猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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コウタロウ英国留学記(1)
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    私の教え子で、岡山大4年でアメフト部に所属するコウタロウが、大学2回生の時岡大から交換留学に選ばれ、1年間イギリスのカンタベリーにあるケント大学に留学した。
    コウタロウが書いた英国留学記を、4回に分けて連載する。留学とはどんな勉強をし、どんな生活をし、どんな旅をし、どんな友ができ、どんな食事をするか、詳細に書かれている。留学志望の方は大いに参考にしてほしい。
    真面目さと好奇心にあふれた若者の、青春の軌跡。



    4月「いざ!航海の時」

    出発前夜。関空での両親との別れ

    出国前夜は関空の日航ホテルに泊まった。
    幼稚園の時に中国に行って以来の海外なので、ほぼ初めての海外と言ってよい。
    中国にはアトピーの漢方治療に行った。僕には幼少時から重度のアレルギー・アトピーがあったからだ。中国では大部分の時間を母の背中で過ごし、記憶はほぼ無い。息子がアトピーを持っていた松居一代が主催する漢方ツアーで訪れた中国、長い待ち時間の末に得た診察は極短時間。しかも僕は泣きじゃくり、高いお金を払ってきたのにと母は落胆したという。
    挙げればきりがないが、アトピーやアレルギーに対する抗いとしては他にも、体質から改善しようと奥出雲の延命水や岡山県新見市で汲める硬水など様々な水も試したし、綿の服を着るなど身につけるものにもこだわった。幼稚園入園前の写真を見ると、首元から顎にかけて赤くただれていて痛々しいが、薬も適度に服用しながら、中学生のころにはアトピーは気にならないほどに治まった。
     
    尾道で生まれ、尾道で育ち、大学にも尾道から通っていた僕にとって、1年という長期間親元を離れるのは初めての経験だった。受験生のころ、大学生になったら海外旅行に行きまくろうとは考えていたが、留学という形で異国の地への扉が開かれるとは思ってもいなかった。
    出国前夜は日本を出てイギリスに行けることへの期待感が大きかったので、緊張もせず、すぐに寝付くことができたが、当日となり、手荷物検査のゲートまで僕を見送りに来た両親の姿が徐々に小さくなっていくのを見ながら、特に母親の不安な気持ちを想像すると心細さも感じた。
     
    実家のダイニングの壁に沿って腰の高さの本棚があるが、アトピーの治療法やアレルギーの子のためのレシピ本などがずらりと並んでいる。母は小中高と12年間弁当を作ってくれた。毎日代わり映えがしないおかずに文句を言ったこともあったが、僕の希望は何でも聞いてくれたし、できるだけ給食の献立に似たものを作ってくれた。
    親が完全に視界から消え、ここからはすべての行動が初めての体験になると思うと、自分の力が試されるようで気分が高揚していた。冒険に出発する少年のような無邪気な心を持って搭乗口に向かった。

     
    アムステルダム経由でロンドンへ

    ロンドンへは、評判もよく値段も安かったKLMオランダ航空を使い、アムステルダム経由で行くことになった。その便の利用者の半数以上がオランダ人と思われた。日本で生活していると自分の身長が低いと思ったことはないが、大勢のオランダ人の中に入ると175cmの自分が小人に思えた。平均身長が10cm以上違う国と対戦するバレーボール選手のような気分だ。父親がオランダと聞くと、新婚旅行のトランジットの際にトイレに行ったら便器の位置が高くて驚いたと言う話を良くしていたが、確かにこの長身の人達とは同じ位置の便器は使えないなと思った。
    ついに俺の時代が来た。そんなことを思いながら飛行機に乗り込んだ。
     
