猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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福ちゃんのスパルタ浪人生活 番外編
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    福ちゃんの浪人生活を語る前に、彼が高校生の時の様子を書いた、昔のブログ記事があったので紹介しよう。 F君が福ちゃんのことである。

     

    高1の時に書いた記事 「F君と電子辞書」 

    (以下引用)

    うちの塾の高1に、F君という男の子がいるが、彼は私が生涯出会った人間で、2〜3を争うくらい性格が良い。
    「性格が良い」とはあまりに漠然とした人物評だが、F君の顔を見たら、たぶん私が言っている意味がわかるに違いない。目が素直、翳りがない。透明な「眼力」がある。
    谷沢永一はかつて、他人に好かれる要素の第1に「可愛げ」、第2に「律儀さ」を挙げたが、F君は可愛げと律儀さを高いレベルで共有している稀有の男だ。
    挨拶は爽やか、言動も爽やか、F君を敵だと思ったり嫌ったりする人間は、生涯1人も現われないのではなかろうか。おまけにF君には少し「ポワッ」としたところがある。ごく軽度の天然ボケかもしれない。そんなところが周囲の人間に安心感を与える。
    F君は1度英語のテキストを忘れたことがあるのだが、そんな時F君は心の底からすまなそうな顔をする。もし私がそこでF君を怒ったりでもしたら、それはまるで人間としてあるまじき行為のように思えてしまう、そんなF君の態度だった。
    いつかF君に「俺らの学年で、将来一番すごくなりそうなのは誰ですかね?」と聞かれたことがある。私は即座に「そりゃあお前だよ」と言おうとしたが、本人の前で誉めるのは照れるので、あいまいな返事をしておいた。
    彼が営業マンにでもなったら、猛烈な営業成績を上げるだろう。もし日本が大不況になって、仮に失業率が95%になったとしても、F君は残りの5%に踏みとどまるに違いない。
    お父さんお母さんは、F君を一体どういう風にお育てになったのか秘訣が知りたい。
    ところで、F君が持っている電子辞書を見て驚いた。
    カシオの「エクスワード」高校生用の新型だが、最近カシオは山川出版社と提携したらしく、日本史B用語集、世界史B用語集、倫理用語集、地理用語集、政治・経済用語集、現代社会用語集といった定番の用語集シリーズに加えて、日本史小辞典や世界史小辞典まで入っている。社会科学習に必要なタームの99%が、この小さな電子辞書に詰まっている。
    何たる便利な代物か!
    おそらく文系のF君にとって、この電子辞書は高校時代最高の伴侶の1つになるだろう。
    F君が勉強頑張って社会人としてデビューしたら、日本の国も少しだが確実にハッピーな方向に進むに違いない。


     

    高2の時のことを書いた記事 「向島の子は性格が良い」 

    (以下引用)

    私が好感を持つタイプの子には、一つの規則性があることに気づいた。それは輪郭のハッキリした声で「はい」、誠意を込めて「ありがとうございます」が言える子だ。

    「はい」と「ありがとうございます」、単純な言葉なのに、しっかり言える子は意外に少ない。たった2語だけで「感じのいい子だなあ」と大人の心をつかめるのに、キチンと言わないのはもったいない。
    うちの塾の高2のF君は、人柄の良さがピカイチだ。好感度が異常に高い。顔は人の良いタヌキみたいで、黒縁メガネをかけている。
    F君は完璧に「はい」と「ありがとうございます」を使いこなす。語尾には必ず「です」「ですね」をつける。自然体で敬語を駆使し、感じの良さを振りまいている。
    とにかくF君は爽やかな人で物腰が低く、私は彼を一度も叱ったことがない。彼を見ていると、怒るとか叱るという感情が湧いてこないのだ。気難しい私でも、彼の人柄や礼儀作法に関しては、何一つ不満を感じない。
    F君が営業マンになったら最高だろう。10年後スーツにアタッシュケースを持って、温和な笑顔でバリバリの営業成績を上げる姿が目に浮かぶ。職場にF君がいると、空気が一気に穏やかになる。
    F君は人が良すぎてギラギラしたところがないので、性格的に「受験戦争」には向いてないのかもしれないと思ったりもするのだが、そんな性格の穏やかさが彼の持ち味であり、なんとかフレンドリーな人の良さを温存したまま、1年後の受験を乗り切ってほしい。
    F君は私立文系の典型だ。彼をRitzに合格させることは、わが塾の来年の至上課題である。
    ところでF君に限らず、向島は、男の子も女の子も人懐っこい子が多い。大人が自分を愛してくれるのを露ほども疑わず、屈託なく自然体で話しかけてくる。
    子供を動物にたとえて非常に恐縮なのだが、向島には人間になつく飛び切り可愛い飼い猫のような、感じのいい子がたくさんいる。
    高校生になっても、そんな性格は変わらない。彼らを叱っていると、私が都会で汚れちまった薄汚い大人に思えてくる。
    向島の子供の性格が良い理由を考えてみると、おじいちゃん・おばあちゃんと同居しているのが大きいと思う。向島南部の立花という地区は、気候が温暖で瀬戸内海が真正面に見え、背後の山にはみかんがなり、長寿村として知られている。

     

    (つづく)

     

    | uniqueな塾生の話 | 11:04 | - | - | ↑PAGE TOP
    福ちゃんのスパルタ浪人生活(2)
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      福ちゃんの同志社・立命館受験まで1年。英語の偏差値は30台後半、同志社・立命館は60台前半。ふつうの先生なら「あきらめろ」と諭すか「無理だ」と笑い飛ばすかのどちらかである。

      しかし、私も福ちゃんも、なぜか「いける」と思っていた。根拠のない自信だ。もしかしたらそれは、アメリカに勝てると思って戦争を仕掛けた、旧日本軍みたいな無謀なものだったのかもしれない。

      福ちゃんには、大人に可愛がられる人徳がある。現代の若者特有のスカしたところが少しもない。彼は、よく料理マンガなんかに出てくる、修行中の若者みたいな男だ。ドジだけど真直ぐで、ひたむきな上昇志向があり、怖い親方に見込まれ、年長者にかわいがられながら成長していく、そんなタイプの男なのだ。

      また叱られた時、あの逸見政孝に雰囲気がよく似ている福ちゃんは、心の底からすまなそうな顔をし、誠意を見せて「すいませんでした」と謝れる男だった。営業マンになって失敗しても、あの顔で謝罪されたら誰もが許す、企業の「お客様相談室」でクレーム対応係になれば、どんな手強いクレーマーも満足して帰らせる、そんな特技を持っていた。

      だから彼が社会人になって失敗することは考えられない。どんな道に進んでもうまく行く。福ちゃんは「僕はたぶん、介護が一番あっている仕事だと思うんですよね。おじいちゃん、おばあちゃんにも好かれるタイプですし。でもいろいろチャレンジしてみたいんです」と、よく言っていた。

