猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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Mr.Children「SUPERMARKET FANTASY」
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    ミスチルの「待ってました」の新譜「SUPERMARKET FANTASY」を買った。

    1曲目「終末のコンフィデンスソング」はギターリフのイントロから始まる。

    ミスチルのアルバムは、歌のないストリングスの序曲か、奇抜な効果音から始まるアルバムが多く、それがアルバムに壮大感や緊張感を与えているのだが、軽快なギターリフから始まるアルバムは珍しい。

    この「終末のコンフィデンスソング」という曲、いつものミスチルのアルバムだったら、6曲目か7曲目あたりに置かれそうだが、1曲目に配置することによって、アルバムの敷居を低くしている。

    「SUPERMARKET FANTASY」というタイトルもそうだが、このアルバム、ここ数年ミスチルのアルバムに共通していた、重い自意識を神経質に語る方向性ではなく、軽快なポップスアルバムを作ろうという覚悟が伝わってきた。

    前にも書いたように、ミスチルがポップス性を最大限に発露したのは、まだミスチルがメジャーでなかった初期の「Kind of Love」「versus」の2枚であり、この2枚のアルバムは、音楽の神様が光臨したかのような、若々しく溌剌とした聞きやすいメロディーであふれている。

    逆に「cross road」「innocent world」が売れたあとの「Atomic Heart」には、もはやアーティスティックな実験性があり、その実験性に「青臭さ」「若気の至り」みたいな匂いがして、桜井和寿にしみ付いている天才的ポップ性を封印し、より高いレベルに達しようとする背伸びを感じる。

    そうだ、ミスチルの音楽は桜井和寿という若者の「背伸び」の音楽だったのだ。「背伸び」をするからミスチルの曲には、どこか過剰で、どこか方向性を誤った、こなれていない部分もあり、ミスチルのコアなファンはそんな未熟なところも、好きになってしまうのである。「背伸び」をさせるのはおそらく、小林武史の存在なのだろうか。

    ミスチルはどんなバンドにも負けないセールスを誇りながら、どこか「売れなくてもいいや」という開き直りがある。特に「NOT FOUND」がシングルに出されたあたりは顕著だった。危なっかしい潔さをミスチルには感じてきた。

    でも前作アルバム「HOME」あたりから、桜井和寿の「笑顔」を感じられるようになった。曲の主語が'I'から'you'に変化した、リスナーを意識した曲が目立つ。この方向性は決して媚びではない。バンドが成熟した余裕である。
    屈折した人が思い切って、屈託のなさを露わにした時の迫力を感じる。

    言い換えるとミスチルは、ファンが自分たちにどんな音楽を求めているか、耳を傾けるようになった。「自分の言いたいこと」を濃く残しながら「他人が求めること」を意識し始め、「他人が求めること」を満たすことで「自分の言いたいこと」をしっかり伝える。

    そして「自分が言いたいこと」と「他人が求めること」の2つを完璧に合致させた曲が「HANABI」である。

    「HANABI」は、実は2日前、タワーレコード長崎店の試聴コーナーではじめて聞いた。数人の教え子から「HANABI」はいい曲だと教えられていたのだが、発売してから2ヶ月わざと無視して、アルバムを買ったら聴こうと楽しみにしていた。いい曲だという評判だから聴きたくなかった。ミスチルの新曲のシングルCDは、いままで必ず発売日に買っていた僕には、珍しい行為である。

    イントロ聴いただけで、もうね、いやあ・・・
    「innocent world」「Tomorrow never knows」「youthful days」「Sign」をはじめて聴いた時と同じような、あるいはそれ以上の高揚感だった。

    「ミスチル」というビッグネームではなく、無名の弾き語りの若者が桜木町駅前で演奏していても、足を止めて震えてしまうような曲だ。

    同時に「HANABI」は絶対にミスチルにしか書けない。ミスチルの曲をすべてコンピューターにぶち込み、ベストなメロディーと詞をサンプリングしてつなぎ合わせ、最高のミスチルの曲を1曲作ったら「HANABI」になるのだろうか。

