猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(9)
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    一橋大学は、日本でいちばん世界史が難しい大学といわれている。

    世界史論述を本格的にはじめたのは9月ごろで、センター試験後にピッチは上がった。コウタロウは「大学教授を感心させる文章」への階段を着実に上っていった。世界史もコウタロウの知識の範囲内ならうまい文章を書けた。あとはどんな問題が出ても対処できるように、教養知識を「詰め込む」ことだった。

    教養知識を効率よく詰め込むにはどうしたらいいか。私はいつも頭をONにして、良い勉強法がひらめくのを待った。追い詰められるといいアイディアが生まれるかもしれない。世界史論述をいちいち文章に書いていては時間が足りない。過去問や論述問題集を一問でも多く解きたい。限られた時間で効率よくできる勉強法はあるのか?

     

    私が考え出した方法は、コルクボードを使った勉強法だった。たとえば一橋の過去問で「中国の文学革命と五・四運動」の関わりについて問われたら、私は表に年号、裏に歴史事項を書いた画用紙をあらかじめ用意しておいて、年号を表にしてコルクボードに張り、コウタロウに歴史の流れを口頭で説明してもらい、ポイントを突いたら画用紙を裏返して正解を示すやり方である。むかし関口宏が司会していた「クイズ100人に聞きました」方式を踏襲したものだ。

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    年号を書いて

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    引っくり返す
     

    この方法だと論述を書く時間が大幅に短縮される。コウタロウは文章をまとめる力があるので、教養知識さえ詰め込んでおけば本番でアレンジできる。21世紀になってからの一橋の過去問はすべてやった。問題集は河合塾「世界史論述」とZ会「世界史論述トレーニング」、それに駿台予備学校講師・中谷臣が著した知る人ぞ知る本「世界史論述練習帳」を使った。

    コルクボード勉強法のほかにも、山川の「詳説世界史」で、まだ一橋で出題されていない箇所、何度も形を変えて偏執狂的に出題されている箇所を洗い出し、ヤマを張った。もちろん細かい知識を補うため、難関私立受験生のバイブル、Z会の「世界史100題」も使用した。

     

    ところで、何度も書くがコウタロウは知的好奇心が強い男である。しかも好奇心がイギリス的変人、つまり”unique”な方向性にむかう高校生である。前に述べたように、コウタロウは英和辞典の「変な」単語に線を引き、ノートに書き出すおかしな趣味がある。

    コウタロウは真面目で健康的で爽やかな男で風貌に卑しさいやらしさは露ほどもないのに、ギャップの意外性が同級生に受けたのか、高校では「歩くエロ辞典」というニックネームがつけられていた。この「歩くエロ辞典」的な知的好奇心を、なんとか最後には世界史にシフトさせることができた。コウタロウは「歩くエロ辞典」から「歩く世界史用語集」、そして今後は「歩く六法全書」になる素質を秘めた男である。

     

    問題は数学である。

    コウタロウが数学の過去問をやらないのが気になった。彼はなかなか数学の過去問に手をつけようとはしない。コウタロウには「スタンドプレイ」をしてもらいたかった。英語と国語が順調なのだから、数学にも自信を持てばいいのに。そのことでコウタロウを呼んで叱ったこともあった。

    コウタロウは司法試験を受ける。しかし司法試験は大学受験に比べて難しい。目の前に壁があったら、自分で壁を打ち破らなければならない。そのためにはリハーサルとして、数学の壁をぶち破ってほしかった。

    それにコウタロウは「大きな人間」になる力がある。彼は指示待ち族で無遅刻無欠勤が生き甲斐の、真面目なだけが取りえの人間ではなく、また大事なときに決断ができない優柔不断な男ではない、人が困ったときにしがみつきたくなる男になる可能性がある。

    就職活動では「企業にしがみつく人間ではなくて、企業がしがみつきたくなる」人間が内定を得ている。おとなしさは罪である。だがコウタロウはときどき弱気な面を見せる。賢い男なのに「のび太」になる。そんな時私は「ドラえもん」のように歯がゆくなり、いきり立ってしまう。

    中村勘三郎は「型のある人が型を破ることを型破りといい、型のない人が型を破ることを型無しという」と言った。コウタロウには長年の勉強で鍛えられた型が備わっている。私のもとで厳しい修行に耐えてきた。彼には型があるから羽目をはずしても「型無し」には絶対にならない。しかし型だけの人間のままだったら、ただの面白みのない石地蔵である。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ前に出ようと意識するだけで「型破り」の域まで一瞬で達することができる数少ない男なのだ。

     

