猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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台湾の塾潜行記
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    台湾の台北市には、「士林夜市(スーリンヤーシー)」という、巨大な夜の市場がある。台北にはおそらく20ぐらいの夜市があるが、ここが一番巨大だ。衣料品・CD・食べ物、何でもありの楽しい市場だ。

    台湾の夜市は、市場というよりも巨大な夜店といった方が正しい。日本の夜店の規模を何百倍にも拡大したような、1日やそこらでは歩き回ることができないほど広大な市場は、迷宮のように入り組んでいて、地図やガイドブックを持たずに足の赴くままに歩いていると同じ場所に戻っていたという失敗は頻繁に起こる。

    士林夜市では、道の両側には店舗があり、道の真ん中には屋台がずらりと並んで、思い思いのものを売っている。
    屋台には、日本の海水浴場に置いてあるよりも巨大なパラソルが差してあるので、雨が降っても客はパラソルに守られ、イスに座りながら食事をすることができる。

    アクセサリ・偽ブランド品・CD・Tシャツ・帽子・靴・携帯電話など、原色の商品が眩いライトに照らされて、夜の闇を忘れさせてくれる。
    食べ物は担仔麺・焼き鳥・巨大な鳥のから揚げ・カステラ・中国風腸詰から
    蛇のスープまで、市場にはあふれている。
    マンゴー・キウイ・サトウキビ・オレンジ・ヤシなどの果物を搾ったジュースもふんだんに売られている。ジューススタンドはカラフルで、甘い飲み物が大好きな私はついつい買ってしまう。

    市場は夕方の5時ぐらいから店は三々五々開き始め、夜中の2時ぐらいまで電飾が煌々と輝いている。
    私は4時間も5時間も、最高の夢を見ているように、市場を歩き続ける。夜中の1時や2時になっても、市場の人通りは途切れることなく、「ああ、もう深夜の2時なのに、こんなに賑やかなんだ」と、なぜか嬉しくなってくる。

    台湾の市場と聞くと、麻薬の取引が行われていたり、売春の巣屈だったり、チャイニーズ=マフィアの抗争が日常茶飯事じゃないかというイメージを想像しがちだが、士林夜市は極めて明るく健康的だ。新宿歌舞伎町の方が100万倍怪しく不健康なオーラを漂わせている。
    漢字まみれの仮名文字が全くない看板と、街を飛び交う攻撃的で早口な中国語の洪水を除けば、異国の排他的な雰囲気は全くなく、むしろ日本人には馴染みのある雰囲気なのだ。

    強いて台湾の市場の怖いところをあげると、市場の表側は電力量の飽和状態まで灯りがともり、まるで灯りの熱が市場の気温を上昇させているのではないかと錯覚するぐらい、煌々と明るいのだが、市場の裏路地に入ると明かりは全くなく、光線に目が慣れた後で裏路地に入ると闇の深さ黒さに恐怖を味う。
    そんな真っ暗な路地の片隅では、ランニングシャツ姿のオッサン達が、屋台で買った麺をすすりながら麻雀に興じている。

    しかしそんな闇よりも怖いのが、中国圏の市場を歩いていると突然遭遇する、強烈な鼻どころか目までも刺激する異臭である。台湾だけでなく香港でも、中国圏の市場では、時に暴力的な匂いが襲ってくる。

    マンホールの底の下水道に、下痢便の如き茶褐色の濁流が轟々と音をたてて流れ、匂いが地面の穴から吹き出してくるかのようなひどい異臭なのだ。ビル火災の時の消防車のようにバキュームカーが10台並んで、汚物を一斉にこちらに向けてホースで放出するような強烈な悪臭。

    市場を歩いていると10分に一回はこの悪臭にぶつかってしまう。私はその「くさ〜い」匂いの正体が最初わからなかった。

    この悪臭の正体は何か? 実は「臭豆腐」という食べ物が、悪臭の原因なのだ。
    臭豆腐は台湾や香港の屋台ではお馴染みの食べ物で、豆腐を塩水の中で何週間も発酵させて(「腐らせて」という言葉のほうが近い)、それを麻婆豆腐のタレのような真っ赤な液体で煮る。臭豆腐をぐつぐつ煮こんだ湯気が、匂いを伴って市場に広がる。

    まあ、そのくさいこと! 納豆の匂いを1000分の1に濃縮させたら、恐らくこんな感じの匂いになる。大豆関係の食べ物は、うまいけど腐らすとたちが悪い。納豆嫌いの関西人は、臭豆腐に対してどう反応するのだろうか? 

