猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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日本一素直な男・コウタロウ(30)
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    コウタロウシリーズも、今回を含めてあと2回である。最終回はコウタロウ自身が書くので、私が書く記事は今日がラストだ。また、コウタロウシリーズを最後に、ブログ「猫ギターの教育論」は終了する。ご愛読ありがとうございました。

     

    さて、コウタロウシリーズは「不合格体験記」である。合格体験記はどこの塾の先生も書くが、不合格になった生徒のことを、これだけ長く執拗に書く塾の先生はいない。私がコウタロウシリーズを書く動機は何だったのか。

    おまけに、私の行動は変だ。塾を卒業し大学に通っている教え子に、強引にイギリスに留学しろ、留学がダメだったら慶應に行けと薦め、高校生の時以上に試練を課して、強引に道を切り拓こうとしている。平時に武器を取れと号令をかける狂った軍人のような行為と思われても仕方ない。

    それほど、私はコウタロウの一橋大学不合格が悔しかった。コウタロウが不合格になった瞬間、悔しくて言葉が出なかった。重い沈黙が続き、沈黙の反動が言葉を噴き出させた。噴き出す言葉を書き上げたものがコウタロウシリーズだった。

     

    うちの個人塾は、島の小さなボクシングジムにすぎない。ただ、誇大妄想を省みず言うと、私はチャンピオンを育てている気概は捨てていない。コウタロウはチャンピオンになる器だ。私の確信はゆるぎなかった。

    一流の若者は、同世代の人間から目標にされ、時に嫉妬心にさらされる。コウタロウは秀吉の笑顔と家康の律儀さを持ち、寡黙でニコニコしているだけで強烈な磁場を発し、まわりの闘争心をかきたてる男だ。本人だけが己の磁場に無頓着で気づかない。コウタロウは自分では意識できない、だが他人には否応なく意識させるオーラを放っている。リーダーとして担がれ、黙々と何かに打ち込むだけで周囲を成長させる無言の力がある。一流の若者の証だった。

     

    中1から7年間、私はコウタロウの拳を受け止めてきた。中1の時は大きなグローブをもて余し、初々しくはみかみながら、ぎこちないパンチを繰り出した子が、年齢に比例して筋肉は引き締まり、顔は精悍に、パンチは鋭く重くなり、知性の殺人パンチを打てるようになった。期待以上にコウタロウは強くなった。

    だが最後の一戦で、コウタロウはケガで力を出し切れず、僅差の判定負けでリングに沈んだ。悔しかった。ほんとうに悔しかった。

    私もコウタロウもあきらめなかった。リタイアしたボクサーがリングに復活するように、留学と慶應をめざした。「あしたのジョー」最終回で負けて真っ白になったジョーが、息を吹き返し復活戦を挑むな感じだった。

    私はコウタロウを叱りまくった。コウタロウは2週間に1回は悔し涙を流しながら耐えた。だが、どれだけ叱っても、コウタロウは私に嫌われたとか見捨てられたとか、ひとかけらも疑ったことはないだろう。逆に、かわいがられている重圧がコウタロウを苦しめたと思う。憎悪の鉄条網より、愛情の真綿で縛られる方がつらい場合もあるのだ。コウタロウには私の期待の熱さが、煮えたぎった湯のように降りかかってきた。私はコウタロウのプレッシャーを理解していた。だが同時に、サウナ室に監禁されたような私の熱意に耐えるコウタロウの精神力を信頼していた。

     

    私は慶應大学にこだわった。私の慶應へのこだわりは、私自身の東京コンプレックスが理由なのかもしれなかった。私は若いころ東京に住んでいた。東京は町全体が若者のパワースポットだ。東京という街は、行ったことない人にはただの大都会で、住んでいる人にも有難味はわからない。しかし、東京から離れた者にすれば、心の一部が切り刻まれ、新宿や池袋あたりに残って蠢いているような未練を残す街だ。東京は、健全な野心が強い若い人ほど刺激を受ける。東京にいる時は感性が刺激され、離れると感傷で息苦しくなる。地方人にとって東京は外国のように映る魅惑的な街なのだ。

