猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(6)
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    受験一年前・私の入院

    コウタロウの志望校は一橋大学だった。

    コウタロウから一橋を狙いたいと聞いた時、「ああそうくるか、なるほどね」と思った。私は一橋など思ってもみなかった。だが英語と社会が得意なコウタロウには、ぴったりの大学だと思った。よく自分で考え付いたなと感心した。

    尾道北高から一橋大学を狙う生徒は少ない。一橋大志望なんて超少数派である。コウタロウは高校で友達が多い。勉強が得意な子は京大・阪大・神戸大を狙う。しかしコウタロウは学校の風潮に逆行して一橋大学を選んだ。彼は友達とは仲良くしたい気持ちは誰よりも強いが、同時に、友達とは別の道を歩みたい「和して同ぜず」の精神を強く持っていると思った。

    また、これは私の勝手な想像だが、コウタロウが一橋大学を選んだのは、彼が食物アレルギーで「他人とは違う」状況だった影響があるのかもしれない。他人とは違う状況に、コウタロウは幼児期から置かれてきた。彼には自分でも気づかない無意識な孤独があるのではないか。その証拠に彼はピンチになると他人に相談することを嫌い、さり気なく自分の殻に閉じこもる傾向がある。しかし克己心の強い彼は、だだ黙って孤独を孤高へと高めようといつも努力している。コウタロウからは「がんばって、人とは違う地平に立ちたい」という気持ちがにじみ出ていた。

    他人の心理を、さも理解したように分析することは失礼な行為だと十分わかってはいるが、コウタロウが一橋大学をめざす理由を自分勝手にそう解釈した。私はコウタロウの願いをかなえたいと強く思った。

     

    コウタロウは高2の1月を迎えた。受験まであと1年、そろそろ一橋大学の過去問を解く時期だ。コウタロウの一橋大学の判定はD判定かE判定。英語は安全圏内だが、数学と国語のバラつきが大きい。世界史も圧倒的とはいえない状態が続いていた。ただ一橋にはコウタロウがあまり得意としない古文がない。現代文は安定している。また世界史は高3になってスパートをかける計画を立てている。都会の進学塾は高2まで英数国を完全に叩き込んで、高3になってから社会に全力投球するパターンだ。その王道パターンを踏襲すればいい。合格には過去問をどうこなすかにかかっている。一橋は十分射程距離だと判断した。

     

    ところが、私は12月の終わりから足に激痛が走った。我慢ができなくなって近所の開業医に行っても改善しない。あまりの痛さに家でのたうち回り、時には大声で叫んだ。しかし時期は冬期講習会の真っ最中。高3と中3は直後に受験がある。休んでいるわけにはいかなかった。そして、休まなかったのが悲劇を引き起こした。

    私は大病院へ運ばれた。先生は私の患部を見るなり「これは命に関わりますよ」と、直ちに切開手術をした。患部を切除したら足に大きな穴が開いた。先生は「半年かかります。足を切断する可能性もあります」。私は人生が終わったと思った。個人塾で半年のブランクは大きい。仕事はもう続けられないと考えた。

     

    なぜか一番心配だったのは、高2のコウタロウやスグルのことだった。高2のスグルやコウタロウとは長年のつき合いだ。最後の1年間、いっしょに大学受験を戦うことは私の楽しみだった。そんな私の最大の楽しみを足の病気が奪ってしまうのは、思いもよらないことだった。もう彼らを教えることができないのか、そんなのは絶対にいやだ。無念だ。弱気になった。このまま病室のベッドで眠ったら、明日の朝は死体になって、意識がなくなってしまえばいいのにとすら思った。

     

    スグルはまだ野球部が半年残っている。勝負は7月からだ。彼の二次試験は体育の実技だ。実技は何の対策も立てられない。だからセンター試験で圧倒的な点数を取る必要があった。英数はなんとか大丈夫だ。スグルは国語があまり得意でないので弱点を隠すため生物と日本史にかかっている。ラストスパートを仕切れるのは私しかいないと思った。私は短期で社会など暗記教科を伸ばすことにかけては誰よりも強い講師だと思っている。スグルにとって最後の最後に私がいないと、騎手のいない競走馬みたいになってしまうと考えた。しかしスグルは高1のとき一度退学寸前まで追い込まれている。一度地獄を見た人間は強い。だから精神的にはラストスパートに十分耐えられる。でも彼がラストスパートを仕掛けようとする時、肝心な私がいない。

     

    一方のコウタロウ。コウタロウが高3になったら、英語や国語や世界史の過去問を解きながら、文章の書き方を伝えたかった。中3の時に高校の推薦入試対策としていろいろ書いてもらったが、彼には文才があった。少し文体は生硬で、また彼が嫌うジャンルの文章を論評する時に、より生硬さが露呈するという弱点はあったが、素質はずば抜けていた。