    アムステルダムのスキポール空港には予定より30分程度遅れて到着した。
    着陸前にロンドン・ヒースロー空港への乗り換えのための時間とゲートが案内された。着陸は遅れたが、出発の時間は予定通りということだった。実際はどうだったのかわからないが、当時の僕の認識ではそうだった。
    英語の表示があるとはいえ、オランダの空港となると勝手が分からず非常に焦った。乗り換え時間が45分しか無いので到着ゲートから出発ゲートまで広大なターミナルをダッシュした。書類やとりあえず使うかもしれない小物を詰め込んだ手荷物の重さにイライラした。つくづく旅に慣れていなかったなと振り返って思う。出発ゲートまでの距離が遠くて直線の建物までもが迷路に思えた。
     
    何とか間に合ってシャトルバスで飛行機の下まで移動してタラップから飛行機に乗り込んだ。関空からオランダまでに乗ったB777-400の大きい機体とは違い、city-hopperという短距離飛行に使われる小さい飛行機だった。乗り込んだ時はまだコックピットのドアが閉まっておらず自分の座席からテレビや本でしか見たことがないコックピットが見れて興奮した。初めてのヨーロッパ、何もかもが新しい体験で高揚感に溢れていた。
    アムステルダムからロンドンまでのフライトは1時間弱、ヒースロー着陸直前は上空から見える草原の中に住宅密集地が点在する。ついにイギリスにやってきたと感じた。通路側の席だったが、首を伸ばして何とかこれから自分が降り立つ地を目に収めた。隣の乗客は非常に迷惑だったかもしれない。


    17.gif
    ロンドンのタワーブリッジ
     

    ロンドンからカンタベリーへ。バス移動はつらい

    ヒースロー空港に到着した。アムステルダム経由だったせいか、入国審査ゲートが閑散としていて期待を裏切られた感じがした。人でごった返すターミナルをイメージしていたからだ。厳しいと言われるイギリスの入国審査を拙い英語でなんとか切り抜け、荷物をピックアップし、到着ゲートを抜けたらそこは異国の地。お客さんや家族、友達を迎えに来た人たち、日本人が平たい顔族であるならば、そこには起伏に富んだ顔族ばかりが立っていた。
     
    イギリスでは長距離バスをコーチというが、コーチに乗ってロンドンビクトリアまで行くというプランしか立てていなかったので、とりあえずnational expressやcoachという案内板を必死に探し、コーチのチケットを買える窓口までたどり着こうとした。しかし、20kgのバックパックを背負い、20kgのキャリーケースを押し、10kgのボストンバックを持っている状態で行動するのは想像より遥かにしんどかった。アメフト部で筋トレしていることなど関係無かった。極度の緊張の中で、いつどのような災難が自分に降り掛かってくるか不安に思いながらの行動は精神的に疲れる。
     
    20分くらいターミナルを彷徨ってやっとの思いでチケットオフィスにたどり着いた。“I want to go to Canterbury via London Victoria by coach. Can I get a ticket?”と聞いてみた。すると返ってきた答えは愕然とするものだった。「ビクトリアまでのバスは満席だからタクシーか地下鉄で行ってちょうだい。カンタベリーまでの行き方はビクトリアで聞いて。」と言われた。ヒースロー空港からロンドンビクトリアまでは直線距離で30km、ビクトリアからカンタベリーまでは90km弱。バスの席がないのは想定外。直線距離ではそれほど遠くないように感じるが、移動手段がなければ手も足も出ない。どうしようかと考えた結果、結局ロンドンビクトリアまでは地下鉄でいくことを決心した。
     
    地下鉄では緊張の連続だった。ヒースロー空港からロンドンビクトリアまでは直通の路線がなく、途中で一回乗り換えなければならない。Informationで教えてもらった乗換駅のアナウンスを聞き逃さないように細心の注意を払い、荷物を体で守り、なおかつ人の邪魔にならないように気をつけた。そんなアップアップの状況下でも景色を見る余裕があったのは自分でも驚くのだが、途中ロンドンのフットボールクラブであるチェルシーのジャージを着た青年が乗り込んできた。後から確認するとチェルシーのホームタウン付近の駅だったのでユースの選手たちだった可能性も無きにしも非ずといったところか。そして無事地下鉄を乗り換えることができ、地図に頼ってロンドンビクトリアまで何とかたどり着いた。
     
