猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(25)
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    萩という町がある。
    かつて松下村塾があり、幕末の志士を生んだ萩は、古い町並みが現存し、高杉晋作が生きていた150年前にタイムスリップしても、あまり変化はないと思わせるたたずまいを見せる。武家屋敷の土塀が迷路のように入り組み、なまこ壁が軒を連ねる重厚な町並みを歩いていると、和服でなく現代人の服装をしている自分が場違いに感じ、夢を見ている気分になる。
    萩は、若者が遊ぶ場所もあまりなさそうで、学問やスポーツに打ち込める環境だ。萩の町の若者はみな、賢く真面目そうに見えるのは私の錯覚だろうか。
    コウタロウの切れ長の目は長州人を思わせ、幕末の萩にいそうな面構えをしている。コウタロウが1850年代の萩の少年なら、昼は剣道に打ち込み、誰よりも早く道場に来て掃除をし、最後まで残って後片づけをする若者だったろう。夜は街外れの塾に通い、塾長からは「天下一」とか「防長随一」と評され、凛とした学習姿勢で塾生の模範になっていたに違いない。
     
    攘夷派の吉田松陰と開国派の福沢諭吉は考えがまるきり違い、松下村塾と慶応義塾で教えることは正反対だが、コウタロウと慶應義塾は、私の目からは最強のベストマッチに思えた。
    慶應大学の受験科目は英語・世界史・小論文とコウタロウの得意科目ばかりで、また慶應の組織を重んじる学風は、組織で我慢強く紳士として振る舞えるコウタロウに合致していた。私は、慶應の学風とコウタロウの性格を結びつける、斡旋業者みたいな気分になった。
     
    私はコウタロウの慶應合格作戦を練った。慶應法学部・経済学部・商学部の過去問を、英語・社会・小論文の3教科10年分解析し、2月中旬の慶應入試まで5ヶ月の作戦を考えた。
    「この問題、コウタロウは解けるだろうか」と、入試問題とコウタロウを頭の中で戦わせた。慶應の過去問という敵とコウタロウの学力を比較した結果、いまから5ヶ月もあればコウタロウの学力の方が絶対に強くなるという確信を得た。
     
    だが、コウタロウは慶應受験の提案に躊躇した。
    話したい友人が2人いるから待ってほしいと言う。慶應は就職がいいからという俗物根性丸出しの理由で、コウタロウが直ちに首を振るはずもなかった。もしコウタロウが欲に飛びつく打算的な人間だったら、私がコウタロウに入れ込むわけがない。コウタロウが私心のない人間だからこそ、慶應を強力に勧めたのだ。コウタロウが清廉な若者であるぶん、私がどす黒い部分を担当しなければならなかった。
     
    コウタロウが慶應受験を躊躇する原因を考えた。
    家族のご心配、新しい環境への不安、自信の欠如、せっかく馴染んだアメフト部から抜けることの戸惑いが、複雑に絡み合っていたと思うのだが、私にはわからなかった。
    ただ、私とコウタロウの信頼関係は微動だにしない。誰が将来を命懸けで考えている人間か知っているはずだ。最終的に私の意見に賛成することはわかっていた。
    しかし、それは私の作戦に「従う」ものであってはならない。大学を変わることは人生の大転機、コウタロウが完全に納得する形でなければならなかった。私はあくまで情報を与える役にすぎない。自主的に将来を選択するのは本人だ。だから説得は頭ごなしのものであっては絶対にならなかった。
     
    私は生徒を強引な手法で指導する。剛腕な暴君と言っていいかもしれない。だが意外にも塾講師生活で、生徒に志望校を押し付けたことは一度もなかった。努力しないのに志望校ばかり高望みの生徒には「受験する資格はない。記念受験は真面目な子の迷惑だ」と冷たく言い放つことはあったが、基本的には生徒自身に行きたい学校を決めてもらい、生徒自身が決めた目標に対して全力を尽くすのが私の役目だった。「志望校はどこ?」「○○校です」「じゃあ一緒に頑張ろう」というスタンスを貫いた。
    コウタロウの場合も、一橋・アメフト・留学は自分の意志で決めたことだ。私は全く関与していない。進路はコウタロウが決め、私は一切口を出さない方針を貫いた。航海にたとえるなら、船の整備や給油作業は行うが、羅針盤の役割は絶対にやらなかった。
     
