猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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苦手分野一日一殺
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    猛勉強しないと合格しないのは当然。橋下徹は司法試験を受験したとき、眠くなると足を氷水に漬けて勉強したという。私の友人は小学生のころ、難関中学に行きたくて睡魔に負けそうになり、彫刻刀で左手薬指を刺したという。知力体力の成層圏を通過して限界を極めることで、学力はブレイクスルーするのだ。
    勉強法の本が売れているのは、楽して勉強しようと効率を求めるからだ。だが、最初から効率を求めるのは手抜きだ。効率は猛勉強の末に、非効率で泥臭い勉強をくぐり抜けた段階で、はじめて生まれる。
    最も愚かなのは、勉強の時間を時間ではかることだ。「勉強を10時間する」のは凄いことだが、大学受験生が勉強時間を自慢するのはやめたほうがいい。
    大人目線の言い方で恐縮だが、社会人になったら仕事時間が長いからといって評価されたりしない。締め切りに間に合わなかった作家が編集者に「1日15時間書いたのに・・・」という言い訳はできないし、製品を発注されて納期に間に合わなかった責任者が「うちの従業員は1日13時間働きました」と言っても聞き入れてはくれない。
    スポーツ選手は練習を10時間やったから年俸が高いのではなく、成績を残したから金銭的評価を得る。社会人にとって時間という「経過」を問われることはなく、頼まれた仕事をやり遂げた「結果」しか重要ではないのである。
    勉強時間を時間数で評価して、ただ勉強を「こなす」だけの自己満足では、力はつかない。勉強は万歩計のようにただ時間を重ねればいいわけではない。勉強は「こなす」のではなく「わかる」ためにやるのである。現在やっている勉強が本番の試験で使えるか、絶えず意識していなければ勉強ではない。
    勉強中はつねに「お前は理解してやってるか?」「本番で使える力がついているか?」「ただ流して時間稼ぎの勉強をしていないだろうな?」と自問自答しなければならない。
     
    ところで、苦手分野は誰にでもある。
    だが、いつまでも苦手苦手と言っているのは芸がない。試験が近づいているのに、いつまでも苦手を抱えているわけにはいかない。
    だったら、1日で一つの単元を猛勉強で極めてしまえばいいではないか。1日で苦手を克服する。1日で一つの単元を猛勉強で得意にする計画を立てる。
    朝7時には苦手だった単元が、夜11時には「わかる」ような作戦を練り実行する。
    苦手分野を一日で「殺す」のが「一日一殺」である。
    苦手分野の「一日一殺」勉強法で、数学の確率、古文の助動詞、化学のイオン化傾向、生物の遺伝、日本史なら江戸時代の文化史など、一日でできそうな単元を、きれいサッパリ潰す。
    猛勉強で一日一単元に絞り込めば、朝に理解できなかったことが、夜にはわかる強い充足感がある。苦手分野の「一日一殺」で、本番の試験でコケる危険性をはらむ懸案事項をクリアしていくのだ。
    みなさんは実は「一日一殺」を学校の定期試験で経験している。一夜漬けで教科書を何ページも頭に入れられるではないか。みなさんには定期試験の一夜漬けという成功体験がある。一夜漬けの集中力を「一日一殺」で発揮するのである。勉強は、一日何時間勉強したかなんて重要ではない。苦手をいくつ殺したかが大事なのだ。
    苦手分野を、一日少しずつ勉強しようと長期計画を立てても挫折する。苦手分野は青汁のように一気に飲み干すべきだ。

    なお塾生に「苦手分野は一日一殺です」と口で言ったら、一日一冊と勘違いしていた。「冊」でなく「殺」と言ったら胸をなでおろしていた。一日一殺より一日一冊の方が確かに怖い。

     

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