想像に難くなかった。

    コウタロウ君は、笑顔と必要最低限な言葉でコミュニケーションする天才だった。昔の「あ、うん」で通じる日本的コミュニケーションを、10代の若さで身につけていた。

    また彼は「ありがとう」や「すいません」をあまり言わない。感謝と謝罪の気持ちをすべて笑顔で表現する。彼はシャイなので「ありがとう」や「すいません」が口からスムースに出てこないのである。「ありがとう」と言わなければならない局面で、コウタロウ君は思い切って「ありがとう」と言おうとするのだが、口元から出てこない。彼にとって「ありがとう」は、好きな女の子に「好きです」と言うのと同じくらい勇気がいる言葉なのだろうか。しかし彼の身体からは。他のどんな子よりも、感謝の気持ちがにじみ出ていた。私は挨拶にうるさい男だが、彼が「ありがとう」や「すいません」を言わないことで不快を感じたことなどなかった。彼はすべてのコミュニケーションを笑顔で済ませる男なのだ。

    コウタロウ君の塾での口数の少なさは、まるで昭和20年代・30年代の小津安二郎の映画みたいだった。コウタロウ君は雰囲気がどことなく「晩春」「東京物語」「秋日和」の笠智衆に似ていた。ストイックで、必要最小限の言葉で繊細な自己主張ができた。彼は自己主張が強くないのに、笑っているだけでコミュ力抜群なのだから、これはこれで凄い才能と言える。

     

    ところが、コウタロウ君はパスタを食べる時だけは、強烈な自己主張をした。休憩時間にファミマで買ってきたパスタを、盛大な音をたてズルズルすすった。コウタロウ君がパスタを食べる時には必ず、まわりから爆笑失笑がおきた。笑われたコウタロウ君は笑って恥ずかしそうに、無理をして静かにパスタをすすろうとするのだが、それでもボリュームは落ちず、満天下に音が響き渡り、さらなる笑いを引き起こした。パスタを知らない60年代の素朴な少年が現代にタイムスリップして、パスタに初挑戦するような食べ方だった。実はコウタロウ君はそばアレルギーなのだが、パスタをすする音は「江戸っ子のそば喰い」みたいに豪快だった。

     

    ところで、ここまでの話を読んで誤解をして欲しくないのは、コウタロウ君がオタク系の変人かといえば、全くそうではない。彼はサッカー少年で、小3のときからサッカーに熱中している健康的で明朗な少年だ。サッカーはかなりの技量なのだそうだ。体育会系でサッパリした性格である。ただ真面目さゆえの「ドジ」なところが、彼の純粋な性格を物語っている。だから大人から愛されるのだ。

     

    話を中学時代にすと、中学時代のコウタロウ君は、几帳面な性格で学力をどんどん伸ばしていった。中1から高3まで自習室の常連で、「塾の子」と言われてもおかしくないほど、塾で真面目に勉強していた。中2のとき感動した私は、彼のことをブログに書いた。

    中2の真面目なコタロウ君 http://usjuku.jugem.jp/?eid=602


    彼は、気がつけば10時間ぐらい平気で勉強していた。中学生のコウタロウ君を見て、高校生たちもコウタロウ君のことを「いつも彼は塾にいますね。すごい子ですね、先生」と言っていた。彼の勉強姿勢は高校生にも強い刺激を与えた。

     

    ところで、コウタロウ君には反抗期がなかった。彼の辞書には「すねる」「甘える」「いじける」「さぼる」「手を抜く」「ひがむ」「無気力」「ふてくされる」「へこむ」「逃げる」といったネガティブな言葉は、いっさい掲載されていなかった。私は中学生時代の彼に、説教や注意をしたことはないし、ましてや叱ったり怒鳴ったりすることは一切なかった。私はただコウタロウ君を温かく見つめているだけだった。コウタロウ君は健気なくらい真面目な部分を全開にして、私にアピールしてきた。彼の中学時代、私はコウタロウ君と長い会話を交わしたことはない。しかし小津映画の登場人物のように、無言であっても心は完全につながっていた。

     

    しかしながら、コウタロウ君はなぜ、大人の言うことをこんなに真面目に聞けるのか不思議だった。真面目な子は他にもいるが、彼の場合は素直さが3才児のように際立っていた。「異常」と言っても差し支えないほどだった。

    彼の「異常」といっていいほどの素直さと可愛げ、勤勉さ、そして大人に対する強い信頼感の裏には、重大な理由が隠されているのだ。

     

    (つづく)

    IMG_5985.JPG
    中3のコウタロウ君。高3生に囲まれ、自習室で頑張る姿

    | uniqueな塾生の話 | 11:31 | - | - | ↑PAGE TOP