猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(4)
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    高1・青春ドラマみたいな若者

    コウタロウ君は高校生になった。選抜気凌篩ζ試で尾道北高に合格した。お母さんとコウタロウ君が塾に挨拶に来られて、「高校になってもよろしくお願いします」とおっしゃった。コウタロウ君はいつも通り横でニコニコ笑っていた。彼は高校生になっても3歳児のままだった。私の担当は英国社。彼は数学の塾にも通い始めた。

    コウタロウ君は、私と1対1で話すことはほとんどなかったが、なぜか以心伝心で意思が通じた。たとえば教室内で微妙に面白いことがあると、他の子は感知していないのに、コウタロウ君と目が合うと、彼だけが面白いことを察知してニコニコ笑っていた。笑顔から感性の鋭さをビシビシ感じた。

     

    コウタロウ君は英数国が得意だが、数学は私が見たところ、理系に進む子のようなキレは感じなかった。私と同じ「文系脳」だった。だから私立文系大学を狙わせたかった。理想的には早慶、現実的には中央大法学部を考えていた。彼は司法試験に合格して弁護士になりたいという目標があった。コウタロウ君の勤勉さと、弁護士という職業は似合っていると感じた。

    コウタロウ君の目標を達成するために、私は何よりも、英語のスタートダッシュを決めたいと考えていた。高校受験が地方ローカルの戦いなら、大学受験は全国区の大勝負である。高3の夏ぐらいから、開成や麻布や灘などの超進学校の生徒が怒涛のラストスパートを始める。そのためには英語で先行逃げ切りを狙うしかなかった。

    コウタロウ君はサッカー部だった。地方の公立高校からハードな部活をやりながら、難関大学に合格するのは簡単なことではない。でもコウタロウ君なら可能だと私は判断した。ただ、彼がハードなサッカー部だからといって、私が遠慮してはならない。塾は部活以上のテンションで指導しなければ勝てない。塾が強い指導力を発揮してこそ、部活との高いレベルでの両立が可能なのだ。だから私はコウタロウ君に対する指導に関して容赦しなかった。中学生の時とは違って、思いっきり強制力を発揮しようと考えた。

     

    英語のスタートダッシュを成し遂げるため、高校3年間で履修する単語・熟語・文法を、夏休みまでに完璧に暗記する作戦を取った。暗記系の一気前倒しである。特に、単語を暗記しておけば、辞書を引く手間が省け読解がスムースになる。英語嫌いの高校生は、たいてい単語量の圧倒的不足で失敗する。単語アレルギーになるから英文が読めないのだ。

    また、コウタロウ君の適性は、ラストスパートよりスタートダッシュだと考えた。彼はコツコツと知識を積み上げていくタイプである。K君や私のようにふだんは遊び人で、試験前だけ狂人に変身するタイプではない。

    というか、講師はラストスパートを想定して、長期計画を緩めに立ててはいけない。生徒をラストスパート型だと勝手に想定して、最後の最後に追い込みが効かなければ悲惨である。スタートダッシュ以上の安全策はないのだ。

    とにかく、8月までに、駿台「システム英単語」の第1章・第2章・第5章、桐原書店「740」を仕上げることを目標にした。その他にも河合塾「漢字」あと「ゴロゴ」を暗記させられるのだから、暗記ノルマはきつかった。

     

    高1から塾に入ってきた高校生もいた。しかし多くの子は脱落してやめていった。彼らは私から見て、決定的に大人に対する誠意と根性がなかった。ある子は部活で塾に遅れても「遅れてすいません」のひとことも言えず、またある子は3日目に「しんどいから休みます」と言うので、そのままやめてもらった。家庭教育が根腐れした子が、高校から挽回する難しさを知った。私は彼らから授業料をいただくことは「不誠実」だと考えた。

    私には、コウタロウ君のアレルギーが伝染していた。もちろん食物アレルギーではない。「やる気がない高校生アレルギー」だった。退廃的な「今どきの」高校生に対しての抗体が弱っていた。いい加減な子を見ると、強い拒絶反応が起きるのである。なにしろ、コウタロウ君という絶対的な基準が私にはある。手本がある。子供を他の子と比較するのは間違ったことだし、またコウタロウ君に比べられたら誰も敵わないことを承知しつつ、コウタロウ君の人格気品の圧倒性を見れば「こいつら同じ人間か」と憤激し許せなかった。

