中学受験に落ちた時、親子はどんな心境になるのか?
合格発表に直接足を運んで、自分の受験番号がない時、5分間ぐらいは意識が真っ白になり朦朧とする。記憶が飛ぶ。合格した子が横ではしゃいでる声も聞こえず、落ちた子が泣いている姿も見えず、幽体離脱したみたいに、ぼんやりとした気持ちになる。
つらい経験だ。
たとえば私にもし、小学6年生の受験生の男の子がいて、志望校に不合格になったら、どんな気持ちになるだろう?
私は東京の都心部で働いているビジネスマン。合格発表は仕事で行けない。
しかし妻からのメールで、息子の不合格を知る。
「やっぱりだめだったか。あいつよく頑張ったのに、だめだったか・・・
「志望校を1ランク下げておけばよかったのかな。志望校の選択を間違ったかも。やっぱりP中は、身分不相応だったか・・・」
あいつの頭は、堅実だがキレがないんじゃないかと、オレは思う。国語では親のオレが感心するほど、情意を尽くした答案を書くが、算数の難問になると、出題者の作戦通り簡単にひねられてしまう。本番でそんな弱点が出たのか?
あいつ素直なんだよ。性格が素直すぎる。だからかわいい。
そもそも中学受験して良かったのか?
なんだかまわりの雰囲気に飲み込まれて、小4から塾に通い、知らない間に受験することになっていた。もし受験していなかったら、あの子は不合格になって傷つくこともなかったのではないか?
塾の先生は、とてもよく頑張って下さった。でも他の塾だったら合格しただろうか? 塾は子供に合っていたのか?
いや、不合格を塾のせいにするのはやめよう。悪い結果が出たとき、他人に責任を負わせるのはよくない。自分の力が至らなかったと謙虚にならなければ。
息子にも結果を他人のせいにしない男になってもらいたい。そっちのほうが自分が成長するし、なにより爽やかだ。
でも、オレ自身はあの子の受験に対して、ベストを尽くしただろうか?
オレは父親が受験に熱狂するのは、健全じゃないと考えていた。親が子よりも受験に燃えて、親の熱が子供を焼き尽くし、子供が受験後に燃え尽き症候群にかかる。それは嫌だった。
でも、オレがもっと前面に出るべきだったのだろうか?
一生懸命さが他の受験生の父親に比べて足りなかったのか? 勉強をもっと教えてやればよかったのか? 受験のことは全部塾に任せてきた。母親に任せてきた。それは正しかったのか?
オレの受験に対する控えめな態度が、あの子の不合格につながってしまったのか? オレはもっと出しゃばるべきだったのか?
いや、オレの考えは間違っていない。受験には落ちたが、あの子は健全に育っている。いい子だ。
あいつは1週間ぐらい落ち込むだろうが、あいつは立ち直る。絶対立ち直る。そのあとは少し遊ばせてやろう。1ヶ月ぐらいはゲーム漬けになっても、叱らずにいよう。小学校卒業祝いに何か買ってやろう。
中学受験の経験は、あの子の人生にプラスになるのだろうか?
不合格で劣等感を抱いてしまうことはないのだろうか?
今日、オレがあいつの前でどんな言葉をかけるか、どんな表情をするか、どんな態度を取るか、一生あいつの脳味噌の中に残るんだろうな。
オレはどうすればいいんだ? 一世一代の名芝居を打つか?
いやいや、オレの姿があいつにどう映るか、そんなことを考えちゃいかん。あいつの気持ちが優先だ。あいつがどう傷を癒すか、どう不合格を糧にするか、うまく親なら誘導してやらなけりゃ。
オレの頭の中はいま、さまざまな考えが渦巻いている。オレが考えていることが脳から滲み出して、あいつに筒抜けになってしまわないだろうか? そんなことになったらあの子を傷つけてしまう。
あいつは受験勉強するようになって無口になったが、とっても繊細で賢い子だから、オレの気持ちを隅から隅まで読み取ってしまうだろう?