      勉強できなくても生きていける感じのいい男、だが、感じがいい男だからこそ、福ちゃんの人生のステージを上げたいと強く思った。

      さあ、あとは勉強するだけ。

      部活が終わった6月ぐらいから猛勉強が始まった。私は福ちゃん用にメニューを組んだ。他の塾生たちは英語を得意にしている。福ちゃんだけが大きく遅れている。

      英語はシス単の第1章・第2章・第5章を暗記した。桐原書店の文法書を使いテストを繰り返した。音読も重ねた。国語は現代文も古文も安定していた。世界史はひたすら用語を暗記した。

      過去問もバンバン解いた。立命館の方が同志社より英語は簡単なので、立命館の方が合格可能性が高いと考えた私は、立命館:同志社=4:1ぐらいの割合で過去問を解いた。国語・世界史は何とか乗り切れそうだったが、英語は平均して立命館が5割、同志社は4割しか取れなかった。

      ところで、彼は私に一年ぐらい模試を見せなかった。しかし11月に私はしびれを切らし「模試の結果を見せろ」と指示した。一年間も放置しておいたのは、結果が想像ついていたからだ。

      うちの塾生、特に私が買っている子は、私にいい情報は真っ先にドヤ顔で知らせるくせに、悪い情報は隠すくせがある。でも試験3ヶ月前、一種のケジメをつけておく必要があった。

      福ちゃんは次の日、ママに悪いテストを見せる時の、のび太のような緊張した顔で、模試の結果を持って現れた。英語は偏差値40代前半だった。同志社も立命館も龍谷もすべてE判定だった。予想通りである。

      私は福ちゃんに「どうして見せなかった。俺が怖かったのか?」とたずねた。

      福ちゃんは、首をブルブル震わせて「いいえ」と答えた。どう考えても私を怖がっているとしか思えない、あまりにも正直でわかりやすい反応だった。

      私は「同志社・立命館はあきらめるか?」と聞いた。「3ヶ月で合格圏内にもっていくのは難しい、これで同志社・立命館は無理だ。あきらめようか。いまのお前では無理だ」

      私は福ちゃんの覚悟を試したかった。福ちゃんから怯えた表情が消え、目が据わっていた。福ちゃんは迷いをいっさい見せなかった。そして私に決然と「がんばります」と答えた。

      実は、福ちゃんは草食系眼鏡男子の風貌とは裏腹に、プライドが高い頑固な男である。福ちゃんは「小学生の頃、僕は、あまり親の言うことを聞かない子でしたから、お仕置きで家の鍵を閉められ、よく追い出されていました」とよく言っていた。彼の風貌だけを知る人から見れば、絶対に彼が頑固な人間とはわからない。福ちゃんは私のような怖い人間と、大学の進路で対峙するという修羅場においても、決然と自分の意志を通した。彼はピンチになり追い詰められるほど強くなる、外柔内剛な男なのだ。

      福ちゃんは「がんばります」との言葉をしっかり守り、冬休みも正月も、試験3ヶ月前は深夜まで猛勉強した。しかし英語はなかなか伸びなかった。低い点数にとどまったまま、試験当日を迎えた。

      そして、立命館の合格発表。

      合格発表のあと、福ちゃんは自転車を飛ばして塾にやって来た。彼は青白い顔を硬直させて「立命館、落ちました」と報告した。福ちゃんは私の前で立ち尽くしていたが「がんばったのに・・・」と言うと、大粒の涙を流し、泣き出してしまった。私が彼の涙を見たのは初めてだった。プライドの高い男が流す涙に、私は言葉も出ず「同志社もあるから」と肩を抱いて、福ちゃんの頭をグジャグジャに撫でるしかなかった。

      こんどは同志社の発表だった。今度はメールで報告があった。メールには「落ちました、あと10点でした」とあった。同志社であと10点! 同志社大学は英国社500点満点で、だいたい350点前後が合格最低点であるが、10点とは小問あと2つ取れば合格だったのである。私には想定外だった。たった10点差。よくここまで追い込んだ。しかし負けは負けだった。

      結局、同志社3敗、立命館3敗、関大1敗。そして彼が合格したのは滑り止め1校だけ。いわゆるFランク大学と言われる大学だった。福ちゃんの大学受験は1勝7敗だった。

      福ちゃんは高校の先生と進路について相談したら、滑り止めの大学へ行けと言われたらしい。その結果、福ちゃんからは、私に大学に進学するか、浪人するか迷っていると相談があった。でも私はわざと明確な答えを出さなかった。私の答えは決まっていた。

      福ちゃんはどう考えても、世に出る人材である。私の目に狂いはない。顔が関関同立の顔なのである。彼には中途半端な進学をして、学歴コンプレックスに押し潰されてほしくはなかった。彼はいま受験で不合格になり傷ついている。しかし時が経つにつれ、傷も癒えるだろう。大学生活もそれなりに楽しむだろう。しかし関関同立と彼が合格した大学では、残念ながら就職で大きな開きがある。彼が真の挫折感を味わうのは就職活動の時なのである。「あの時、一年がんばっておけばよかった」と福ちゃんには絶対に後悔させたくない。

      進学するか浪人するかは難しい選択であるが、たとえば法律家になるとか、確固とした強い意志がある勤勉な子で、私が100%信用しきった人間でない限りは、絶対に浪人を勧める。福ちゃんがこのまま進学すれば、目標もなくただ周囲に流されて、消化不良のまま人生を送ると私は判断した。

      それに私は正直、福ちゃんが高3の夏ぐらいから、現役で合格するのは難しいという情勢判断ができていた。浪人を現実的な視野に入れていた。現役の時期は突貫工事でやろう、しかし浪人するなら福ちゃんの英語力を土台から建て直すしかない、私は福ちゃんの浪人後に向けての作戦を着々と立てていた。もちろん福ちゃんに向かっては、高3の時「浪人」などと一言も口にしなかったが。

      もし浪人するなら、浪人生活はどこで送ればいいか。ある程度学力がある高校生なら、大手予備校を薦める。新鮮な気持ちで浪人生活が送れる。しかし福ちゃんの場合英語の爆弾を抱えている。予備校では講義中心で、暗記については自主性に任されている。英語の力を同志社レベルに上げるには、私が朝から晩まで個別で福ちゃんの面倒を見るしかない。それに予備校の自由な校風に流され、4月5月6月の大事な時期をムダに過ごす危険性があった。福ちゃんの場合、英語でスタートダッシュをかけなければ敗北に等しい。

      福ちゃんは1年間、私が預からなければならない。その理由の2つ目は、国語の授業を通して、あるいは日々の雑談を通して、彼に教養を与えたかったからだ。大学生は一般教養の授業を受けている。福ちゃんに大学生に負けて欲しくない。だから政治経済文学など、私の考え方やイデオロギーを伝えて、将来の糧にして欲しかった。

      彼が浪人の道を選ぶのか、そして私の元で浪人生活を送る選択をしてくれるのか、ハラハラした。地方では浪人生活に偏見がある。また福ちゃんのお父さんお母さんが、一度彼を不合格にさせた私を、再び選んでくださるかという問題があった。

