猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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現代文苦手な人の短期間逆転法
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    現代文ができない時、どうするか?

    どうしようもなければ、個別マンツーマンで、現代文を教えてくれる先生を探せばいい。正直それしかない。

     

    数学が苦手なら、個別指導や家庭教師は最高の方法だが、現代文を上げるのも自力では難しい。現代文が苦手な人は現代文の参考書を読む読解力がない。数学と同じように、現代文も個別や家庭教師と親和性が高い教科だ。

    現代文をライザップ形式で鍛えるシステムがあればいいのに、と思う。

     

    現代文が苦手な人は、集団授業を聞くのも下手だ。

    集団授業で、うまい予備校の先生は「わかる」段階までは引き上げてくれる。だが実際「できる」レベルに達するには訓練がいる。わかってもできるようにならないのが現代文。

    だから個別や家庭教師で、選択肢も記述も一問一問、先生の前で解き、なぜその解答なのか、いちいち丁寧に説明してもらう必要がある。

    数学と同じだ。

     

    そして論述問題を書き、添削。来る日も来る日も添削。

    論述は型を身につけなければならない。言語体系を身につけるには、強い「師匠と弟子」の関係を結べば手っ取り早い。

    言葉こそ伝承だ。落語や漫才など言葉で生活する芸人が、師弟関係にうるさいのはそういう背景がある。新聞社でもデスクは若い記者に何度も書き換えを命じて鍛えていく。

    論述はマンツーマンでどんどん間違えて恥をかけばいい。恥をかいた回数が現代文力につながる。

    現代文で必要なのは、inputだけでなくoutputだ。

     

    もちろんoutputするためには、inputしなければならない。

    inputで大事なのは、もちろん語彙である。「語彙こそはすべて」である。

    ゲームが怖いのはそこで、小学生のころから本もマンガも読まずテレビも見ない生活をしていたら、語彙が抜け落ちてしまう。ゲームは語彙を砂漠化する。

    語彙が貧弱だと、種子を蒔いていない植木鉢のようで、学力の芽は絶対に生えてこない。

     

    語彙をつけるには、本格的な読書から始める必要はない。ライトノベルでも百田尚樹でも東野圭吾でも、本を開いたら読者をつかんで離さない作家の本から始めればいい。直木賞作家の代表作とか、本屋大賞受賞作とか、数冊読んでみて気に入った作家の作品を読み込めばいい。

    間違っても『東大生に薦める本』で推薦されているような本を選んではいけない。それはもう少し段階を経ての話だ。気取る必要など全くない。

     

    現代文が得意な人は、たいてい小学校中学校から本を手放さない。彼らは最初から高尚な本を読んでいたわけではない、娯楽作品で語彙を知らず知らずのうちに埋め込んでいる。何よりも彼らは本が楽しいものだと知っている。

     

    入試の現代文の文章は、読書体験が豊富で、語彙のストックが増えて、はじめて理解できる難解なものだ。語彙がなければマンツーマン個別授業でも家庭教師でもどうしようもない。

    十冊、エンターテイメント小説のジェットコースターに乗れば、視界が開ける。

     

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