    コウタロウの性格と能力は、東京でもトップクラスの力を持っている。コウタロウは東京を知らない。東京の街の魅力を知らない。そして東京という環境で大きくなる自分の可能性を知らない。江戸時代の参勤交代制度以来、地方の優秀な若者が江戸で刺激を受け、才能が江戸に集まるシステムになっている。コウタロウを東京へ送り出したかった。

     

    また、私には慶應が神奈川県にあるのが魅力だった。慶應の日吉キャンパスは横浜に、SFCは藤沢にある。慶應は神奈川県の印象が強い。個人的な思い出で恐縮だが、大学時代につきあっていた女性と神奈川県によくドライブに行った。鎌倉・江ノ島・逗子・横須賀・箱根。大学時代に車の中で流したサザンの「希望の轍」を聞けば、東名高速道路の排気ガスで黒ずんだガードレールやら、海沿いの廃屋になったボーリング場やら、夜に鮮明にうかぶ江の島やら、あのころの映像が何もかもが懐かしく、湘南に残してきた心の分身がジリジリ痛んだ。

    私がコウタロウを東京に送り込みたいのは、私が人生をやり直したいという個人的な欲なのかもしれない。大人が叶わなかった夢を子どもに託す、他力本願の情熱だったのかもしれない。だが、個人的な執念だからこそ強かった。

     

    対してイギリスはどうか。
    コウタロウが留学を決めてイギリスに行けば、東京に行くより夢はふくらむ。私がもし大学生に戻れるなら、一番やりたいことは留学だ。イギリスはシャーロック=ホームズ、ジェームズ=ボンド、ビートルズにストーンズにクイーンにレッドツェッペリン、ミスタービーンにベッカムの国だ。外見も内面も純日本人の極みのようなコウタロウが、イギリスから紳士的な振る舞い、ロックの反骨心、スポーツの面白さを学ぶことを考えたら、何が何でも英語を鍛えてイギリスに送り込みたいと思った。

    コウタロウがケント大学に留学すれば、政治学を専攻することになっている。研究対象はEUである。1945年まで、フランスとドイツの戦争は、世界史を大いに騒がした。だが、あんなに仲が悪かった独仏両国がEUで仲良くなっている。1世紀前の人から見れば信じられない平和が訪れている。

    逆に東アジアはどうか。現状を鑑みれば日本・韓国・北朝鮮・中国・台湾がEUのように1つの共同体にまとまることなど奇跡だ。中国が中心になれば中華思想の再来と非難され、日本が中心になれば大東亜共栄圏の悪夢再びと嫌われる。西ヨーロッパに比べ、東アジアは緊張状態にある。

    ただ国家間の関係はわからない。独仏関係のように、犬猿の仲が刎頚之友になることもある。コウタロウがEUについて現地イギリスで学ぶことで、もしかしたら東アジアの緊張を緩和する、小さな一つの歯車の役割を果たす役割を果たせるかもしれなかった。

    コウタロウはアトピー・アレルギーの疾患に、子どものころから苦しめられてきた。幼い頃に漢方治療で、お父さんお母さんに連れられ、中国に2回訪れたことがある。小さい体でコウタロウは中国人の漢方医と向き合う体験をしているのだ。

    私は、中国と縁があるコウタロウが社会に出て中国を訪れ、日中友好の懸け橋として、こんなスピーチをする姿を想像した。

    「私は幼い時、中国に2回訪れました。漢方の力で私はアトピー・アレルギーを克服しました。中国の伝統が、私を楽にしてくれたのです。ここでこうして私がスピーチできるのも、中国の皆さんのおかげかもしれません。私は東アジアを、EUのように国境をあまり意識しなくていい関係にしたい」

    理想主義的すぎる話かもしれない。だが私が一番好きなイギリス人ジョン=レノンも「イマジン」で、

     

    You may say I'm a dreamer   
    But I'm not the only one    

    I hope someday you'll join us   

    And the world will be as one  

     
    僕のことを夢想家だと言うかもしれない

    でも僕は一人じゃない
    いつかみんな仲間になって
    きっと世界はひとつになる

     