    私が生徒の志望校に立ち入らず、また複数の学校に合格した時、どこに進学すべきか口を一切挟まないのは、私自身の苦い経験があったからだ。
    私は小6の1年間、中学受験めざして尾道から広島の塾に通い、猛勉強して開成・ラサール・広島学院の3校を受験して、すべて合格した。週1回のテストだけ行う塾で、他の塾生は平日に準拠塾に通っていたが、私は自学自習で勉強した。
    私の第一志望はラサールだった。夏と冬に塾で合宿があって、全国から灘・ラサール・開成・麻布などを受験する小学生が集まり刺激を受けた。友人もたくさんできた。
    だが、東京や大阪の同級生とは、いまいちウマが合わなかった。都会特有のスカした感じがどこか鼻についたのだ。どういうわけか、私の友人は決まって九州の小学生だった。福岡・熊本・宮崎・鹿児島の子と話が弾んだ。九州の同級生たちの、純粋で朴訥で真直ぐなところが好きだった。
    合宿では勉強が終わると、夜、部屋でディベートの真似事をやった。私がある時、下関から合宿に来ている友達に「下関は九州の植民地だ」という暴言を吐いた。それが炎上を招き、あちこちの部屋から論客が来て、十数人で下関が九州の植民地かどうか、明るく議論したことがあった。私が通っている小学校では絶対できない話題で熱い議論ができて、こんな奴らと中高6年間過ごせればいいなと思い、以後の勉強のモチベーションにつながった。彼ら九州人のほとんどはラサール志望だった。「絶対にラサールへ行こうぜ」と夢を語り合った。
     
    私が開成とラサールと広島学院に合格した時、ラサールに進学したいと父に言った。だが父は頭ごなしに「開成へ行け」と命令した。私は反発した。でも私はまだ小学生だった。親の意志には逆らえなかった。
    中1から東京で一人、下宿生活をした。昼は学校にいるからいいが夜は孤独だった。テレビは禁じられた。小学校で勉強を頑張った結果が、夜たったひとりの淋しい生活だった。あれだけ一生懸命勉強してきたのに少年院に入れられた。理不尽だった。誰も私の孤独を理解してくれず、勉強する気なんか一気に失った。成績は中位をキープしていたが、絶対に勝てそうもない凄い同級生に囲まれて、気を病みそうになったこともあり、東京の6年間は、あまり楽しいものではなかった。ラサールの寮生活で仲間と夢を語りながら、青春時代を送りたかった。
     
    こんな苦い経験が根底になって、私は塾生の志望校や、合格後の学校選択には一切口を出さなかった。自分から行きたい学校じゃなく、大人が強制的に敷いたレールの上では、絶対にやる気なんか出ない。コウタロウにも己のポリシーを貫くつもりだった。
    だが、コウタロウの器量は大きい。コウタロウは私が受験合宿や東京で出会った凄い先輩・同級生・後輩と同じ匂いを持つ男だった。しかも、彼は1の環境では1しか伸びないが、100の環境だったら100まで化ける。コウタロウが東京に行けば、スケールが大きい男になる絶対的確信があった。都会の絵の具にしっかり染まり、コウタロウは誰よりも強くアピールできる男になれる。大きな声でアピールしなくても、東京人の鋭い感性はコウタロウの美質を高く評価してくれる。
    だから私はポリシーを曲げ、塾講師人生ではじめて具体的な学校名を挙げ、「慶応大学がお前には似合っている」と言った。絶対に使うもんかと心に固く決め、若者を不幸にする危険性がある羅針盤を、生涯ではじめて使ったのだ。
     