    道路が石畳の箇所もあり、また歩道の路面状態も悪いのでキャリーケースを引くのに難儀した。悲劇は繰り返す。バスターミナルのチケットオフィスでカンタベリーまで行きたいと尋ねたところ、ヒースロー空港に続いてまたしても耳を疑う答えが返ってきた。「8時半発のバスは満席だから10時発のバスを予約するけどいいか。」とのこと。ここまで来てほかに選択肢が思いつかなかったのでそのバスを予約した。しかし、待てども待てどもバスが来ない。ターミナルの客はどんどん減り、浮浪者と思われる人が多くなった気がした。全く落ち着かなかった。ついにカンタベリー行きのバスが来たのは午後11時前。夜は車窓からは暗闇しか見えず、自分が正しい方向に向かっているのかとか、どこで降りるか分かるだろうかとかちょっとしたことも不安になってくる。カンタベリーに到着したのは午前0時半頃だった。



    田舎町・カンタベリーの第一印象

    カンタベリーにあるケント大学の寮に入る予定日は4日後。それまではホステルが宿だ。カンタベリーのバスステーションからホステルまでどうやって行こうか悩んでいた時に、希望のタクシーが目に入った。タクシーに座った時は安堵感で包まれた。初めての土地で、バスステーションからホステルまでが長く感じた。後日歩いてみてわかったが、ホステルからバスステーションは歩いて5分もかからない。
    ホステルに到着したのは1時前。受け付けを済ませ2段ベッドが4つあるドミトリータイプの部屋に案内された。部屋は既に消灯され僕を除いて7人は既に眠っていたため総重量60Kgの荷物お音お立てないようにそっとおいてベッドに横になり、貴重品は身に着けたまま眠りに落ちた。飛行機の中で少しは眠っていたとはいえ、28時間ほぼ起きっぱなしの長い一日がやっと終わった。
     
    カンタベリーのKipps hostel というホステルに結局4泊した。共同のキッチンは付いているとはいえ、食材がなく、インスタントの味噌汁を飲むぐらいしかできないので、ケトルだけ使って飢えをしのいだ。
    散歩に出かけスーパーを見つけた。食材を買っても調理できないので、バナナとポテトチップスで腹を満たした。しかしこのバナナが問題だった。黄色くまあまあ熟したようなバナナを選んだにも関わらず、噛んでみると歯が刺さるほど固く、歯が折れるかと思った。イギリスはご飯が美味しくないというイメージがあったので、イギリスで売られている果物自体もこんなにも質が悪いのかと落胆してしまった。食生活は最悪なスタートを切った。
     
    ホステルでの4日間は、散歩したりテレビでプレミアリーグを観たりして過ごした。散歩は毎日少しずつ距離を伸ばし、知らない場所を開拓していった。カンタベリーに到着した時は真っ暗だったので周りの様子がよくわからなかったが、昼歩くと活気のある良い街に思えた。イギリスに来るまではロンドンしか知らなかったので、自分が大都会を闊歩しているイメージしか抱けなかったが、田舎町を当てもなくのんびりとさまよい歩くのも趣があって絵になると思った。


    1.gif
    散歩の途中、線路にかかる陸橋に立ち止まっては電車の写真を撮影した。近くで桜を発見した。日本以外にも桜があるのかと感動し、無駄に長い時間をかけて写真を撮った。日本にいたら綺麗だなと思うことはあっても、桜を見てホッとしたのはこの時が初めてだった。

     
    大学寮と日没が遅いロンドン

    大学に行く日が来た。ケント大学は丘の上にあるので歩くには遠くバスステーションからタクシーで向かった。留学生担当のオフィサーと会い、寮のある場所まで連れて行ってもらえることになった。最初に到着した場所から寮までは遠く、森の中に大学があるなという印象だった。

    同じpre-sessional courseに参加する日本人だけのintroductionコースが始まった。このコースはこの年から試験的に始めたコースらしく無償で参加することができた。カンタベリーの歴史についてやイギリスの教育制度の概要について、カンタベリーでどう生活していくかなどを先生役の大学院の学生と学びながら、イギリスでの生活に慣れるための期間だった。
     
