猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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将来勉強が伸びる子の見分け方
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    広島カープは貧乏球団と呼ばれる。

    親会社を持たないカープは、他球団のように資金を親会社に補填してもらえない。資金力がないため、逆指名時代は有名な新人が取れず、また現在でもFAで他球団の力のある選手が獲得できず、逆にFAで生え抜きのスター選手がライバル球団に移籍してしまう。

    そんな資金力で圧倒的に不利な状態なカープがセリーグで3連覇を成し遂げたのは、無名の新人を見抜くスカウトの力と猛練習である。

    スカウトは無名で、まだ身体が細いが才能が眠っている高校生や大学生を、鵜の目鷹の目で全国駆けずり回って探す。その様子がNHK「プロフェッショナル」で紹介された。噂で良い選手がいると聞くとすぐに駆け付け、プロのレベルにまで育つ才能があるか選手を観察する。そして惚れた選手に出会うと何度でも通う。スカウトに熱愛されて獲得した選手の一人に、あの黒田博樹もいる。

     

    将来伸びる選手か見分けるポイントは、技術的な面のほかに、厳しい練習に耐える体力と精神力。また一流に育つ選手は持って生まれたオーラがあるという。黒田は大学時代から後姿がカッコ良かったらしい。

    ジャニーズでも、社長のジャニー喜多川は、10代の男の子を見て、将来スターになるか判断する目を持つ。ジャニー氏は、若い男の子が持つフェロモンを的確に見抜く感性があるのだ。その感性で郷ひろみ・田原俊彦・本木雅弘・東山紀之・諸星克己・木村拓哉・亀梨和也・櫻井翔・岡田准一などスターを発掘してきた。

     

    勉強の才能があり、将来難関大学に入りそうな子も、長年塾講師を続けた人間なら、中1段階で1週間も観察していればわかる。中学から本格的に塾通いを始める中学1年生は、中学受験経験者に比べて不器用な面はあるが、将来有望な原石が眠っている。ほんの些細なしぐさや行動で、将来をある程度予言することが可能だ。

    私は講師生活30年、多くの塾生に接し、どんな子が伸びるかこの目で見てきた。まだ海のものとも山のものともわからぬ中1時代、勉強で成功してきた子がどんなサインを発していたか、どんなタイプの子が伸びてきたか紹介しよう。

     

    ■授業終了後も、納得するまで勉強続ける子

    授業では解説のあとに演習、つまり生徒に問題を解かせる。答え合わせも各自で行う。演習して答え合わせをする過程で、「わかる」から「できる」段階へ知識が身体化する大事な作業だ。

    そして授業後の演習、または試験直前の勉強会の終了時に、私が「今日は終わりです」と告げる。そこで「やっと終わった」とばかり、一目散にカバンに教材ノート筆記用具をしまう子は、まず成績が伸びない。

    終了の合図とともに勉強を終える子は、ただ勉強を機械的にこなす「やらされる」勉強しかしていない。学力を伸ばすために勉強をしてない。ただ義務でやっているだけ。授業終了合図後の一瞬で、悲しいかな意識の低さを暴露してしまう。

     

    逆に、きりがいいところまで終わらせ、答え合わせをしてから帰る子は十中八九伸びる。終了の合図後もキリがいいまでやり遂げる子は、「できる」レベルに達するために勉強している。勉強とは力をつけるためにやるものだという、勉強の目的を見失っていない。

    この授業終了合図後のささいな一瞬で、子供の将来が読めてしまうのだ。相撲も勉強も土俵際が大事。土俵際で粘る子は関取をめざせる。

     

    ■雑談に食いつく子

    落語家や講談師の本音を聞くと、やはり笑わない客は嫌いらしい。寄席常連の中年男性が、値踏みするように仏頂面で腕組みして聞く姿を高座から眺めていると、演者はかなり気になるという。時にはその客を笑わせようと勝負を仕掛けることもあるらしい。

    授業もそうで、笑わない子を苦手にする塾講師は多い。私もそうで、笑わない子に対して、あれこれ思うところはある。若い先生は特に、笑わず表情が硬い子がいると、授業がうまくいかなかったと落ち込みやすい。

     

    塾では講義にアクセントをつけ、面白い話で生きた教養を深めるため雑談をする。入試直前の切羽詰まった時期を除き、雑談のない授業はしない。まくらやくすぐりのない落語が若い人に敬遠されるように、雑談は授業を構成する大きな要素だ。

    雑談といっても、本筋とは付かず離れずの雑談が多い。難関大学の入試問題を見ると、知的好奇心を試す問題がほとんどで、教科書の本筋だけ学んでいても解けない。雑談は教科書テキストの内容から脇道に逸らすのではなく、深化させるためにするのである。もちろん雑談のために読書は欠かせない。雑談は難関大学の入試に対応できる知的好奇心を鍛えるための、私なりの企みなのである。

    教科書の骨に、雑談で肉付けをしなければ授業は成り立たない。根性論で骨だけ食べさせる授業は面白くも何ともない。

     