    そんな時、嬉しいことが起きた。ほんとうに小さなことだが、私を感激させる出来事があった。コウタロウが「型破り」の兆候を見せたのである。

    ある日コウタロウに、中国とロシアの国境協定について暗記を指示した。コウタロウは暗記を済ませたあと、紙の上に小さく書くのではなく、他の友達のいる前でホワイトボードに大きく中国の地図をザザッと書き、イリ条約・キャフタ条約・ネルチンスク条約などと私に説明し始めた。おとなしいコウタロウが、いきなりホワイトボードでプレゼンテーションを始めたのである。四つ足でハイハイしていた子どもが、不意に二足で立ち上がったような感覚だった。私は嬉しくて、塾から家に向かう途中ガッツポーズをしながら涙を流した。

     

    さて、10月になった。コウタロウはセンター対策を本格的にはじめた。過去問や予備校の実戦問題集を解きまくった。英語はまったく心配ないので対策は除外し、数学や生物に力を入れた。生物は映像授業を中心に、東進「田部の生物1をはじめからていねいに」をサブテキストに使用した。センターはゲーム感覚でスコアが伸びる。成績は折れ線グラフにして随時渡した。

     

    ところで私は受験前、生徒の前で蒸留水のように存在感を消すよう気をつかった。勉強でもスポーツでも勝負に勝つには「わかりやすい闘志」が必要だが、大学受験生を抱える塾講師が闘志をあらわにしていたら暑苦しい。塾講師が神経質にモチベーショントークをし、ましてや怒り叫んでいては、受験生は私に気をつかうあまり勉強に集中できない。講師が松岡修造みたいになったら生徒は迷惑だ。だから心の中はアルコール度数70%のアブサンみたいに濃かったのに、表面上はリラックスして、冷静沈着に笑顔でふるまうことができた。

     

    さて、コウタロウの11月に実施された一橋模試はD判定だった。英語・国語は合格圏内にあった。「大学教授を感心させる文」も、ポツポツ書けるようになった。だが数学と世界史は後れを取っていた。まだ遠い。でも決して不可能ではない。

    この頃から私の脳内には、ソルティーシュガーの「走れコウタロー」が駆け巡っていた。

     

    これから始まる 大レース
    ひしめきあって いななくは
    天下のサラブレッド 四歳馬
    今日はダービー めでたいな

    走れ走れ コウタロー
    本命穴馬 かきわけて
    走れ走れ コウタロー
    追いつけ追いこせ 引っこぬけ

    スタートダッシュで 出遅れる
    どこまでいっても はなされる
    ここでおまえが 負けたなら
    おいらの生活 ままならぬ

    走れ走れ 走れコウタロー
    本命穴馬 かきわけて
    走れ走れ 走れコウタロー
    追いつけ追いこせ 引っこぬけ

    ところが奇跡か 神がかり
    いならぶ名馬を ごぼう抜き
    いつしかトップに おどり出て
    ついでに騎手まで 振り落す

    走れ走れ 走れコウタロー
    本命穴馬 かきわけて
    走れ走れ 走れコウタロー
    追いつけ追いこせ 引っこぬけ

    走れ走れ走れ走れ走れコウタロー
    本命穴馬 かきわけて
    走れ走れ走れ走れ走れコウタロー
    追いつけ追いこせ 引っこぬけ

     

    この曲は今では、コウタロウ自身のカラオケの「持ち歌」になっているが、まさに当時のコウタロウの状況にピッタリの曲だ。

    大レースとはもちろん一橋入試のこと、本命対抗とは首都圏公立高校のトップ層にいる、A判定B判定を取っている受験生である。

    歌詞の「ここでお前が負けたなら、おいらの生活ままならぬ」という部分だけは、私の心境とはまったく違う。私は自分の収入とか進学実績とか、そんな不純な思いでコウタロウに「賭けて」いるのではない。だいたい私はそんな下らない理由で、塾講師を選んだのではない。

    打算的な動機なら、大レースを前にした私の胸の圧迫感は遥かに軽い。寝汗かいて不整脈が出て睡眠薬の世話になんかならないし、何も食べてないのに血糖値が跳ね上がったりしない。

     

    コウタロウが中1になって最初に塾に来た時、この男は100人に1人だと思った。それから6年間、コウタロウは無言で私にアピールし続けた。私がやる気がない子に悩まされ胸を痛めていても、仕事の方向性に悩んでいても、コウタロウは必死になって3歳児のような純粋さを保ちながら勉強を続けた。まだ高校生なのに私の最大の理解者だった。

    コウタロウはもはや私にとって、100人に1人などという軽い存在ではなかった。

     

     

    (つづく・次回は5月下旬予定)


    IMG_6290.JPG
    中3時代のコウタロウ



     

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