      私は福ちゃんを呼び、深刻な雰囲気の中、最終決定会議を行った。人生の分岐点になる大事な話し合いだ。

      話の冒頭、浪人したほうがいいとの意志を伝えた。福ちゃんも同じ考えだったらしく「あきらめたくないです。浪人します」と言った。

      私は彼に向けて、試験に不合格だったからといって慰めなかった。「お前にはまだ伸びる余地がある。ただ浪人は、マラソンを42.195km走ってから、もう1回走るようなものだ。たいへんだぞ。お前にそれができるか? お前が浪人したのは、高1の時遊んだからだ。お前には英語の才能が、人よりあるわけではない。狂ったようなスタートダッシュをかけなければならない。しかも基礎から戻って、合理的な勉強をしなければならない。もしお前が俺を選んでくれるなら、俺は鬼になるぞ。俺と1日5時間はマンツーマンで英語やらなければ勝てないぞ。スパルタでやるぞ、ついてこれるか?」

      福ちゃんは目を輝かせて「先生と一緒に頑張りたいです」と言った。

      私は「やった!」と思った。私の頭は福ちゃんの「英語再生計画」で、はちきれんばかりになっていた。朝と昼をたっぷり使って、学校の時間に気兼ねすることなしに、100%私の計画で教えることができる。福ちゃんも燃えている。これで1年後リベンジできる。合格した時一緒に泣ける。私も福ちゃんも、今回の受験は不完全燃焼だった。冷たくもない熱々でもない、生煮えのカキを食べたような思いだった。そんなモヤモヤが解消できる。


      福ちゃんはもう1年頑張ると言った。しかしこうなったら、徹底的にスパルタでやらなければならない。甘えは許されなかった。それには福ちゃんに覚悟を決めてもらわなければならない。私を100%信じているか、確認しなければならない。

      私は、ゆずの「栄光の架橋」という曲が好きである。シンプルな歌詞だけどいい。シンプルな歌詞だからいい。福ちゃんの浪人生活は、果たして「栄光の架橋」になるだろうか。一年後に「栄光の架橋」を歌いながら、栄光を勝ち得た気分に酔えるだろうか。
      栄光の道にたどり着くには、同志社大学に合格するには、福ちゃんを「地獄」に落とさなければならなかった。


      福ちゃんの顔を見ると、受験生活で散髪する暇などなく、前髪が目に、横の髪が耳にかかったボサボサの長髪になっていた。
      私は福ちゃんに言った。「頭を坊主にして来い」


      (続きは『難関私大・文系をめざせ!』に掲載)

       

      IMG_6549.JPG
       高3・11月の福ちゃん

       

      | uniqueな塾生の話 | 17:31 | - | - | ↑PAGE TOP
      福ちゃんのスパルタ浪人生活(1)
      0

        合格体験記は、塾の広告で一番効果が高いコンテンツの一つだ。

        合格した生徒の文章を読んで「この塾に通ったら合格できる」と憧れを抱かせ、集客につなげるのが合格体験記だといえる。

        しかし、ハードすぎる塾ならどうであろうか。講師と生徒の切った張ったのやり取りをありのまま書いて、たとえそれが合格につながったにせよ、「あそこはスパルタ塾だ、こわい」と読む人は思うのではないだろうか。

        受験は本気で立ち向かったら戦争になる。必然的に、合格体験記は戦争体験記の様相を帯びる。合格体験記を読んで塾に行きたくなる生徒はいるが、戦争体験記を読んで戦争に行きたくなる人はいない。

        私は今から、ある生徒との壮絶な「戦争体験記」を書く。

         

        福ちゃんは2年前に塾を卒業した、4月に大学3年生になった男の子である。

        福ちゃんは中学1年生から私の塾に来た。マスオさんみたいな風貌の「眼鏡男子」で、早世したフジテレビアナウンサー逸見政孝氏のような笑顔と紳士的な物腰をもつ。

        彼は明るい子でよくしゃべる。彼は一人っ子、そして島で育った「おじいちゃん子」で、小さい頃はおじいちゃんの膝で「水戸黄門」をよく見ていたそうだ。たっぷりの愛情を一身に受けてきた子だ。だから人懐っこく、年長者とも分け隔てなく付きあうことができた。

         

        授業でも嬉しそうに私の話を聞いてくれた。いつも大きな声で笑う子だった。また、福ちゃんの同級生は私のことを怖がり距離を置いた。しかし福ちゃんは気軽に自然に、大人への敬意を保ちながら、よく私に話しかけてきた。「先生は話しやすいです」と私の本質を見透かしたように、懐に飛び込んできた。

        福ちゃんを見ると、私は「ウルルン滞在記」で、島の純粋な少年と交流する都会人みたいな気分になった。島に塾を作ってよかったと、福ちゃんは私に思わせてくれた。

         

        福ちゃんは勉強面で、得意教科と苦手教科に極端な開きがあった。国語と社会はできる。読書も大好き。しかし数学が苦手で、英語に至っては福ちゃんの天敵だった。彼は中1の段階から英語でつまずいた。同級生が1学期の中間試験で100点近い点数を取る中で、福ちゃんだけは60点しか取れなかった。

        彼は小学校低学年の時も勉強が苦手で、福ちゃんの勉強面を危ぶんだ小学校の先生が見かねて家まで家庭教師に来たくらいだったそうだ。彼は人柄がいいので、先生が福ちゃんを何とかしてやろうと思わせるタイプの子供だった。小学校の担任の先生の気持ちはよくわかる。

        中学卒業時には、英語は何とか人並みになって、試験3ヶ月前から怒涛の補習をして、ちょっと危険視されていた尾道東高校にも合格することができた。「高校になってもよろしくお願いします」と私に頭を下げて、引き続き一緒に勉強することになった。

         

        しかし高校生になって、英語と数学の成績は落ち込んだ。英語も数学も模試でビリに近い。国語だけが上位で踏みとどまっていた。尾道東高からは上位10人ぐらいしか広大・岡大・関関同立には行けない。でも、福ちゃんの成績はビリから数えた方がはるかに早かった。産近甲龍でも難しい成績だった。

        私に言わせれば、彼は成績と外見の印象がかけ離れていた。彼を見たら誰が見ても、都会の難関私立大学のキャンパスで楽しそうに会話している、知的で明るい青年に思えるだろう。気難しい私とも対等に話ができる賢い男なのに、なぜか成績が芳しくない。彼の本当の姿はどちらだろうか。

         

        よし、私立を狙おう。私は福ちゃんに思いきって数学を捨てるように指示した。英語と数学を同時に得意にして、国立大学へ行くのは無理だと考えた。せめて英語だけでも伸ばして、関関同立を狙おうと考えた。

        私はいつも福ちゃんに言った。「お前は何か独特のオーラがあるから、がんばれば立命館、もっとがんばれば同志社に行けるよ」

        いま思えば全く根拠はなかった。ただ私の漠然とした印象をを口にしただけだった。

        福ちゃんはその言葉を信じた。しかし彼はテニス部で、部活の関係もあって、あまり勉強熱心とはいえなかった。高2までは定期試験前になると塾に毎日来て勉強していたが、そのほかの日は高校生活をエンジョイしていた。

         

        福ちゃんの英語のセンスは、正直言ってなかった。社会の用語は覚えられるのに、英単語はからきし暗記できない。綴りもよく間違え、高2になっても書けない基礎単語がいっぱいあった。alwaysalwysと平気で書いたりした。練習した時は書けても、すぐ忘れてしまう。

        「僕は豆知識みたいな、いらないことは覚えられるんですけど、嫌いなことは頭に入らないんですよね」

        と、福ちゃんは屈託のない人の良い顔で、あけっらかんと言った。

        文法や語法はもっとひどかった。英語の構造が全くわかっていなかった。英作文を書かせたら細かい字で英単語らしきものが無秩序に羅列してある、整序問題もメチャクチャで、論理破綻した不器用な英文しか作れない。福ちゃんが書く英文は、まるで高見盛がバレエを踊るようなギクシャクしたものだった。

        高2の終了時、英語の偏差値は30台後半。同志社は60台前半。受験まであと一年。私が福ちゃんに抱く高い将来像は間違っているのだろうか?

