猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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国語は「話し上手」より「聞き上手」
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    私は中学3年から高校時代にかけて、勉強を全くしなかった。高校時代は学校へ行かず、昼は映画館、夜は球場でカープの応援、という生活だった。東京で相撲がある時は、土俵から遠い椅子席で相撲を見ていた。千代の富士の全盛期だった。
    まとまった金が入ると旅に出た。とにかく、俺は映画監督になるのだから、学校の勉強など糞食らえ! というスタンスだった。

    浪人中の7月から、さすがに現実逃避に飽きたのと、映画監督になるには大学生になるのが手っ取り早いという打算的な考えもあり、勉強を始めた。

    勉強を始めた直後、7月か8月かに、おそるおそる河合塾の全統模試を受けた。それまで私は学校の実力テストとか、予備校の模試とかある日は、学校を休んでいたので、生涯初の大学受験関係の模試受験だった。

    数学や理科を今から1から始めるのは難しいと考え、私立文系で攻めた。受験科目は英語・国語・日本史。
    模試受験は怖かった。はじめて大学受験という現実に向き合うのだ。中2の頃から勉強というものを一切していない。どんな結果が出るのか。

    まるで3〜4年もの間、冷蔵庫に放り込まれ置き去りにされた生卵の殻を割るような恐怖だった。どれだけ自分の学力は腐っているのだろうか?

    結果は・・・

    英語は偏差値55くらいだった。目標大学の偏差値が70を超えていたので、赤信号が灯ってはいたのだが、英語に関しては偏差値35くらいは覚悟していたので、思ったよりずっと良かった、というのが正直な感想だった。偏差値マイナス15くらいなら、何とか駆け上がってみせるぜ、という根拠の無い自信もあった。

    日本史は偏差値73。学校の勉強も受験勉強も全くしなかったが、ふだんから私は陰気くさい戦記物や戦国物の本を貪り読んでいたし、戦国時代や幕末や昭和初期を舞台にしたシナリオを書いていた。シナリオを書くために小難しい史料にも接していた。だから試験問題はクイズみたいで簡単だった。

    問題は国語だった。

    模試を受ける前、国語には自信があった。金が無いときは映画館に行かずに、図書館に篭って蓮實重彦の映画評や、柄谷行人の文学評論を読んでいた。難しい文章の読解には自信があった。また勉強していなくても、国語はできるという幻想に縛られてもいた。

    しかし、返却された国語の偏差値は48だった。特に現代文が悪かった。絶望的に。
    模試の結果が悪かった理由を、予備校の人気講師が書いた本を参考にしながら、自分なりに分析してみた。

    分析してわかったのだが、私には悪い癖があった。評論でも随筆でも、自分の方向にねじ曲げて読む癖だ。
    脳内にテキストを取り込むとき、テキストの内容をそのまま受け入れればいいのに、私の脳内には妙な酵素があって、その酵素がテキストの内容を、筆者の考えとは似ても似つかぬ、自分独自の方向に変質させるのだ。

    だから、記述問題は大の苦手だった。記述問題になると、私は解答用紙に自分の意見をぶちまけた。当然不正解になる。模範解答を見ると、私の主観的で虚飾に満ちた「作文」と違って、面白くも無い無味乾燥な文章だ。私の文章のほうが面白い。模範解答を読むたびに私は「こんなんでいいの?」と納得がいかなかった。

    しかし国語は「自分の言いたいこと」を主張する科目ではない。「相手の言いたいこと」を読み込む科目だ。表現力より読解力が求められる。そんな初歩的なことにも気づかなかった。

    カウンセリングで、カウンセラーは患者さんから相談を受けたとき、自分の意見を述べてはならないそうだ。患者さんの台詞をカウンセラーが繰り返すのが、一番良い対処法らしい。

    「わたし毎日深夜2時ごろ、死んだ父親の幻覚を見るんですよ」
    「深夜2時ごろ、亡くなったお父さんの姿をご覧になるのですね?」
    「ええ」
    という具合に。

    国語という科目も同じ。筆者の書いた内容の奴隷にならなければ、国語の問題は解けない。国語の問題に接するとき、われわれは「話し上手」ではなく、「聞き上手」にならねばならないのだ。


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