猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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「先生、黒板が見えません!」
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    私は板書があまり好きではない。字も下手だし、絵はグロ絵しか描けない
    だから板書には熱心ではない。

    せっかくの授業時間は、板書を写すことに専念させるより、知識や思考回路を叩き込みたい。
    ためになる話をガンガンして、子供の豆腐のように固体化した脳味噌を熱で豆乳のように溶かし、思いっきりシェイクし攪拌したい。

    ところで、講師が授業中一生懸命板書していると、講師の身体が長時間、黒板を塞いでしまう時がある。生徒は講師の身体が邪魔になって板書が見えない。

    そんな時、「先生、黒板が見えません」と、いち早く抗議する子がよくいる。
    小5・小6あたりの女の子に多い。私はそれを許せない。この種の軽々しい積極性を、私は激しく嫌う。

    まず、「先生見えません」と言う子は、大人をなめている。
    板書中の講師に向かって、「私のために、そこをどけ!」と傲慢な抗議をしているのと同じことだ。エゴイスト&ジコチュー丸出しである。

    「見えません」ならまだいいが、「見えん」と言い放つ子がいたりする。
    私は馴れ馴れしいタメ口を、子供だろうが大人だろうが激しく嫌う。何様かお前は。もしそんなことをしたら、顔が蒼ざめるまで怒鳴り上げ、教室から退場させる。

    あと、「先生見えません」と言う子は、待つことを知らない。
    講師が板書中に黒板の前に立ちはだかっているからといって、永遠に黒板の前にいるわけではない。いずれは黒板の前から去る。ちょっとくらい待てないのか。忍耐力の無さが透けて見える。

    生徒も悪いが、「先生板書が見えません」と生徒に抗議される講師の側はもっと悪い。もっと余裕を持って授業をしようぜ。

    特に私はデブなので、「見えません」と言われないよう細心の注意をしている。
    生徒の側からいえば、ホンジャマカの石塚みたいなデブ講師が、白いワイシャツに汗を滲ませ、黒板の前に立ちはだかって一生懸命板書する姿は醜いし、デブの身体で文字を隠されたらイライラする。

    私は生徒が板書しやすいように、身体を黒板から少し離したり、或いはくねらしたりして書く。それから30秒に1回くらい黒板から身を離す。


    そして肝心なことは、生徒が板書をただ黙々と写しているだけの、退屈で非生産的な時間を授業で作ることは、極力避けなければならない、ということだ。数学の証明問題あたりは仕方ないのだが・・・

    先生が書いて生徒が写す。そんな静寂な時間は授業時間の無駄である。

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