    私の心は矛盾していた。私自身が東京では苦しい思いをした。だから内気なコウタロウを東京に送り込むのは、やっぱり気が引けた。
    でも、コウタロウを都会の環境に送りたい気持ちの方が圧倒的に強かった。私が東京に出たのは中学1年だった。地方の子供が一人で東京に出るのは早すぎた。だがコウタロウは大学1年だ。万に一つも私の苦悩を味わうことなんかない。
    コウタロウは地方の真面目な若者で、親元から離れたことがない。家族から愛され、学校の先生から可愛がられ、小中高そして大学と友人から一目置かれている存在だ。黙っていても周りが勝手に持ち上げてくれ、おとなしくしていても認知欲に満たされる環境にあった。言葉や態度でアピールする必要がない。アピールしなくても誰もがコウタロウを尊敬し可愛がる幸せに包まれていた。
    逆に東京に行けば、黙っていたら目立たない。都会では大人しい人間に対して無関心だ。高い能力がある人間がひしめく中、アピールしなければ埋もれてしまう。コミュニケーションも迅速頻繁に取らなければならない。メールや電話の返信が遅れただけで軽く見られ、無視したら敵を作る。沈黙はYesではなくNoだ。スピード感のある反応と、意志の明確さに欠けたら、都会で生きてはいけない。
    だが、コウタロウが海外か東京に出れば、加速度的に成長するのは確実だ。コウタロウの優越感がぶっ飛ぶような凄いヤツに会えば、電気に打たれたような刺激を受ける。アメフト部に入部しても、関東の強豪慶應大学なら、最初からレギュラーを取るのは難しい。競争が激しくプライドが傷つけられる局面もあるだろう。でも、コウタロウの強い精神力なら絶対に耐えられるし、高い精神性で都会の大学生から敬意を持たれる確信があった。
    都会へ出てコウタロウが価値観の大転換をし、フットワークを軽くすれば、より大きい男になれる。都会という砥石に磨かれ、個性が先鋭化しキャラが立つ。慶應大学という環境が、コウタロウを間違いなく生かしてくれるだろう。 

    コウタロウが慶應受験を躊躇しているのは、アメフト部を離れたくないという理由も大きかったと思う。アメフト部の経験がない私にはわからないが、チームのメンバーは身体を日常的にぶつけあっている。連帯意識は恐ろしく強い。合宿ではメシをフォワグラの鴨のように大量に食べさせられ「同じ釜の飯を食う」を超えた「同じ釜の飯を吐く」苦労を共有した。切っても切れない仲だ。
    7月に私は、コウタロウのアメフトの初試合に行って来た。中1の男の子2人連れ、刺激を与えてもらうためだ。私は25年間塾講師をやっているが、生徒の部活の試合を見に行くのははじめてだった。ミュージシャンをめざす生徒のライブなら行ったことがあるが、スポーツは初体験だった。
    コウタロウは背番号7。はじめてもらったユニフォーム。岡大は赤いユニフォームなので、コウタロウはカープの堂林にそっくりだった。「岡大アメフト部のプリンス」みたいだとコウタロウに言ったら笑っていた。
    雨中の試合、コウタロウはファーストキックを任された。コウタロウが蹴ると面白いようにボールが飛んだ。観客たちも、中学生たちも感心していた。彼はあんなに身体能力があったのか。
    アメフトは厳しいスポーツだ。体力や精神力がない人間から見れば、どう考えても「ブラック企業」ならぬ「ブラックスポーツ」だ。でもアメフトを初めて見て、コウタロウがアメフトに魅せられた理由が一発でわかった。健全な野心を持つ青年なら、あの集団の中で戦ってみたいと思うに決まっている。
    また、岡大アメフト部はいい人たちが集まっていた。当日は風が強く雷が鳴っていたのだが、女子マネージャーはテントが飛ばないように、雨に濡れながら小さな身体でテントを支えてくれた。OBの方は試合の得点経過を丁寧に教えてくださった。また、鍛えられ身体が大きな4年生の学生は、怪我をして裏方に回っていた。試合に出られない無念さが伝わってきた。が、彼の人間性はそれ以上に心を打った。
     
    私はコウタロウを、こんな素晴らしいチームから引き離そうとしていた。
    だが、コウタロウが慶應に行かなければ、絶対に後悔すると思った。
     
    私は自分の父親と同じ過ちを犯しているのかもしれなかった。強引に子供の人生のコースを、大規模な治水工事のようにねじ曲げる。父親のDNAを濃く受け継いでいるのかもしれなかった。
    私の父も、いま思うと私の才能を認めていたと思う。だが父はそれを口に出さなかった。もし「お前は才能がある。だから若いときは他人より苦労しろ。いま苦労したら将来は明るい。がんばれ」と一言でもいいから励ましてくれたら、東京のつらい一人暮らしも厭わなかった。だが父は私を黙って少年院にぶち込んだままだった。だから私は見込んだ子には「お前は才能がある。だからいま苦しめ。苦しんだら明るい将来がある」と執拗に繰り返し言い続けた。
     
