猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(12)
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    わが塾の生徒で、岡山大学法学部1年コウタロウの軌跡を書いた記事です。
    初めての方は、以下のバックナンバーに目を通してから、本編をご覧ください。


    (1)
    私の理想の生徒http://usjuku.jugem.jp/?eid=1335 
    (2)60年代の高校生がタイムスリップhttp://usjuku.jugem.jp/?eid=1336 
    (3)アレルギーアトピーhttp://usjuku.jugem.jp/?eid=1337
    (4)スクールウォーズみたいな青春ドラマhttp://usjuku.jugem.jp/?eid=1338 
    (5)高2ゆとり教育http://usjuku.jugem.jp/?eid=1339 
    (6)私の突然の入院http://usjuku.jugem.jp/?eid=1340
    (7)世界史で坊主頭を賭けるhttp://usjuku.jugem.jp/?eid=1341 
    (番外編)コウタロウのささやかな反抗http://usjuku.jugem.jp/?eid=1342
    (8)一橋過去問対策 http://usjuku.jugem.jp/?eid=1343 
    (9)走れコウタロー http://usjuku.jugem.jp/?eid=1344
    (10)一橋大学合格発表・生徒コウタロウ@han2_kの視点 http://usjuku.jugem.jp/?eid=1354 
    (11)一橋大学合格発表・講師の私の視点 http://usjuku.jugem.jp/?eid=1355

    コウタロウは一橋大学に不合格になった。
    もしコウタロウが健常な身体なら、とうぜん浪人を薦めた。一年待ってもう一度、一橋大学を狙えばいい。私はセンター試験に失敗したあとコウタロウに「浪人したら河合塾に通え」と口では言っていたが、もちろん予備校なんかには行かせず、コウタロウと一橋に向けて頑張るつもりだった。
    だが、コウタロウの皮膚はアトピーで赤くただれていた。顔と腕と背中から出血し、かゆみと痛みに耐えられず掻くと、爪が彫刻刀のようになって皮膚を彫り、出血はさらにひどくなり、とても勉強を続けられる状態ではなかった。コウタロウのように我慢強い人間でなければ、泣き喚き家から一歩も出ないぐらいの、ひどい傷だった。
    コウタロウに浪人させることは、肩やひじを壊した満身創痍の高校野球の投手に、延長18回まで投げろと命じる監督と同じ残虐行為だった。選手生命どころか、生命にダメージを与えてしまう。もしコウタロウが浪人したいと言えば、私は身体を張って阻止しただろう。
    コウタロウは一橋大学の二次試験で、数学を一問も完答できなかったと言っていた。コウタロウは絶対に言い訳しないが、痛みとかゆみのせいだ。6月に一橋大学の得点開示があるが、おそらく合格最低点には遠く及ばなかったに違いない。でも健常な体だったら、なんとか勝負はできたはずだ。未練がないと言えば嘘だ。もう一度勝負したい気持ちはあるに決まっている。
    だが、浪人の精神的苦痛は現役の比ではない。浪人すれば身体はさらに悪化しコウタロウの身体はボロボロになる。一刻もはやくコウタロウを受験勉強から引き離したかった。
     
    コウタロウは尾道の自宅から片道1時間20分の電車通学で、岡山大学に通うことになった。中央大学や同志社大学にも合格していたが、コウタロウのお父さんお母さんは自宅から通うことを選んだ。私は賛成した。親元から通えば一番安心だった。
    コウタロウがこんな身体でありながら、岡大に合格したことを私は心から祝福した。よく「かゆみ」に耐えたと思う。かゆみは勉強の集中力を削ぐ。私は足が腐る病気にかかり猛烈な痛みに襲われた経験があるが、痛みならまだ耐えられる。痛みとは断続的なもので、痛みを忘れられる瞬間があるからだ。しかしかゆみは連続的で、かゆみから意識をそらすことはできない。しかもコウタロウはかゆみと痛みの二重苦に襲われている。それでも1日12時間は勉強を続けた。ふつうの18歳の若者なら、耐えられない苦痛を越えてつかんだ合格だ。

    コウタロウは6年後に司法試験合格をめざす新たな目標を立てた。だが、岡大に通うことになったコウタロウの表情は、どこか翳っていた。スグルと3人で焼肉屋に言った時も表情は冴えなかった。「先生の期待に沿えずごめんなさい」と横顔で謝罪しているかのように見えた。でも私はコウタロウが岡山で充実した大学生活を過ごし、心の傷が自然治癒すると考えていた。私はコウタロウの現状を100%肯定していた。
    そんな時、コウタロウがTwitterをはじめた。(@han2_k) コウタロウは一番に私をフォローしてくれた。コウタロウのTweetを見て、いてもたってもいられなくなった。
     
    見とけよ! 俺の6年後を (`∧´)
     
    掻くと痛くてイライラするのがわかっていながら、体を掻いてしまう自分にイライラする。イライラするとまた痒くなる。今の自分には、この負のスパイラルの出口が全く見えない。
     