    現地の人は、この臭豆腐を、発泡スチロールのお椀(「どん兵衛」のカップのようなもの)に入れて、プラスティックのれんげで豆腐を崩しながら、美味そうに食べている。私はディープな臭豆腐を食べる勇気はない。



    台北の夜市が健康的な雰囲気を醸し出しているのは、夜の11時や12時になっても若者の姿が絶えないからだろう。中学生・高校生ぐらいの子が、友達同士夜の11時頃まで市場の店をうろうろしている。

    台湾のティーンエージャーは、非常に真面目に見える。それは恐らく髪型と服装のせいだと思う。茶髪や奇抜な服装の子供は極めて稀で、しかもメガネをかけている子が多いので(コンタクトレンズの普及率は、ティーンエージャーに関しては低いようだ)、どの子もとても真面目そうに見える。

    台湾は、勤勉さでは日本に決して負けていない。なにしろ「科挙」の本場だから、日本より受験戦争は激しい。
    台湾にも塾があり、「補習班」と呼ばれている。おそらく、夜遅くに夜市を歩いている子供の多くは、塾帰りの子供たちだろう。彼らは、ただ夜市に遊びに来ているだけにしては、重そうなリュックやかばんを背負っている。

    台北駅前の一等地、ヒルトンホテルと新光三越デパートの裏には、補習班街がある。台湾は眼鏡屋なら眼鏡屋、反物屋なら反物屋と、同じ業種が集中して固まっている場合が多い。塾も同じで百以上もの塾が同じ地区に固まっている。台北駅前はさながら「塾の秋葉原」のようになっている。

    そこには日本の予備校・塾にあたる「補習斑」の他に、
    「美語班」・・・英語の塾。日本の「駅前留学NOVA」のような雰囲気
    「日語班」・・・日本語の塾。英語の塾ほど数は多くないが多い
    「電脳班」・・・コンピューター関係の学校
    などの民間教育機関がある。

    どれも1階は受付。受付は蛍光灯の光があふれ、ドアは開けっ放しで開放感があり、日本の予備校の受付よりももっとオープンで、カウンターは日本の旅行会社のような雰囲気だ。
    補習班は5階建ぐらいのビルが多く、2階より上は教室になっているようだ。

    美語班など外国語学校の人気は、日本より高いようで、物凄い数の若者が(眼鏡をかけた子が多い!)受付にたむろしている。

    日本では、海外留学はまだまだ「特別な人が行くもの」というイメージを持たれているが、台湾では海外留学は若者にとって当然の選択肢で、数多くの優秀な人材がアメリカに留学し、専門知識を身につけて向こうで働いたり、台湾に帰国して活躍している。
    この留学熱が、現在台湾が全世界のノートパソコンの半分を生産し、パソコン王国と呼ばれている大きな礎になっている。

    日本はある程度大学教育が充実し、国内で事足りてしまうので、海外で勉強しないといけないという危機感がNIESに比べて少ないように思う。

    それはともかく、これほど数多くの民間教育機関が、100軒以上も同じ場所に軒を連ねている姿は壮観だ。補習班街には、マクドナルド・ケンタッキーなどの世界共通のファーストフードの店だけでなく、麺や排骨麺(パーコーメン・豚肉のから揚げを汁ソバの上にのせたもの)などの、中華のファーストフード店も充実している。若者の知識欲だけでなく、食欲も満たす補習班街は、実にパワフルだ。

    同じ場所に固まっているわけだから、補習班間の競争も熾烈なようだ。それは各補習班の表に張ってあるポスターやチラシでわかる。補習班のポスターには大々的に、巨大なゴシックで、大学の合格者の名前と、台湾での大学入試の統一試験の点数が書かれている。
    例えば「李登輝 712.4 台大醫科」といった具合に。

    そして浪人生(台湾ではどう呼ぶのかわかりませんが)に関しては、現役時と、補習班に入って1年たった時の点数が、「陳水扁 645.3→699.5 科技大」などと、比較して載せられている。

    また、他塾との比較広告は露骨だ。ある補習班は、ライバルの補習班の、受験者数における合格者数の割合をポスターにして張り出していた。
    ○○高中(高等中学校、日本では高校に相当)の合格実績は、合格者80名、不合格者89名などと記されている。
    漢字の意味はよくわからないが、合格者数も多いが不合格者の数も負けずに多いなどと、ライバル塾の悪口が書いてある比較広告であることは容易に想像できる。

    さて、私は台湾の補習班の授業を見たくなって、果敢にも(?)潜入を試みた。
    台湾の塾ではどういう授業をやっているのか? 教師の様子はどんなものなのか? 好奇心でいてもたってもいられなくなったのだ。