    「HANABI」主語が'I'から'you'へ、そして'we'に変わった曲に他ならない。自慰に堕ちず他者に媚びず、作者もリスナーも双方が最高な気分になる曲である。

    でも悔しい。僕が受験生の時に、この曲があったらよかった。

    僕が浪人中のJPOP界は、確かに全盛期で売れていたが、恋人同士が出会った別れたみたいな曲ばかりで、ミスチルの曲のように、何か1つの物事をやり遂げる時、真剣に生きざるを得ないとき、力になってくれる音楽はなかった。
    負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと みたいな曲はあったけど・・・)

    ミスチルの歌詞の力はすごい。ミスチル登場以前に「JPOPはメロディーはいいけど、共感できる歌詞があまりない。歌詞が軽い。生命力を吹き込んでくれる知的で繊細な歌い手がいない」と感じていた層を、ミスチルは丸ごと虜にしてしまった。

    ミスチルの曲は、ネガティブな感情が、ポジティブな未来に跳ぶ助走であることを知らせ、また同時に底無しのペシミズムこそが、天井知らずのオプティミズムの生みの親であることを教えてくれる。

    とにかく歌詞を見ると、「HANABI」の前半部は受験生を応援する曲にもなる。

    ♪どれくらいの値打ちがあるだろう 僕が今生きてるこの世界に
     すべてが無意味だって思える ちょっと疲れてんのかな
     手に入れたものと引き換えにして 切り捨てたいくつもの輝き
     いちいち憂いていれるほど 平和な世の中じゃないし

     いったいどんな理想を描いたらいい
     どんな希望を抱き進んだらいい
     答えようのないその問い掛けは 日常に葬られてく

     君がいたらなんて言うかな?「暗い」と茶化して笑うのかな
     そのやわらかな笑顔に触れて 僕の憂鬱が吹き飛んだらいいのに

     決して捕まえることの出来ない 花火のような光だとしたって
     もう一回 もう一回 僕はこの手を伸ばしたい

     誰も皆 悲しみを抱いてる 
     だけど素敵な明日を願ってる
     臆病風に吹かれて 波風が立った世界を 
     どれだけ愛することができるだろう

     考えすぎで言葉に詰まる 自分の不器用さが嫌い
     でも妙に器用に立ち振る舞う 自分はそれ以上にキライ
     笑っていても泣いて過ごしても 平等に時は流れる
     未来が僕らを呼んでいる その声は今 君にも聞こえていますか


    この曲が僕が受験生の時にあったら、聴きながら泣き崩れていたのに、と思う。

    野暮とは知りつつ、この歌詞を受験生用に解釈したら

    「どれくらい値打ちがあるのかな、僕の受験勉強は。無意味だと感じる。すこし疲れてるのかな。合格したら輝くようないいことがあるかもしれない。だから今の僕は遊びを邪心を切り捨てている。受験に理想はあるのか、希望はあるのか。自分の進む道がイマイチわからない。でも受験勉強の日常に葬られ、考える暇なんかない。僕に彼女がいたら、悩んでいる僕を「暗い」と茶化して笑ってくれるのかな。女の子の笑顔に触れて、憂鬱なんて吹き飛べばいいのに。彼女が欲しいよ! 僕の志望校は花火のように高望みで、つかまえることができないのかもしれない。でもね、「もう一回」「もう一回」と心の中で繰り返しながら、くじけずに頑張りたい。誰でもみんな受験勉強は苦しい。だけど素敵な合格の日を、死ぬほど願ってる」

    そして最高の言葉、♪臆病風に吹かれて 波風が立った世界を どれだけ愛することができるだろう に続く。

    このアルバムについて語りだしたら長くなるのでこの辺で。
    まだ実はじっくり聴いてないので、前作「HOME」の「SUNRISE」のような隠れ名曲があるか、じっくり確かめたい。

    なんか一人でコソコソ小説書いていて、ときどき気が滅入りそうになるけど、いい音楽聴くと、自分のイマジネーションが無限だと思ってしまう。
    ミスチルの「SUPERMARKET FANTASY」、神バンドMr.Childrenが放った神アルバムだ。
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