猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
kasami88★gmail.com
CALENDAR
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
twitter
猫ギター
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 日本一素直な男・コウタロウ(16) | main | 日本一素直な男・コウタロウ(18) >>
日本一素直な男・コウタロウ(17)
0
    私が足の病気で入院した時、高2だったコウタロウを他愛のないことで病院に呼んで説教したことがある。受験を1年後に控えるコウタロウが心配だったので、病院でパジャマのまま、ベッドで身体を起こしてコウタロウに熱く語ってしまった。コウタロウは迷惑だっただろう。いま考えると入院中の塾講師が、生徒を病院に呼んで説教するなんて熱血教師を越えている。一種の狂気だ。
    その時コウタロウに「君は真面目な男だが、ドイツ人のように融通のきかない四角四面の堅苦しい性格じゃない。イギリス人みたいにユーモアを奥底にたたえた真面目さだ。イギリス人は変人が大好きだ。お前は変人でしかも紳士だ」みたいなことを話した。わけのわからぬ性格分析をされ、コウタロウも戸惑っただろうが、イギリスがコウタロウには似合っているような気はした。英国紳士の風貌の中に、どこかMrビーンのユニークさを秘めているのだ。
    コウタロウがアメリカでもオーストラリアでもなくニュージーランドでもなく、イギリスの留学をめざすことになって、私の霊感が当たったような気がした。
     
    ただイギリス留学をめざすにあたって、大きな問題点が一つあった。
    それは、指導する私が、大学生を留学させる英語の指導をやったことが一度もないことである。私は留学への英語には素人だった。コウタロウに教えてもらうまで、イギリス留学検定試験IELTS(アイエルツ)の存在すら知らなかった。
    Readingは英字新聞やTIMEを読んでいるから何とかなる。Listeningは洋画ファンなので何とか聞き取れる。ただSpeakingにかけては、若い時に受験英語しか習っていないのでひどい。私の発音なんて日本語の棒読みに毛が生えたようなものだ。これでどうやってコウタロウを教えるのか。
     
    でも私には自信があった。IELTSについて猛勉強・猛研究すればいい。私は中学受験も大学受験もほぼ自力でやった。人に教えてもらわなくても、本だけで自学自習し、試験にパスすることには慣れている。コウタロウが留学したいと言い出してから、私はネットや過去問と首っ丈になり、1日10時間は英語を勉強した。私は一つのことに集中し始めると睡眠時間が自然に短くなる。緊張感を持続させて、1日5時間以上は眠らない体質を作り上げた。せっかく大学入試で受けた屈辱を晴らす機会をコウタロウが探し当てたのだ。もう二度と戦えないと思っていたのに、神様がチャンスを与えてくれた。このチャンスを逃してなるものか。疲労感はもちろんあったが、疲労が仕事への精力になるくらい精神は充実していた。
     
    私の作戦はIELTSでReadingを突出させることだった。Readingは私の得意分野だ。教える側の長所が、教わる側の長所になる。至極真っ当な考え方だ。Readingで他のWriting, Speaking, Listeningを引っ張ればいい。Readingを機関車にして他の3つを牽引する「傾斜重点方式」だ。
    また、私はReadingを教えることで、コウタロウに政治や経済や社会や文化、教養一般について教えたかった。英語を教えるのではなく英語で教える。私は英会話教室の先生なんかやりたくなかった。松下村塾で吉田松陰が儒学の本を媒介に己の思想を語ったように、私もコウタロウに英語の教材を踏み台にして、頭の中のすべてをさらけ出したかった。
     
    Readingのマンツーマン授業が始まった。6月初旬コウタロウに、高校時代に使った「速読英単語・上級編」を訳してもらった。速読英単語は見開きの左が英語、右が日本語というレイアウトで、日本語をハガキで隠しながら英語を日本語にしてもらった。
    コウタロウの英語力は2月の受験生時代に比べて、3ヵ月で見事に落ちていた。既知の単語を忘れ、未知の単語の類推力は衰え、和訳はたどたどしく、現役時代の流暢さには程遠かった。トップアスリートでも3ヵ月休むと5分走っただけで息が切れる。コウタロウもそんな状態だった。訳せないコウタロウに微妙な空気は流れたが、でもコウタロウの勉強能力を熟知している私には、1ヶ月で回復できると楽観した。6月はReadingのリハビリ期間にしよう。地道に和訳を続けることでリカバーできると判断した。
     
    そして何より、Readingの力を飛躍的に伸ばすには、単語の詰め込みが最優先だった。読解力は単語力に比例する。「単語が命」だ。IELTSは大学受験の単語と格が違う。単語集を使って速く難単語を大量に詰め込まねばならない。IELTSの試験は3ヵ月後に迫っているのだ。
    単語集は旺文社の「TOEFLテスト英単語3800」を使うことにした。IELTS専用の単語集に、これといったものがなかったので、TOEFLの単語集を使った。elastic, aquifer, upheaval, loquacious, expiration, incurなど高校時代には見たこともない単語が並んでいる。
    この教材はRank1から4までに分かれ。Rank1は高校生でも知っている単語が多かった。またRank4は超難単語である。IELTS過去問を研究した結果、Rank2とRank3の2000個を暗記すればいいと判断した。
     