    と歌っている。あんなにビートルズ時代に反骨心が強い歌詞を書いたジョン=レノンが、最終的に理想主義のユートピアに行きつくのがイギリス人の複雑さである。コウタロウがジョン=レノンの国で学び、穏健な性格の中にある強靭さに磨きをかけ、多面性のあるユニークな人格形成をし、平和に貢献する姿を想像すると夢が膨らんだ。

     

    繰り返す。私はコウタロウシリーズで、コウタロウの名誉回復をしたかった。

    『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』という、大型辞書のように分厚いノンフィクションがある。戦前戦後に活躍した木村政彦という柔道家がいて、日本最強と謳われたのだが、プロレス転向後、力道山に卑怯な不意打ちを食らって負けた。撲殺される犬のようにみじめに負けた。勝った力道山は国民的ヒーローになり、負けた木村政彦は忘れられた。

    作者の増田俊也は木村政彦の名誉回復の一念で、原稿用紙1500枚、700ページにわたって、世間から忘れ去られた木村政彦の強さと存在を書き上げた。力道山だけでなく大山倍達や山下泰裕までが木村より弱いとまで書いた。著者の木村贔屓への執念が読者をひきずり倒し、読み終わると読者は木村政彦が日本最強だと疑えなくなってしまう、力技の説得力がある本だ。

    私もコウタロウシリーズで、コウタロウを原稿用紙500枚にわたって書き続けた。俗に「経過より結果」という言葉があるが、私は経過の迫力は、結果より心を打つと考えている。ただ結果は誰の目にも明らかに残り、経過は忘れ去られやすい。結果は金字塔のように輝くが、経過は砂山のように波に流される。おまけに、経過のすごさは近くで寄り添う人間しか知らない。だから私はコウタロウの拳を7年間受け続けてきた者として、ふつうの若者では成し得ない経過を「不合格体験記」として、ヒエログリフのように文字に刻みつけ、永遠不変に残したいと考えた。

    同時に私は、コウタロウの軌跡を文章に残すだけでなく、コウタロウ自身のパワー向上にも力を注いだ。コウタロウは物故した木村政彦と違い、これから70年以上生きる男だ。明るい将来がある。だから文章で名誉回復するだけでなく、コウタロウ自身をさらなる高みに上げようと、早朝に呼び出し深夜まで説教しながら厳しく鍛えた。外へのアピールと、内なる充実を同時並行で行った。そして、私がコウタロウの努力の軌跡を書き残せば、コウタロウが将来ピンチに陥った時や、自信を無くした時に読み返すだろう。私の文章が未来永劫、コウタロウを励ます鞭になることを願って書いた。

     

    ただ、私がコウタロウを危惧する唯一の点は、コウタロウの引っ込み思案な性格だった。コウタロウは自分を表に出さない。コウタロウは「能ある鷹」だが爪を隠し続けている。歯がゆい。

    お母さんから話をうかがえば、コウタロウは小さいころから、引っ込み思案な子だったそうだ。アトピーとアレルギーで病弱なコウタロウは、幼稚園の頃は友だちによくちょっかいを出されたらしい。無口でなかなか自分の意見が言えない。彼が岡大に入りアメフトをし、知性も体力も充実した若者に成長しようとは、当時の弱いコウタロウを知る人からは考えられないことなのだそうだ。

    コウタロウは小さな個人経営の幼稚園に通っていた。幼稚園の女性の園長先生は、コウタロウをかわいがっていた。ある日、幼稚園で宮島に遠足することになった。お母さんは持病を持つコウタロウが宮島に行くことに不安を持たれた。コウタロウが住む尾道から宮島まで2時間かかる。お母さんが園長先生に不安を口にされると、先生はきっぱりおっしゃったそうだ。「コウタロウ君なら大丈夫です」

    コウタロウは寡黙で、みずからをアピールしない。だが大人からかわいがられる何かを持っている。自分自身がアピールしなくても、他人にアピールさせる力がある。

    私も幼稚園の先生と同じように「コウタロウなら大丈夫」だと確信した。

     

