■スタディサプリは教育の地方格差・経済格差を打破
スタディサプリは、ゲームが若者の生活と切って離せない存在になったのとおなじように、受験生の必需品になりつつある。
現実にスタディサプリの全国津々浦々への浸透が、受験生の学力を上げ大学入試を難化させているという説まであるくらいだ。
スタディサプリの授業が手本になって、学校や塾の先生の授業力が上がったとも言われる。地方では予備校で授業を受けた先生が意外と少なく、錚々たる予備校講師の授業を受けた体験がない人が意外に多いのだ。
映像授業といえば、志が高い大学生が無料で授業動画を配信した、manabeeがある。だがmanabeeは授業の質に対して、塾や予備校の先生からネットで「安かろう悪かろう」と強いバッシングを受けた。
それに対して、スタディサプリの授業に対しての批判は、manabeeの100分の1くらいに感じる。授業は総じてかつて私が見た「代ゼミTVネット」の凄みがないという感想が正直なところだが、高いレベルで安定している。
私は瀬戸内海の島の塾長なので都会の状況はよく知らないが、地方ではスタディサプリは驚くほど浸透している。島の高校生がフェリーに揺られながら、スマホでスタディサプリを見ている。予備校講師の授業が極めて安い価格で見れるコンテンツは、都会から離れた遠隔地の受験生には、この上なく嬉しい。
大手予備校の校舎は大都市の駅前にしかなく、東進の映像授業は価格が高い。スタディサプリは教育の地域格差・経済格差を、草の根レベルでブチ壊す新しいメディアだ。
だから、一部の予備校の先生が、自分の授業を「良質のものは高い」と持ち上げ、相対的にスタディサプリを否定するのは、既得権益を守るための発言に映ってしまうのは否めない。うがった見方をすれば、自分の生活をいずれは脅かす恐怖が潜在的にあるのかもしれない。
■若者の知的なものに対する敵意を煽動
女王が語ったように、受験サプリの先生の中には煽情的な人もいる。他の予備校講師の教え方を否定し、暗記がいらないと極論を述べる。わかりやすい部分だけを教え例外は黙殺する、というのが女王をはじめ多くの塾・予備校先生の意見だ。
だが、私はこの戦略は、勉強に若者を誘う手段としては正しいと思う。
勉強が苦手な高校生・浪人生は、思いのほか劣等感を抱えている。勉強が苦手なのは自分に才能がなく、いままで怠けたせいだと。
そんなとき「勉強ができないのは教える側が悪い」と、既存の教え方を否定する発言を聞けば劣等感が雲霧解消するキッカケになり、「記憶がいらない」と強い口調で主張されれば「自分にもできるのではないか」とポジティブな気持ちになる。勉強に苦手意識を持つ人は、かつての私自身もそうだが、いままでの勉強人生を全否定して、リセットしたいものなのだ。その心理を巧みに突く。
スタディサプリのように、新しいコンテンツを立ち上げ、勉強に対する高い敷居を取っ払う時には、勉強に目を向けてなかった層まで取り込む、煽情的なアジテーションが初期段階では必要なものなのだ。
また、勉強で良い点を取り続けている若者を除けば、若い人は知識人に対する嫌悪感を潜在的に持っている。あえて意味を少し変えて使うと「反知性主義」である。予備校という存在は、講師や建物ひっくるめて自分をバカにする存在に映る。
若者の知性に対する敵意、正確に言えば知性をひけらかす人に対する敵意を結集すれば、膨大なエネルギーになる。社会を動かす。
かつて、毛沢東に影響を受けたカンボジアのポルポト政権は、都市の住民を地方に分散させ、自給自足の生活を強制した。原始農村社会を再現しようとしてインテリは粛清された。眼鏡をかけているというだけで知識人と見なされ、二百万もの人が殺された大虐殺にあった。
ポルポトに煽動された若者は自発的に従った。頭のいい威張った奴は死ねと。お前は馬鹿だと劣等感を植え付ける知識人への潜在的敵意を権力者が煽れば、国を一つ転覆させるほどのエネルギーを持つのだ。
既成の知識人を攻撃する講師が人気を集めるのは、ある意味当然の心理なのである。
英語の関正生の講義には、政治でいえば小泉純一郎や橋下徹のような「ぶっ壊せ!」的な、ある人には魅力を、またある人には危うさを感じさせるカリスマ性がある。関正生が起爆剤となって、勉強に熱心になれなかった受験生を先導すれば、勉強の裾野人口が広がる。小泉や橋下の煽情的な言葉が、政治に関心を持つ人口を増やしたように。
スタディサプリで「勉強人口」が増えれば、自然に受験生の講師を見る目が肥えてくる。スタディサプリの講師より、自分に合った先生が見つけられる生徒も出てくるだろう。
スタディサプリの授業がひどいとは私は考えないが、もしスタディサプリが受験生の毒になる悪貨だとしても、最終的には「悪貨は良貨を駆逐する」のではなく「悪貨は良貨の価値を知らしめる」のである。
■スタディサプリの勢いは止まらない
予備校業界の未来はどうなるか?
