猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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中学受験は子供を破壊するか
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    朝日新聞の記事を読んでいたら、「中学受験は是か非か」みたいな記事があって、どんな独創的な意見が述べられているのか少々期待して読んでみると、2人の「識者」のうち一人が「中学受験は子供がかわいそうだ」的意見、もう1人は「中学受験は論理的思考法を育てる」という正反対の意見を述べていた。


    その記事を読んで、相も変わらず常套句のコラージュのようなマンネリな意見を何度も何度も繰り返す「識者」がまだ存在するのかと、少々唖然としたのだが、まあ結局はどちらの意見も正論であるからこそ、何十年もオウム返しのように同じ意見が繰り返し述べられているのかもしれない。


    中学受験の算数が論理的思考力を鍛え、子供の頭を柔軟にするという意見には確かに大いに肯かざるを得ない。
    中学生に数学を教えていたらわかるのだが、中学受験を経験していない子に図形や文章題を教えるのは、固い岩石に種を撒いて植物を育てるような、極めて困難な作業である。

    特に割合や速度みたいな抽象的で難度の高い分野を教えるときには、もっと小学生のときに算数をみっちり教えて、頭を柔軟にして欲しかったと嘆きたくなる時がある。
    中学受験していない中学生に向かって、割合の授業でさらりと「全体を1とする」とでも説明しようものなら、私の言葉が子供の耳の右から左へ「ス〜」と抜けてゆくのが見える。割合の概念を何もわかってはいないのだ。


    逆に中学受験経験者に数学を教える時は、嘘みたいな少ない労力で力がグングン伸びる。灰を撒くだけで花を盛大に咲かすことができる花咲か爺さんになったような心境である。


    とにかく中学受験は、子供の頭を柔軟にするもってこいの機会である。中学受験でバリバリ算数の問題を解き、ガリガリ日本語の文章を読み書きすることによって、子供の頭脳は太古の昔から落葉が積もり涵養された、肥沃な広葉樹林みたいになる。
    まあ、もともと柔軟な頭脳を持っていた子だからこそ、中学受験にチャレンジしたんだろうけど。


    さて、もう一方の「中学受験は子供がかわいそう」「夜遅くまでの塾通いは子供の成長に支障をきたす」という意見は、半分正しく半分は間違っている。


    子供の能力を度外視して、親が極度に受験に対してヒートアップしている場合は、中学受験なんて幼児虐待以外の何物でもない。過度に勉強させるとその反動で思春期に大爆発が起こり、子供の体内には勉強を拒絶する抗体が生まれる。


    しかしその反面、難関中学受験塾で、上位4分の1ぐらいの成績を取っている子は大いに塾を楽しんでいるのだ。


    ベテラン講師の授業は面白い。東京ならSAPIXや日能研、関西なら希学園や浜学園の講師の方は厳しい入社試験にパスし、段違いに知識量がある素晴らしい方がたくさん揃っている。本来なら大学で教鞭をとるべき人が、東京や関西の中学受験塾には綺羅星の如く勢揃いしているのである。


    中小の塾から引き抜かれ、キャリアアップして大手塾にやってきた、ヤンキースの選手のような高所得の講師もいる。
    そんな個性的で優れたスター講師の謦咳に接することが、小学校5年・6年という知識欲の塊の子供にとって面白くなかろうはずがない。子供は講師の授業を楽しみに塾に通う。
    力量がずば抜けた講師と、才能にあふれた小学生が、授業でぶつかりあうのだ。

    また、将棋や囲碁やテレビゲームみたいな遊び感覚で、算数の難問を「プレイ」するのは楽しい。
    塾のテキストに見たこともないような強烈に難しい問題があって、見た瞬間は「こんなん解くの絶対無理だぜ」と手をこまねいていたのに、少しだけ解法の糸口が見つかり、その糸口を慎重にたどっていったら突然頭に電光石火のごとく解法が閃き、閃きが消えないうちに素早く計算し答えを出し、急いで解答と照らし合わして正解だとわかった瞬間。そんな瞬間には思わず1人ガッツポーズを取りたくなる。


    そんなエキサイトした状態で算数と格闘していると3〜4時間すぐにたってしまう。時計を見ると深夜2時。親は「夜遅くまで努力しているのね」とほめてくれるが、実は努力なんかしていない。算数で遊んでいるのだ。遊んでいながらほめられちゃうから、ますます算数の問題を解くのが好きになってしまう。


    勉強の得意な子はテレビゲームの腕もハイレベルな子が多いが、テレビゲームを攻略しても、所詮は自己満足の世界でしかない。
    しかし塾で算数の難問を解くと、授業中に尊敬している講師にほめられ、テストで高得点を叩き出し、周囲から羨望の眼差しで見られる。そんな塾という場が楽しくないわけがない。


    子供にとって進学塾は、自分の努力が正当に評価される場である。努力すれば点数で報われ、サボれば点数にはね返される。そんなシビアではあるがフェアな評価は子供にはわかりやすい。できる子にとってはやり甲斐のある世界だ。学校の通信簿のように曖昧で主観的な評価に対して気をつかうより遥かに魅力的な世界だ。
    イチローのような能力のある選手が、旧弊で閉鎖的な日本のプロ野球を捨て、開放的なメジャーリーグに移っていったのと同じ心理である。


    彼らにとって可哀想なのは、塾通いよりもむしろ学校の授業である。特に算数の授業は問題が簡単すぎて時間の浪費としか思えない。
    進学塾のバリバリの子にとって学校の算数の授業とは、ショパンやリストを軽々と弾くことができるピアニストが、「猫ふんじゃった」を何度も何度も何度も何度も弾かなければならない、退屈極まりない時間なのである。


    進学塾のトップクラスの子は素直な子が多い。素直な子は何が今の自分にとって重要で、何が重要じゃないか取捨選択したりはしない。大人に与えられる課題を、すべて自分に大事なものとして真正面から受け取る。自分の中に逃げ道を作らないで、与えられた課題はすべて馬鹿丁寧にこなす。そんな生真面目さが彼らの学力の原動力である。
    だから彼らは退屈な学校の算数の時間も手を抜かずに、他のクラスメイト以上に真面目に取り組んでいるのだが、しかしそんな「無駄」な時間を、もっと他の事に置き換えることはできないのか?


    進学塾の上位クラスの子は、塾こそが本来の居場所という感じがする。できる子から時間を奪っているのは、塾でなく学校なのである。

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