    高校部は人数を増やしてはいけない。不真面目な子に大事なエネルギーを浪費せず、モチベーションの高い生徒にだけ全精力を傾ける。ただ塾に来ているだけの子はお断りして、お金儲けは死んでも目標にしない。不真面目な子の淀んだ価値観で塾を荒らされたくない。凛とした無菌室のような環境を作り、コウタロウ君のような真面目な子が最大限に伸びる環境を作りたい、私はそう決意していた。塾全体が「やる気のなさ」に対する強いアレルギー体質を持った。膨大な暗記量のノルマは、やる気があるかどうかの試金石だった。

     

    コウタロウ君は、厳しいノルマをこなしていった。彼は誰よりもサッカーが好きで、サッカーが上手だった。しかし彼は部活の余韻を塾には絶対に持ち込まなかった。学校に友人がたくさんいるのにもかかわらず、絶対につるんだりせず「和して同ぜず」の精神で、単身、侍のように厳しい私の塾で頑張った。また彼が通う尾道北高は宿題量の多い学校だ。でも彼は淡々と塾の課題をこなした。いっさい弱音は吐かなかった。その結果、彼は高校の模試で英語学年1位を獲った。うちの塾から英語の1位はコウタロウ君、ビリはスグル君とダブル栄冠に輝いた。

     

    しかし、そんなコウタロウ君に対して、私は贅沢にも物足りなさを感じるようになった。彼は誰の目から見ても、何の文句もない子だった。コウタロウ君は、学習雑誌「高一コース」の表紙に出てきそうな容姿をしていた。どの先生も「高一コース」の表紙みたいな子に説教はしないだろう。戦前なら「優等生」と呼ばれる典型的な子だった。

    だが、私には欲が出た。私は「この子は一流」と判断したら、とたんにあれこれ弱点が目につく悪い癖がある。潔癖症のように「玉にキズ」のキズの部分が気になる。コウタロウ君には、さらなる上を目ざして欲しいと強く思った。

    プロ野球選手にたとえるなら、高1のスタートダッシュで脱落した子は二軍選手、しかしコウタロウ君は打率3割3分でホームラン30本・打点90はいける選手だ。私はそれをホームラン40本・打点110レベルまで上げたかった(スグル君はこのころ、事件を起こして無期限出場停止中)

    野村克也の言葉に「三流は無視、二流は賞賛、一流は非難」というものがある。野村監督がたぶん最も期待しているだろう古田は「野村監督にはほめられたことがない」と言っていたが、野村監督は古田をずっと一流と見なしていたのだろう。私にとってコウタロウ君は、非難して育てるべき一流以外の何者でもなかった。

     

    そういうわけで、いままで私が叱ったことがないコウタロウ君を、はじめて叱る日がやってきた。

    私は彼が中2の時に書いた「中2の真面目なコタロウ君」で、こう予言している。

    「たぶん今後、コウタロウ君に対する期待が大きいだけ、あれこれ叱る場面も出てくるだろう」

    ついにその日がやってきたのだ。

     

    きっかけは単語テストだった。

    夏、コウタロウ君にシス単の第1章・第2章を暗記するように指示した。彼は地道にやってきていた。しかし彼の潜在能力からすればペースが遅かった。彼には手抜きをしている意識はない。ただ、力を完全に発揮していないのは明らかだった。夏、部活真っ盛りの時期だ。勉強面に集中できないのはわかる。しかし彼が目ざすのは都会の難関大学である。高1での手抜きは命取りになる。

    私はいつか、コウタロウ君を叱ろうと決意した。強い刺激を与えたかった。ただ、叱るという手段がコウタロウ君に最適かどうかは迷った。彼は理路整然と話したらわかる男だ。凡百の人間のように怒鳴らなくても、きちんと私の意図は理解してくれる子だ。