今後、予備校講師は。言葉が強くビジュアル的な力がある講師と、知識はあるが言葉の線が細く映像的魅力に欠ける講師に二分され、前者が大きなファンをつかみ、後者は映像授業のサポートに回るだろう。
予備校業界は、現在の音楽業界に近くなる。音楽界はいまや、ミスチルやサザンのような一部のビッグネームと、ライブハウスでコアなファンを地道につかむミュージシャンにくっきり分かれている。教育の地域格差・経済格差をなくすスタディサプリが、予備校講師の所得格差を生むのは皮肉な話だ。
スタディサプリは成長の手を休めない。リクルートの資金力を生かして、講師の数も増え質も上がっていく。スタディサプリは、いずれ大手予備校から意外な大物講師を引き抜く。東進の林修が引き抜かれる可能性だって否定できない。林修が「スタディサプリ、始めるなら今でしょ」とテレビCMで宣伝すれば、スタディサプリは高校生の間でLINEと同じくらいの占有率に駆け上がるかもしれない。そうはさぜじと、大手教育産業他社や携帯電話の会社が参入しつつある。
スタディサプリ最大の強みは、中学と高校を結ぶ、高校1年生ぐらいの学力を持つ受験生を対象とした映像授業が充実していることだ。
受験参考書の世界は、難関大学を目指す受験生の難しい本のラインアップは充実しているが、最近は必ずしもそうではないとはいうものの、基礎学力をつけるための本が手薄な状況が長く続いてきた。
スタディサプリは、学参の穴を埋めた。
しかも、勉強が苦手な受験生は、参考書を読んで勉強するのは難しい。参考書から知識を吸収するには高度な読書力が必要だ。スタディサプリの映像授業の効果は大きい。
さらに、スタディサプリは様々な学力層に応じた映像授業を用意しているから、劣等感を覚えることなく、後戻り学習がしやすい。敷居が低い。
たとえば高3で英語が苦手な人は、高1レベルから復習する重要性は頭でわかってはいる。だが、個別指導は料金が高くて通えないし、先生や友人に聞くのは恥ずかしいし、集団授業で高1クラスに戻るのはありえないし、参考書で学ぼうとしても頭に入らない、
そんな時に現れるのがスタディサプリだ。スマホで誰にも知られることなく「陰でこそこそ」見れる。下の学年のカリキュラムを勉強することはプライドが妨害するから、人前で復習姿をさらしたくない心理は多かれ少なかれある。
スタディサプリでは、高3で高1の基礎の映像を見ていたとしても誰にも知られることはない。スタディサプリは「陰でこそこそ」恥をかかずに弱点を補強できるのが、受験生の心をつかむ最大の原因だと思う。
■スタディサプリはあくまで「サプリ」
いつでもどこでもわからない箇所の授業が受けられるスタディサプリの安心感はすごい。スタディサプリは私のような古い受験生から見れば、ドラえもんが出す秘密道具だ。
ただ、スタディサプリはあくまで映像授業であり、メインに据えるのはよほど意志が強い人間にしか勧められない。映像授業をコンスタントに受ける習慣性が受験生にあるとは私には思えない。
定時に始まる学校や予備校に通い、規則正しい勉強生活を送ることは理にかなっている。博士がスタディサプリを全面肯定しているのは、意志が強く勉強の習慣がついているからだ。女王の言うルーズな受験生がスタディサプリだけに依存するのは危険性が高すぎる。
それにやはり、勉強を続けるには先生と時間に縛られる「強制力」が必要なのだ。その強制力を自力で働かせられるのは、受験生の1%未満と言っていいだろう。
