猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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せっこつ君
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    14年前私の塾に、小5から中3まで通っていた、ある男の子がいた。
    彼は家が接骨院なので、塾の友人達から「せっこつ君」と呼ばれていた。

    塾にいた頃の「せっこつ君」には、向学心とか、生きる力とか、教師が子供に持って欲しい要素が全く見られず、骨がコンニャクでできている軟体動物みたいにヘラヘラしていて、私は毎日のように彼を叱っていた。せっこつ君の前で癇癪玉を破裂させたことも1度や2度ではなかった。
    せっこつ君の言動は、私の「説教中枢」を刺激した。せっこつ君は私の言葉を、笑いながら柳に風と無言で受け流すだけだった。

    結局せっこつ君は第1志望の高校に不合格になり、瀬戸内海の島にある高専に進学した。その後しばらく私は、せっこつ君と会う機会がなかった。

    ところが数年たって、尾道駅のホームで、偶然せっこつ君と出会った。中3で塾を卒業してから6年経つから、彼は21歳になっているはずだ。

    最初彼の姿を見た時「せっこつ君によく似た若者がいるな」と、他人の空似じゃないかと勘違いした。
    顔の輪郭は中3の時のままだが、中3の時のぼやけた表情とはうって変わって、精悍で浅黒い顔に変わっていた。まるで兵役を終えたばかりの青年のように、引き締まった凛々しい顔をしていた。
    でもその青年は、せっこつ君に違いなかった。

    私は公立高校を彼を不合格にしてしまった気まずさと、大人になった彼の変貌に対する恐怖と、久しぶりに出会う照れくささで、知らない振りして通り過ぎようと一瞬迷ったが、結局懐かしさが勝り、また彼の身体にはどこかフレンドリーな余裕ある雰囲気が漂っていたので、声をかけることにした。

    しかし私が声をかける決断をするより早く、せっこつ君の方から笑顔で「先生」と声をかけてきた。私も「おう」と返した。

    その後懐かしいせっこつ君と電車の中で話した。父親の接骨院を継ぐため、岡山の専門学校に通っているという。
    せっこつ君は滔々と私に近況を話してくれた。

    「先生、オレ今頑張ってるんですよ。今岡山の接骨の専門学校に通ってます。いろいろ学ぶことが多くて楽しいですよ。大学行っても、こんなに役に立つことは学べなかったです。オレこの前、大学の医学部で研究発表する機会があったんですけど、大学生はあまりしゃべれないのに、オレはちゃんと発表しましたよ。大学行かずに、専門学校行ってよかったですよ・・・・」

    せっこつ君の話は尽きなかった。私は聞き役に徹していた。
    彼が教え子だった時代、私を恐れて滅多に話しかけてはこなかった。私にはせっこつ君と対話した記憶がない。話したとしてもそれは、私の方からの一方的な説教だった。
    中学生の男の子は、一部を除いて教師に対して無口な態度を取るのが相場だ。でも20歳ぐらいになると別人のようにしゃべる。今日の電車の中で彼が話した言葉の数は、彼が塾に在籍していた4年間、私に語った言葉の総量を遙かに凌駕していた。

    せっこつ君が大学生を批判する時の宙ぶらりんで真剣な目は、自分の膝に向けられていた。しかし私は彼の目が、私の内面を射すくめているような居心地の悪さを感じた。

    私は彼に中学生時代、勉強を通して力を与えてやることができなかった。彼の表情を凛々しく精気あるものに変えることができなかった。
    それに、同世代の大学に通う若者に対するせっこつ君の非難は、間接的ながら私に向けられているような気もした。私は1人でも多く大学卒の人間を育てるのが稼業の男だ。大学を批判する彼とは、立場も考え方も異なる。

    たしかに、彼の大学生に対する考え方には異を唱えたかったけど、せっこつ君の大学生に対する強いライバル心が、健全な生きる原動力になっていていることが頼もしかった。
    だってせっこつ君は中学生時代、ライバルとか生きる力とか、生臭いけど活力ある言葉とは一番遠い位置にいた少年だったのだ。

    私は話題を変え、せっこつ君に尋ねた「お父さんの接骨院継ぐの?」
    彼は「ええ。親父には迷惑かけたし、もっと学んで一人前になったら継ぎますよ。先生来てね。」と生き生きと答えた。

    せっこつ君は私の批判などしていなかった。それどころか、彼は電車の中でした一連の話の中で、自分の一番良いところを私に見せようとしていることを悟った。
    男が恋人の前で強さと優しさを精一杯アピールするように、悪友に自堕落な部分を露出するように、教え子は慕う先生の前で、最も真面目な部分を向ける。

    せっこつ君は中学時代、私に好ましくない面をたっぷり見せてきた。しかし6年経った今では、自信を持って将来の人生設計や、充実した現状を語れる。中学卒業後6年間、良い部分をたっぷり貯蓄したからこそ、ホームで私に会った時、ためらいなく声をかけてきたのだ。
    教え子が自分の良い面をアピールすることができる教師として、私の存在が機能していることに少し安堵した。

    私はせっこつ君の意を汲み、同時に自然な気持ちで「偉い男になったな」と言った。彼は一瞬顔を硬直させた。彼の生涯で初めて私がかけた褒め言葉だった。

    その後せっこつ君とは電車の中で数回会った。そのたびに世間話で盛り上がった。良い友人ができたと思った。



    さて、しばらく電車でせっこつ君の姿が見えないと思ったら、せっこつ君が死んだという事実を聞いた。
    脳の病気で3ヶ月寝たきりになり、静かにあの世に去っていったらしい。
    「せっこつ君」こと、村上恭之君の冥福を祈る。



     
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