猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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比喩は教師の命
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    私はブログの文章に比喩を多用している。しかも意識的に少々下世話な比喩を使っている。

    比喩を使うと、文章が格段に読みやすくなる。モノクロの活字の羅列の中で、比喩の部分だけカラーになったみたいだ。的確な比喩が文章内に散りばめられていると、文章がカラフルな2色刷りになった気になる。

    また、比喩は使いすぎるとしつこくなるが、ピタリ決まると格好良い殺し文句になり、バラバラで混沌としたまとまりのない文章が俄然引き締まってくる。
    どんなに難解な話題でも、比喩があればとっつきやすくなる。これは子供を教えるときにも言えると思う。

    優れた塾講師の文章を読むと、比喩を上手に使っている。難しい事柄を比喩の一撃で、子供の地平まで撃ち落として理解させるわけだ。

    人気のある政治家も比喩の使い方が巧みだ。、かつて田中真紀子も石原慎太郎も、演説の中で暴言的な比喩をかまして国民的人気を勝ち得た。彼らのレトリックの能力が「わかりやすく面白い」政治につながった。
    土井たか子や不破哲三に柔軟なレトリックの才能があれば、社民党も共産党もあんなに議席を減らさなかっただろう。

    しかし、巧み過ぎる比喩は効果が大きすぎて、聞き手の思考を停止させ、判断を鈍らせる可能性がある。面白い比喩は、聞き手を笑わせ、脳内に暴力的に入り込む。比喩は「刷り込み」にはもってこいの手段だ。

    ただ、昔から教育者は比喩が好きだ。福沢諭吉の文章が、当時の思想家の文章の中で飛び抜けて面白いのは、巧みな比喩で読者を一撃のうちに仕留めているからに他ならない。

    福沢諭吉は、『福沢文集』でこう述べている。

    「子を学校に入るる者の内心を探リてその真実を丸出しにすれば、自分にて子供を教育しこれに注意するは面倒なりというに過ぎず。一月七、八円の学費を給し既に学校に入るれば、これを放ちて棄てたるが如く、その子の何を学ぶを知らず、その行状のいかなるを知らず。餅は餅屋、酒は酒屋の例を引き、病気に医者あり、教育に教師ありとて、七、八円の金を以て父母の代人を買入れ、己が荷物を人に負わせて、本人は得々として無上の安楽世界なるが如し。(中略)学校はあたかも不要の子供を投棄する場所の如し。あるいは口調をよくして『学校はいらぬ子供のすてどころ』といわばなお面白からん。」

    「無上の安楽世界」とか、「学校はいらぬ子供のすてどころ」とか、毒舌的な比喩で読者に二の句をつけさせない。
    こんな文章を読むと、福沢諭吉はまるで「明治時代のビートたけし」だ。毒舌使いは、時代のオピニオンリーダーになる資格があるだろうか。
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