         

        (つづく)


        IMG_5983.JPG
        高3・6月の福ちゃん


         

        | uniqueな塾生の話 | 19:26 | - | - | ↑PAGE TOP
        スグルの大学受験(3)
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          スグルは、高1から高2になるにつれ、成績を大幅に伸ばしていった。高校でもビリから中の上まで伸びた。模試のグラフは明らかに上昇傾向を示していた。精神的な安定が、成績にも比例した。
           

          彼が高2の1月、私は足の病気で入院した。代理の人間が塾を守ってくれたが、私が塾にいる時のような緊張感は保てない。大学受験まで1年、ダッシュをかけなければならない時期なのに、途方にくれた。
          そんな私の不在時に、スグル君が映像授業を見ているとき、塾生の女の子にちょっかいを出したというタレコミがあった。
          病室でものすごく不安になった。私の入院が彼の緊張感を奪っている。病院の先生に外出許可を得ようとしたが「せっかく手術したのに、何もかもが台無しになります」と断られた。

          スグルに言いたいことが山ほどある、心は焦るのに身体は動かしてはならない。私はスグルを尾道市民病院の病室に呼んで説教した。電話やメールではなく直接言いたかった。病院のベッドで点滴中のパジャマ姿で、私は彼を30分ぐらい説教した。舞台装置が大げさだが、病室で説教したら言葉に重みが増すだろう。私の執念を彼に見せたかった。彼は神妙に聞いていた。彼はそれから、表裏なく勉強するようになった。




           

          しかし、彼は整理整頓が苦手だ。彼の自習室の専用机にはテキストが雑然と置いてあり、学校の先生が刷ったプリントがティッシュといっしょに散らばり、坂口安吾の書斎みたいだった。
          同級生のコウタロウは清潔好きで整理がビシッとしている。コウタロウが整頓ならスグルは混沌だ。
           
          もし、彼の性格を動詞にして、辞書の見出し語にしたら、こうなる。 
           
          すぐ・る【優る】”盖い激しいさま・同時に複数の女の子とつきあうさま ◆覆爐つく人を)蹴り飛ばすさま 紙や本を散らかしっぱなしにするさま・整理整頓ができないさま 
           
          そのあたりの整頓能力のなさが、今後の受験勉強の行く末に影響を与えないかと危惧した。
          また、彼は野球部だ。7月までは本格的な受験勉強はできない。広大・岡大に行くには、いかに野球と並行して勉強量を維持するかが決め手となる。 
           
          しかしスグルは本質的に、勉強はあまり好きではない。国語が嫌いで本を読むことが苦手なので、参考書を積極的に開いたりはしない。ふだんは明るい男だが、勉強中はマラソンの谷口浩美みたいな苦悶に歪んだ顔になっていた。
          高校生になって、成績がブレイクする子の大部分は読書好きな子が多い。なぜなら本を読む力は、そのまま受験参考書を読解する力につながるからである。
          読書好きの子はマックシェイクを飲む太いストローで参考書から知識を吸い込む。逆の場合はユンケルの細いストローでしか知識を得ることができない。勉強が息苦しい。スグルは、ユンケルのストローを必死に吸いながら勉強していた。
          受験が終わったあと、スグルのFacebookをのぞかせてもらったら、高3の受験期真っ最中に、「勉強やる気でねー」とか「最近、心身ともに疲れ気味」と書いてあった。本当に苦しかっただろうと思う。
           
          ただ、スグルのほかにも野球部に入った子は何人もいる。彼らは「部活に専念します」と勉強の道をリタイアした。しかし、スグルは最後まで踏み止まった。彼は自分では気づいていないかも知れないが、稀代な努力家なのだ。
          彼には小心者のところがある。しかし小心者ということは「畏れ」の感覚があることだ。危機察知能力に優れているということだ。勉強をリタイアしたら自分の人生はどうなるのか、そんな不安が彼をポジティブにしたのだろうと私は思う。
           
          そして彼を引き上げたのは、大人に対する敬意だ。彼から学校の先生など、大人に対する悪口は聞いたことがない(あの先生は変な人だと面白おかしく語るのは、さんざん聞かされたが)。彼は大人を信じている。だから大人は彼を可愛がり、いじる。大人との信頼関係がスグルの努力を引き出している。年長者と良好な関係を築く力をスグルは持っていた。
           
          さて、受験まで最終段階に差し掛かった。
          スグルは広大・岡大志望であるが、私が危惧したのは、彼がセンターの数学や国語で、問題が難しくなったら苦しむのではないか、ということである。
          彼がめざすのは教育学部の体育学科。試験は体育実技である。実技でどのレベルに達すれば合格するのか、私には情報も感覚もない。
          正直言って、体育実技など私の管轄外である。私は自転車に乗れない、跳び箱が飛べない、野球のボールをピッチャーズマウンドからキャッチャーまで投げられない、「運動神経悪い芸人」なみの運動音痴だし、体育実技を指導する資格などまるっきりない。
           
          そういうわけで、不確実的要素が強いセンターの数学・国語、それから体育実技で失敗する可能性を考え、立命館のスポーツ健康学部を絶対におさえておく必要があると感じた。
          立命館は英語・国語・日本史の3教科である。英語については高1から鍛えているので問題はない。あとは過去問を解くだけでいい。
          また立命館の古文は難しい。よほど古文に自信がある人間にしか立命館の古文は高得点を取れない。
          問題が難しいから逆に立命館の古文は捨てられる。あの古文が解けなければ立命館に合格できないのならば、立命館大生はみんな国文学者になってしまう。

          立命館を確実に押さえておくには、日本史で確実に点数を取る必要がある。彼には私立文系型の「詰め込み勉強」をとってもらうことにした。
          使用教材は山川出版社の「日本史書き込み教科書」と、iPad版「Z会の日本史」である。彼は苦痛に歪んだ悲しそうな顔をして、用語をひたすら暗記し続けた。
          しかし立命館の日本史は用語を暗記すれば得点に直ちに比例する。彼は立命館の日本史の過去問でも、得点を上げ始めた。 
          とにかく、私は彼には直接言ってなかったが、受験前の最終的メニューは、センター試験より立命館を想定したものだった。立命館を確実に取り、英語と日本史で確実に取り、不確定的要素が強い国語は勘定に入れない。