いや、考えすぎだ。まだあれも子供だし。
ああ、緊張するな。子供に会うのに緊張するなんて初めてだ。
あいつはもっと緊張してるんだろうな。
今日は酒でも飲んでいくか。いや、酔っ払って帰ったら、あの子は嫌がる。
とにかく自然体でいこう。
自然体でいこう。
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――――――そしてそのころ息子は・・・
午後2時ごろ、職員室に呼ばれて、校長先生から「頑張ったのにアカンかったな。残念だ」と不合格を知らされた。学校の廊下を。重い足取りで教室に帰る。
「ああ、悔しいよ。悔しいよ。どうして・・・・・
屈辱だな。みんなぼくのこと、バカだと思うだろうな。
泣くよ。泣きそうだ。でも泣きながら教室へ行くのは嫌だ。男の恥だよ。
泣き虫のバカなんて最低だ。
教室には行きたくないなあ。このまま家に帰りたい。拓也とか雄一はデリカシーないから、「ねえ、お前合格した? き・か・せ・て」って、目を輝かせて聞くんだろうなあ。
いいなあ、中学受験してない奴は。気楽で。
浩次の奴、Q中合格しているのかなあ。まあ、ぼくもあいつも同じ塾でお互い頑張ってきたから、あいつには合格してもらいたいけど・・・・・いや、それはぼくの本心じゃない。ウソだ。偽善者だな僕は。正直言っちゃうよ。浩次が合格したら嫌だ。嬉しいもんか。ぼくって嫌な奴だな。
浩次が合格したら、拓也とか雄一は、「浩次の方が頭いいんだ」とか言って、もうぼくのところには「宿題見せてくれ」なんて頼みに来なくなるんだろうな。
拓也や雄一に宿題写させるのは悪いことだけど、悪い気はしなかった。これからはQ中合格した浩次のところに「宿題見せて〜」なんて行くんだろうな。
ああ、教室に行くのも嫌だけど、家に帰るのはもっと嫌だな。母さんはどんな顔して僕を迎えるのかな。母さんは合格発表見に行ってるから、僕が落ちたこと、もう知ってるよ。
電話でもしようかな。いや、やめておこう。恥ずかしい。
ああ、家に帰るの嫌だな。誰にも会いたくない。どこか旅に出たいな。でもお金ないし。貯金通帳には多分国内旅行へ1週間行けるくらいのお金はあるはず。新幹線で大阪行きたいな。飛行機で札幌行きたいな。
旅行に行くのは少し怖いから、ゲーセンで一生過ごしたい。すべてを忘れたい。記憶喪失にでもならないかな。
ぼく知らん振りしてたけど、母さんがブログやってるの知ってるよ。話題はぼくの受験のことばかり。母さんぼくに秘密にしてたけど、履歴が残ってるんだもん。わかるさ。パソコン初心者は脇が甘いね。もっと隠せよな。
ぼくはときどき、母さんのブログをこっそり見る。怖いですよ、自分のことがたっぷり書かれたブログ見るのは。
母さん、模試でぼくが初めて合格圏内の判定をもらったとき、
「これは途中経過にしかすぎません。本番が大事です。今後きちんと気を引き締めるようにします」
とさも冷静なふりして書いてあったけど、その日、食事の支度のとき、「♪前田君なんてうちにはいない〜BANG!BANG!BANG!」と嬉しそうに鼻歌を歌っていたの聞いたよ。
そういえば試験前日のブログには
「明日は入試。とうとうこの日がやってきました。試験に勝つとの願いをこめて、今日の夜はトンカツを作りたいけど、そんなことしたらコアラに『勝て!勝て!』とプレッシャーをかけてしまいます。だからトンカツと同じぐらい力がつく、ステーキにします」なんて書いてある。ちゃんとぼくに気を使ってくれているんだ。
ちなみに「コアラ君」とはぼくのこと。母さんはブログでぼくをコアラと呼んでいる。
何でオレがコアラなの? 鼻がでかいからかな?
とにかく恥ずかしいからコアラ君はやめてほしい。
あと正確にいうと、試験前日のメニューはステーキじゃなくデミグラスソースのハンバーグだった。ブログ読んでる人にさりげなく見栄を張るのはやめてくれよな。
母さんは泣かないだろうか。たぶんカラッと迎えてくれるだろう。でも母さん、今日のブログに何て書くのかな。ぼくは母さんのブログ、今後絶対に読まない。こわくてよめないよ。
でも母さん、ぼくが落ちちゃったから、ブログやめてしまうのかな・・・
父さんはぼくに何と声をかけてくるかな。緊張する。興味ないふりしてるけど、父さん、ぼくの受験に一生懸命なのはビンビン伝わってきたよ。
まさか酔って家に帰ってこないだろうな。酔って夫婦喧嘩するのは嫌だな。「あの子が落ちたのはお前のせいだ」「いや、あなたのせいよ」そんな喧嘩したら、オレは家を出る。
まあ父さんも母さんもぼくに気をつかって喧嘩なんかしないだろうけど、いきなり父さんがぼくと母さんを呼んで、「ここにすわりなさい」と家族会議を始めたらつらいぜ。やだよそんなの。
ぼくは落ちた自分の姿を、父さん母さんに見せたくない。恥ずかしい。みっともない。
昨日までのぼくは試験に落ちてなかったきれいなぼくだ。でも今はちがう。ぼくは試験に落ちた自分の情けない姿を、父さん母さんの前でさらさなければならない。
父さん母さんは今までどおりに、ぼくを愛してくれるだろうか?
これまでは、中学に合格することを期待され過ぎて嫌だったけど、これからは逆に期待されないのかと思うと少し淋しい。だったら最初から期待するなよ。
ぼくは家に帰ったら泣くだろうか? 泣くのはいやだ。
ぼくが泣いたら、父さん母さんは一生懸命ぼくをなぐさめてくれるだろう。たくさんの言葉を使って。
でもそんななぐさめの言葉の中に、ぼくを傷つける言葉が入っていたらいやだな。
今のぼくには言葉はいらない。ただ黙ってそっとしておいてほしい。もしぼくが泣けば、ぼくの前で父さんも母さんも話しかけてくる。それはいやだ。
それにぼくが泣いたら、母さんも泣くだろう。母さんの涙を見るのはいやだ。
父さんも泣いたりして。親子三人で泣くなんて最悪だ。格好悪いよ。あは・・・・・
――――――こんなふうに、小学校6年生の息子は、生まれてから12年しかたっていない小さい脳味噌で、精一杯考える。
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結局、親も子も頭の中はいろいろ渦巻いているが、
子供「落ちちゃった!」
父親「残念だったな!」
と、結局単純な会話で終わるだろう。