    寮はキッチンが広いこととシャワーの水圧が強い事を確認できて満足した。留学生活で不自由ない生活を求めることはしないと思っていたので、それだけで十分だった。
    緯度が高いイギリスは4月から日没の時間が遅くなる。夜9時でも薄暗い程度で、朝4時ごろから明るいので、生活リズムがなかなか安定しなかった。毎朝6時前には目が覚めていたのだが、時差ボケなのか外が明るくなるからなのか分からなかった。


    parkwood.JPG
    ケント大学の寮

     
    南アフリカ共和国のゲイカップル

    一年の留学中に結局2度引っ越し(引っ越しと言っても同じ敷地内にある違う建物に移るだけ)をすることになるのだが、その中で最も刺激的な経験をこの最初の寮でした。フランス人と南アフリカ出身の男性のゲイカップルが1つの部屋に同居していたのだ。この寮はキッチンとシャワールーム、トイレ共有で、5個の個室が付いている。個室はシングルベッドと壁に備え付けてある勉強机があるだけの狭い部屋のだが、そこに2人で暮らしていると思うと感心さえする。
     
    彼らはとてもオープンで、キッチンで○背位で○ストンする真似をしたり、階段で1分間くらいの長く熱いディープキスをしたりする。周りの目など気にすることはまず無い。片方が着るセーターに一緒に入ってみたり、一緒に料理をして食べさせあう姿も頻繁に見かけた。とても頭が切れ、2人とも法律の勉強をしていた。英語やほかの勉強を教えてもらったこともある。彼らが帰国する際のフェアウェルパーティーには地方議員の出陣式かと思われるぐらい多くの人が集まっていた。喧嘩も多いカップルだったが、常に一緒に手をつないで歩くほど仲が良かった。これはイギリスで初めて海外を実感した瞬間かもしれない。



    カンタベリーの朝。街も人も寝起きが遅いイギリスの週末。大聖堂、教会、修道院。3つの世界遺産がある街を朝からジョギングする贅沢。中心部でも人をほとんど見かけないので、神聖で新鮮な空気を独り占めしたような気分になる。




    5月「pre-sessional course

    カープ堂林のユニフォームで、海岸まで走る

    Pre-sessional courseが始まる直前の休日、一人で大学のあるカンタベリーから北に10kmほど行ったところにあるHerne Bayという海岸の町まで走った。イギリスの海がどんなものか見てみたかったのと、ヘトヘトになるぐらい体を動かしたくてたまらなかったので、観光がてら長い距離を走ってみようと思い立った。
     
    知らない道を一人で走ることに不安もあったのでお守り代わりに僕が所属する岡山大学アメフト部BADGERSのTシャツと笠見先生から頂いた広島カープの堂林のユニフォームを着て走った。堂林の背番号7はBADGERSの僕の背番号と同じで、またBADGERSとカープのユニフォームはともに赤で似ている。どちらも目立つし、それを着ていると一人という感じがしなかった。
    イギリスは運転が荒いと言われているし、道中は交通量が少ない山道のためスピードを出す人が多く、歩道もなかったので車の音が聞こえる度に道脇の草むらに入って車が行き過ぎるのを待った。Google mapでは徒歩で2時間と表示されていたが、起伏のある道だったせいか実際に走ってみると実際より距離があるように感じた。
     
    朝9時半ごろ家を出発してハーンベイに到着したのは12時を過ぎていた。ハーンベイの海は爽快だった。瀬戸内育ちの僕にとっては見渡す先に島のない海は新鮮に映った。昼ごはんにはイギリスに来て初めてフィッシュアンドチップスを食べた。フィッシュもチップスもフライなので茶色、彩りなど全く気にしないイギリス人の潔さが好きになった。チップスの量がとても多く満腹になった。


    3.gif
    堂林 in Herne Bay

     
    さあ、英語の授業開始!