          しかし彼の第一志望は広大、第二志望は岡大である。センターの前日私は塾を休みにして、広大と岡大を訪ねた。試験前日ということで両キャンパスとも閑散としていたが、大学の敷地に向かって手を合わせた。
           
          センター試験本番、スグルは数学と国語で思うような点数が取れず、学校の先生からは第一志望の広大は難しいと判断され、岡大を受験することにした。
          岡大も体育実技がうまくいかなかったのか、不合格になってしまった。
          しかしスグルは、立命館スポーツ健康科学部に合格した。高1で学年ビリの段階から立命館に合格したのである。お父さん・お母さんには都会の私立大学という事で金銭的ご負担をおかけしてしまったが、スグルにとってはいい選択だったと思っている。

          立命館の入学試験は広島で受験したので、合格後はじめて「びわこくさつキャンパス」の近未来的な威容を見て、立命館が一発で気に入ったらしい。島のサル顔の高校生が、都会の立派なキャンパスで大学生活を送るミスマッチが、たまらなくいい。
           
          合格後、スグルと同級生のコウタロウと3人で、福山の焼肉屋でささやかな祝勝会をあげた。
          スグルとは7年、コウタロウとは6年のつき合いになるが、食事に行ったのははじめてである。私は講師と生徒の距離感にこだわるため、塾のイベントは一切しないし、おごったりしない。極めて珍しいことである。

          カラオケにも行った。あの真面目なコウタロウが「走れコータロー」をメロディラインを無視した、わが道を行く歌い方で場を盛り上げたり、歌詞の中にマンゴーとかAhAhとかいう間投詞が現れる奇妙な歌をうたったり、エンターテナーな一面を見せるのとは対照的に、スグルは桑田佳祐「明日晴れるかな」といったダンディな曲を中心に選曲していた。カラオケでは立場が逆転し、混沌のコウタロウ、整頓のスグルだった。これもまた女性にもてる「平成の火野正平」の面目躍如なのかもしれない。
           
          その後スグルに、大学生活頑張れとメールを送ったら「先生が滋賀に来てくださる時は、立命の女の子何人か用意できるくらい僕も頑張っていきます」という返事があった。
          いい体育の先生になってくれるといいのだが・・・

          (おわり)


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          | uniqueな塾生の話 | 15:46 | - | - | ↑PAGE TOP
          スグルの大学受験(2)
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                 スグルが高校に入り、私は英語でスタートダッシュをかけようと意気込んだ。

            彼は体育の先生になる目標があった。広大か岡大が志望校になるだろう。

            ところが、高校に入学したスグルは、入学早々軽い暴行事件を起こした。同級生を思いっきり蹴飛ばしたらしい。もはや勉強どころの騒ぎではない。

             

            スグルはヤンチャな男だ。逆に尾道北高は先生も生徒も真面目な雰囲気に包まれている。水と油だった。謹厳実直な進学校に「ビーバップハイスクール」のトオルやヒロシが紛れ込むようなものだ。スグルが居心地の悪さを感じたのも無理はない。彼は純情なのだ。真面目ぶってスカしたヤツに対する敵意が爆発したのだと思う。

            北高は生徒指導が厳しい。自転車の二人乗りをしただけで会議が開かれるような高校だ。巷では「北高プリズン」とも呼ばれている。もちろん「異物」であるスグルは、先生から危険人物視された。

             

            毎日のように高校の先生から尋問にかけられ、とうとう彼は高校を辞めたいと言い出した。お母さんと2人で、私のところに相談に来られた。

            彼は私の前で大人しく座っていた。彼は私をヤクザの親分とでも思っているのか、日常生活の天衣無縫ぶりを私の前ではいっさい見せず、猫をかぶっている。

             

            面談で、私は彼に「学校は絶対にやめてはならない。この就活難で高校中退なんて、どの企業も敬遠する。経歴に傷は絶対につけてはならない」と言った。


            スグルは天性の「いじられキャラ」である。私だって金本が新井をいじるように。ブログで今スグル君のことを大々的にいじっている。高校の先生も彼の可愛げがわかれば、数ヶ月すればうまくいくだろうと予感した。


            ただ、そのとき私は不謹慎かもしれないが、心のどこかで「面白い」と思った。私の経験則は、彼のように目が素直で、高校時代に荒れた男は、立ち直ると強みを発揮することを知っていたからだ。根が真面目な子が疾風怒濤の時期を過ごしたあと、台風一過の青空のような人間になることは確かなのだ。彼は台風の渦中にいるが、私の目線は上から天気図を見つめている感じだった。

            それに、いざとなったら私がスグルに真正面からぶつかればいい。「スクールウォーズ」の滝沢賢治をやればいい。私にはまだ若さもパワーもある。


            最終的には、彼はなんとか高校に残ることになった。やれやれ。

             

            もちろんこの時点で、スグル君の学業成績は最悪だった。

            彼の高1時代の模試の成績を紹介しよう。


             
             

            国数英で校内順位がビリから3番目。スタートダッシュなんてとんでもない。開幕15連敗みたいな成績である。

            実は彼には、もっとひどい点数を取った模試があって、その模試ではなんと英数国全教科で学年最下位を取っているのである。当たり前だが総合でも最下位。


            私は塾生の模試の成績は、コピーして保存しているのだが、このときはショックでコピーするのを忘れてしまった。悪い成績を取った子に対して、私はあれこれ注意するのが日常のパターンだが、この時ばかりは頭が空白になり、呂律が回らず「がんばれよ」ぐらいしか言った記憶がない。

            勉強の成績はともかく、スグルは学校生活に馴染みすぎるくらい馴染んでいった。野球部の練習も順調にこなしたし、高校の先生方も彼の面白さをわかるようになった。最初のつまずきがウソのようだった。


            彼がつきあっている女の子は頻繁に変わった。3人同時進行でつきあっているという噂も聞いた。中学高校生活を通して、スグル君の元カノの数は20人を越えるだろう。彼がもし俳優になり、太閤秀吉をやったら最高だろうと思う。
            しかし今度は逆に、高校生活を楽しみすぎるようになった。「女性問題」である。彼は女の子にもてる。スグルには「英雄色を好む」的なものがあった。

             

            彼がもてるのは、女の子に対するやさしさが原因なのかもしれない。彼は私に対しても、合格体験記に「先生に一生ついて行きます」と書いたり、カラオケに行けば「カラオケ最高に楽しかったです」とメールでほめてくれる。彼は付き合っている女性に対しても、こんな調子なのだろう。女の子の側からすれば悪い気はしない。


            私はそんなスグルを、ひそかに「平成の火野正平」と呼んだ。問題は、火野正平をどうやって大学に合格させるかである。




             

            中学3年時代のスグル

            (つづく)


                 
            | uniqueな塾生の話 | 15:55 | - | - | ↑PAGE TOP
            スグルの大学受験(1)
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              スグルが小6で塾に来たとき、正直イライラした。
               