    黒ずんだむき出しの灰色のコンクリートが痛々しい4階建ての雑居ビルの裏口から、こっそりと2階に上がった。2階は教室だった。
    ワンフロアに6つ教室があって、1つの教室に30人ぐらいの高校生とおぼしき生徒が学んでいた。廊下は少々薄暗く、夜の病院や学校のような独特の冷たさが漂う。

    私がこっそり覗いた教室では、数学の授業をやっていた。ドアの上部は、A4ぐらいの大きさの透明ガラスがはめ込んであり、そこから少々教室が見渡せるのだ。
    どうやら単元は数列らしく、シグマの記号が黒板に書かれていた。当たり前だけど、数学の記号は万国共通だ。戦前の日本で使っていたような判読不可能な繁字体中国語の洪水の中に、おなじみの数式を見ると安心感が漂う。

    授業形態はオーソドックスなものだった。講師がただ淡々と黒板で問題を解いて、真面目そうな学生が丹念にノートに写す。

    数式を解いている、三谷幸喜から諧謔味を抜いたような講師の姿を見ると思わず、「よっ、俺は日本から来た、あんたの同業者なんだよ。がんばれ!」
    と声をかけたくなった。
    (もちろん私は中国語はまるきりできないんだけど)

    英語の授業も、社会の授業も見てみたい。もっと補習班の奥まで潜入したい。
    台湾の補習班のあらゆるところを知り尽くしたい!
    そして日本の塾講師の1人として、台湾の補習班の講師たちと連帯感を持ちたい。

    ぐるぐるあちこちを巡りたかったのだが、私の靴音がコンクリート剥きだしの廊下にやたらと反響し、誰かに見つかりはしないかと恐怖心がだんだん高まる。

    恐らくビルを徘徊している私の存在は、補習班の先生や学生にとっては、どう好意的に解釈しても怪しい盗っ人日本人にしか見えないだろう。
    「あなたは何故ここにいるのか?」と聞かれても、潜入の動機を説明するのは非常に難しい。
    「俺、日本の同業者なんだよ。」と英語で説明しても、わかってもらえるかどうか。
    見つかったら格好悪いという現実的判断が勝ち、後ろ髪を引かれる思いで、そそくさと補習班のビルから立ち去った。

    逆の場合を考えてみよう。
    もしも私が塾で授業をしている最中に、ドアの影から怪しい中国人がぬぼ〜と現れたら・・・
    突然現れた中国人に授業を覗かれたら・・・
    私も生徒もわけがわからず、パニックになると思う。

    というわけで誰にも見つかることなく、補習班を後にした。
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    塾は闇市
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      塾は子供の「選別」を続けてきた。(私の塾も含めて)
      そして「選別」から漏れた者たちの恨み節が、世間に蔓延している。
      大多数の国民が、また官までもが、塾は悪者だという思いを潜在的に持っている。

      子供の時間を拘束し、高い金を払わせ、学業成績で子供のランク付けをし、選抜試験で子供を取捨選択し、そんな塾の「悪行」が白日の下に晒されようとしている。これだけ教育の危機を謳いながら、塾に関して積極的に擁護する論調があまりにも少ない。

      「塾をなくそう」という大衆扇動が、ひとたびマスコミで起こったら、一部の中学受験塾、大手予備校を除いて、塾はひとたまりもないだろう。
      塾が「みんなが行くから行く」ものから、「みんな行かないから行かない」ものへと劇的に変化する可能性があり、またその兆候は今現われつつある。
      そして過去に「悪行」を繰り返してきた落ち目の塾業界へのパッシングは、激烈なものになる。少なくとも今の「進学」を主目的とする塾の形態が続く限りは。

      塾は「教育界の闇市」的な存在だ。
      学校が子供の平等を唱え、子供の学力に関して興味を示してこなかった以上、学力向上、及び学力による「選別」という汚れ役は、塾が一手に引き受けてきた。そして、塾側が良かれと思ってやってきたことはいちいち、非難の対象になり得る。

      塾は今の受験制度が続く限り必要だが、評価基準に抜本的な変化があった場合、今のままでは塾の存在価値が消失する可能性がある。闇市がいずれ消え行く運命にあるように。

      そんなはかない塾業界で私ができる事は、文筆による宣伝活動しかない。闇市たる塾業界が世間的認知を受けること、それが私がこのHPを作っている主目的だ。
      無名の人間が世の中を動かす最善の方法は、1に暴力、2に言論だというのが私の持論だ。暴力という下劣な行為は即効性があっても将来に禍根を残すから論外。だったら言葉による塾業界の宣伝活動しか方法はない。

      私は自らの熱と能力を、このHPによる言論の力でぶつけたいと思う。

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