猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(14)
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    コウタロウはアメフトという、青春を賭けられる宝を見つけた。
    しかし私はコウタロウの現状を頼もしく思う一方で、一橋大学を不合格にしたことへの慙愧の念が日増しに強くなった。私が見込んで、6年間手塩にかけて育て上げた男を落としてしまった。コウタロウは私の言葉を、1ミクロンとも違えず忠実に守ってくれた。コウタロウの敗北はイコール私の敗北だった。
    コウタロウの傷が癒え、大学生活が軌道に乗るのに反比例して、私の傷は痛みを増してきた。傷というものは、切られた瞬間は痛くない。しかし時間が経つにつれて化膿し鈍痛が走り、こらえきれなくなる。私はまさにそんな状態だった。
     
    私もコウタロウも、師弟そろって誇大妄想狂なのかもしれなかった。コウタロウの一橋大学の模試判定はD判定E判定ばかりだったし、センター試験は思うような点数を上げられなかったのに、学校の先生の反対を押し切って一橋に挑戦し玉砕した。
    私は2次で逆転できると信じた。和田秀樹が唱える過去問中心主義という作戦も間違いなかったはずだ。でもアトピーの症状が悪化して、2次試験の出来はメチャクチャだった。
    力がないくせに高望みをする弟子、そんな弟子を将来凄い人物になると信じて疑わない師匠。どちらもバカだった。コウタロウは大学に進学し、私も塾講師としての役割は終わったのに、どういうわけか未練がましく連絡を取り合っていた。「強い師弟関係」どころか「腐れ縁」と呼ばれてもおかしくなかった。
     
    しかし、私はコウタロウの潜在能力に惚れ抜いていた。コウタロウの奥底には、狂気のような闘争本能がある。闘争本能がなければアメフトのようなハードなスポーツにのめりこむわけがないし、あんなに長時間、黙々と勉強できるわけがない。
    コウタロウは稀代の努力家だ。正直言ってコウタロウより勉強の素質に恵まれている人間はいくらでも見た。だが高みを目指してやろうという若者らしい清潔な野心、今以上の自分を求めるために素直に人に喰らいつく性格、しつこく持続する強い意志は誰にも負けなかった。ビスコみたいな顔をしていながら、Twitterのプロフィールには「世界を動かす男になるぜ」と書いてあった。
     
    教師の贔屓目と笑われてかまわないが、コウタロウには、将来リーダーになる素質があると私は確信している。塩野七生は、指導者に求められる資質を、知力、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志の5つだと書いていた。塩野七生の見立てではカエサルだけがこの5つを兼ね備えているらしい。
    コウタロウにも、この5つの要素は十分備わっている。確かに彼にはカエサルのようなカリスマ性は薄い。だが性格が複雑でアクが強いカリスマの元で、粛々とNO2の座を堅持しながら、ビスコのような無邪気な笑顔で、人望と実務の点で組織の中でなくてはならない存在になる素養をコウタロウは持っていた。コウタロウの顔には周恩来の姿がだぶった、
     
    だから、私はこのままコウタロウが、地方で埋もれてしまうことを恐れた。コウタロウはこのまま、才能を持ちながら朽ちてしまうのか。
    私がブログで「コウタロウシリーズ」を始めたのは、この頃だった。吉田松陰は教え子の高杉晋作や久坂玄瑞を「天下一」とか「防長随一」といった風に途方もなく大げさな言葉でほめたが、私には吉田松陰が教え子を世に出したい執念が痛いほど理解できた。私がコウタロウをアピールしないで、誰がするのか。
    コウタロウが平凡な人生に埋没するのが私には嫌だった。コウタロウは先輩から可愛がられ、後輩には慕われ、同級生からは目標にされる。どこに出しても恥ずかしくない人間どころか、誰もが自分の振る舞いを恥ずかしく思うほどの努力家だった。だがコウタロウが謙虚にふるまえばふるまうほど、小さくまとまる方向にエネルギーが費やされ、埋没の危険性が強くなってしまうのではないかと考えた。
     
    私の最大の心配事は、コウタロウの就職活動だった。
    私自身は大学時代、就活なんかクソくらえ、就職しなくても生きていけると強がり、なんとか45歳まで生き延びてきた人間だ。組織に対する反抗心は強いし、塾の先生をやっている自分の人生を面白いと考えている。
    しかし、教え子の話になると別だ。どこの大学が就職に有利とか、俗物的な視点でものを考えてしまう。自分の人生は波乱を望みながら、教え子の人生には安定を求める。教え子のことを思うと、嫌な人間だなとは思いつつ、私は学歴社会の権化になった。

    ご存知の通り、コウタロウが挑戦した一橋大学の就職実績は抜群だ。商社・銀行・損保・外資・マスコミ・メーカー。キャリア公務員では東大の牙城を崩すにいたっていないが、民間企業の就職は日本一と言っていいほど文句が付けようのないものだった。コウタロウは現実を肌で知らない。逃した魚の大きさを実感するのは大学3年の冬になってからだ。
     
    もしコウタロウが一橋大学を受けなかったら、就職活動で大手企業に蹴られても屈辱は受けずにすんだだろう。しかしコウタロウは一橋大学にチャレンジして、いったん学歴社会の土俵に上がってしまっている。コウタロウと同じ試験を受けて、一橋大学合格した学生は面接官から笑顔で迎えられ内定を勝ち取るのに、コウタロウは圧迫面接を受けた挙句の果てに落とされてしまう。「一橋に合格しておけば良かった」と痛恨の思いをするのは大学3年の冬だ。私はコウタロウが都会に出て屈辱的な扱いを受けるのが嫌だった。
     