              彼は猿顔で、眉毛が八の字に垂れていて愛嬌はあるのだが、何もかも雑だ。ノートの文字は芸能人のサインみたいだし解読不可能。目を離したらチャラチャラしているし、とんでもないヤツだと思った。小学校の几帳面な女の先生なら、彼に最低の通知表をつけるだろう。 
              しかし彼のお父さんは厳しい人だ。お母さんは柔和で知性をたたえた人だ。2歳年上のお姉ちゃんも塾生で、スグルと顔は瓜二つだが、性格は対照的で生真面目だ。


              何よりもスグルは目が善人だ。私が彼を怒ったとき、スグルの目は猛獣に睨まれた小動物のようになる。周囲の人が見れば、か弱いスグルを私が威嚇しているようにしか見えないだろう。 
              そんな理由で、彼の成績は長い目で見たら伸びるとは思っていた。彼は根が真面目なのだ。性格がパワフルで、生きる力がみなぎっている。 
               
              しかし中2のときから、彼は女の子に興味を持ち始めた。ただ、彼の興味の持ち方と実行力は、同年代の中学生を凌駕していた。彼の生きる力は勉強ではなく、子孫繁殖に向けられた。
              彼に思春期はなかった。代わりに発情期があった。彼の女性問題で、学校では職員会議、家では家族会議が頻繁に行われた。猿顔のくせに変なストレートパーマをかけ、色気づいていた。 
               
              彼が通っていた中学校は、近所でも問題がある学校と言われていた。
              たとえばスグルが中2の時、同級生の誰かが沖縄の美ら海水族館で問題を起こしてしまい、翌年からスグルの中学校は水族館から出入り禁止を言い渡され、下級生は水族館に入れてもらえず美術館に変更になったそうだ。沖縄にまで行って美術館にしか行けないのは中学生にとって面白くないはずだ。 

               
              また、普通の中学校はたいてい1階に職員室があり、1階が中1、2階が中2、3階が中3という構造になっているはずなのだが、スグルが中3のとき、中3の教室は1階に移動された。中3がワルなので、職員室に近くないと学校の治安が保てないという理由からだ。
              スグルもそんな校風の中で、自由奔放に立ち振る舞っていた。彼は先生にちょっかいを出す悪癖がある。彼は基本的にいじられ役だが、返す刀で先生もいじる。スグルをかわいがる先生は多いが、一部の生真面目な先生にとっては猿顔のウザいガキにしか見えない。 
               
              強面の私の前で、スグルは猫をかぶっていた。塾では真面目で、学校での狼藉ぶりの素振りすら見せなかった。体育会系の、鬼顧問の前では従順な生徒を、見事に演じきっていた。学校では軟派なのに、塾では硬派の殻をかぶっていた。彼の悪童ぶりは同じ学校の生徒からいろいろ聞いていたが、私は聞かぬふりをしていた。 
               
              もちろん、彼の内申点は最悪だった。入試問題はある程度できたが、内申点が足どころか全身丸ごと引っ張っていた。
              私は三者面談で、お母さんとスグルを前に言った。 
              「尾道北高の合格可能性は、消費税と同じ5%です」 
              5%とはきつい言い方だ。生徒に合格可能性0%とおっしゃったロカビリー先生には負けるが、彼は傷ついただろう。 
              しかしスグル君は奇跡的に北高に合格した。そのときの合格体験記である。
               
              「このままでは、北高に合格する確率は消費税と同じ5%以下です」中3の12月にあった三者懇談で、僕は先生にはっきりと言われた。だが、ここから頑張れば受かるといわれたので、毎日自習室に行くようになった。塾に行くたびに、先生に一言もらい、成績があまり伸びない時期には、具体的なアドバイスをくれて、全面的にサポートしてくれた。塾の自習室に毎日行っているうちに、乾いたスポンジが水をどんどん吸収するように力がつくのが実感できるようになった。そしてついに高校入試の日が来た。先生から気合のビンタをもらい実力を発揮することができた。合格発表の日は、結果が出たらすぐさま先生に電話した。北高に合格できたのも先生がいろいろサポートしてくれたからである。北高に入ったら大学受験があるけど、ずっと先生についていってがんばりたいと思う。
               
              スグルが合格して、私は安堵した。北高は真面目な厳しい学校。彼は野球部に入り、厳しい顧問の先生鍛えられる。もう心配はいらない。 
              しかし私は甘かった。彼の高校生活は、波乱に満ちたものだったのである。 
               (つづく)

               
              | uniqueな塾生の話 | 19:10 | - | - | ↑PAGE TOP
              ライトノベルで国語力〜ヨシ君のこと〜
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                中3にヨシ君という男の子がいる。

                ヨシ君は勉強が苦手だ。学校の定期試験で5教科500点満点で200点ぐらいしか取れなかった。

                背はあまり高くなく、顔が大きいアニメ体型でメガネをかけている。その風貌から私はヨシ君を「のび太」と呼んでいる。

                 

                ヨシ君は無口で、何を考えているかわからない大人しい子なのだが、なんだか妙な可愛げがあり、私がいないとヨシ君はダメになってしまうのではないか、そう感じさせる性格で、私はしつこくヨシ君を補習に呼び、時には厳しく叱り続けてきた。でも、塾の先生としては失格かもしれないが、彼の競争社会とは別枠で生きているようなユーモラスな雰囲気に、心の中ではいつも微笑んできた。

                 

                ヨシ君は時事問題に興味がない。

                情報が氾濫している社会なのに、情報を遮断して生きている。

                ヨシ君が中2の5月ごろ、東日本大震災が起きてから2ヶ月たって、時事問題についていろいろ質問してみた。

                最初はふざけて「東日本大震災で、放射能漏れをおこした原子力発電所はどこ?」と質問してみた。

                冗談のように簡単な質問だ。しかし彼の答えはもっと冗談だった。

                ヨシ君はなんと「知りません」と答えたのだ。

                「本当に知らないのか」と驚いて聞いてみると、東北で大地震が起こったのは知っていたが、原子力発電所の事故は知らないという。

                 

                面白いやら呆れるやらで、あれこれヨシ君に質問してみた。

                「広島にあるプロ野球球団は?」

                「知りません」

                「野球でピッチャーとキャッチャーは味方、それとも敵?」

                「わかりません」

                「いまの総理大臣は?」

                「知りません」

                「AKB48は知ってる?」

                「それは知ってます」

                彼の時事問題ならぬ常識問題のあまりの知らなさ加減に、私はどういうわけか「この子は凄い」と感心した。勉強を重んじなければならない塾の先生としてはあるまじきことだが、ここまで常識に疎いと一種の個性である。私は思わず「ヨシ、お前は面白いなあ」とほめてしまった。

                 

                ヨシ君が入院した。

                中2の冬にさしかかる頃である。

                腸の調子が悪く、難病ということで広大病院に検査に行った。そして彼は2ヶ月入院を余儀なくされた。手術は受けなかったものの、薬で抑えながら内科治療を行った。

                もちろん学校にも塾にも行けない。彼は14歳なのに、退屈と緊張が交錯する入院生活に耐えなければならなかった。私は彼が元気になることを祈った。

                 