    勉強が伸びる子は、雑談に食いつく。笑う。雑談を楽しめるのは知的好奇心が強い証拠だ。時にはチコちゃんみたいな鋭い質問も浴びせてくる。答えられない時もある。そんな時は知ったかぶりせず、「ボーっと生きてんじゃねえよ」と内心の声におびえながらネットで調べる。質問で講師を困らせるのも伸びる子の特徴だ。

     

    伸びる子は勉強時間以外の日常生活からも、さまざまなことを吸収する。24時間アンテナを張っている。ユーミンではないが「目に映るすべてのことがメッセージ」なのである。

    逆に勉強が伸びない子の中には、雑談になると興味を失う子がいる。聞くアンテナがオフオードになる子がいるのだ。お前の雑談がつまらないからだと言われたらそれまでだが、雑談中に笑わず仏頂面している子で、国公立や難関私立大学に合格した子は極めて少ない。

    勉強の世界で「笑う門には福来る」は真実だ。

     

    ■説教を真正面から聞く子

    1対1で説教するとき、私は子供を真正面に座らせ、病院の診察室みたいに対面する。

    勉強の成績が上がる子は、説教したら背筋を伸ばして聴く。顔は紅潮し身体は硬直し、手のひらは膝の上にのせて、100%聞き逃すまいとする。私の言葉が佳境に入れば、熟した果実から果汁が滴るように、眼からは涙が流れ落ちる。

    逆に伸びない子は斜に構える。体がゆがみ真正面から聞いていない。話の区切りで席を立つ素振りを見せる。被害者意識が抜けない。叱られ慣れていないか、講師と生徒の間の人間関係ができていないか、どちらかであろう。

    とにかく、性格が素直かどうかは、説教という極限状態でこそ判別できる。

     

    勉強は、真っ白なキャンパスのような心構えの子が伸びる。特に語学は「どうか僕のキャンパスに先生の好きな絵を描いてください」という、丸投げ精神が必要なのだ。

    逆にキャンパスが我流の変な絵で埋め尽くされている子、反抗と懐疑と頑固で埋め尽くされている子は、人間的魅力や押しの強さはあるが、成績の伸びという観点からすれば不利である。

    勉強が伸びるには、素直さが絶対条件である。

     

    ■気が弱いビビり屋

    素直とは、気が弱いということである。

    素直さは、子供が怖い大人から身を守る盾である。

    たとえば成績を伸ばすには、宿題を必ずこなし、小テストで良い点を取り続けなければならない。日常の小さな伸びが大輪の花を咲かせる。

    宿題をコンスタントに続ける動機には、「やってなければ怒られる」という理由があるのは否定できない。宿題やらなければ恐ろしい目にあう、そんな恐怖心が強いほど、勉強時間が増え学力がつく。神経が太い子よりビビリ屋の方が、コンスタントな勉強に対するインセンティブが強い。

     

    これは、たとえば物書きが締め切りを怖がるのと同じ心理だ。物書きには締め切りに遅れたら業界に干されるのではないかという潜在的恐怖がある。締め切りに追われるうちに書く量が増え、筆力も上がる。

    締め切りなんて遅れても構わない、宿題なんかやらなくてもいい、そんな図太い神経の子は豪放磊落で面白いが、成績の伸びという点に関しては後れを取らざるを得ない。

     

    真面目で素直な子は、基本的に気が弱い。気が弱いと危機察知能力が高くなる。他人が叱られていても自分が叱られたように感じ、他人の愚かな言動を他山の石とする。どうやったら叱られないか、怒りの照準が自分に向かわないように気をつかう。官僚は勉強ができる子の集まりで、危機察知能力が高い。だから強者の意向を忖度する能力に長けている。

     

    気が弱い素直な子は、先生に対して真面目な子を演じる。不真面目な面を見せて、ありのままの自分を覗かれるのを極度に恐れる。

    だが、真面目な子を一生懸命演じることで、学力は伸びるのは事実だ。教える講師の側も、特に怖い先生と呼ばれる人は、子供が精いっぱい真面目にふるまっている健気な努力はわかっている。そこで講師は子供に同情して「もっとありのままの自分を見せてごらん」と歩み寄ってはいけない。生徒が講師の前で、いつも月の表面のように真面目な面だけを見せられる距離感が必要なのだ。

    真面目な子は先生に認めてもらいたい、また見捨ててほしくないという潜在的恐怖がある。先生の側も悪に徹して、子供の恐怖心を利用し、真面目な子を演じさせ続ける。

    賛否両論あろうが、怖い先生と、気が弱い真面目な子は、成績が上がる最高のコンビだ。

     

    ■数学の問題で粘る子

    わからない箇所は、小まめに質問するのが一般的な勉強法だ。それについては誰も文句がない。

    だが、講師とコミュニケーションを取りたいがため、また自分で解くのがめんどうくさいために質問に来る生徒もいる。自習室の質問魔は熱心に見えるが、70%くらいの子は講師依存症である。自習室は甘えん坊の巣窟になる危険がある。

     

    伸びる才能がある子は、何とかして自力で問題を解こうとする。執念深い。

    こちらから「教えようか?」と尋ねても。「いや、解けそうです」と拒否する。時間切れで解説を始めようとすると残念そうな顔をする。数学の問題に対する探究心旺盛で負けず嫌い。根底には自分なら解けるという自信がある。