    Bank holiday 後にpre-sessional courseが始まった。このコースはでは英語と英語での勉強の仕方を学ぶ。
    Block1, Block2, Block3の三部構成でBlock1からの留学生もいればBlock2からの留学生もいるが、これは英語レベルによって分かれており、僕はBlock1からだったが、約20人の日本人の他に、中国人、タイ人、サウジアラビア人、オマーン人、イラク人、トルコ人などアジア人が中心に参加していた。
    Block2はブラジル人やウルグアイ人、パラグアイ人など南米からの留学生が中心だった。Block1よりもBlock2、Block2よりもBlock3の留学生の方がイギリスに来る前段階での英語レベルが高い。
     
    1時限90分で、午前中2限、午後から1限、朝9時から午後3時までListening and Speaking, Reading, Writing の授業を受ける。Block1の留学生は英語のレベルがそれほど高くなく基礎から勉強していくが、Writingの時間に勉強した引用の書き方は後にエッセイを書くときに大いに役に立った。同じクラスだった中国人のユーペイと35歳サウジアラビア人のモハメッドに出会ったが、彼らとは今でも連絡を取り合っている。
     
    ウィンブルドンで雨のため試合が中断されたり、ゴルフの全英オープンの中継で低くどんよりした雲に覆われている様子から、イギリスは雨が多いというイメージがあるが、9月頃までは思ったよりも天気が良い。雨の降り方が日本と違い、ぱらぱらと小雨が短時間で降り、止んだと思ったらまた降り出すという感じだ。だから降水量は多くない。高温多湿の気候が肌に猛威を振るう梅雨の日本に比べると住み心地がよく、肌の調子も良くなってきた。


    教材.JPG
    大学で使ったテキスト



     
    6月「夏の旅行とワールドカップ」

    ブリュッセルは小便臭い街




    1週間の休暇があった。休暇があると判明した時から国外に旅行に行こうと決めていた。
    まずユーロスターに乗るという目標をクリアするために、行き先はフランスか、ベルギーの2択になった。フランスはもうちょっとじっくり計画を立ててから行くほうが楽しめそうだから、ベルギーに行くことに決めた。ただ、ベルギーだけに行くのはもったいないのでオランダとあわせて旅行する計画を立てた。
    朝5時前に寮を出発、カンタベリーウエスト駅からアッシュフォード国際駅に行き、そこからユーロスターに乗り込んだ。イギリスの出国審査はなく、大陸の入国審査はパスポートを見せるのと、荷物を探知機に通すだけだった。会話もなかった。ゴツゴツした車体や座席で乗り物にのっているというより、機械に座っている気分だった。トンネルも多く、牧草地の中を突っ切るので車窓も楽しめず、移動中は退屈だった。
     
    ブリュッセルに到着した。とりあえず荷物を置くためにユースホステルに向かった。線路の高架下を歩いているとき、どことなく小便のにおいがしたので、小便小僧が有名なブリュッセルだからこんなにおいがするのかと思ったが、そんなわけがあるはずもなく、臭い街だなというのがブリュッセルの第一印象だった。昼ごろに到着したのでホステルに荷物を預けて、小便小僧や、グランプラス、ゴディバ本店や、王宮などを見て回った。観光客が多く、気楽に行動できたが、何日も観光する街ではないと思った。ただ、路上アーティストの奏でるアコーディオンの音に誘われて集まった人たちが自然と踊り出す光景は魅力的だった。



    アコーディオン演奏している人はいっぱいいるけど、そこでダンスが始まったのはここだけだった。日本では見られない光景。もしかしたら外国からの観光客かもしれんけど、ベルギー人の夫婦って本当に仲がいい。


    運河の町ブリュージュ



    翌日ブリュッセルから電車で1時間ほどのブリュージュを観光した。母がベルギーに行くならブリュージュに行くと良いとラインをくれて、自分でも調べてみたら、おもしろそうだったので行くことにした。
    ブリュージュは世界史でハンザ同盟の盟主という情報以外に知らなかったので教えてくれて良かった。
     
