猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(20)
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    コウタロウの一橋大学得点開示に目を通した。一橋大学法学部の配点は、
      英語280
      数学180
      国語110
      世界史160
      センター270(うち生物30)
      合計1000点
    である。合格最低点は590点、コウタロウの点数は571点だった。
    私は合格最低点と100点近く差があると予想していた。だが、差はたった19点。僅差だった。得点開示の紙を持つ手が震えるのを意識した。
     
    また、コウタロウが法学部と最後まで選択を迷った、社会学部の合格最低点をネットで見た。
    社会学部の配点は、
      英語280
      数学130 
      国語180 
      世界史230 
      センター180(うち生物100)
      合計1000点
    で、合格最低点は568点だった。
     
    コウタロウは、社会学部だったら3点オーバーで合格していた。おまけに社会学部はコウタロウの苦手な数学の配点が低く、得意な国語と世界史と生物の配点が高い。社会学部だったらコウタロウは今ごろ東京にいたのだ。
     
    「よくぞここまで・・・」
    私はコウタロウをほめてやりたかった。重度のアトピーに苦しめられ、かゆくて皮膚を彫るくらいの症状に悩まされていたコウタロウは、一橋をあと一歩まで追い詰めていた。中学受験の経験がなく、小学校時代はサッカーに熱中していた地方の少年が、首都圏で小さい頃から高い授業料を払って塾通いしてきた精鋭たちと互角に戦っていたのだ。よくぞここまで・・・
    惜しかった。本当に惜しかった。法学部の数学の配点は180点。大問が5つあるから1問36点、あと大問1つを半分解けていたら合格だった。英語も和訳問題をあと1つ解けていたら合格だった。世界史はあと2〜3個用語を論述に埋め込んでいたら合格だった、国語はあともう一つ・・・
    惨敗ではなく惜敗だった。惨敗だったらあきらめがついた。惜敗だから未練が残った。10ゲーム差で離されていたのではなかった。たった1ゲーム差で優勝を逃したプロ野球チームの監督の気分だった。
     
    一橋大学を来年再受験することも考えた。でも私はコウタロウを落とした大学を逆恨みした。
    しかもコウタロウは岡大アメフト部という新天地を見つけていた。私はアメフトに熱中するコウタロウが好きだった。運動選手に誰よりも憧れているくせに、運動神経が極端に鈍い私の代わりに、コウタロウが戦う姿を想像すると嬉しくなった。
    コウタロウは監督からQB(クォーターバック)の後継者に指名されていた。QBはアメフトの攻撃の要で、花形ポジションである。運動能力、判断能力、リーダーシップなど総合力が問われ、知能も体力も人間性も高くなければやっていけない。スポーツの中でも最も習得の難しいポジションの一つである。
    コウタロウはいまアメフトを楽しんでいる。しかしQBになれば楽しんでばかりもいられない。チームの勝敗はコウタロウが投げるボールに左右される。コウタロウはリーダーとして勝敗に責任を負い、敗北を重ねたら無言の圧力で孤独感を深めるだろう。リーダーは孤独である。苦しくて投げ出したくなる経験もする。だが、QBとしてチームを背負うことは、コウタロウを一人前の男にするには願ってもない経験である。「楽しい」アメフトが「苦しく」なり、修羅場で自信をつければ「苦楽しい」境地まで突き抜ける。
    コウタロウは塾で後輩たちに、真面目にコツコツ勉強する姿を見せることで範を示してきた。アメフトでも意識を高く持ち続け、作戦を考え抜き、率先してハードなトレーニングを積むことで、チームの意識全体が高まり、岡大を強豪チームに成り上がらせる下剋上ができる男であることを見せつけてもらいたかった。
     
    しかし逆に受験勉強を再開して、強烈な成功体験を味わって欲しかったのも事実だ。1000点満点で19点。100点に換算すれば1.9点で不合格になった。あと少しじゃないか。一橋大学という逃がした魚は大きい。一橋の就職は最強である。コウタロウが事実を知るのは3年の冬だ。私も自分の就職活動で一橋大学の強さは肌で感じている。「半沢直樹」の原作にもあるように、メガバンでも有能な人材は早期に囲い込まれ、他者に逃げないように監視される。他の大学生が内定決まらずに「お祈りメール」の山が受信ポストに溜まっている間に特別扱いされる。
    だが、私はまた受験勉強を再開して、数学や生物と格闘することで、コウタロウのアトピーが再発するのを恐れた。特攻隊の攻撃に失敗し瀕死の重傷をおった帰還兵を、再びゼロ戦に乗せて戦って来いよなんて言えなかった。
     
