猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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K君の大学受験
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    高3にK君という男の子がいる。小3から塾にいる子で、私が今年高校部を始めた時も、真っ先に来てくれた。

    向島の、目の前が海水浴場、裏が蜜柑畑という、瀬戸内海イメージを絵に描いたような場所に住んでいる。
    夏になると家の前の海で泳ぎ、小学校低学年の時は一輪車を器用に乗りこなして「一輪車の子」と有名になった、天真爛漫な「島の子」である。

    小3のとき初めて会った時、高い声でよくしゃべる、何という生意気なガキかと思ったが、利発で頭が鋭く、奥底に途方もない素直さを潜ませているのが一目でわかった。

    私は都会の、大人ぶったひねたガキが大嫌いだ。K君はそんなガキとは対極の、蜜柑と海の色にしか染まっていない子だ。

    K君は理系がバリバリにできて、高校で部活のキャプテンもやっていて、スポーツ万能で、上級生から可愛がられ、同級生から一目置かれ、下級生から慕われている。

    K君は物怖じしない性格の子で、塾にお客様が来ても進んで自分から挨拶できる、面接で彼を落とす企業があったらお目にかかりたい、極めて社交的な性格だ。
    彼が就職活動を始めたら、パナソニックとSONYとトヨタ自動車とCANONがK君争奪戦を始めるかもしれない。

    高3になっても、どういうわけだか知的好奇心旺盛な小学生みたいに「くりくりっ」とした目をしていて、顔はニキビ面のアンパンマンみたいだ。

    一度部活の関係で、K君は坊主頭になったのだが、丸刈りのK君はまさにアンパンマンで、「ちびまる子ちゃん」の実写版が「まるまるちびまる子」なら、K君はアンパンマンの実写版「ぱんぱんアンパンマン」にでも主演すれば、リアルアンパンマンとして小さな子供に人気を博すのではないかと思った。
    あれだけ私にアンパンマンと言われながらハゲにするのは、自爆行為であろう。

    K君との会話は楽しく、彼がボケて私が突っ込むという、自習室は掛け合い漫才のような対話で笑いが絶えない。
    たとえば休憩中に好きな女の子の話題になって、K君が「オレは小悪魔みたいな女の子がいい」と言ったら、私はすかさず「やっぱりアンパンマンはドキンちゃんが好きなんだ」と突っ込む。
    こんな風にして、小3の時から、私は授業中K君をいじって授業を盛り上げている。

    だが勉強に関してK君は「狂気」を持っている。
    平気で10時間以上は勉強を続けることができる。 K君はこの1年塾に入りびたりで、学校から帰る4時から、夜の11時半まで勉強を続け、日曜日は朝9時から夜11時まで頑張っている。

    勉強中のK君は、体力気力をフルに発揮して顔が真っ赤になり、いつもの童臭が一気に豹変する。 オンとオフの入れ替わりが完璧な男なのだ。自習室で同級生達が帰っても、最後まで黙々と勉強を続けている。

    ただ、彼は翳のない性格のせいか、理系の典型だからなのか、国語の小説がそんなに得意ではない。社会も好きではない。
    でも私は、彼に対して敢えて「小説がもたらす翳り」を伝えるのを嫌い、天真爛漫のまま純粋培養するつもりで接しようと、常に心がけてきた。

    彼の底抜けの純粋さと、真直ぐな気性は、社会に出た時に強い武器になる。可愛げと物怖じしない性格だけで世の中の王道を渡れる、そんな確信を私は持っている。



    そんなK君が阪大を受験した。

    阪大の配点はセンター350点、2次が650点。2次の内訳は数学250、英語150、物理125、化学125。
    センターは思ったより得点できなかったようだが、十分許容範囲内。2次も自己採点で、数学・英語・化学で順調に得点を重ねた。

    しかしあろうことか、K君は物理で大問の(1)で計算ミスして、連鎖的に大問すべての問題を間違い、問題を理解しているのにもかかわらず、芋づる式に大問をまるまる落としてしまった。
    物理は125点中、20点ぐらいしか取れていないという。ドミノ倒しのように物理が崩壊した。