    ブリュージュの駅は新しく清潔感があった。ブリュッセルのユースホステルで手に入れた地図を頼りに街を探検した。評判通り美しい街だった。
    コウタロウのコウの字が航ということで、旅をする時、クルーズできる場所では必ずクルーズしようと決めていた。街中に運河が張り巡らされ北のヴェネチアと呼ばれるブリュージュでクルーズしないという選択肢は無い。クルーズ船に乗り込むとフレンドリーな船頭さんが英語とフランス語で見どころを説明しながら、軽快な口調で客を楽しませてくれる。
    下船するときに「ありがとう」とイントネーションが不安定な日本語で言われ、僕一人のためにわざわざ日本語で挨拶してくれたことがうれしく、飛び切りの笑顔で「ありがとう」と返事した。乗船の際に乗客がどこの国からから来たか聞いていたが、それを覚えていて、サプライズをするあたりがプロフェッショナルだなと思った。


    26.gif
    ブリュージュのクルーズは最高にお勧め。途中の家の窓に必ずいるという看板犬、フィデル君。その寝顔は観光客を癒してくれる。あまりの愛おしさに、ほとんどの乗客が一斉にカメラを構えた。通過する際、船のスピードを落とす船頭さんのおもてなし。


    アムステルダム「セックスミュージアム」

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    ブリュッセルは2日滞在しただけでオランダに移動した。移動にはタリスという高速列車を利用した。
    アムステルダムには珍しいものばかりがあった。特にセックスミュージアムは大変興味をそそる博物館だった。なんともオランダらしいミュージアムだと感心した。一度前を通り過ぎ入る決心をしてから再び戻ってきた。入場料は2.5ユーロ。破格の安さだ。
    中に入ると一般に大人のおもちゃと言われる代物の数々や、飾り窓地区の再現、金玉の部分に座れるようになっている、高さ2メートルほどあるであろう男性器をかたどった椅子など、写真からおもちゃまで本当に多種多様なセックスに関するものが展示してあった。
    19歳の男が一人で入ったのもよほどの変態だと自分のことながら思ったが、高校生くらいのカップルが2人で楽しんでいたり、これまた若い女子が喜々として例の椅子に座して写真をとっていたりと、恥ずかしくないのかと思うような光景だった。
    彼らを見ていると相手がいないわけでもないし、セックスレスの夫婦でもあるまいし、こんなところに来て刺激を受ける必要など無いだろとも思った。アムステルダムに旅行したら誰でも大人のおもちゃの専門店を見つけることになるだろう。
     

    アムステルダム。「飾り窓」朝の光景

    オランダは売春が合法なので、飾り窓地区という風俗街が堂々と町の一角に陣取っている。女性が魅惑的な格好をして赤く照らされたショーウィンドウの中に立っている光景はほかでは見られない。
     
    だがもっと刺激的だったのは飾り窓地区の朝だ。ムチムチのボディをした女性が胸から太ももの中ほどまでをエナメル質のボンテージで隠し、タバコをふかしていた。
    写真を取ろうとカメラを構えたら画面越しに目があって睨まれた気がしたので小便をちびりそうになった。営業時間だとあれほどにも艶めかしいのに、朝の疲れ切った表情を見るとその世界の激しさが窺えた。風俗街も朝は疲れ果てた雰囲気を纏っているのを見ると逆に人間味を感じる。運河や道にはゴミが散乱し、ガタイの良いおじさんがたむろしている。興味は惹かれるが思わず早足になってしまうレッドディストリクトの朝だった。


    無題27.png
    W杯、オランダvs豪州戦翌日の運河。アムステルダムの朝は道路のゴミ掃除から始まる。


    EUで観戦したワールドカップ
    アムステルダムを訪れた時がワールドカップ期間中だったこともあり、街中がオランダカラーのオレンジに染められていた。滞在中にちょうどオランダ対オーストラリアの試合が行われる日があった。市内のバーで観るかパブリックビューイングで観るか迷った結果、ユースホステルのロビーで観ることにした。ブラジルをはじめ各国からの観光客が集まっているためいろんな意見や歓声が聞けて楽しいと思ったからだ。試合はオランダの快勝。外からはオランダ国家を歌う声が聞こえてきた。