    朝起きて、枕カバーに血がついている。もう慣れてしまったが、なかなか辛い。せめて顔だけでも早く治って欲しい。

    サッカー部の後輩が、俺が不合格だった大学をめざしている。俺は行けんかったけど、がんばってほしいな
     
    身体の痛みと心の痛みを書き連ねたtweetを読んで、私の消化器官は2日間機能しなくなった。食道から大腸まで石に変わった。食べ物は一切受け付けなかった。
    私はコウタロウに夢だけ与えて叶えてやれなかった。彼は6年間、私の言うことを忠実に守ってくれた。私を神のように信じてくれた。自分で言うのも何だが、私には威圧感がある。他人にプレッシャーを与える。強い圧迫感にコウタロウは6年間耐えてきた。耐えられたのも一橋大学合格という大きな夢があったからだ。でも結局コウタロウに私が与えたのは地獄だった。経過も結果も地獄だった。
    しかも無神経なことに、私はコウタロウの現状を肯定的にとらえていた。しかしコウタロウは、肉体的にも精神的にも苦痛を抱えていた。コウタロウは大人しい顔をして夢が大きい。理想が高い。高い望みを病気で断念させられた歯がゆさ。Twitterの文面は魂の叫びだ。しかも苦痛を与えたのは私だ。自分には人を教える資格なんかない、教えることで生計を立てるなんて図々しい、塾をやめたいと考えた。
    でもその前に、コウタロウに何か良い打開策はないか、彼の表情から翳りを拭い去るにはどうすればいいか、苦悩は袋小路に入ったままだった。
     
    コウタロウが心配で、1週間に1度は電話をかけた。私の声が彼に威圧感を与えることはわかっているが、不安で仕方なかったからだ。幸い、傷の状態は良くなっているらしい。重症のアトピーは少しずつ回復に向かっていった。アトピーの原因は受験勉強、それから運動不足に冬の寒さが混ざったものだったのだろう。
    コウタロウは大学生活にも慣れた。だんだんコウタロウは、身体的にも精神的にも安定を取り戻しつつあるようだった。傷が癒えていくのが声の張りからわかった。彼はサークルをどうしようか迷っていた。彼は小3からサッカーを続けているので、サッカーサークルへの入部を漠然と考えているようだった。
     
    4月下旬、コウタロウに電話したとき、彼の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。コウタロウは言い出しにくそうに言った。
    「アメフト部に誘われているんですけど・・・」
    「アメフトって、体育会のアメフトか?」
    「はい」
    コウタロウは躊躇しているようだった。だが彼の口ぶりから、入部したくてたまらないことは一瞬で読み取れた。私に許可を求めているのが一発でわかった。
    「お前、アメフトやりたいんだろ?」
    「はい」
    コウタロウの声は弾んでいた。
    私は一も二もなく賛成した。
    「すごいな、絶対に入れよ」
    「はい」
    コウタロウは私に賛成され、ほっとしたようだった。

    もし私に男の子がいたら、ラグビーかアメフトをやらせたかった。私は「スクール・ウォーズ」の大ファンである。だが私には運動神経がない。野球ではマウンドからキャッチャーまでボールが飛ばない。自転車にも乗れない。鉄棒の逆上がりもできない。こんな人間がチームに入ったら迷惑をかける。体育会に憧れながら入れない。もし男の子が生まれたら、息子にラグビーかアメフトをやらせようと漠然と考えていた。
    私が一瞬で賛成したことに対して、コウタロウは意外そうだった。アメフトをやると司法試験勉強の妨げになるというので、私が反対すると考えていたらしい。私が反対すれば、コウタロウはアメフトをあきらめるつもりだったと言う。私とコウタロウは単に、塾講師と卒業した塾生の関係だ。私は彼に対して「アメフトはやめろ」と言う権利など何一つない。でもコウタロウは私に最終的な判断を仰いでくれた。それが私には嬉しかった。

    アメフト部は厳しい体育会系だから、就職に有利になるという打算が働かなかったといえば嘘になる。だがそんなことより、仲間といっしょに潔癖な勝利に向かって戦う経験は、コウタロウにふさわしい道のように思えた。
    私は井上靖のファンで、彼が旧制高校の寝技中心のストイックな柔道体験を描いた「北の海」が大好きだった。井上靖は両親とは離れ離れの生活を余儀なくされ、苦労が多い青春時代を送った。そんな井上靖が出会ったものは文学であり、また柔道であった。井上靖は柔道で厳しい練習に打ち込むことで、青春の淀んだエネルギーを純化させた。井上靖が柔道を選んだように、コウタロウが普通の若者の数倍以上あるエネルギーと自我を真直ぐに開放するには、アメフトは最高の手段だった。「よくアメフトを選んだ」と私は彼の選択に感動した。

    岡山大学アメフト部’Badgers’は関西学生リーグに所属する。badgerとはアナグマの意味で、むかし試合で夭折した選手を追悼してつけられた名前だと聞いた。若くして亡くなった選手は、とてもすばしっこい選手で、残され悲しみにくれた他の選手たちは、動物園の専門家に「すばしっこい動物の名前を教えて下さい」と頼みに行き、アナグマ’badger’という名前を捧げたのだという。
    コウタロウのアメフト部入部に一抹の不安があるとすれば、大きな怪我だった。だが現在のアメフトは安全面で申し分ないほど、道具も訓練も洗練されている。おまけに先輩方はみな素晴らしい人らしい。先輩の家でたこ焼きパーティーに招かれた時、卵アレルギーのコウタロウを気づかって、生地に卵を入れないたこ焼きを作ってくれ、それをみんなで仲良く食べたという。

    受験で傷つき、静かな風貌の裏に膨大なエネルギーを隠したコウタロウにとって、岡大アメフト部は最高の居場所だった。コウタロウがアメフトで鍛えられ、身体も心も大きくなっていく姿を想像すると楽しくなった。
    コウタロウは自分の力で、強い未来を切り拓こうとしたのだ。

    (つづく)


    IMG_4553.JPG
    中2時代のコウタロウ


    アメフト写真1.JPG
    大学1年5月、はじめてアメフトのヘルメットをかぶったコウタロウ

     
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