猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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中学受験は才能
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    小5後半からガクンと成績が落ちる子供がいる。
    今日はそんな子供についての話。

    1年に数回、なぜか私のところに家庭教師の依頼が来る。
    「今大手塾に通っていますが、成績が伸びません。小3から塾に通わせているのですが、小5の冬ぐらいから成績がガクンと落ち始めたのです。大手塾ではいわゆる「お客さん」になりかけています。個別とか家庭教師といったカンフル剤が必要だと思うので、お願いしたいのですが・・・」

    私は近所では「厳しい先生」と言われているが、多分私という劇薬を使って受験を乗り切ろうというのだろう。
    そんな依頼は、当然全部お断りする。

    まず教える時間がない。時間がないから誠意をもって対応できない。個別は全責任を負うから大変である。
    それに私は短気だから、絶対に家庭教師や個別には向いていない。子供の勉強の姿勢が甘ければ怒り狂ってしまう。集団授業なら私が荒れようとも怒りが分散するので子供は耐えられるが、個別や家庭教師なら怒りがピンポイントで一直線に向かうので子供は嫌な思いをするだろう。

    中学受験をめざしている子が、小5の終わり頃から成績が落ちるというのは実によくある話で、しかもその時期に成績が落ちたら、正直言って中学受験には致命傷だ。私にはその子の成績を復活させる能力も自信も処方箋もないし、またやりたいとも思わない。

    なぜ小5の終わり頃に成績が落ちるのか? またなぜそれが致命傷なのか? さらにどうして私がそんな子を避けるのか? その理由はこうである。

    小5の終わり頃から成績が落ちる子は、親が中学受験に熱心で、小学校低学年から進学塾に通っている子が多い。雛鳥の頃から小さな翼を精一杯動かして、遊びを犠牲にして親の期待を一身に受けて、より高く空へ羽ばたこうとしてきたのだろう。
    小学校低学年の頃は塾の生徒も少なく、競争相手も少ないから偏差値も高い。しかし中学年・高学年と進むにつれて、どんどん潜在能力のある同級生が入塾してきて、塾の生徒数が大幅に増える。
    学力がハイレベルの子は、新人が何人来ようとも成績上位の座は揺るがないが、学力に自信のない子は、優秀な新入りたちに追い出されるようにして、塾内での偏差値をどんどん下げていく。

    また、算数が強烈に難しくなるのも小5の終わりごろからである。
    相似が登場したり、図形がコロコロ移動したり、ニュートン算が現れたり、仕切りがたくさんある容器に水を入れたり抜いたり、超複雑な面積図を書かなくちゃ解けない問題が出たり、とにかくクリアな頭脳が要求される難問に翻弄されて、子供は頭の整理がつかない。そんな状態が続けば、最後には算数が嫌になりウンザリしてくる。

    しかし逆に、小5あたりから進学塾に通い始めた才能のある子は、初めて触れた算数の難問を解くのが新鮮で、小学校の勉強では味わうことのできなかった算数の面白さに目覚める。
    算数の苦手な子が敬遠したい問題は、逆に算数が得意な子にとっては、チャレンジ精神が奮い立つ快楽をもたらす。算数に恋してしまうのだ。こんな状態ではますます低学年から塾通いしてきた子の偏差値は下がる。

    そして、低学年から塾に通って成績が伸びない子は、悪い意味で「塾慣れ」していて、スレたところがある。
    今までの勉強方法に頑固なまでに囚われがちになる。こだわってきた勉強方法が合わないから成績が伸びないのは自明の理なのだが、悪い勉強方法にいつまでも固執する。
    これは別に子供に悪気があるわけではないのだが、そんな頑固さが勉強方法の構造改革の抵抗勢力になっているのは明らかだ。知らず知らずのうちに、自分で自分の首を絞めている。

    私が挙げた理由が複雑に絡み合って、雛鳥の頃から難関中学を目指していた子は、小5の春から小6の夏にかけてイカロスの如く力尽き、逆に後から入った才能のある子は潜在的な能力をあらわにする。
    青い空の上でぐったり疲れ果て、翼が折れそうな弱々しい鳥を、高性能な頭脳を持つ子はまるで銀色のロケットのような速さで追い越し、軽快に成層圏を越えた高みまで上り詰めて行くのだ。とても残酷な光景である。

    私は幼い頃からの受験勉強で疲れ果てた子供を、ロケットと競争させるような悪い人間ではない。疲れた鳥に鞭打つことはできない。
     
    中学受験は、昔なら「神童」と呼ばれた子どもがするものであり、力がない子が無理して中学受験しても、中2くらいで燃え尽き症候群になってしまう。
    中学受験での、子どもの促成栽培は危ない。


     
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