    アムステルダムの思い出といえばもう1つビールだ。オランダのビールといえばハイネケンだが、ホステルにおいてあったのはババリアというビール。ビール初心者の僕にとってはエグみが弱くのど越しがいい、飲みやすいビールだった。
    ビールが好きになったのはこのときからだ。“Can I have a pint of bavaria please?”ビールがおいしくて何度も注文した。 19:30〜22:00までは半額になるspecial timeで、ビール片手にポテトをつまみながらワールドカップを見るという最高にだらしないが快適な時間を過ごしていた。


    無題19.png
    アムスで泊まったユースホステルは世界中で最大級。1度に300人程が宿泊できる。僕が泊まった部屋は男女ミックス4人ドームタイプ。2段ベッド2つと、トイレにシャワー、セーフティーBOXがあるだけの典型的なホステル。狭いが清潔。ベッドも快適

    オランダからブリュッセルに帰り、帰りのユーロスターまで、EU本部に行ったり、街を端から端までを歩き回ったりして時間を潰した。街並みよりも道路に興味を持ち、自転車専用レーンが整備されていて、自転車が走りやすそうだなという感想を抱いた。
     
    ベルギーオランダ旅行から帰国してからは、大学内にあるバーでワールドカップを観戦する日々が続いた。
    大学内にはK-BARやOrigins Café、Woodysと呼ばれる昼間はご飯を食べる食堂のように利用でき、夜はスポーツをテレビやスクリーンで見ながらお酒が飲める場所がある。僕がよく利用したのはK-BARでgoogle map で検索したらスポーツバーとして表示される。W杯の期間中はちょうど夏タームが終わったころでキャンパスにいる学生自体が少ないが、語学プログラムの生徒や、交換留学の学生たちが集まって試合に見入っていた。部屋が広く、テレビが何台も壁にかけてあるので何か所かに分かれていた。


    24.gif
    イギリス・ケント大学内のK-BAR
     
    印象的だったのは、3位決定戦キックオフ前の国歌斉唱で、オランダ人が立って国歌を熱唱している姿だ。オレンジの帽子やレプリカユニフォームを身にまとい自分の国が勝つことを本気で応援したり祈ったりしている。そのような光景を見るとサッカーが本当に人気スポーツなのだと感じた。
     
    またワールドカップに関して、イングランドの試合は大学を出て街のパブで見たが、早々に敗退が決まった時の呆れっぷりは途轍もなかった。グラスをテーブルに叩きつけ、一目散に店から飛び出た。イングランド代表の不甲斐なさに大声で文句を叫んでいた。
     
    W杯に出場している国の留学生たちがそれぞれ母国を応援していた一方で、中国人は応援する国がないので、ベットサイトで勝敗予想することに楽しみを見出していた。イギリス国内の銀行に口座がないと賭けることはできないが、小額から賭けれるし、勝敗だけでなく得点者や得点の時間帯にも賭けることができ気軽で楽しそうだなと思った。

     
    食べ物がまずいイギリス。ラーメンの味は?
    ちょうどこのころ、旅行の疲れからだと考えているが、急に日本が恋しくなった。温泉に入りたいとか、おいしいラーメンを食べたいとか、これまでは感じたこともなかった気分を味わった。
    そこで、少しでも日本を感じるために日本から持ってきた干しシイタケを戻して食べた。写真をフェイスブックにアップしたらサウジアラビア人がお前はそんなものを食べるのかと気持ち悪そうな反応をしていたのが面白かった。


    6.gif
     
    食べ物の話題になったので、イギリスの食事について僕の感想を書いておく。
    帰国してから、イギリスのご飯ってやっぱりまずかった?とか、そもそもイギリス料理って何なん?と聞かれることがほとんどだったが、吐き出すほどまずいと思ったことはほとんどない。ハギスやヨークシャープディングなど伝統料理は確かに美味しくないが、それらは現地の人も頻繁に食べるものではない。