    ただ、コウタロウなら十分逆転可能だと思った。彼の精神力の強さ、精神性の高さは抜きん出ている。彼の良さは見る人が見ればわかるし、就職は結局のところ人物本位だ。何よりもコウタロウは笑顔が抜群だ。あの笑顔を見るだけで「この若者と仕事がしたい」と思わせる力を持っている。あとは大学生活で都会の人間に負けない力をつければいい。
    でもコウタロウは大人しく、物静かで自分を表に出さない性格だ。就職活動はアピールした者が勝ち、「沈黙は金、雄弁は銀」どころか「雄弁は金、沈黙はゴミ」の世界だ。東京で就職活動をし、東大・一橋・早稲田・慶応といった大学生と並んで、強く自分をアピールできるのか不安だった。
    都会の大学に行けば、全国の各地方から大学生が集まる。都会にいるとアピールしなければ生きていけない。逆に地方だとアピールすれば変なヤツだと思われがちだ。小さくまとまることが美徳とされている。その美徳が都会では、世界では悪徳に変わってしまう。このままでは、都会の口先だけはうまいチャラ男にコウタロウが負けてしまうと思った。
     
    同級生のスグルやマサキは都会の大学に行った。私は教え子が都会に出れば安心なのだ。都会は若者のいわば充電器、都会の刺激が若者をパワーアップさせる。「田舎の学問より都会の昼寝」ということわざは真実を突いていた。
    逆にコウタロウの大学生活は、いわば高校の延長のような気がした。ホームでは戦えるがアウェイの経験がない。また病気で仕方ないのは十分承知だが、コウタロウに親離れの経験がないことが、彼の成長を停滞させていた。コウタロウは愛されることに慣れている。しかし愛することには不器用だ。アウェイで冷たく無関心な人間に囲まれ、アピールせざるを得ない状況に立てば、コウタロウは大きく変貌するのにと歯がゆく思った。
     
    もう一つ、コウタロウには、自分が圧倒されるような経験をして、自分の存在が豆粒に感じるような経験をして欲しかった。私は中学校で地方から東京の進学校に入り、圧倒的にすごい学力と人格力がある同級生たちに出会った。コウタロウには私と同じ経験をして欲しかった。コウタロウなら圧倒的な力の前で卑屈になることなく、成長を妨げる嫉妬心なんか抱くこともなく、持ち前の素直さと向上心で、性格も学力もハイパー化できると考えた。豆粒が大木に成長できるのは、コウタロウにとって都会の土壌が一番だった。
     
    東京は騒がしい街だが、意外にも静かな個性をすくい取ってくれる街だ。黙っていても中身がある人は、誰かが才能を見出す。自分でも思ってもみないところで活躍できる。声だけ大きい人が目立つのはむしろ地方だと思う。地方ではただの絵が上手な引きこもりが、東京では年収数億の漫画家になることもある。
    コウタロウがもし一橋大学に合格していれば、親離れして刺激的な経験をし、謙虚で大人しい性格のままでも評価されただろう。コウタロウの沈黙を、思慮深さと捉えてくれる感性を持つ人が都会にはあふれている。
    しかしもはやそれは帰らぬ夢だった。このまま地方にいれば、ただの大人しい無難な人間としてスルーされる危険性があった。コウタロウは「いい子」のままで「すごい人」にはなれないかもしれない。「すごい人」になっても認める人が少ない。アピールの方法を模索する必要があった。でも具体策が思いつかなかった。
    コウタロウの将来は、アメフトを一筋の光明と信じつつも、私の主観的な眼から見て八方ふさがりだった。



     
    ところで、私の塾には小さな自習室がある。コウタロウがマサキやスグルと競いながら勉強した部屋だ。うちの塾は古い雑居ビルにある。自習室は殺風景で、現代的な小奇麗なインテリアとは対照的で、昭和40年代の匂いがする、なぜか中華人民共和国の地図が貼ってある怪しい部屋だ。
    しかし向学心がある塾生が勉強している時は、松下村塾に負けないくらい静かで熱い活気がみなぎる。コウタロウはここで6年間勉強し、脳味噌をフル稼働して高いカロリーを放出してきた。コウタロウの上昇志向は塾の心臓だった。
     
    私はコウタロウの大学受験が終わっても、この部屋を掃除しないまま残しておいた。コウタロウに過酷な受験勉強は、もはやさせられない。正直、未練があった。未練タラタラだった。面白かった波乱万丈のテレビドラマが最終話を残して終わってしまったような気分だった。
    無神経に掃除なんかできなかった。わが子がいなくなっても、子供部屋をそのまま残しておく親の心境だった。掃除したら何もかも終わってしまうような気がした。コウタロウは塾の壁に、学習の計画表を書いた紙を貼っていたが、剥がさないままそのままにしてあった。
     
    コウタロウがGWに塾に久しぶりにやって来た時、部屋が掃除してないのに気づき、Twitterでこう書いていた。
    久しぶりに塾に行ってきた。戦った形跡が生々しく残っとった。言葉では表現できない空気が流れる空間。自分を省みることができる場所があるのは嬉しい。それにしても、時間経つの早かったなぁ。
     
    コウタロウが去った自習室は、夢破れたボクサーの成仏しきれない霊魂が宿る、破れたサンドバッグが吊り下げられた、廃墟になった場末のボクシングジムのようだった。
     
    (つづく)

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