    私は6月7日、コウタロウに2000個の難単語を、英語を日本語にできるよう暗記を指示した。
    期間は6月23日まで。20問出題して18問で合格。なんと2週間で2000単語である。
    ありえない。
    しかもコウタロウはアメフト部。梅雨に厚い防具を装着し、重いヘルメットをかぶり、毎日3時間練習するのである。それとは別に筋トレをしなければならない。体力消耗は激しい。無茶苦茶な要求である。
    アメフトと英語の両立なんて考えられなかった。よく2chの就活レスでは「体育会系は内定が取れる」「いや留学の方が有利」という論争を見かけるが、アメフトやりながら留学した人間など滅多なことでは存在しなかった。コウタロウはアメフトと留学の両立という「超人」をめざす覚悟を決めたのだ。
     
    難関をかいくぐって、交換留学したいと言う大学生はいる。でも英語の勉強を毎日継続できる人間は少ない。しかもコウタロウはアメフトという地上最高にハードなスポーツを続けながらである。普通の大学生にはできない。でもコウタロウの根性と能力ならできると私は確信していた。単語2000個暗記すれば、尾道から東京を飛び越え、大英帝国へ飛躍できる。私は絶対にコウタロウにイギリスに行って欲しかった。イギリスでエッセイの書き方を学び、ディベート能力を高め、旅行をして感性を研ぎ澄ませたコウタロウが、私を圧倒する日を夢見た。
     
    コウタロウに「英単語暗記できるか」と聞いたら「できます」と言った。
    でも私は何度も念を押した「本当にできるのか」と。
    最終的に、私はメールでコウタロウに覚悟を促した。

    (私)
    23日までに、本当に暗記できますか?
    部活に熱中して時間が取れぬ状況で、本当に大丈夫ですか?
    僕の溢れんばかりのやる気に、並走することができますか?
    追い越すことができますか?
    量は膨大です。あまりにも膨大です。しかも難しい。
    遠慮することはありません。「いくらなんでもかわいそう」というのが正直な気持ちです。 

    コウタロウ、君はアメフトという道を見つけた。僕は君の道に割り込んで、「単語を暗記しろ」という権利はありません。
    また単語を暗記するなら、自分のペースで暗記することもできるし、僕が強制力をかけなくてもできるはずです。緊張感で精神的に疲弊することもありません。
    正直に、僕に遠慮することなく、考え直して下さい。


    (コウタロウ)
    自分の殻を破るには、留学しかありません。この気持ちは変わりません。
    留学するには、IELTSで基準点を獲得しなければなりません。基準点は遅くとも9月中頃までにクリアしなくてはなりません。客観的にみて、時間が短いです。短い時間でクリアできるかは、どれだけ早くおおよその単語をつめこむかがキーポイントです。
    確かに敵の強さは半端ではありません。でも強いからと言って期限を延ばしても結果は変わらないと思います。気持ちが緩むだけです。やると言ったからには覚え切ります。23日には、この大勝負に、きっちりケリをつけます。


    (私)
    じゃあ俺も不眠不休で頑張ります。
    俺が本気なのは、君の本気が乗り移っているからです。
    少しでも楽に暗記できるよう、頭脳をフル稼働させて手助けをします。

    期限までにできなかったら、頭を刈るぐらいの覚悟で臨めるか?
    コウタロウ、武士に二言はないな?


    (コウタロウ)
    嘘だと思われるかもしれませんが、出来なかったら坊主にする覚悟は出来ていました。
    頑張ります。


    (私)
    もう一回尋ねます。
    覚悟はできているな?


    (コウタロウ)
    覚悟はできています。
    武士に二言はありません。


    私とコウタロウは、2週間スパルタ体育会系をやることになった。不合格ならコウタロウの頭を私が刈る。大学生コウタロウ、もの凄い覚悟である。コウタロウはどこから見てもお坊ちゃまだが、内面が強く心に狂気を秘めている。上昇志向が半端なく強い。私のエネルギーの強さと対等に渡り合える。
     
    当然、私もコウタロウと一緒に戦った。暗記しろと期限を決めて脅すだけなら誰でもできる。私は英単語の記憶法のTwitterアカウントを作った。語呂や語源を写真つきで流すことで、コウタロウの記憶を支援した。英単語版の「ゴロゴ」である。私は2週間、英単語の語呂をのた打ち回って作った。コウタロウからは記憶しづらい単語を、下のようにメールで送るよう指示した。コウタロウの記憶の苦痛を少しでも和らげようとした。

     


    コウタロウが記憶できない単語の語呂を、とにかくひねり出した。でも、語呂はなかなか閃かない。乾いたタオルから一滴の水を絞り出すのに似ていた。だが、綺麗に閃いた時は快感だった。もちろん出来損ないの語呂もある。玉石混交になるのは仕方ない。この戦いの跡のアカウントをご覧になったら、私とコウタロウの単語暗記に賭ける執念がわかるはずだ。(@ieltswords) 
    とにかく、Twitterで猛ノックを食らわせた。コウタロウのiPhoneからは、私が打った語呂のノックの球が飛び込んでくる。コウタロウは行き帰りの電車の中で単語暗記をした。コウタロウは朝7時半の電車に乗るので、私は朝6時には起きて語呂を流した。電車の中でコウタロウがiPhoneの画面を見れば、作りたての私の語呂が流れてくる。俺もお前といっしょに頑張ってるんだと、やる気をぶつけてやりたかった。

    私とコウタロウの戦いが再開された、場末のジムのようだった塾の自習室からは、再びパンチを繰り出す鮮烈な音が聞こえるようになった。

    (つづく)


    高3・2月のコウタロウ

     
    | uniqueな塾生の話 | 20:05 | - | - | ↑PAGE TOP