猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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私の本に対する批判に答えよう
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    私は3冊本を出してきた。おおむね好評で迎えられたが、悪い評価ももちろん少なからずあった。

    ここでは私の本が受けた批判について、1冊につき1つずつ、簡単に答えておきたい。


     

     

    『難関私大・文系をめざせ!
     

    難関私大はオワコン。今更こんな本出してもねぇ

    (塾講師)。

     

    日本の大学入試は、十分逆転可能なシステムである。

    数学や理科を受験しなくても、一流大学とされる早稲田や慶応に合格できる。これをシステムの欠陥と取るか、寛容なシステムと取るか。

    だけど、高2・高3まで勉強の才能を持ちながら、生かされなかった若者が、大逆転劇を演じる。これは痛快ではないか。

    もちろん、私も真面目にコツコツやってきた国公立の大学生に対する敬意は強い。数学や理科が必要な科目であることは、誰が否定できようか。

    だが、難関私大という、英国社3教科で受験できるシステムがあるのだから利用しない手はない。とくに地方でくすぶっている若い人には、どうやったら逆転可能か、そのマニュアルをこの本で示したかった。

    私は難関国立大学に関して、ふつうの高校で偏差値40あたりからの逆転は奇跡に近いほど難しいと思う。低成績の高校生が東大を1年でめざす『ドラゴン桜』は夢物語だと考える。だが慶応SFCに合格した『ビリギャル』は少ないが可能性がある。『ドラゴン桜』はフィクションのマンガで、『ビリギャル』はノンフィクションではないか。

    難関私大合格は現実に可能なのだ。たとえ早慶には及ばなくても、関関同立やGMARCHなら、マニュアルに忠実に勉強すれば合格できる。また難関私大の文系の学生が、バイタリティで日本社会の心臓や血液になっていることは誰も否定できない。

    決して難関私大はオワコンではない。


     

     

    『センター前ヒット』
     

    書店で国語の勉強法のところだけ見て、そっと棚に戻した

    (高校国語教師)

     

    『センター前ヒット』は、センター前3か月、火事場の馬鹿力を出すための本だ。突貫工事で、どうやって合格点をたたき出すか。センター試験に対する、救急医療のような役割を果たすべき本だ。

    批判した高校国語教師は、予備校講師の教え方に影響を受けた、文学青年上がりで、文章にインスピレーションを感じない人だった。生真面目な感じだが説得力が弱いタイプに見えた。

    私が提案した勉強法は、オーソドックスなものではない。それなら大量の参考書が出ている。私の提案は、センター試験で国語が伸びない受験生に、一か八か試してみる種類のものだ。私を批判した国語教師とは、求めているものが違う。

    現場で、現代文ができない生徒を抱え、タイムリミットが近くて焦っている先生には、共感してもらえる勉強法だと信じている。付け焼刃と呼ばれることを恐れず書いた。塾で成功例を出し(もちろん失敗もした)、『センター前ヒット』の国語の部分が役に立ちましたという高校生・浪人生からメールを何通かいただいた。

    内科医が、ER集中治療室の医師を批判するのは、ピント外れだと思う。



     

     

    『大学受験勉強法 受かるのはどっち?』
     

    内容が薄くて、立ち読みですんだ
    (2浪生)

     

    私はとにかく、この本を読みやすくしようと努力した。砂利道ではなくアスファルト、いや、ボウリングのレーンのように読みやすい本をめざした。

    編集者の方と協力して、推敲に2か月かけた。文章から小石を取り除き、ローラーを丁寧にかけた。

    受験生は勉強法の本を読んでいる暇はなかなか取れない。だがら負担を減らそうと考えたのと、あと勉強法の本をはじめて読む人に抵抗のない文体をめざした。

    また、文章がオッサン臭く、説教臭くならないように、20代前半の若い大学生4人に助言を求め、文章を推敲してもらった。すべてはスラスラ読んでもらうための、「薄い」と言われることすら予期したものだ。

    私は難解さを賢明だとは思わない。難解に書こうと思えば、いくらでも書けるのだ。しかし出版物として世に出す以上、わかりやすくあるべきだと私は考えた。たしかに、難解な本に魅力があることは否定しない。だが私が作ったのは、高級ウイスキーでなくビールである。

    だから「立ち読みできる」「内容が薄い」というのは、ほめ言葉である。中学生でも手に取れるように書いた。

    だが平易な内容の中に、重厚なポリシーが潜ませてあることは、読者ならわかっていただけると思う。


     

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