    コウタロウの慶應受験勉強開始は、早ければ早いほどよかった。受験は5ヶ月後に迫っている。
    私は9月終盤、IELTSのテストで大阪にいるコウタロウに電話で、一世一代の説得をした。
    頭ごなしに「慶應に行け」と言ったら、コウタロウの人生を台無しにしてしまう。論理的に慎重に言葉を選んで、コウタロウにも選択の余地を残しながらも、心臓を鷲づかみにするように感情を揺さぶりながら語り掛けねばならなかった。
     
    「慶應は絶対に大丈夫だ。俺が通す。一橋の時のような間違いは二度と起こさない。IELTSのテストが終わったと思ったら今度は大学受験だ。アメフトのシーズンと重なり厳しいのはわかる。だが慶應受験で2月まで勉強すれば、きっとお前のためになる。大人になって猛勉強して資格をとっても、なかなか社会は認めてくれない。日本では学歴の威力はいまだ大きい。あとたった5ヶ月我慢すればいい。俺がついている。大丈夫だ」
     
    話はコウタロウの将来の職業選択にも及んだ。
    「お前は紳士だ。おとなしい性格だ。司法試験パスして国際弁護士になるには、もしかしたら心がやさしすぎる。やり手の弁護士は橋下徹みたいな性格の人が多い。キャラが立ち、孤独に頑張るのが弁護士だ。でもお前はどちらかといえば組織の中で生きる男だ。いまさら橋下徹にはなれない。なる必要もない。黙ってニコニコしていれば、絶対誰かがお前を引き上げてくれる。40年後には白髪の紳士になって大企業の重役室で、どっしり構えている姿が俺には見える。敵を作らず調整役として、しかし肝心なところでは万人が納得するような重い言葉を訥々と語る男だ。慶應大学は組織の力が凄い。お前は組織の中で耐えるのを楽しめる稀有な男だ。留学ダメだったら慶應を狙え。アメフトやりながらでも受験勉強できる気力体力を持っている。現役のとき一橋を受験し、重いアトピーに耐えながら頑張り、あと一歩で合格を逃し、一年間思い悩んで苦しみ、健気にアメフト頑張り、同学年の大学生や浪人生が味わえない経験をし、慶應に入りアメフトのクォーターバックとして表舞台に立つ。洗練された慶應ボーイと、泥臭くて強い田舎者が、お前の身体の中で一つになる。誰もがお前を尊敬する。尊敬されないわけがない」
     
    コウタロウは黙っていたが、心の中に私の言葉が溶け、しみ込んでいく音が聞こえた。
    「コウタロウ、お前はメガバンや総合商社に行きたいとも言っている。だが地方の国立からは現実問題として難しい。よほど秀でたものがなければダメだ。橋下徹クラスの押しの強さがある人とか、体育会アメフト部に在籍しながら留学して英語ペラペラな化け物とか、とんでもないヤツじゃないと都会の大企業は認めてくれない。地方国立大の学生は、学校の先生になるとかエンジニアになるとか、将来の夢を堅実に固めているか、地方で就職しようと考えている子が多い。だがお前の将来は流動的だ。お前自身だって俺だって、お前がどうなるかわからない。でも、それは危なっかしいけど魅力的だ。お前の文章力なら新聞記者にだってなれるし、可能性は無限大だ。慶應に行けばお前がどんな夢を描いても、就活に関する限りかなう。俺の実体験で言う。慶應は強い」
     
    私は言葉を続けた。
    「お前が慶應に向けて勉強することは、世間的に見て『仮面浪人』ということになる。俺の大学時代にも、仮面浪人する同級生はいた。高校が一緒だった勝呂君は、俺と同じで一浪して早稲田の政経に入った。俺は早稲田で満足したが、勝呂君は官僚になりたくて、早稲田で一年仮面浪人して東大の文兇貌った。彼には官僚になる夢があったんだ。官僚になるには東大が圧倒的に有利だ。彼は2年間回り道をして東大に合格し。いまは農林水産省のキャリアで働いている。コウタロウ、お前にも勝呂と同じような清潔な野心を感じる」
     
