猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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ペーパーテストで人材を選ぶ理由
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    かつて日本陸軍では、陸軍大学卒業時のペーパーテストの点数が、その後の昇進に大きな影響を与えた。20代前半で最高の席次の者が、将来の大将。点数の低い者が陸軍大将に昇進するチャンスは、ほとんどなかったらしい。

    旧陸軍の人事で、ペーパーテストが滑稽なほど異常に重視されたことを、司馬遼太郎は珍しく強い口調で批判していた。
    ペーパーテストは秀才型の人材を選ぶのに適しているが、軍事作戦には天才型の才能が必要であり、受験秀才は記憶力に優れるあまり、過去の成功にこだわり過ぎ、新しい事態に対応する能力に欠ける、という趣旨だったと記憶している。
    天皇の神格化ではなく、ペーパーテストの神格化が国を滅ぼしたということなのか。私も司馬遼太郎の意見には、強く同意する。

    だが今のところ、ペーパーテストほど信頼性が強い試験方法がないのも事実だ。受験では最近面接や推薦が幅をきかせ始めたが、それでもペーパーテストが試験方法のメインの座を明け渡さないところを見ると、入学試験においてペーパーテストほど優れた試験方法は見当たらないのかもしれない。

    ペーパーテストは人間の粘り強さ・知力・忍耐力・継続力・事務処理能力・体制への従順さなどを、的確に判断する。

    それに、ふだん無口で目立たない人間でも、テストの点数でシッカリ自己主張ができるのが、ペーパーテストの面白さだ。
    極端に言えば、中学受験・高校受験・大学受験までは、声を一言も発せずに、黙って鉛筆を動かすだけで乗り切ることができる。

    もしペーパーテストが軽視され、選抜方法に面接や推薦が重視されたら、日本社会ではもっと自己主張が強い人間が評価される。
    たとえば日本の入学試験がディベートで行われるとしたら、アピール性はあるが、アクが強すぎ、しかも表面的で軽薄な、周囲の人間から敬遠されるような人間が増え、ギスギスした社会が生まれるだろう。

    ペーパーテストは派手さはないが落ち着いた人間にスポットライトを当てる。黙々とした静かな努力を、ペーパーテストはキチンと認めてくれる。
    「沈黙は金、雄弁は銀」の日本人の国民性に大きく合致する選抜方法なのかもしれない。


    つうか「雄弁が金」が国是のような、自己主張が強すぎる人間が大量にひしめく中国で、人材登用制度が「科挙」というペーパーテストだったのは面白い。中国の人材登用制度が面接という自己アピール合戦だったら、国内は混乱し『キングダム』状態になり、絶えず亡国の危機に瀕していただろう。

    日本でも中国でも、血の滲むような勉強の成果は少しずつだが確実に、堆積岩のように若者の頭の中で積み重なり、硬くてびくともしない学力の層を作り上げる。そんな学力の層の固さと厚さを試すのがペーパーテストに他ならない。
    ペーパーテストは受験者の脳に施す、ボウリング調査なのである。

    ただもちろん、ペーパーテストで試される能力は、代替可能な能力である。言葉は悪いが「誰でもいいから、能力がある人が欲しい」時にこそペーパーテストが試験方法として選ばれる。試験をする側と受ける側が顔を合わせる必要はないという事実が、ペーパーテストが代替可能の人材を求めている証拠であろう。

    唯一無二の個性を求める時、誰も取って代わる事ができない特別な力が必要な時、ペーパーテストは役に立たない。ペーパーテストの勝者は、相対的な勝者ではあるが、絶対的な勝者ではない。
    東大生はペーパーテストで選ぶことが可能だが、優れた政治家や小説家や芸術家や俳優やミュージシャンは、ペーパーテストで選ぶことはできない。

    生涯の伴侶を、ペーパーテストで選べますか?



     
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