猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(13)
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    もしコウタロウがどこかの塾にやって来て、教え子になったとしたら、熱心な塾の先生なら絶対に「この子に天下を取らせたい」と燃えるに違いない。知識、経験、イデオロギーに至るまで全てを注ぎ込み、体力知力の限り真正面からぶつかりたい衝動に駆られる魅力を持つ若者である。
     
    じゃあ、コウタロウのいったいどこがいいのか?
    私がコウタロウのことを、長々とブログに書く理由は何なのか?

    コウタロウはいかにも善の塊のような顔つきをしている。高校時代にサッカー部の先輩から「ビスコ」と呼ばれていたらしい。髪形がビスコにそっくりだからだ。




    ビスコな風貌どおり、コウタロウは決して、自分から積極的に動くタイプではない。性格は大人しい。やることを自分で見つけ、主体的にガツガツ動く性格ではない。教える側が放任しておいたら何もやらないのではないか、平穏無事な世界に安住して、リミッターを自分では外せないのではないかという危険性は感じる。
    しかし、性格の素直さ愚直さは抜群である。指示したことは絶対にやり遂げる。自分からは球を投げてこない、しかしこちらが投げた球は確実に受け取り消化する男だ。
     
    百田尚樹は、ボクシングに燃える高校生を描いた「ボックス!」に登場するボクシング部の監督に、次のような言葉を吐かせている。
    「スポーツの世界では、素直なことが伸びる条件です。監督やコーチに言われたことを馬鹿みたいに繰り返す。そんな奴が最終的に伸びます。どんな世界でもそうですが、才能だけで勝ち上がっていけるのは初めのうちだけです。本当に天下を取るのは、牛や馬みたいに黙々とやり続けることの出来る奴です」
    監督の言葉に、ボクシング部の女性顧問が軽く反論する。
    「先生は愚直なまでに素直なことが一流選手の条件だとおっしゃいましたが、自分で工夫するのも大事なことじゃないんですか」
    これに対して監督は
    「それがないと一流にはなれんでしょう。ただ、自分で工夫するのはいいですが、まずは基本を徹底的に身に付けてからです。基本を完全に身につける前に、自分勝手な自己流や我流を貫く奴は、一見すごそうに見えますが、最終的に大きな壁にぶつかって伸びなくなります」
     
    コウタロウはビスコの顔つきそのままに、誰よりも素直で愚直である。「一流」になる素質を秘めている。私が指示したことを絶対に拒否しない。私が新しい課題を出すと、どんなに困難を伴うものでも素直に受け入れる。私は新しい本を薦め、新しい勉強法を指示する時には、これがどう役に立つか理屈を付けて説明するが、そんな時も手を膝に乗せ背筋を伸ばし、少し緊張しながら真面目な表情で聞いている。「ふてくされる」「聞き流す」ことなど絶対に考えられない。
     
    コウタロウが他の子と比べて決定的に違うのは、自習に取り掛かる瞬間、笑顔を浮かべることだ。本を開き、ノートを広げ、シャープペンを持つとき、嬉しそうに笑ってから勉強を始める。彼にとって勉強スタートの合図は「笑顔」なのだ。もちろん笑顔は瞬間的なもので、すぐに真剣な表情に変化する。また自習する様子を見ていると、ときどき微笑みながらやっている。笑いながら勉強する子を私はコウタロウ以外に知らない。

    コウタロウが勉強中に笑顔を浮かべるのは、努力すれば伸びる快感を知っているからだ。コウタロウにとって厳しい勉強とは、また激しいスポーツの練習とは、最終的に達成感をもたらせてくれる幸せへの階段なのだ。努力が裏切らないことを頭と身体で知っている。だから笑顔が出る。「がんばるぞ!」「やった!伸びた!」「もう一回がんばるぞ!」「また伸びた!」。ハードな過程とハッピーな結果の絶え間ない繰り返しが、結果がでた時だけでなく、厳しい鍛錬の最中にも、コウタロウに幸福を感じさせ笑顔を生む。笑顔の積み重ねが、コウタロウを稀代の努力家にした。

    私が知恵を絞って考え抜いた勉強法を、コウタロウは笑顔で100%受け入れる。笑顔で素直に根気よく課題をこなす。だから私は、自分がいいことをしている気分になる。
    塾講師として子供に勉強させる時、どんな鬼教師でも、子供に嫌なことを押し付けているんじゃないかと罪の意識を感じるものだ。しかしコウタロウにはそんな気づかいをしなくてすむ。結果、私の頭にはコウタロウを喜ばせよう、伸ばしてやろうと、次から次へと新しいアイディアが浮かんでくる。子供においしい料理を作るため一生懸命になる母親の心境になる。
    コウタロウは「自己流や我流」ではなく「猫ギター先生流」を貫き通す。そこには「指示待ち族」といった受身のイメージはない。私の作った料理をきれいに平らげてくれる、大食いで健康的な青年という積極的なイメージしかない。

    コウタロウは人の言うことを素直に聞き努力をすることで、自分が幸せになり、人の心もつかむ。笑顔と素直さで周りの人間の知恵を吸収し、本人が意識しないままに「コウタロウチーム」を作っているのだ。私みたいな人嫌いな男でもコウタロウは味方に付けてしまう。個人競技であるはずの勉強を団体競技に昇華する力がある。黙って真面目に勉強するだけでチームリーダーになれる。これがコウタロウの最強の長所だ。
     
    おまけにコウタロウは「裏でコソコソいいことをする」男だ。無償の行為を必死にやる。
    コウタロウは高校ではサッカー部に所属していたが、入部から引退までの2年半、朝7時30分から学校の掃除を欠かしたことがなかった。朝の掃除はサッカー部の伝統だったが、サッカー部には厳しい顧問の先生はいないにもかかわらず、コウタロウは伝統を忠実に受け継ぎ、毎朝楽しそうに掃除をしていたという。コウタロウが黙々と掃除をすることで、サッカー部の仲間に掃除をサボれない雰囲気を作り上げた。コウタロウが引退してから、掃除の伝統は消滅したらしい。
     