    話は私自身のことにも及んだ。
    「俺は大学生の時、塾講師のアルバイトをし、生き甲斐を見つけた。大学4年の時、就職するか塾講師を続けるか悩んだ。ふつうの大学生にとって、塾講師アルバイトは人生の通過点だ。でも俺は就職より塾講師を続けることを選んだ。塾をやっていると、子供に俺が必要とされていることがわかった。自分のためでなく、他人のために働くことの喜びを知った。就職しても今と同じ充実感を得ることは不可能だと思った。俺は社会的地位とか欲得とか、そんなもので動くのはクソ喰らえと思った。いま教えている子供を捨てて就職なんてできなかった。でも今考えると、塾講師という狭い世界に安住し、広い世界を俺は怖がっていたのかもしれない。臆病だった。人生の選択を間違ったのかもしれない。後悔はしていないが、俺は地方に暮らしていて、尊敬できる人がまわりにいない。孤独だよ。だからネットをやって孤独を紛らわしている部分がある。もし普通に就職していたら、お前のようなバリバリ仕事ができる部下と一緒に、思う存分東京で暴れていたかもしれない。だから、お前には広い世界を知ってほしい。お前はまだ広い世界を知らない。お前なら十分やっていける。広い世界に飛び込めば、もっともっと大きくなれる」
     
    いつものことだが、話を真正面から受け止めてくれるコウタロウが相手なら、思う存分饒舌になった。
    「いまさら慶應に行けと言うのは、学歴社会の権化に見えるかもしれない。エリート臭がすると批判を受けるかもしれない。でもな、俺は私利私欲で言ってない。お前がイギリス留学して、慶應大学に入って、俺に何の得がある? 俺に金銭が転がってくるわけではない。社会的地位が上がるわけでもない。俺はただ、お前みたいな『日本一素直な男』を中央に送り込んで、少しでも世の中を良くしたい。俺の同級生は官僚や銀行やマスコミや医者が多い。でも彼らの大部分は私利私欲に対して潔癖症だ。社会を良くしようという志を持っている。縁の下の力持ちになろうと頑張っている。人は官僚やマスコミを批判するが、彼らほど凛とした人間はいない。ステレオタイプな汚い人間じゃない。俺だって仕事の規模はずっと小さいが、志だけは残っているつもりだ。お前はもっと志が高い。サッカー部の校庭掃除を笑顔で3年間黙々とやった男だ。コウタロウ、官僚や銀行やマスコミの仕事って、本質的には庭掃除みたいなものなんだ。お前みたいなピュアな人間には、いちばんふさわしい仕事だと思わないか? お前は古めかしい人間だ。日本人の気高いところを継承している。日本伝統の勤勉さを持っている」
    コウタロウは道徳教科書のような男だが、反面、どこか抜けたところがある。出来杉君の中に、のび太が潜んでいる。そこが人間的魅力だ。コウタロウが影響力の大きいポジションにつけば、日本は良くなる。私は志を捨てていない。捨てていないからこそ、志が高いコウタロウを東京に送り込みたかった。
     
    古めかしいといえば、コウタロウが書く文字を思い出した。彼は少し崩した流暢な楷書体を書く。シャープペンなのに毛筆体に見える。平成生まれなのに明治男のような達筆だ。どこか知覧の特攻隊員が書く文字に似ていた。コウタロウは人の良い笑顔の中に、日本古来の精神性と精神力を強く持つ男だということは、文字のたたずまいからわかる。
    それから、コウタロウは親孝行だ。私はコウタロウに「お前、お母さんが大好きだろ」と尋ねたことがある。コウタロウは照れながら、こくりとうなずいた。
     
    「コウタロウ、お前は6年間も厳しい塾で真面目に勉強頑張った。残念ながら一橋合格という結果は出なかった。でも、お前の勉強の過程は、俺の心を爆発させるくらい熱くした。お前を見てるといつも思う。結果より過程が大事だと。だがな、ここまできたら留学決めるか慶應受かって、結果を見せつけてやろうじゃないか。お前はサッカー部の校庭掃除を笑顔で3年間黙々とやった。そんな男には絶対に幸せになってほしい。努力は神様が見ているかもしれない。でも神様が見ているだけじゃいやだ。俺はお前を世に出したい」
     
    コウタロウは、慶應義塾大学受験を決断した。
     
    (つづく)




    左は岡大アメフト部のユニフォーム姿のコウタロウ
    右は私が通販で買った堂林のレプリカユニフォームを着るコウタロウ


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