    さて、コウタロウの将来にとって、慶應とイギリス留学、どちらが面白いか考えてみた。

    日本的学歴社会の視点からは、慶應大学の魅力は捨てがたい。就活の強さは圧倒的で、特に金融系は無敵だ。

    対してイギリス留学はどうか。留学しただけで箔がついたとカン違いする学生が多く、必ずしも就職活動で有利に働くとは限らない。

    だが、留学はコウタロウが唯一無二の人間になるチャンスだ。コウタロウの大学1年生は濃かった。現役時代に一橋大学をめざしたが、アトピーで力が出せず不合格。浪人なんて考えられない状態から治療に専念し、岡大でアメフト部に入り、留学をめざす。留学の勉強が終わったら今度は慶應。他の18歳19歳が歩まない、波乱万丈の道をたどった。

    もしコウタロウのイギリス留学が決まったら、イギリスで学び遊び旅行し、イギリスでアメリカンフットボールをするというユニークな体験をし、帰国後は岡大アメフト部のQBとして活躍し、東京に進出する。就職活動では東京の金太郎飴のような若者に対抗して、岡山からコウタロウは桃太郎として登場する。桃から生まれた丸顔のコウタロウ。アメフトのQBとして責任感を学び、英語が堪能なコウタロウ。紳士的なのに懐が深く、笑顔が絶えないのに強いコウタロウ。コウタロウは唯一無二の男になれるんだ。

    加えて、コウタロウは組織人として優秀だ。どんな組織でも縁の下の力持ちとしてやっていける。周恩来のような存在になれる男だ。ただそれにプラスして、個人塾の塾長にしかすぎないが、才能ある子に惚れ込み命がけで教えてきた俺の執念と反骨心を、コウタロウには受け継いでもらいたい。

     

    この項もそろそろ終わりが近づいてきた。

    コウタロウと6月に大阪へ行った時、心斎橋のブラジル料理の店に行った。ここは肉やサラダが食べ放題で、豪州産で大味だがガッツリ肉を食べられ、アメフト選手のコウタロウにはピッタリの店だ。サッカー選手や力士もよくこの店を訪れる。

    肉と酒で飽食状態になったあと、私はコウタロウに人生訓話のようなものを語りだした。コウタロウと11になると、いつもの悪い癖で身を乗り出し熱く語ってしまう。

    「昔、広島カープに根本陸夫という監督がいた。カープを球団史上初めてAクラスに押し上げ、そのあと西武とダイエーで監督や管理部長に就任し、強くした人だ。根本さんは高校生ルーキーだった衣笠祥雄選手を、毎晩2時間ホテルの自室に呼び、説教したそうだ」

    コウタロウは手を膝に置いて、神妙な顔で聞いていた。コウタロウは私がどんな下らない話をしても、身構えるようにきちんと姿勢を正して聞く。衣笠と同じように、年長者が説教したくてたまらない素直さをコウタロウは持っていた。

    「根本監督は衣笠に、野球の技術論なんかほとんどしなかった。生き方の話ばかりだった。ある時、根本監督は衣笠に、お前になってほしいものがあると言ったそうだ。監督は衣笠に、何になれと言ったと思う?」

    コウタロウは私の無理な質問を真剣に考えていた。

    「ホームラン王ですか」

    「違う」

    「メジャーリーガーですか」

    「それも違う」

    コウタロウはじっと考えていたが、笑顔で「わかりません」と言った。

    「根本監督は、『お前は衣笠祥雄になれ』と言ったらしい」
    コウタロウは「ふぅ」と息を吸い込んだ。コウタロウは人の話に感心すると、顔に水鉄砲食らったように驚く仕草をし、息を吸い込む癖がある。私は続けた。
    「要するに誰も真似できない、唯一無二の人間になれという意味だ。衣笠はその通り連続試合出場を達成し、国民栄誉賞を受賞した。根本監督の期待通り、衣笠祥雄になったわけだ」

    私は酔った勢いで畳みかけた。

    「コウタロウ、お前は矢野航太郎になれ」

    酔わないと言えないくさい台詞だ。私は酒に酔ったのではない。コウタロウの素直さに酔っていた。

    彼は驚いて、口を半開きにしていたが、細い目を光らせて「はい」と言った。

    「お前は矢野航太郎になるんだ。いいね」

    航太郎は賢そうな顔で、強くうなずいた。

     

    (つづく・最終回はコウタロウ自身が書きます)

     

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