    しかし私は彼との距離をリセットしたかった。コウタロウ君と私は一緒に学び始めて3年半が経過していた。私と彼の間には、先生と生徒の理想的な距離があった。一定の距離がなければ教師は生徒に指示できない。私はコウタロウ君に意思を伝えやすい距離はしっかり保っていた。マンネリにはなっていなかった。

    ただ、ここでもう一回緊張感を呼び戻す必要があった。コウタロウ君の心にマンネリの害虫が巣食ったら、すぐさま殺菌できるような殺気を私は示しておく必要があった。

     

    もう一つの心配事は、コウタロウ君の性格面である。

    コウタロウ君の「おとなしさ」が気になった。彼は紳士だが、自分からアピールする子ではない。彼は100指示したら100やる子だ。しかし120はやって来ない。これが物足りないと思う点だった。「サプライズ」がない。ケレン味がない。物静かな男で、どこにいても雰囲気に馴染んでしまう。馴染むから目立たない。そこが私には歯がゆかった。

    私は大学時代映画サークルにいた。テレビ局でドラマを作りたい夢があったからだ。1年で映画を300本見た。私が大学1年の時の課題は「わからない」映画を「わかる」感性を身につけることだった。タルコフスキー・ゴダール・トリュフォー・フェリーニ・小津・大島渚・鈴木清順、評論家に絶賛されていて私にはわからない映画をわかるまで何度も見て、映画評を片っ端から読んで、夜は飲み会で先輩と議論した。誰にでもわかるハリウッド映画ではなく、観客に向け積極的にアピールしてこない「わかる人だけわかればいい」と開き直っている映画、観客の知性や感性を信じている映画を、見て感動するレベルまで感性を高めようと思った。

    コウタロウ君の良さはもしかしたら、私のような感性を意図して磨いた人間だからわかるのかもしれない。彼は「ふつうの大人しい感じのいい青年」と過小評価されてはいないか、そんな評価しかされないなら就職試験で苦しむかもしれない・・・

    とにかく私は「この子は一流」と思い込んだら、取り越し苦労で、あらゆることが気になりだしてしまうのである。

     

    コウタロウ君が今度、単語暗記で手を抜いていたら怒ろう、そう決めてから私は食欲不振になった。

    コウタロウ君を叱るのはつらかった。

    塾に来たばかりの子を叱るとき、彼らはまだ人間関係が浅いため、私の方も神経を使わずに怒ったり叱ったりできる。厳しくしても心があまり傷まない。

    逆に一番つらいのは、コウタロウ君のように何年間も塾に通う生徒を叱る時である。身内に向かって真剣を振るわざるを得ない時、これはもう地獄だ。どうしても叱らなければ局面の打開が図れない場合、叱るという最終手段を取らざるを得ないのだが、叱る前夜は叱るか叱るまいか迷い、不眠症になり、まだ叱られていないコウタロウ君の屈託のない笑顔を見ながら、「この子はそろそろ俺に叱られ、俺の言葉で笑顔が消されてしまうんだなあ」と、胸が塞がれた。
    だったら叱らなくていいじゃないかと思うのだが、軌道修正が必要で、叱った方が子供のプラスになると確信した時は、どうしても荒業に出てしまう。ただ、子供に対して実はベタベタに甘い私の本性が、叱ることを拒絶する。教師が生徒を叱る時は、教師も生徒も傷つく。ただ傷が回復するエネルギーが、子供を強くするエネルギーになると判断すれば、叱らなければならない。

     

    コウタロウ君を叱ったら、彼はどんな反応を示すだろうか。私は彼を叱ったことがない。彼も私に叱られたことはない。私は彼にどんな台詞で叱るか、ずっと考えていた。どう語りかけたら彼の深い部分に届くか。ポジティブな余韻を残して説教を終えられるか、一週間ぐらい私は彼に向ける言葉を捜し続けた。たぶんコウタロウ君は、サッカーで焼けた浅黒い顔を正面に向け、手を膝の上に置いたまま、神妙な顔で黙って話を聞いているだろう。私が怒って説教をしている時、言い返してきた子なんて誰一人としていない。

     