                ヨシ君は3月ごろ塾に戻ってきた。学力は当然のごとく下がっていた。しかし学力なんかこの際どうでも良く、ヨシ君の健康のことばかりが気になった。入院後にストレスを溜めてはならないと思い、補習で呼んだり叱ったりすることを避けた。

                入院前は「しっかりしろヨシ!」と叱っていたのに、入院後は1時間おきに「おなかの調子はどう?痛かったら無理するなよ」と声をかけた。入院前と入院後では、ヨシ君に対する私の態度は、気持ち悪いくらい180度違っていた。

                 

                ヨシ君は今では完治とまでは行かないが、病状はかなり良くなっている。この前、塾の特訓の昼休憩に、お母さんが作られた大きな弁当を食べ、それでは足りないのかヨシ君は自分の顔ほどある巨大な菓子パンを食べていた。退院してから10kg太ったらしい。

                 

                ところで、ヨシ君の成績のことである。

                入院してから彼は、意外なことに成績が伸びたのだ。驚いた。

                特に国語は、入院前は模試で20点台をウロウロしていたのだが、いまや70点以上をコンスタントに取るようになった。

                 

                ヨシ君の国語の点数はなぜ伸びたか?

                理由は入院中にライトノベルを読むようになったからである。

                 

                彼は塾の休憩中、ひっそり文庫本を呼んでいた。どんな本を読んでいるか興味があったので表紙を見ると、紫色した長髪の女の子のアニメが描いてあった。

                私はヨシ君をからかうつもりで「君はこの女の子が好きなの?」と尋ねると、「これは男です」と答えた。「これが男???」私の目からはどう見ても女にしか見えないキャラクターだ。

                ヨシ君はのび太のようなコロコロコミック的風貌をしているのに、正反対のキャラである「二次元オタクライトノベル」を読んでいる。アンバランスさに思わず笑ってしまった。

                 

                ヨシ君は、二次元オタクライトノベルを十数冊持っていて、入院中退屈なのでずっと読んでいたのだという。しかも同じ本を繰り返して読んでいたらしい。

                テレビも見ないで本を一日十時間以上読む経験が、彼の読解力のブレイクスルーにつながったのだ。模試で半年間に国語の点数が50点も伸びるなんて奇跡だ。

                いまや国語だけでなく、理科や社会にも効果が波及している。模試では20点30点台だったのに、40点から50点以上取れるようになってきた。残念ながら数学には効果がまだ現れていないが。

                 

                私はかつてこんな記事を書いたが、ヨシ君の成長は私への体を張った反証である。彼の国語力アップはライトノベルがもたらしたことは間違いない。

                活字しか友達がいない環境に放り出されたら、活字から楽しみを見出すしかない。ヨシ君がライトノベルではなく、入院中にマンガやテレビにはまっていたら、国語力のアップはなかっただろう。

                 

                最後に、これは想像だが、入院中はあれこれ物を考える。ヨシ君もベッドに寝転んで病院の天井を見つめながら、自分と向き合い続けたのだろう。死の恐怖にもさらされたかもしれない。
                彼の身体的な苦痛が、精神的成長をもたらせたのか。文章を読み取る力は、その人の苦労の大きさに比例するという面もある。国語力とは苦労して、社会の一面を知ることでもある。
                また病院で、医師や看護師や同室の患者など、いろんな大人と触れ合うことも大きかったろう。彼は挨拶も大人に対する姿勢も、入院後では見違えるようになった。

                とにかく入院してからのヨシ君は、以前の「フクシマ」を知らないヨシ君とは、違う人間になった。

                | uniqueな塾生の話 | 16:39 | - | - | ↑PAGE TOP
                モナカさん
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                  ロカビリー先生の塾を、カミエス先生と一緒に再訪させていただいたが、ロカビリー先生はムエタイ(キックボクシングとの違いがよくわからない)の達人なのに、ギラギラした殺気を漏らさない方だ。細身で紳士的な物腰といい、失礼ながら強そうに見えない。

                  武道の達人の目で見たら、「おぬし、できるな」とロカビリー先生の強さを見抜くことができるのだろうが、残念ながら僕の目にロカビリー先生は「菜食主義者のギタリスト」にしか見えない。僕とロカビリー先生が並んで歩いていたら、僕の方が絶対に強そうに見える。


                  僕はタイのバンコクで本場のムエタイを観たことがあるが、ムエタイは手も足も使う格闘技だ。プロのキックが殺人能力を持つことは、格闘技の素人の私にもわかった。下手な相撲取りなら、腹の肉をブルブル震わせて倒されてしまう。あんなキックで頭蓋骨を蹴られたら、床に落とした豆腐のように脳味噌が散乱してしまいそうだ。


                  ところで、うちの塾の高3には、モナカさんという女の子がいる。
                  今年の2月から塾に来てくれた。品行方正で「おしとやか」という死語になった日本語がピッタリな女の子で、私立文系の女子大をめざしている。
                  中3のコタロウ君のお姉さんで、姉弟そろって和服が似合いそうで、コタロウ君は茶道の宗家の跡継ぎのような落ち着いた風貌をしている。


                  モナカさんの入塾面接のとき、お母様から「この子は書道をしています」とうかがったのだが、失礼ながら高校生の趣味程度だと高をくくっていた。
                  ところが、モナカさんの通っている高校のHPを見たら、トップページにモナカさんの顔が写っている。なんとモナカさんは「書の甲子園」で1位を取ったらしい。表彰式に大阪まで行ったという。
                  しかも驚いたことに北京に招待され、中国人と一緒に「揮毫するモナカさん」という写真まで掲載されていた。万里の長城を観光する姿も写っていた。想像を超えた腕なんだと、僕は非常に驚いた。


                  ところがモナカさんは前述したように、書道日本一の凄みがない。普通の女の子である。しかも僕を少々怖がっている。僕は生徒を大きな声で怒鳴ったり、泣かせたりはしないやさしい講師だが、モナカさんに声をかけると

                  僕「世界史、大丈夫か?」

                  モナカさん 「だいじょうぶです」

                  と声が小さくなる。


                  とにかく、ロカビリー先生から格闘技のオーラが感じられないように、モナカさんにも「書の甲子園」トップの凄みは見出せない。といっても僕にも書道日本一の女の子のオーラとはどんなものか、具体的な見当はつかないのだが。


                  そしてさらに驚いたのは、モナカさんの作品を見たときである。
                  モナカさんの書道作品は文字ではなかった。楷書どころか草書でもない。墨を使ったオブジェである。弘法大師ではなく、ピカソや岡本太郎の方向性の作品であった。
                  モナカさんの慎み深い性格と、アバンギャルドな作品が一致しない。


                  たとえば目に狂気をたたえたピカソのこの顔と


                  この作品はイメージが同じだし


                  岡本太郎なら


                  こんな鯉のぼりを作りそうだ


                  でも、「だいじょうぶです」 のモナカさんと、「書道は爆発だ!」的な作品は、どうしても結びつかない。

                  | uniqueな塾生の話 | 21:44 | - | - | ↑PAGE TOP
                  浪人生講師あっちゃん
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                    僕は浪人生を、講師として雇ったことがある。