ハッキリ言えば、勉強には近くで叱る人がいる。スタディサプリはユーミンの『卒業写真』のように遠くで叱ってはくれない。
であるからして、スタディサプリはあくまで「従」にしておくのがいいだろう。わからない分野があれば辞書的にスマホを取り出して見るスタンス。スタディサプリは辞書のように「引く」ものだ。しかも1時間強の映像を見る時間は大いに気分転換になる。
人間は食べないと生きてはいけない。米や肉や野菜があるからこそ生命が保たれる。サプリメントだけでは命を維持できない。スタディサプリは名前の通りあくまで「サプリ」である。
判決 博士
スタディサプリは役立つし、
今後ますます普及する。
だがメインディッシュにするのは難しい。
文字通り「サプリ」として用いるのが正しい。
『受かるのはどっち? 目次』
第1章 大学受験“ウワサ”の真相
1 ビリギャルみたいに偏差値40から逆転可能か?
2 文系理系どちらが有利か?
3 大手塾予備校VS個人塾
4 Twitterを受験生がやっていいのか?
5 高校の定期試験対策に力を入れるべきか?
6 スケジュール表は作るべきか?
7 集中力が30分しか続かない時は?
8 勉強しない日を作ったほうがいいか?
9 恋愛と勉強は両立できるか?
10 部活と勉強は両立できるか?
11 体育会系部活生はラストスパートで逆転できるか?
12 一冊の参考書を繰り返すべきか?
●文章がうまい、読ませる参考書
第2章 正しい勉強の仕方はコレだ!
13 朝型か?夜型か?
14 予習中心?復習中心?
15 精神論は大学受験に有効か?
16 模試の見直しはどうすれば効果的か?
17 ノートはきれいなほうがいいか?
18 本にマーカーは引くべきか?
19 モチベーションを上げる本が知りたい
20 論述対策は一人でできるか?
21 音楽聴きながら勉強できるか?
22 ゲームはやってもいいか?
23 センター過去問対策はいつから?
●センター直前3か月、一発逆転を可能にする参考書
第3章 科目別「攻略法」伝授
24 英単語は書いて暗記するべきか?
25 英単語暗記――語源VS語呂
26 『英単語ターゲット』VS『システム英単語』
27 『速読英単語』は本当に名著か?
28 英文読解――『英文解釈教室』VS『ポレポレ』
29 英文法が苦手――問題集は何がいい?
30 数学苦手は克服できるか?
31 数学――ひらめきVS暗記
32 数学――『青チャート』VS『教科書』
33 現代文は高校から逆転可能か?
34 現代文の選択肢に強くなるには?
35 古文は単語と文法の暗記で伸びるのか?
36 古文単語――『マドンナ古文単語』VS『ゴロ565』
37 世界史VS日本史
38 歴史――理解が先?暗記が先?
39 センター地理、ラストスパートの方法は?
40 物理に才能は必要か?
41 化学、はじめの一冊は何がいい?
●ピンポイントで苦手単元をつぶす参考書
第4章 合格を近づける最後の1ピース
42 偏差値55で停滞中。才能の壁はあるのか?
43 非進学校から難関大は無理か?
44 授業がつまらない時の対処法は?
45 高校の大量課題はやるべきか?
46 浪人はすべきVS避けるべき
47 医学部多浪に賛成VS反対
48 志望校は早く決めた方がいいのか?
49 親の経済力は学歴に関係するか?
50 地方国立大VS都会の難関私大か
51 下剋上で合格可能なのは、早稲田VS慶應
52 参考書・問題集だけで自学自習は可能か?
●一人でも自学自習が可能な「初心者マーク」の参考書