
ソウルから鉄道で約1時間、水原(スウォン)という街に行った。
これは水原華城(スウォンファソン)という、李氏朝鮮時代の1796年、日本で言えば寛政の改革と天保の改革の間の、11代将軍・徳川家斉の時代に完成した、頑強な城塞である。
現在は世界遺産になっている。
李氏朝鮮の首都はもちろんソウルだが、ソウルという立派な都がありながら水原華城のような立派すぎる城塞を建造したのは王宮内の権力争いが原因で、また一時は水原華城への遷都も検討されたが、さまざまな事情で遷都は流れた。
中国の城は日本の城と違い、都市全体が丸ごと煉瓦や石の城壁で囲まれていて、戦時には住民も場内で篭城した。
逆に日本の城は最高権力者である武将の住居だけが、水をたたえた堀で守られ、住民は場外に居住し、城攻めになると家は焼かれ蹂躙された。
朝鮮の城塞は中国式であり、水原華城も煉瓦と石の城壁が都市全体を囲っていて、大陸的な貫禄に満ちた景観を見せつけている。城壁に囲まれた部分は市街地になっており、観光客は城壁をまわりながら散策する。
最近、水原華城の城壁に囲まれた市街地の一部に、王が水原に来臨した際に宿泊した王宮、華城行宮(ファソンヘングン)が再建された。
この華城行宮は忠実に再現されているが、少し安普請でハリボテ感がある。なんだか映画やドラマのセットみたいな建造物である。
そう、だからこの華城行宮は「チャングムの誓い」のロケに使われた。いまでは「チャングムの誓い」のロケ地として人気観光スポットになっている。僕は誰しもが認めるミーハーなので、恥も外聞もなく華城行宮を訪れた。
「チャングムの誓い」の正式題名は「大長今」であり、「長今」がチャングムと読むのはわかるが、「大」は「偉大な」みたいな意味だと勝手に想像していた。しかし「大」はただの苗字であるらしい。韓国語で「テ」と読む。
ちなみに金正日は、チャングムを演じたイ・ヨンエの熱烈なファンらしい。
華城行宮は「チャングムの誓い」だけでなく、韓国の歴史ドラマの撮影にはよく使われ、僕が華城行宮を訪れた日も、映画かドラマの撮影をしていた。
どうやら昼休みの時間らしく、俳優が仲良く談笑していた。李氏朝鮮時代の両班の靴と、スニーカーが並んでいるのが面白い。

上の写真は、チャングムが一人で湯を沸かし、黄砂の毒にまみれた食器を洗い、食中毒者を出さずにチェ尚宮とハン尚宮に評価されるきっかけになった井戸である。
「チャングムの誓い」を見た人はきっと感慨を覚えるにちがいないが、見てない人にはどうでもいい場所である。
華城行宮のあとは、城壁を一周した。城壁の全長は5kmを越え、皇居のまわりと同じぐらいの距離である。
ただ、皇居は平坦だが、水原華城はアップダウンがある。まず水原華城の最高地点まで石段で一気に登り、そこから緩やかに城壁を一周するコースを取った。八達門から城壁に従って標高143mのきつい石段を上がる。
ちなみに、韓国では地下鉄も階段が多い。ソウルは地下鉄路線の総延長が東京と張り合うぐらい地下鉄網が充実していて、地下鉄だけで大抵の場所に行けるのだが、駅にはエスカレーターが明らかに少ない。
さすがに地底深く掘られた駅には、長距離のエスカレーターが設置されているが、基本的に階段で上下しなければならない。
また気のせいかもしれないが、階段1段分の幅が日本よりも1.2倍ぐらい高く、おまけに階段に使われる石が日本より固いような気がする。さらに階段の段差も均一でない部分がある。
これだけ地下鉄の階段がヘビーだと、老人は困るだろう。韓国の地下鉄にエスカレーターが少ないのは、国民の足腰を鍛えろという国家的戦略なのだろうか。
とにかくソウルを朝の9時から深夜1時くらいまで1日中歩き続けると、足の指に水ぶくれができて潰れ、階段の石と私の足腰の骨が1日数千回ガツンガツンとぶつかり合うので足腰に負担がかかり、金比羅山の階段を何度も上り下りするより、よい運動になる。
頂上まで上がったら、あとは緩い下り坂の城壁をひたすら歩く。最高の散策コースだ。水原華城の城壁の写真を、うちの高3・マスオさんことF君に見せたら、「ミニ万里の長城ですね」と言っていた。