    コウタロウに過去問をどんどん解かせ、書かせ、作家と編集者のように良い答案づくりのため議論することを夢見ていた。リラックスしながら真剣勝負をし、いっしょに笑いながら文章の想像力と創造力を高めていく姿を見たかった。そんな至福に満ちた文章修業のために、今までお互い嫌だった暗記作業を押し付けてきたのだ。こんなことでくたばりたくはなかった。

    私は文章の書き方を教えるのが好きだ。でも、私はもしかしたら死ぬかもしれない。塾がなくなるかもしれない。人間は死を目前にすると、誰かに自分の生の足跡を伝えたい本能が芽生える。私の持っている知識や感性を真正面から受け止め受け継いでくれる人間、私の脳の最良の部分を素直に吸収してくれる人間は、どう考えてもコウタロウしかいなかった。

    また、一橋大学は難しい。不合格になる可能性だって高い。もし彼が不合格になった時、コウタロウは言語に尽くしがたいほど悩むだろう。彼は手を抜かない男だ。わき目も振らず受験勉強に励む。本気で全速力で受験勉強した人の方が、手を抜いた人より不合格のダメージが大きい。飛行機が衝突したら機体が破裂するように、猛烈に勉強して落ちたら心がズタズタになる。逆に低速の自転車が何かにぶつかっても、かすり傷一つ負わない。

    もしコウタロウが不合格になっても慰める人はいる。黙って見守る人もいる。悩みは日々薄れ自然治癒するだろう。しかしコウタロウが不合格になって敗北感やら喪失感で打ちひしがれている時に、あえてコンプレックスや劣等感を強引にポジティブな方向に向ける荒業ができる人間、落ち込んでいる時に敵役を演じて厳しい言葉をかけコウタロウの心を悩ませながら彼を強くし、不合格になったことで逆にコウタロウをパワーアップさせることができる人間なんて絶対に私しかいない。死んでも生きてやろうと思った。

     

    高2のスグルとコウタロウはまだ1年ある、さしせまって、私は高3と中3の受験生を抱えている。代理の人間を手配して、私は夜の病院の非常階段から車椅子で点滴をしながら携帯電話で生徒を一人一人呼んであれこれ指示した。二次論述対策は病院で添削した。病室が仕事場になった。心配な子は病院の待合室で教えた。ピンチになって追い詰められると自分はこんなに強くなれる、私は逆境に強い人間だと思った。

    手術から一週間後、先生に塾の時間だけ外泊を許可してもらおうと頼んだ。授業がしたい。足は病気だが頭は冴えに冴えている。先生は「絶対にダメです」と言った。「責任は持てません」と叱られた。足に深さ5cmの穴が開きながら外出するなんてありえない。私はなお嘆願した。「足を切ったら早く出られますか?」と先生に追いすがった。

    先生は私の執念に負けて、外泊許可を取ってくれた。病院からタクシーで午後7時から10時まで塾に通った。

     

    塾に復帰する最初の日は、わざとスグルやコウタロウの高2の授業を選んだ。彼らこそ私の生き甲斐だ。私は松葉杖で塾の2階の階段まで上がった。たった一週間病院のベッドで寝ているだけで、体力がこんなに落ちるものだとは思わなかった。階段を一段上がるだけなのに息が上がった。教室に入るころには尾道水道を尾道から向島まで泳ぎきったような疲労感があった。私はフルマラソンの後のように息が切れていた。教室にはコウタロウがいた。病気の経過を私は面白おかしく話した。コウタロウは神妙に、時には笑って私の話を聞いていた。

    コウタロウには、独立して仕事をする人間の迫力を目に焼き付けて欲しかった。だからあえてコウタロウがいる日を選んで外出した。病室から無理をして外出する私の姿は生きた教材なのだ。なぜなら、彼は将来弁護士になって法律事務所を開業するかもしれない。自分の事務所を持ち病気になるとどんな目になるか知って欲しかったし、また自立して仕事をする男の執念や迫力をコウタロウに見せつけてやりたかった。

    少し皮肉に満ちた言い方になるが、学校の先生は「心の病気」といって休む人がいる。もちろん心の傷は深く生徒の前で語るには大きな支障を抱えている人が大部分だろう。

    けれども、私は塾講師としての矜持を見せつけてやりたかった。足に穴が開いても休めない休まない。学校の先生と俺は違う。コウタロウは絶対に俺の執念を受け継いでくれる。

    コウタロウが過去5年間、私に示してきた勤勉さに負けたくなかった。彼は5年間十代のガキのくせに真面目に勉強する姿を見せつけることで私にアピールしてきたのだ。私も負けずに病院から這って抜け出して授業をやることで、コウタロウに男の勝負を挑んだ。

     

    (つづく)


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    高3・8月のコウタロウ
    受験勉強、一心不乱

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