    私はコウタロウを6年間教えてきた。一橋に落ちたのは私のせいだ。コウタロウは素直な男だ。私の指示を信じてくれた。責任逃れをする余地は全くなかった。
    あの時、あの場面で、もっと適切な指導をしていれば合格したのに。あの時宿題を少なくしなければ合格したのに。もっと作戦が洗練されていたら合格したのに。コウタロウが高2の時私が入院しなかったら合格したのに。コウタロウに厳しくできたら合格したのに。
    私は6年間、コウタロウをあまり叱れなかった。コウタロウの笑顔は抜群だ。コウタロウを叱るには罪の意識を突破しなければならない。コウタロウの笑顔は怒りの感情を封じる最強のバリアだ。だから叱れなかった。
    あのコウタロウでも少し気が抜けている局面は何回かあった。そのたびに叱ろうと思った。寝床についている時は「明日は叱ろう」と決意を固める。が、次の日コウタロウの無邪気な顔を見ると何も言えなくなる。いい先生といい生徒の蜜月関係が続く。そんな私の甘さがコウタロウをスポイルしたんじゃないかと反省した。
     
    イギリス留学は、コウタロウにめぐって来た千載一遇のチャンスである。絶対、大英帝国に「日本一素直な物体」を送り込んでやる。イギリス留学には英語の勉強しかなかった。しかも大学1年で英語を勉強すれば、ものすごい差がつく。誰もが受験から解放されている時、緊張感を保って死にもの狂いで勉強する大学生。まるでカメの群れを飛び越えて走るウサギのようだ。そんな大学生はわざわざ一度負けた奴らを見返さなくても、誰もが振り返る圧倒的な人物になっているはずだ。
    とにかく、コウタロウが圧倒的な男になるためには私は厳しくしなければならない。コウタロウのまわりはいい人ばかりだ。私が悪い人を一気に担当しようと心に決めた。言いたい事は遠慮せずに全部言うことにした。コウタロウはアトピーのため親元に住んでいて、世間の冷たい風にさらされた経験がない。逆に、私は中学1年生から東京で一人暮らししてきた。昼学校に行っている間はいいが、夜テレビのない部屋で一人暮らすのは淋しかった。また、周りすべてを自分で処理しなければならない。世間の風の冷たさを知り抜いている私が、人工冷風装置になって、コウタロウに凍った激しい風をぶつけてやろう。うどんを氷水で引き締めるように、コウタロウが私の元から去るギリギリの線を狙い厳しく接しようと決意した。
     
    そんな時、コウタロウが一つ些細な連絡ミスをした。7月2日だった。本来なら怒ることでも何でもないし、あとで私の側の勘違いだとわかったのだが、その件で私はコウタロウを電話で激しく叱った。私はコウタロウが少しでも気を抜いたら叱ろうと決意していた。
    コウタロウは6月23日に単語を暗記し、それからは祭りのあとのような平穏なムードが漂っていた。だが、こんな日常的ムードが続いていたら留学できない。留学を決めるには、高いテンションを保っていなければならない。6月の単語猛ノックのような刺激をコウタロウに与えたかった。
    私は決意を固めた。
     
    次の日の早朝、急遽コウタロウを呼んで英語の特訓をすることになった。特訓に先立ち、私はコウタロウを呼んで、目の前の椅子に座らせ、「坊主にしろ」と言った。
    コウタロウは驚いて一瞬躊躇した。この人は何を言うんだろうか。十数秒間があった。単語テストで合格し、坊主を免れたばかりだった。コウタロウは悪いことは何一つしていない。だが、坊主にしろと突然に理不尽な命令を下されたのだ。戸惑いや怒りが渦巻くのは当然だった。
    私は「俺がお前に甘かったからダメなんだ。俺も浪人時代に気合入れた。お前もやってみろ」と言った。そして「でも、嫌ならいいぞ」と言葉を添えた。
    だが、コウタロウはきっぱり「やります」と言った。
     
    2日後、コウタロウの頭を刈った。坊主は小4と高2の2回経験し、今回が3回目だ。コウタロウは生まれてはじめて美容院に行き、小ざっぱりとした若者らしい髪をしていたが、容赦せず一気に刈った。新聞紙には髪がいっぱいに落ちた。耳にかかった髪を刈るとき、私が刈りにくそうにしているのを察したコウタロウは、耳の上の髪を持ち上げ、バリカンを入れやすいようにしてくれた。
    コウタロウは坊主頭を鏡で見ると「短かっ」と小さく叫んだ。水道水で頭を洗い、タオルで無造作に拭いた。コウタロウは鏡を2枚持って、青白く光った後頭部を感慨深げに眺めていた。
     