    大阪で試験が終わったあと、K君から直ちに私のとこに電話があった。「物理こけました」と。その時は「明日からも後期に向けて頑張ります。よろしくお願いします」と明るい声だった。

    しかし翌々日塾に現われたK君は、顔の相が変わっていた。真っ赤な顔して、何か言葉をかけた瞬間、涙がほとばしりそうな目をしていた。

    情けないことに、K君から「物理こけました」という報を聞いて以来、教師の私ですらショックで気が動転してしまった。
    私はK君に声をかけることができなかった。他人事みたいに「落ち込むなよ」とは言えなかった。お互い口がこわばり言葉を忘れ、黙り込んだままだった。

    確実に言える事は、K君が物理でミスをしていなかったら、完全に合格圏内に入っていたことだ。

    あんなに死に物狂いで頑張ったのに、どうして、K君が痛恨のミスをして、悲しそうな顔をしなければならないのか。かわいそうで見るに耐えなかった。 ふだんは太陽のように明るい子が、沈鬱な表情を隠そうともしない。

    前も言ったように、彼は気風の良い体育会系で、小説が好きではない。
    ただ、私は小説というものは、人間が不幸に対する耐性をつける、一種のワクチンみたいなものだと思う。
    彼の純粋培養された、子供のままの真空な心は、入試での突発的な不幸に耐えられなかったのかもしれない。私がK君に対して、不幸への免疫をつけることを放棄して、綺麗な心を温存してきたのは間違いだったのか?

    私が高校部なんかやらなかったら、彼のような性格偏差値が90以上ある男に、不幸を味わせることはなかったのに。駄目人間の自分を責めた。
    勉強もろくに教えられない、心のケアすらできない、物理のミスを事前に防げない、私がK君の大学受験を破滅に導いてしまった。とにかく、K君にすまないと不眠症の日々が続いた。


    合格発表の時間。阪大の合格発表は朝9時、HP上にだけ受験番号が掲載される。携帯では合否を確認することができない。

    K君は大阪府立大を受験するため、新尾道駅行きのバスに乗っていた。塾のパソコンで合格発表のHPを見るのは私の役目だ。私は受験番号を確認して、K君に報告しなければならない。

    8時58分になっても、59分になっても番号の画面が出ない。更新ボタンを頻繁にクリックし続けた。さすが国立大学、時間に正確なのだなあと思っていたら、突然画面が真っ白になった。「ページが表示されました」と書かれているのに、いつまでたっても白い画面しか出ない。

    9時3分頃、突然「平成20年度大阪大学入学者選抜試験合格者受験番号一覧」という、心臓の血液が悪魔に搾り取られるような恐ろしい文字が現われた。「工学部・前期」をクリックした。彼が受験した学科の部分、黒い数字の羅列を見た。

    彼の受験番号を探した。
    私は年齢による記憶力の低下からか、桁の多い数字は記憶できなくなっている。でも彼の5桁の受験番号は、聞いた瞬間インプットされた。忘れられるわけがない。



    彼の番号を目にした瞬間、「うそだろ?」と思った。嘘じゃなければ夢か幻覚と思った。寝不足で頭がどうかしているんじゃないか?
    もしかしたら合格者の受験番号ではなく、不合格者の番号ではないのか? 工学部ではなく他学部の画面ではないのか?

    何度確認しても、彼の番号はある。掲示ミスではないのか? もう1回画面を更新した。でも何度更新ボタンを押しても、K君の番号はある。

    私は携帯に飛びつき、K君に電話をしようと思ったが、気が動転して指がもつれてしまった。
    なんとかK君の番号を押し、3回発信音が鳴った後、K君が電話に出た。

    「もしもし」K君は震えたような声だった。受験番号は頭に焼き付いていたが、万一のことがあってはならないので、K君に番号を再確認した。
    「おまえの受験番号何番だ?」私の意外な質問に、彼は戸惑ったような口ぶりで、自分の番号を告げた。K君が言ったのと全く同じ番号が、ちゃんとパソコンの画面にあった。

    その後の20分間のことは、記憶が飛んでよく覚えていない。


    JUGEMテーマ:学問・学校
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