猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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塾OBが書いたチラシの文章
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    塾の広告を作るため、塾OBに原稿を依頼したら、素晴らしい出来の原稿が返ってきた。広告の文章が書けずに悩んでいたので、嬉しい限りだ。うちの塾の広告は文字数が多く、ほぼ100%私の文章で埋まっていたが、今回は90%が塾OBの文章である。全文紹介したい。
     
    ■就活力を受験勉強で鍛える
    (大阪大・大学院2年・北高・アンパンマン君)
    就職活動時期は大変だった。どの企業も私を評価してくれ、なかなか落ちないのだ。二次三次最終と面接が延々と続く。私は研究室に所属しているが、面接続きで自分の実験もできず、3月中旬から4月終わりまで、ほぼ毎日どこかで就職活動があった。
    結局第一志望の企業から内定をもらい就職活動を終えた。本当に就職氷河期と揶揄されるような時代なのか? 同じ研究室の同期は何社も受け、落ち、そしてまた志望する企業を探す作業に戻る。精神的にヤケになる者も出てきた。私との違いは何なのか?
    企業は受験者の【個性】を見る。この【個性】とは、先天的なものでなく、後天的に鍛えて身につける、行く手に立ちはだかる困難な課題を解決する力だ。課題への取り組み方は個人で異なる。時間も違えば、方法も結果も十人十色だ。【個性】は、子供の頃から自分の課題に真摯に向き合い、解決する経験を積まなければ身に付けられない。
    私は【個性】をUS塾で確立した。US塾では、課題を解決するのに制約はない。苦手分野の国語は毎日模試をした。問題は全て塾長が揃えてくれた。点数が凹んだら直ちに作戦会議だ。
    受験勉強で、知識が足りない時は知力を振り絞って理解に努め、気力に欠けていると認識したら精神を昂らせ、状況に応じて課題に取り組み、成績を伸ばしていった私にとって、面接は自慢大会だった。面接官は私の受験時代の苦労や経験を、重箱の隅をつつくように聞いてくれ、私が答えると感心し聞き入って下さった。実際それで面接は簡単に合格できた。私は受験勉強で、他人が到底手の出せない力で真正面から課題を解決してきたのだ。鍛え抜いた【個性】が他人に負けるはずがない。
    US塾での受験の熱い経験は、本気を飛躍させ、想像できない域まで到達させる。就職活動で己の人生を堂々とアピールできる濃い経験をし【個性】を磨き抜きたい人はUS塾に集え。
     
    ■いざという時、支えてくれる人がいる
    (大阪大・大学院2年・北高・アンパンマン君)
    僕は自習室で、気づけば4時間ぶっ続けで勉強やってるなんて日常茶飯事でした。厚さ7センチぐらいある化学の参考書を3日かけてやったりしました。
    でも本番、2次試験で大きなミスをしました。2次試験が終わった後、塾に行き勉強しようと思ったのですが、なぜかパソコンの画面に向かい、2時間ぐらいボーッとしてました。目がうつろでした。先生曰く、本気で死ぬんじゃないかという顔をしていたそうです。
    頭では勉強しないといけないと思っていましたが、どうしてもできませんでした。もう無理だって思いました。自習室に毎日通っていた僕が、塾を数日休みました。その間、何をしていたのか記憶にありません。 
    塾に行き、先生と今後を話し合いました。ほんとに泣きそうになりながら話をしました。泣いていたのは、僕だけじゃないって気づいた瞬間でした。 僕自身、あのときほっておかれてたら、どうなっていたかはわかりません。とにかく言えることは、支えられないとだめなときに、しっかり支えてくれた人が先生でした。大学受験の全てをやってもらったといっても過言ではなかったです。
     