    有名なイングリッシュブレックファストは手ごろで量も食べれて美味しい朝ごはんだ。一般的なものは、トーストに焼いた分厚いベーコン、焼きトマト、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、果物ジュースなどが出てくる。
     
    ただし、イギリス人にラーメンを作らせると大変なことになる。大学内の食堂のようなところで、Ramenという文字に誘われて注文したら、見たこともない料理が出てきた。麺はうどんを少し細くした感じで、スープは醤油のお湯割り、スパイスが加えられていてどこか酸味を感じ、極めつけは彩りを与えるためかパプリカやハーブのような葉物がトッピングされ、正体不明の代物が完成していた。1年間の留学中まずくてご飯を残したのはこの一回きりである。


    無題14.png
    ラーメン食べてます。尾道から届いた「壱番館」のラーメン。スープと麺だけだが、僕の変な感覚でトッピングするより、余程美味しいと思う。事実、美味い、、、 
     
    2.gif
    イギリス人の国民食・フィッシュアンドチップス。フィッシュアンドチップスは基本的においしい。揚げ加減でべちゃっとしたものを完食すると胃がもたれることはあるかもしれないが、味に関しては塩を振ればおいしく食べられる。
     

    休暇の最後に1回目の引越しをした。夏タームが終わり正規の学生が寮を出て、寮のメンテナンスをする関係で、pre-sessionalの留学生は1つの建物に集められた。引っ越した先はリフォームされたばかりのハウスで快適に過ごすことができた。また、ハウスメイトが全員同じコースに参加しており、生活リズムが同じで、朝シャワーやキッチンが混雑すること意外は快適で、規則正しい生活ができた。

    無題24.png
    フラットには炊飯器が4つ。タイ人、中国人、日本人2人の持ち物。合計で12合炊ける。この人たちとは9月までフラットメイト。みんな自分で料理するので朝晩はキッチンが混み合う。4人とも綺麗好きで、清潔さは完璧。

    無題23.png
    『店』という名のアジアンショップで買った日本米。パッケージのイタリア国旗から分かるようにイタリア産。IDEAL FOR SUSHIとの文句が気になる。10kgで22ポンド、日本円にして4000円弱。因みにバスでのロンドン往復は12ポンド。

    それにしても、両親が送ってくれる、日本産日本米は美味しい。見た目: てかてか艶があり美しい。食感: 硬すぎず柔らかすぎず。味: 噛めば噛むほど甘さがにじみ出てくる。香り: 薬品のような臭みがなく、口に含んだ時に鼻に抜ける芳醇な香り。焼き海苔やのりの佃煮も、鮭のふりかけで、晩ご飯に白飯を食べるのが楽しみ。

    (つづく)

    コウタロウシリーズ

    (1)中1・私の理想の生徒 
    (2)60年代の中高生がタイムスリップした少年
    (3)重度のアレルギー・アトピーと戦う
    (4)高1・青春ドラマな若者
    (5)高2・ゆとり教育
    (6)受験一年前・私の入院
    (7)高3・世界史詰め込み
    (8)一橋過去問対策
    (9)大学受験直前・走れコウタロー! 
    (10)一橋合格発表・生徒コウタロウの視点
    (11)一橋合格発表・講師の私の視点
    (12)岡山大学でアメフト開始! 
    (13)ビスコ少年とアメフト
    (14)誇大妄想の師匠と弟子
    (15) 私の大学受験失敗 
    (16) イギリス留学をめざす 
    (17) 大学1年・英単語2000個を2週間で暗記?
    (18) 英単語を2週間で2000個暗記!
    (19) ロカビリー先生とコウタロウ
    (20)一橋得点開示・留学に向け坊主頭
    (21)先輩コウタロウと後輩ワタル
    (22)交換留学のため使った英語教材
    (23)コウタロウ、塾を去る
    (24)慶應大学をめざせ
    (25)慶應大学をめざせ
    (26)コウタロウと浅田真央
    (27)慶應大学をめざせ
    (28)慶應大学をめざせ
    (29)慶應大学をめざせ
    (30)私からの最後の言葉
     
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