    私はコウタロウの頭を刈ることで、信頼関係を確かめたかった。「坊主にしろ」というのは「俺について来い」というサインだ。コウタロウは私のサインを正確に読み取り、「ついていきます」と髪を切ることを決断した。私は第一志望に落とした人間だ。コウタロウが私にもう一度チャンスをくれたのが嬉しかった。
    コウタロウの頭を刈って、私にいいことなど一つもない。スパルタ塾と言われるに決まっているし、集客とか採算性なんて全く度外視した行為だ。体罰や坊主に対する世間のアレルギーも強く、人権を踏みにじる行為だと非難されても仕方がない。何よりも私に異常なプレッシャーがかかる。将来有望な大学生の髪を切ったからには、絶対に留学を決めなければならなかった。私が不退転の決意を示すことで、コウタロウの気合はさらに高まると思った。
     
    それにしてもコウタロウの覚悟は凄い。大学生が丸刈りなんてあり得ない。大学1年生の7月なんて、人生で一番ウキウキした時期だ。髪型もファッションも垢抜けオシャレしたい年頃だ。部活で集団坊主はよくあるが、コウタロウはたった一人の坊主、連帯感はなく孤独感しかない。大学ではいろいろ言われるだろう。
    だが私には、コウタロウみたいな強い意志を持った若者が、オシャレとは正反対の頭で、中身を詰めることに集中しているのは痛快だった。今は好奇心の目で見られるかもしれないが、コウタロウが留学を決めた11月には、「あいつは、あそこまでやったから交換留学に選ばれたんだ」と尊敬の目に変わる。そんな尊敬の目で先輩や友人から見られる快感をコウタロウには味わってもらい、強い自信をつけてもらいたかった。
    コウタロウは未熟な大学生だ。いまは島の小さな塾で新聞紙を敷かれ髪を「醜く」刈られている。だが10年後20年後、国際ビジネスマンでアタッシュケースを抱えたコウタロウが、ニューヨークやロンドンのヘアサロンで英字新聞片手に、メグ・ライアンみたいな美容師に髪を整えられている姿が目に浮かんだ。
     
    坊主のコウタロウは別人になった。
    コウタロウは高校時代、サラサラの髪と笑顔で「王子」と呼ばれていたらしい。髪を切ったらビスコな「サッカー王子」が「アメフト坊主」になり、義経が弁慶に変身するのかなと予想した。
    ところがコウタロウはアメフトで顔が赤く、しかも丸顔なので、生まれたての赤ん坊みたいになってしまった。コウタロウはもともと3歳児みたいな素直な性格だが、髪を切ったら0歳児になっちゃったのだ。
    今回の断髪式は、コウタロウの元服式を意図していた。順調にイギリス留学を決めたら20歳のコウタロウはイギリスにいて日本の成人式には出られない。だから一気に前髪を切って大人の姿になる儀式を目論んでいたが、成人どころか赤ちゃんに戻るとは思わなかった。
    また、コウタロウのお母さんに話を伺ったところでは、コウタロウが生まれる時、名前の候補に「コウタロウ」「コウイチロウ」の2つが挙がっていたという。生まれた赤ちゃんを見て、丸顔なので「コウタロウ」と名付けられた。髪が長い時はわからなかったが、髪を切ったら丸顔丸出しで「桃から生まれたコウタロウ」にしか見えなかった。コウタロウはこんな赤く丸い顔で生まれてきたのかと感銘を受けた。
     
     

     QB(quick barber)されたQB(quarterback)
     

     

    桃から生まれたコウタロウ
     
    コウタロウは丸刈り頭で勉強を始めた。世を捨て自然体で勉学に励むストイックな若者がいた。コウタロウはtwitterで、こんな決意を述べていた。
     
    2年ぶりに坊主にした。前回はペナルティーの要素が強かったが、今回は都会の大学生に勝ちたいという気概・気合を見せつけるための前向きなものだ。今、欲を捨ててアメフトと英語に打ち込めば、誰も太刀打ち出来ない無敵の人生が待っている。そんな希望が、この頭には詰まっている。



     
    私は体調に変調をきたしていた。血圧は年始には130だったが、6月には180を超えた。コウタロウの髪を切った2日後病院へ行ったら、血圧が200の大台を突破していた。
     
    (つづく)


     
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