    ■日本史が大好きな人の勉強法
    (同志社大1年・東高・マサキ君)
    僕は日本史が大好きです。勉強しなくてもセンターなら8割は取れる自信はありました。また、日本史の好奇心が強すぎるため先生から「日本史は勉強するな!」と厳命されたほどです。毎週欠かさずに見る大河ドラマが僕の原動力です。知識を頭に叩き込むのではなく、知識の方から頭に飛び込んでくるのです。
    日本史は、あるコツさえ押さえて観れば点数はガンガンあがります。そのコツとは自分でNHKのプロデューサーになったつもりで大河ドラマを創るのです。キャストは自分で自由に決めます。秀吉は竹中直人、家康は西田敏行、みたいな具合です。そのドラマの再生が試験中にできるようになれば、定期テストやセンター試験では7割から8割の点数は何もしなくても取れます。
    しかし、関関同立や早慶は一筋縄ではいけません。受かるためには難関大学の問題でしかお目にかかることのできない人物をドラマのキャストに加えなければなりません。これが一番面白い作業です。8歳で死んだ7代将軍・徳川家継が鈴木福くん、絶世の美女と言われた額田女王は綾瀬はるか、悲劇の宮さま有栖川宮熾仁親王は佐藤健、阿部定が壇蜜といった具合です。頭の中に壮大な大河ドラマを作り上げることで僕はセンター試験9割、難関大学合格を勝ち取りました。
     
    ■日本史が大嫌いな人の勉強法
    (立命館大1年・北高・スグル君)
    僕は日本史が大嫌いです。夏までセンター模試で30点台連発。そんな僕が85点をなぜ本番で出せたのか。まぐれではない。きつい努力をしたからだ。
    日本史が好きな奴は、大河ドラマ」を見て流れがつかめていればできると、僕には全く理解できないことを言っていたが、僕がやったことは、「日本史書き込み教科書」だけである。穴埋めをし、テストを繰り返す。ただこれだけ。最初は全く穴が埋まらない。用語集を使って見直しをし、暗記するまで解き直す。  
    これを氷河期から小泉純一郎まで繰り返す。単純かつ地味な作業でボリュームたっぷり。毎日毎日、暇さえあれば書き込み教科書をやり続けた。焦るし飽きる。できるようになっている実感も湧かないし、ほんの少ししか点数も上がらない。精神的にピークに追い込まれ「つらい」という言葉をよくSNSに投稿をした。やりきれば点数が上がると信じて気が狂うようにやりまくった。 でも、書き込み教科書のおかげで流れが理解でき、本番では、単語も何度も書いたことがあるものばかりで焦ることもなかった。
    書き込み教科書を書き込みまくった原動力は、日本史オタクで大河ドラマを見れば点が上がるなんて言っている奴らへのジェラシーと、強い向上心があったからだ。
     
    ■東高から、難関大に合格したい「サムライ」
    (同志社大1年・東高・マサキ君)
    東高で、去年の入試で同志社に合格したのはたった二人です。全校生徒の1%にも満たない確率に滑り込むために、僕の送った高3の一年間は過酷なものでした。朝一番に学校に登校して勉強、学校の授業が終わるとすぐに塾。休日は1日中塾で勉強。そんな生徒は東高では絶滅危惧種です。
    僕の勉強方法は東高生から見れば異質でした。まわりの友人が生ぬるいテキストをだるそうに解くのを尻目に、机に積み上げた分厚い赤本と格闘し、同志社の英語の過去問を50年分は解きました。たしかに東高では良い先生や友達に恵まれ、素晴らしい高校生活を送りました。
    ただ、受験に本気の生徒を守ってくれません。受験のプレッシャーに加えて周りからの冷ややかな目線、中途半端な空気、残念ながら受験生が勉強に集中できる環境でありません。将来スポーツ界を発展させる夢を持ち、難関大学に合格したいと僕にとって、US塾は第2の家でした。
    いま僕は、同志社大学でカンボジアの子供たちのためにサッカーグラウンドを作るサークルに入り、現地へ行ったり、休日は神戸元町駅前で募金をしたりしています。
     
    ■英語を絶対得意にしたい「将来の国際人」
    (同志社大3年・東高・福ちゃん)
    僕は、高3最後の英語の偏差値が42だった。同志社なんて夢のまた夢、もちろん現役で行きたい大学に受かるはずもなく不合格。US塾で浪人をする事にした。英語ができないだけではなく、激しい苦手意識があった。そんな僕が一年後、英語で勝負が決まる同志社大学に合格した勉強法は、しつこい「復習」である。受験生なら誰もが「暗記→テスト→復習」の流れで皆勉強していると思う。基本中の基本だ。
    だが、果たしてどれくらいの人が復習しているだろうか。復習をやっていない人がざらだ。英語は単語も文法も構文も1秒で思い浮かぶくらいにならないと、試験では使えない。「ああ、またこれか」と思えたら勝ちだ。そうなるには徹底的に定期的に復習を繰り返す事だ。僕には記憶力がないかもしれないが、でも復習を繰り返す精神力は誰にも負けなかった。僕は間違いなく復習で同志社大学の合格を勝ち取った。徹底的な「復習」で「復讐」を果たしたのだ。
    いま僕は大学で、発展途上国に家を建てるボランティアのサークルでリーダーを務め、長期休暇になるとスリランカやフィリピンで汗を流している。浪人時代にしつこい復習で身につけた英語力を生かしながら。
     
