ロカビリー先生の塾を、カミエス先生と一緒に再訪させていただいたが、ロカビリー先生はムエタイ(キックボクシングとの違いがよくわからない)の達人なのに、ギラギラした殺気を漏らさない方だ。細身で紳士的な物腰といい、失礼ながら強そうに見えない。
武道の達人の目で見たら、「おぬし、できるな」とロカビリー先生の強さを見抜くことができるのだろうが、残念ながら僕の目にロカビリー先生は「菜食主義者のギタリスト」にしか見えない。僕とロカビリー先生が並んで歩いていたら、僕の方が絶対に強そうに見える。
僕はタイのバンコクで本場のムエタイを観たことがあるが、ムエタイは手も足も使う格闘技だ。プロのキックが殺人能力を持つことは、格闘技の素人の私にもわかった。下手な相撲取りなら、腹の肉をブルブル震わせて倒されてしまう。あんなキックで頭蓋骨を蹴られたら、床に落とした豆腐のように脳味噌が散乱してしまいそうだ。
ところで、うちの塾の高3には、モナカさんという女の子がいる。
今年の2月から塾に来てくれた。品行方正で「おしとやか」という死語になった日本語がピッタリな女の子で、私立文系の女子大をめざしている。
中3のコタロウ君のお姉さんで、姉弟そろって和服が似合いそうで、コタロウ君は茶道の宗家の跡継ぎのような落ち着いた風貌をしている。
モナカさんの入塾面接のとき、お母様から「この子は書道をしています」とうかがったのだが、失礼ながら高校生の趣味程度だと高をくくっていた。
ところが、モナカさんの通っている高校のHPを見たら、トップページにモナカさんの顔が写っている。なんとモナカさんは「書の甲子園」で1位を取ったらしい。表彰式に大阪まで行ったという。
しかも驚いたことに北京に招待され、中国人と一緒に「揮毫するモナカさん」という写真まで掲載されていた。万里の長城を観光する姿も写っていた。想像を超えた腕なんだと、僕は非常に驚いた。
ところがモナカさんは前述したように、書道日本一の凄みがない。普通の女の子である。しかも僕を少々怖がっている。僕は生徒を大きな声で怒鳴ったり、泣かせたりはしないやさしい講師だが、モナカさんに声をかけると
僕「世界史、大丈夫か?」
モナカさん 「だいじょうぶです」
と声が小さくなる。
とにかく、ロカビリー先生から格闘技のオーラが感じられないように、モナカさんにも「書の甲子園」トップの凄みは見出せない。といっても僕にも書道日本一の女の子のオーラとはどんなものか、具体的な見当はつかないのだが。
そしてさらに驚いたのは、モナカさんの作品を見たときである。
モナカさんの書道作品は文字ではなかった。楷書どころか草書でもない。墨を使ったオブジェである。弘法大師ではなく、ピカソや岡本太郎の方向性の作品であった。
モナカさんの慎み深い性格と、アバンギャルドな作品が一致しない。
たとえば目に狂気をたたえたピカソのこの顔と
この作品はイメージが同じだし
岡本太郎なら
こんな鯉のぼりを作りそうだ
でも、「だいじょうぶです」 のモナカさんと、「書道は爆発だ!」的な作品は、どうしても結びつかない。