    だが、コウタロウはビスコな風貌とは裏腹に、奥底に見えない闘志を秘めている。
    高校時代までのコウタロウは、草食系男子に見えた。しかしコウタロウと長い付き合いである私から見れば、内面はガツガツの肉食系だった。外見は欲のない愛想がいい子に見えるが、「大欲は無欲に似たり」ということわざ通り、胸の中には大きな欲を秘めていた。
    その証拠に、コウタロウがは文章を書くとき「やつ」という言葉をよく使う。彼がセンター試験で失敗した時に書いた文章がその典型だ。
     
    センターの次の日、自己採点の結果を笠見先生に見せた。先生が6年間で一番神妙な顔をされたように見えた。最初はスグルとマサキのいる部屋で話していたが、部屋を変えて二人で話し合うことにした。学校では何ともなかったのに、先生を目の前にすると今までの苦しみが込み上げてきて涙が溢れそうになり、「遊んでいるやつには負けたくない」と言った瞬間抑えきれなくなった。僕より確実に勉強時間の少ない人が目標点を取っているのに対して、僕はアトピーの症状がこんなに酷くなるまで自分を追い込んで勉強したのに目標点に遠く及ばなかった。なぜ世界はこんなにも不平等なのだろう。
     
    コウタロウは大人しい風貌と、強く真直ぐな成長欲を、矛盾なく同居させているのだった。

    そんなコウタロウがアメフト部に入部した。アメフトはコウタロウの秘めたる闘志を露出させる格好のスポーツだ。外見はビスコな青年が、アメフトという激しいスポーツを選んだ。いかにもuniqueなコウタロウらしい選択だった。

    練習は週6日で1日3時間。もちろんそれ以上にも個人練習、筋トレ、ミーティングがある。アメフトは頭脳戦で自分と相手のチームの分析が必要で、ミーティングはビデオを見ながら長時間にわたる。アメフト部入部は相撲部屋に入門するようなもので、生活の大部分がアメフトで埋め尽くされるし、コウタロウの場合、それに往復3時間の遠距離通学が重なる。平日は夜の練習が多く、練習が終わって電車で家に帰り着く時は、日付が変わることもある。疲労のあまり終電で寝過ごしてしまい、お母さんに車で終着駅まで、わざわざ1時間かけて迎えに来てもらうこともあった。
    アメフトを始めれば、どうしても勉強が二の次になる。本気になれば留年も覚悟の上だ。でも、私はアメフトに青春の全てを賭けて欲しいと考えた。アメフトは知力と体力を極限レベルまで高める。チームワークの大切さを、身体を張って学ぶことができる。男の子には将来なんか忘れて、一つのことに打ち込む時期が必要なのだ。
     

    アメフトは肉食系民族=アメリカ人が大好きなスポーツだ。
    アメフトの選手がヘルメットをかぶるのは、もちろん頭を防御するためだが、私は別の解釈をしている。肉食動物が獲物をしとめるとき、最大の武器になるのは歯だ。牙だ。ヘルメットは闘志あふれるアメフト選手が、相手を噛みちぎらないためにあるのだ。アメフトではないが、あの獰猛なヘビー級ボクサーのマイク・タイソンは相手の耳を噛みちぎった。ヘルメットは肉食動物のような選手が持つ最大の武器である歯を封じる防具だと、私は考えている。

    アメフトは単なる部活ではない。意識の高さを極限まで試す真剣勝負である。
    アメフトではないが、私は昔、早稲田対明治のラグビーの試合、いわゆる「早明戦」を国立競技場で観戦した。たまたま縁あって試合終了後に選手控室をのぞいたことがあった。負けた早稲田の選手たちは意気消沈とし、お通夜みたいな空気を漂わせていた。控室はまるで勝利の女神の死体が安置されているような、ひんやりとした空気が流れていた。

    そこには敗北の事実を受け止めきれない選手たちがいた。敗北を受け入れることに慣れるのではなく、敗北に対する強烈な拒否感を持ち、チーム全体が敗北を拒み続け、拒否するために知性体力あらゆる手段を使って抗う。勝ったらチーム全員で泣き、負けたら勝利の女神の葬式のように深刻で荘厳な空気になり、猛反省して次のステップを目指す。時には意識が高いものどうし仲間で言い合いもある。

    そんな刺激的な環境の中、コウタロウには「アメフト狂い」になって、関西学生リーグ3部で低迷する岡大アメフト部を、先輩や仲間とともに1部に昇格させ、強豪関西学院大や京都大と戦う日がくることを願った。

    1部昇格が難しいこととは十分わかる。だがコウタロウにとって京大や関学が、形を持った「やつ」として立ちはだかり、コウタロウの知力体力意識を最大限まで鍛えぬき、熱く挑んでくれればと考えた。うんと高い目標を持ち、低姿勢で馬や牛のように努力することは、コウタロウが中高時代に勉強でいつもやっていたことだった。

    私は小学校の時、「お前には無理だ」とまわりの大人から無理だと笑われつつ、都会の難関私立中学校をめざした。私にとってその中学校は高すぎる目標であり「やつ」だった。中学受験とアメフト、ジャンルは違えども、コウタロウのチームを巻き込む素直さ、陰の努力を継続する執着心があれば、「やつ」と勝負できるレベルまで到達できるかもしれないと私は考えた。

    ビスコ少年の挑戦が始まった。



    (つづく)

    IMG_4549.JPG
    中3「ビスコ」時代のコウタロウ

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