    ■読書・映画に親しみ、国語力+人生勉強
    (岡山大1年・北高・コウタロウ君)
    先生は塾の壁をべったりと埋め尽くす本の中から選りすぐりの本を、生徒に「この本持って帰り」と渡すこともあれば、授業の時間を削ってまで映画を見せることもある。言語センスの向上やリフレッシュ効果、ひいては国語力向上を見込んでのことだと考えられがちだ。もちろんそういった効果があるのは事実だ。
    しかし、今考えると生徒の目標形成に即して、長期的なビジョンに基づいて本も映画も選ばれていることが分かる。選ばれた本はレべル・興味ともに生徒に合致している。例えば、僕は弁護士になりたいという夢がある。NYの弁護士ジョン・グリシャムが書いた本はリアルな弁護士の仕事を、映画“12人の怒れる男”は陪審制度の内容を教えてくれた。
    先生は早稲田大学映画研究会に所属していた経歴を持ち、本や映画には非常に精通しておられ、大量のストックが体にしみ込んでいる。高校受験もしくは大学受験にとどまるのではなく、生徒の人生にまで向き合うのがUS塾の大きな特徴だ。
     
    ■北高で運動部と勉強を両立「体育会系」
    (岡山大1年・北高・コウタロウ君)
    僕は北高のサッカー部に所属していた。当時サッカー部といえば毎朝7:30から朝掃除があり、電車通学だった僕は6:00に起床、7時間授業を受け、放課後部活をした後は疲れてぐったりしていた。
    そんな状況でも、US塾に行くと集中して勉強出来た。学習時間が厳密に管理され、一分一秒を無駄にしないものだったからだ。生徒が眠たくならないように音読を挟んだり教科を変えたりするタイミング、2度目3度目の復習のタイミングが先生の頭の中には全てインプットされている。
    だから一秒でも遅刻すればスカイツリーが真っ二つに裂けるくらいの雷が落ちる。それくらい魂を込めてスケジュールが組んである。学校から直接塾に行き、決められた時間きっちり勉強して、家に帰って寝る。この生活リズムが勉強の効果も部活の充実度合いも高めた。僕はUS塾の徹底的なスケジュール管理によって高校生活の文武両道に成功した。
    ハードな文武両道生活で得たものは、周囲からの尊敬の眼差しである。高校でサッカー部と勉強の両立を果たした僕は、大学ではアメフト部に入部し、高校時代の文武両道を継続して、難関の英国留学を勝ち取った。
     
    ■D・E判定でも、難関校をめざす「野心家」
    (岡山大1年・北高・コウタロウ君)
    僕が声を大にして伝えたいのは、模試は受験者に普遍性を求めるが、入試問題は特異性を求めるということだ。僕は現役で一橋大学を受験した。実を言うと模試ではD判定とE判定しかとれなかった。判定だけを判断基準にすると、誰が考えても出願は諦めるのが妥当なレベル。
    だが出願する時、先生にも僕にも一橋を諦めるという選択肢は無かった。それは、赤本・青本が手あかで黒ずむほど過去問に徹底的に取り組んできたからだ。世界史に限れば、一橋大学は一問一答の単純な暗記で通用するものではなく、大問3つ全てが熟考を要する400字以内の論述だ。膨大な過去問を分析しなければ的外れの勉強になってしまう。
    しかし、先生の非凡な分析力、的確な対策、どんな敏腕予備校講師でも思いつかないアイデア溢れる勉強法によって、ピンポイントかつ濃密な勉強をしてきたという自負があった。僕はひたすら絶対的に信頼できる先生の戦術を全うすることに専念した。そして、センター試験で大幅に目標点を下回った僕でも1000点満点の合格最低点まで19点に迫った。地方公立高校生が超難関大の壁を突破するにはUS塾で過去問と格闘するしかない。
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