    とうとうコウタロウ君を叱る日が来た。

    おそるおそるコウタロウ君の暗記テストをした。暗記テストや宿題チェックを怖がるのは生徒だけではない。先生のほうも「やってなければどうしよう」と心配しながらテストやチェックをしているのだ。私は緊張してコウタロウ君のテストの結果を見た。悲しいことに彼の暗記に若干の手抜きがあった。「宿題をやって俺はすごい人間になるんだ」というやり方でなくて「いちおう宿題はこなしておこう」という、ルーティンワークの浅いやり方だった。

     

    私は爆発した。

    コウタロウ君が来て3年半、私は必ず苗字か名前の下に「君」付けで呼んでいた。

    しかしはじめて、彼の苗字を呼び捨てにして怒鳴った。

    「○○!」

    私は気を荒げて言った。「お前は見損なった。俺はいままでお前をほめてきたが、今までのほめ言葉全部取り消す。やりたくなければやらなくていい!」

    教室に殺気が走った。ふだん叱られたことがないコウタロウ君が激怒の対象になっている。たぶん彼は他のどんな大人からもこんなに厳しく怒られたことはない。私は今まで彼に優しい表情しか見せたことがない。他の子が叱られていてもコウタロウ君だけは安全地帯だった。コウタロウ君が怒られている、しかも超弩級の爆発を浴びるなんて、あり得ないことだった。

    私はあらかじめ考えてきたシナリオを、引き続きコウタロウ君に浴びせようとした。台詞を全部言い切るには10分ぐらいかかる。私は話を続けようとした。

     

    そう思った矢先、コウタロウ君が叫んだ。

    「やらせて下さい、お願いします!」

    私が今までに聞いたコウタロウ君の言葉で、最も大きい声だった。コウタロウ君の顔を見た。浅黒い顔が真っ赤になっていた。そして、アレルギーで小さい頃どんな注射を打たれても泣かなかったコウタロウ君が泣いていた。

    私はものすごく驚いた。まさかコウタロウ君に、こんな激しい面があったとは。私はどうしていいかわからなくなった。しかし体勢を整え直して、さらに怒鳴った。

    「もういい、お前は知らん!」

    「やらせて下さい!」

    コウタロウ君が、こんなに素早く熱い反応を見せるなんて予想外だった。私は教師生活20年ではじめて、怒鳴っている時に生徒に言い返された。しかも、おとなしいコウタロウ君が、である。

    コウタロウ君は60年代の風貌を持つ子である。しかし60年代なのは風貌だけではなかった。高度経済成長期の若者の強い熱を持っていた。彼は私に真正面からかかってきたのだ。

    私は震えた。彼が私のような厳しい人間の下で学んでいるのは、ただ従うだけの人間だからではない。真面目一筋だからでもない。コウタロウ君の中には成長したいという強いドグマがある。執念がある。だから私のように気難しい、高いレベルを要求する人間についてきたのだ。私のような塾講師についてくるだけで、強靭な意志と主体性が必要なのだ。この子は私と同じ熱を持っている。

     

    コウタロウ君が私に与えた強烈なサプライズに、不謹慎かもしれないが、伝説のスポ根ドラマ「スクール・ウォーズ」の有名なシーンを思い出した。川浜高校が相模一高に109対0という想像を絶する敗退をした時、滝沢賢治に「お前ら、くやしくないのか!」と涙目で説教され、森田光男が「くやしいです!」という、あの伝説のシーンである。


    私はコウタロウ君と2人で「スクール・ウォーズ」のような熱くてくさい青春ドラマをやっていた。

    もちろんその後、私はコウタロウ君を滝沢賢治のように殴ったりはしなかった。私の言葉のパンチは、彼の心を確実にヒットしていた。同時に、コウタロウ君が返した「やらせて下さい!」という言葉のパンチも、私を完全にノックアウトしていた。

     

    高1を終えた時点で、彼の英語は学年トップクラスだった。学年1位も数回取った。苦手だと思っていた数学も伸ばしていった。

    コウタロウ君にある日、志望校を書いてもらった。

    第一志望には「一橋大学」と書いてあった。

     

    (つづく)




    IMG_6785.JPG
    高1のコウタロウ君。私に叱られる数日前。
    私は、このあどけない顔に向かって怒鳴った。


     

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