猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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代ゼミの「下剋上精神」を潰すな
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    代ゼミが20数校舎を閉鎖し、本部を含む7校しか残さず、講師・職員を大幅リストラすることになった。駿台・河合塾・代ゼミの「三大予備校」の一角が崩れることになった。

    代ゼミの凋落の兆しはあった。予備校はセンター試験の「実戦問題集」を出しているが、問題が駿台や河合塾に比べて粗かった。思考を問うのではなく知識を問う、私大型の問題が多く、センターの実戦問題集というには、本番の問題と剥離していた。
    また模試も受験者数が減少一途で、偏差値が高く出て、力不足の受験生でもA判定・B判定が続出し、信憑性が失われていた。

    今後代ゼミは、模試を廃止するという。模試の問題作成と答案の採点は、講師の力を上げる。受験者が間違えるポイントを知ることで、講師は授業の精度を上げる。駿台の伊藤和夫は、模試受験生の典型的な間違いをネタにした『英文和訳演習』という本まで書いた。模試の廃止は、かゆい所に手が届く授業を、放棄することになる。
     
    代ゼミは大学受験の大衆化をもたらした。80年代の代ゼミのパンフの講師紹介を見ると、佐藤忠志という英語講師の服装に目がいく。香港のイカサマ魔術師のようなゴージャスな服装に、福笑いのような大きな顔。「金ピカ先生」は代ゼミの看板になり、現在に至るまで予備校講師の典型イメージとして引き継がれている。対して駿台のエースは白髪の学者然とした伊藤和夫。代ゼミの「金ピカ先生」とのイメージの違いは大きく、駿台・エリートVS代ゼミ・大衆の図式が成り立っていた。

    代ゼミには暴走族上がりの吉野敬介もいた。リーゼントの髪型に強面。しかも担当教科は「不良」とはミスマッチな古文。猛烈な野心を体現し、時代遅れと言われつつ過激な精神論を説いた。「だからお前は落ちるんだ、やれ!」と吉野は受験生に吼え続けた。

    英語の西谷昇二はスマートな講義で、若者のカリスマになった。特に女性人気が高かった。スピード感がある喋り、雑談の多さ。伊藤和夫が生徒の頭をたがやす耕運機なら、西谷昇二はフェラーリのように颯爽としていた。

    こういう「先生」とはかけ離れたキャラの講師が魅力を放ち、バブル時代に代ゼミは大人気だった。講師のキャラで勉強とは無縁だった高校生まで勉強の道に乗せた。浪人して代ゼミに通い早稲田に行くのが、日本人の人生コースの一典型になった。
     
    一般的なイメージを言えば、駿台や河合塾は、真面目に勉強してきた受験生が、オーソドックスで堅実な講義を受けてきた感じだ。だが代ゼミ、特に下のクラスにはヤンキーやチンピラの匂いがした。駿台生にメガネが似合うなら、代ゼミ生には煙草の匂いがした。

    だがそんな猥雑なエネルギーが代ゼミにはあった。高校まで遊んできたけど、根拠のない野心がある若者の根城になった。どうみても堅気ではない「金ピカ先生」や、暴走族上がりの吉野先生、渋谷のチーマーの匂いがする軽い西谷先生が、「勉強したら逆転可能なんだ」と彼らの憧れを誘った。
     
    代ゼミの講師は吉本興業のようにキャラが立っていた。「予備校講師=芸人」のイメージを定着させたのは代ゼミだった。同時に、代ゼミの講師には教え方にケレン味があった。富田一彦の精緻に精緻を極める構文解釈、かと思えば今井宏の大枠をつかむパラグラフリーディング、日本史・菅野祐孝の立体パネルなど、強いキャラとキャッチーな教え方が同一化していた。

    毒舌も魅力だった。いかにも毒舌を吐きそうで期待通りに毒舌を吐く富田一彦。怪物ランドのプリンスみたいな華奢な風貌をしていながら、可愛い顔してネット授業で大毒舌を吐く西きょうじ。真摯な毒舌は受験生を刺激した。代ゼミは「知的エンターテイメント」で一時代を築いた。
     
    だがここ数年、勉強は「できる子」のものになってしまった。「ゆとり教育」で基礎力を奪われ、中学受験の難化で、高校生から勉強に目覚めてもエリートははるか遠くを走って追いつく気が失われ、推薦入試・AO入試で私立大学に一般入試で入ることが馬鹿らしくなり、地方は不景気で難関私立に通わせる経済力が失われ、浪人してまで「いい大学」に合格しようとする意気が失われ、また、受験生の人気は国公立理系にさらわれた。

    そして、勉強が苦手な子が、勉強して「野心」をかなえる下剋上の風潮は失われた。小さい頃からコツコツ勉強してきた子が、順当に難関大学に合格する。受験を日本の時代区分にたとえるなら、代ゼミ全盛期のバブル期は戦国時代、現代は江戸時代である。「安定志向」の中で、かつて勉強が苦手な子に魅力を与えた、勉強で一発逆転、一獲千金を狙う風潮は薄くなった。代ゼミはその役割を終えたのかもしれない。
     
    私は
    『難関私大・文系をめざせ!』という、英国社の3教科でも、野心があれば合格できる難関私大の魅力と、具体的精緻な勉強法を解いた本を出版した。
    私の本は「代ゼミ」的な、戦国時代の風潮よもう一度という願いを込めて書いたものである。勉強が嫌いで、どこかくすぶっている高校生。行き場のない閉塞した状況に、若さを押し殺している高校生に向けて射た、自信を喚起する一本の矢である。

    私の本で、西きょうじの
    『英文読解入門〜基本はここだ!』という参考書を紹介している。薄いが中身は濃い。高1段階から自学自習できる。高校で英語の点数が伸びない、でも受験には英語が必要だと諦めた受験生に向け、御釈迦様が垂らした一本の矢である。
    その他にも、自分では意識しない野心と、下剋上を可能にする参考書問題集を紹介し、精緻にやり方を書いた。
    私の目線は常に「勉強が苦手な高校生。でも今のままでは終わりたくない高校生」のもとにある。
     
    代ゼミの先生は、西きょうじにしても富田一彦にしても、どこか生徒に冷たい所がある。だが彼らは数多くの若者を見てきて、怠惰で自分に甘い受験生が負けることを知り抜いている。
    しかし、いったん突き放しても、へこたれず這い上がった受験生が良い結果を出すことを知っている。冷たさは生徒を試す強烈な愛情なのだ。代ゼミの超一流の先生には、媚びない熱がある。「ダメ人間」を話術一本で蘇生させてきた凄味がある。
     
    代々木といえば社会主義政党の本部がある。「革命」をめざす者たちの聖地であった。そして代ゼミも「下剋上」をめざす若者たちのエネルギーが満ちていた。
    そのエネルギーはいま、山手線を180度回った正反対の位置にある秋葉原に吸い寄せされている。勉強に無縁だった若者をひきつけた「代ゼミ」の引力は凄かった。だが彼らはいま、勉強の世界にはやってこない。
    「代ゼミ」が消え「代ゼミ」の文化が消滅するのが、私には悔しい。


     
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