猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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浪人と自殺未遂
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    浪人はつらい。自分が経験したからよくわかる。
    浪人が決まったとき、死に場所を探しに九州へ家出した。全財産5万円の中から、
    九州の周遊券を買った。尾道から普通列車で博多まで行き、なぜか博多駅前のサウナでひと風呂浴びた。熱いサウナ室に入り、このままサウナに居続けたら汗が永遠に流れ続け干からびて死ねるのにと考えたが、精神力が続かなくてサウナを出た。
    深夜の座席急行で鹿児島まで流れ、朝に桜島に渡り、のちに長渕剛がライブを行った島の海岸でぼんやりした。城山は西郷隆盛の死の匂いがしたから近づくのが怖く、さびれた鹿児島駅の待合室で松本清張を読み、天文館のアーケードや古めかしい山形屋デパートを徘徊した。
    ずっと空腹は感じなかったが、夜になると突然腹が減ってきて、「のぼる屋」のラーメンを食べた。ラーメンもサービスの大根の漬物もおいしかった。ラーメン屋なのに割烹着姿のおばあさんの店員さんに、やたらぬくもりを感じた。
    夜は夜行列車で眠った。深夜3時の熊本で目が覚め、深夜の熊本の町を路面電車の線路に沿って歩いた。「健軍」というカッコいい名前の駅まで歩いたら、熊本駅まで戻った。
    阿蘇山にも雲仙にも行った。図らずも九州の有名な火山を制覇したわけだが、結局噴煙の中に身を投じる度胸がなく、しかも旅を続けていると妙にポジティブな気持ちになり、一週間で家に帰った。
    死にたいと深刻に悩んでいた時、自分が死んだら死体の処理はどうするのか、行方不明にならずに、ちゃんと死体が発見され、親に死体の処理料で迷惑をかけない死に方は何なのか、ややこしくない死に方をいろいろ模索していたような気がする。
    浪人生の死体なんてゴミだ。自意識過剰な男の死体ほど醜いものはない。おのれのけがれた自意識が、そのまま死体の腐臭に変わりそうで嫌だった。
    山で遭難すればレスキュー隊の人に迷惑がかかるし、列車に飛び込めば死後JRから親に何百万何千万請求されるかもしれない、「どうせ死ぬならもっと金のかからない死に方ができただろ」と、親に悲しまれるどころか憤慨されるのは嫌だった。
    その時私が死ななかったのが正解なのか不正解なのかともかく、結局1年浪人して早稲田に行った。私を救ってくれた早稲田大学には感謝するしかない。

    誰かが言ってたが、浪人とはマラソンを42.195km走ったあとに、「さあ、あともう1回、42.195kmを完走せよ」と残酷に宣言されるのに等しい。精神力と持続力が試される。また学歴信仰が強くないとできる行為ではない。
    ただ、予備校に通うには理不尽なほど金がかかる。年間100万以上は異常だ。大手予備校も建物や宣伝に金をつぎ込むくらいなら、どこか夜間の中学校の校舎でも借りて、夜に講義をすれば安上がりですむのだと、予備校のバカ高い費用を恨んだ。
    結局、当時私の家は余裕がなかったので予備校はあきらめ、宅浪を選んだ。東京の高校に親元離れて暮らしていたが、東京は刺激が強いので尾道に帰った。正規のレールから放り出された気がした。高校生でも大学生でもない19歳。職業欄には「家事手伝い」と書いた。
    不幸なことに、田舎では「浪人」という言葉に、悪いイメージを抱いている人が多い。「浪人」と聞くとキテレツ大百科の弁造さんみたいな、薄汚い人生の敗残者みたいな風貌を連想するのか。
    しかも私は中学の時に鳴り物入りで東京へ行ったので、都落ちして尾道に戻っている姿を小学校の同級生たちに見つかるのは屈辱だった。「あいつは落ちぶれて帰ってきた」と、私の膨れた自意識の中で、何十人もの同級生とその家族が、私の中傷噂話をしていた。
    どこにも所属していない片田舎の宅浪生は、アウトロー候補生にしか周囲は思ってくれない。ちょっと買い物に出ただけで、近所を徘徊する穀つぶし息子だと近所の噂の種になる。「俺には夢がある」と心で叫んでも、誰も相手にはしてくれない。

    でも、ありきたりの言い方だが、浪人の屈辱はいい経験になる。
    私は、予備校に通うにせよ宅浪にせよ、浪人生という生き方は立派だと思う。意志を曲げない人が、初志貫徹で行きたい大学をめざす。特にバブルの頃に比べて浪人生の数が大幅に減った今、浪人する道を選ぶ若い人は凄いと思う。
    周りの冷たい視線を浴び、親からも腫れ物に触るような扱いを受ける中、死ぬほど合格したかった第一志望に合格する瞬間の喜びは、味わったものにしかわからない。
    自分の受験番号を見た瞬間、革命が起きたような、身体の中で爆弾が破裂したような、この世のものとも思えない至上の快楽。あの快楽を味わうためだったら、死んでもいいとすら思う。
    浪人前は苦しくて死にたかったが、合格した瞬間は嬉しくて死にたくなるのだ。
    大学生になる資格を得た瞬間、重いリュックが背中から降りたような解放感。深海の底のように重かった空気が、一気に軽くなる開放感。空気が悪い都会にいるのに、吸う息は草原のにおいがした。
    浪人中は斜に構え、汚れた目で社会を眺めてしまう。あらゆるものが自分を拒絶し無視している気になる。
    ところが合格して喜びの涙を流した瞬間、網膜に張り付いていた穢れが綺麗サッパリ洗い流され、目の前の景色が澄んで見えた。
    浪人中は、いっそのこと銀行強盗にでもなってやろうかと気持ちが荒んでいたのに、合格した瞬間、スーツを着こなした銀行員になってアメリカに出張している自分の姿を想像する。アウトローからインサイダーに一気に成り上がった気分になる。
    また浪人中は、レストランに行って自分の注文したものがなかなか来なかったら、必要以上にカリカリして店員に毒づきたくなったが、合格した瞬間、どんなに待たされても「いいですよ」と鷹揚になり、心に余裕ができる。
    合格した瞬間、澱のように沈んでいた心の悩みの9割がふっ飛んだ。
    自分が浪人中に抱えてきた苦悩は、哲学的で深遠なものかと思いきや、たかが大学に合格しただけで瞬時に消え去る。そんな自分の俗物性を嘲笑しながら、合格の喜びに浸った。

    浪人生はスタートが肝心だ。
    もし4月に大学受験があったら、浪人生が圧倒的に勝つだろう。1年後に勝負の相手になる現役生は、まだ意識が高まってなかったり、部活に一生懸命だったり、学力が備わっていない。5月6月の模試で意外に高い偏差値が出る。そこで安心するのが落とし穴だ。
    しかし1年後には現役生の合格率が高くなる。浪人生は1人、また1人と現役生に越されていく。その恐怖を常に意識しながら、緊迫した勉強を、浪人生の皆さんにはしてほしい。
    合格した喜びと、浪人で合格した自信は、1年2年耐えた分だけ、絶対に大きい。

     
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