    もちろん手っ取り早く解答解説を読めば効率は良い。賢い子は受験が近くなれば解けない問題を無理して自力で解こうとせず、解説を読んで解き方をインプットする要領を覚える。目先の征服欲より本番で合格点取るための勉強法にシフトする。

    だが初期段階では、テストの駆け引きを知るより先に、自力でガムシャラに解く姿勢を大切にしたい。集中力というより没頭力と呼んだ方が的確な力。密度の濃い長時間勉強は、没頭力があってはじめて可能なのだ。数学で粘る子は天賦の没頭力がある。

     

    数学の難問を自力で解く姿は、厚い壁を自力で破ろうとする勇者だ。負けることもある。だが時には苦労の末に解ける。私がマルをする。巨人の原監督ならグータッチするところだが、私も生徒も顔色を変えない。だが、お互い心の中で「やりました」「よくやった」と叫んでいる。自力で解く子はこうして一皮むけ、パワーアップしていく。

     

    ■結論から先に話す子

    たとえば子供に「明日の文化祭何やるの?」と尋ねる。

    ここで「え〜と中森君と藤沢君が出て、未来の重田君に会いに行って、僕は小道具係で、核戦争が起きて、2年生は合唱で〜え〜と〜」と延々と話すのは失格である。

    中森君とか藤沢君とか重田君は彼にとっては友達かもしれないが、私はそんな子知らない。無名の人間の話をされてもわからない。また小道具係というワードから芝居だということは理解できるが、彼から芝居という言葉は一言も発せられていない。話が冗長でストップかけないと永遠に続きそうである。

    この子をこのまま放っておけば、小論文で出題者の要求にこたえる文章書かずに、ただ自分の思いをズラズラ書き殴る最低の答案を書きそうである。

    「明日の文化祭何やるの?」と聞かれたら、「現在の中学生が30年後にトリップした劇をやります」と簡潔に答えるのが正しい。概要を10秒以内で簡潔にこたえられる子、結論を先に言える子は、まず間違いない。

     

    余談だが、他人が興味ないことを延々と書いたり話したりするのは罪である。

    たとえば食べログでレストランを検索していたら、レビューで文頭から「今日は仲間のキク兄とツーリング、で、途中でトシオと合流してサウナ、サウナでスッキリの後は釣り、おっきなメバルが釣れた。釣果上々! それからトシオの奥さんの誕生日プレゼントを物色。な〜ににしよっかな・・・」と個人的日記みたいなのが20行くらい続いてからやっと店の紹介。こんなのは最低だ。

    食べログの読者は食レポを求めているのであって、あんたの日常生活など興味はない。自分自身のことなど他人にはどうでもいいという視点が、決定的に欠けている。

    勉強ができる子は、他人に発していい情報と、どうでもいい情報が頭の中で整理できている。自分の脳内世界を簡潔に取捨選択して相手に伝えるのが知性だ。

     

    ■新聞・ニュースに関心がある子

    日常の中で、小学生にとって身近な大人の文章は新聞である。新聞は小学生を読書対象にしてはいないが、子供の時に背伸びして新聞を読む経験は貴重だ。

    子供は新聞を最初から最後まで読みつくすわけではない。スポーツとか大事件とか、興味がある記事しか読まない。だが興味があることなら、難しい文章で書かれていても意味が分かってしまうものなのである。新聞は中学高校に進んでから、社会科のみならず国語の力を伸ばす基礎体力をつけるアイテムである。スマホを子供に与えるなら、新聞を定期購読し居間に置いておく方がベターだと、私は信じて疑わない。私が時事関係の雑談をしたとき、反応がある子は将来有望だ。

     

    新聞やニュースに興味がないということは、人間に興味がないということである。人間が活躍し、人間が殺し殺され、人間が抑圧され抑圧し、人間が不幸になり幸福になり、人間界の森羅万象を知らせてくれるのが新聞やニュースである。勉強で国語や社会は「人間」を学ぶ教科である。人間に興味がない子は、文科系の科目は壊滅である。

    テレビニュースでドナルド・トランプの顔や演説を見て、もし何も感じなかったら悪質な不感症である。

    新聞はオワコンだと言われるが、新聞を読まない子の方がオワコンである。

     

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    以上、プロ野球のスカウト気分で、将来伸びそうな子が出すシグナルを羅列したが、運命論者のように「この子は伸びないタイプ」と決めつけるのは良くない。

    いま現在では伸びる兆候は見られないけれど、子供は化ける。諦めかけた子が突然変異することは教育の場では日常茶飯事なのだ。

     

    ただ伸びる子に共通して言えることは、愚直なことである。

    カープの新井選手だって、プロ入りした時は、技術は三流、体力は超一流のウドの大木と言われた。だがまわりに愛され、愚直に猛練習したからレジェンドになった。

    子供は指導者が見捨てた瞬間、成長が止まる。

    そして才能の芽を見つけたら、最大限に伸ばすのが塾の役割である。

     

     

     

     

     

     

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