                    浪人生講師はアツシ君という名で、「あっちゃん」と呼ばれていた。彼が2浪の時、1年間僕の塾で講師として働いた。

                    あっちゃんは小6から中1まで僕の塾にいた。中学受験をして国立の附属中学に合格したが、抽選で惜しくも不合格になった。あっちゃんは公立中学に通うことになり、中1の最初の中間テストで、5教科500点満点中495点を取った。

                    順調に成績を維持していたあっちゃんだが、中2になって塾をやめた。突然のことで僕はショックだった。あとで理由を聞いてみると、僕が漂わす緊張感に耐えられなかったという。

                    僕はあっちゃんを叱ったことはない。ただ自分で言うのは何だが、僕には独特の威圧感があり、この威圧感は生きるか死ぬかの瀬戸際の受験生には頼もしく感じられるようだが、そうでなければただの怖いオッサンであり、神経が繊細なあっちゃんは、いつ僕の爆弾が自分に投げつけられるか怖かったという。

                    あっちゃんの消息を聞いたのは、それから6年後である。あっちゃんの友人で僕の教え子、大学2年生の皇太子とヨン様に似たコースケ君から「ちょっとアツシが困ってるんですよ」と電話があった。

                    聞くとあっちゃんは2浪中だという。大学受験をめざしてZ会の添削は受けているが、少し塞ぎこんでいるらしい。試験を受けるのが怖くて、1浪時にはどこの大学も受験していないという。あっちゃんは近所のスーパーで、魚をパッキングするアルバイトに就いていた。

                    コースケ君は、あっちゃんをウチの塾で講師として働かしてほしいと、私に頼んできた。スーパーで魚をパックするより、塾の緊張感の中で勉強し、子供と触れ合うことで心が明るくなり、自信がつくだろうというのが、コースケ君の見解だった。

                    ただ塾講師になるには、大学生以上という条件があるのは普通だ。浪人生は塾や予備校で授業を受ける身であり、浪人生には授業させてはならない、そんな不文律がある。
                    でも、実際にあっちゃんに会ってみると、中学生時代には無口だったのが、明るく紳士的な雰囲気を身につけており、これなら講師として働けるだろうと私は判断し、あっちゃんを雇うことにした。

                    もしかしたら「あの塾は浪人生が授業をしている」と苦情が来るかもしれない。浪人生を雇うのは、大胆不敵な人事採用であることは、私も十分承知している。でもあっちゃんの学力と人間性だったら、下手な大学生や使えない社会人よりはるかにいい。あっちゃんと塾生の両方が得をする。もし父母の方から何か言われたら、きっちり説得しようと覚悟を決めていた。

                    あっちゃんは塾で勉強しながら、子供に勉強を教えていた。彼は文系だけどオールマイティーの学力を持っているので、中学生の理科を丸投げした。概して評判は良かった。僕がハードであっちゃんがソフト。連係プレイもうまく作用していた。

                    当時の中3にはK君をはじめ、勉強ができるがアクの強い子が揃っていて、何かと授業はやりにくかったろうが、キチンと仕事をこなしてくれた。
                    あっちゃんの精神状態も日増しに良くなり、コースケ君の友人思いの気持ちとアイディアに対して、僕は強く感謝した。

                    あっちゃんはセンター1ヶ月前の12月まで塾講師として働いた。僕も塾生たちも、あっちゃんの大学合格を祈った。

                     



                     

                    あっちゃんが東大文靴帽膤覆靴燭箸いγ里蕕擦鯤垢い燭里蓮沖縄だった。
                    僕は公立高校の受験が終り、骨休みに沖縄に行っていた。電話で知らせを受けたのは那覇の小禄にあるジャスコの前にある、ゆいレールの歩道橋だった。

                    携帯電話から、あっちゃんの弾けた声が響いた。

                    「いやあ、受かっちゃいましたよ」
                    「おめでとう。ようやったな!」

                    僕は思わずガッツポーズをした。
                    電話を切ったあと、僕は「ざまあみやがれ」と叫んだ。

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                    大学生講師サトシ君と昭和天皇
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                      うちの塾ではいま、大学3回生のサトシ君が、塾を手伝ってくれている。
                      サトシ君は中1からの教え子で、非常に寡黙な男であり、間違っても会話が弾むタイプではない。誠実に一つ一つの言葉を探し当てる人だ。

                      私とサトシ君の会話はこんな感じ。

                      私「サトシ君は、音楽聴くの?」

                      サトシ君「まあ、一応・・・」

                      私「どんなの聴くの?」

                      サトシ君「ミスチルとか・・・」

                      私「ミスチルの何が好き?」

                      サトシ君「『HANABI』とか・・・」

                      私「そうかあ」

                      サトシ君「はあ・・・」

                      私「・・・・・」

                      サトシ君「・・・・・」

                      彼は一生懸命、真摯に答えてくれるが、話すときサトシ君が緊張し苦痛を感じていそうなので、私はサトシ君に軽々しく話しかけないことにしている。
                      彼は無口だが、清廉さと芯の強さを兼ね備えていることは、誰にでもわかる。

                      サトシ君の話し下手な性格上、集団授業は苦手かもしれないと判断したので、彼には高2で九大理系志望の「だんご四兄弟」の長男儀、北大理系志望の背がガリバーのように高いM君相手に、数学C、2対1の個別授業をお願いしている。

                      うちの高校部は文系科目専門だが、ときどき補習という形で、有能な学生講師が帰省した時には、個別補習の形で理系科目も教えている。

                      サトシ君は中学校の時からずば抜けた秀才で、塾で実施する業者テストでは毎回全国で10番以内に入り、当然のように広大附属福山高校に進学し、京大理学部に合格した。彼の秀才ぶりは大袈裟ではなく島に鳴り響いている。

                      実は、私がハム太郎さんのブログを最初に拝見した時、もしかしたらこれはサトシ君ではないかと勘違いした。ハム太郎さんとサトシ君のキャラは、一時期私の中でダブっていた。

                      サトシ君は理系も文系も万能で、象牙の塔で白衣を着ている姿と、裁判官として黒衣を着ている姿の両方が似合いそうだ。
                      サトシ君の授業空間は、月の表面のような静寂に包まれている。別室では私と文系のF君が、小沢一郎の話とか政治ネタで大声立てて盛り上がっているのに、対照的にサトシ君とI君とM君の3人は、まったく物音を立てない。

                       (余談だが、いつも言っているようにF君は非常に感じのいい爽やかな性格の男で、誰かに似ていると日頃から感じていたのだが、3日前、F君は夭折した逸見政孝氏に話し方や面影が似ていることに気づいた。逸見さんに似ていれば、そりゃあF君の好感度が高いわけだ)

                      サトシ君の教室があまりにも静かなので、どうなっているのか気になって教室を覗いてみると、サトシ君が2人相手に、高校でもらった藁半紙の難解な週末課題プリントを黙々と解いている。サトシ君が「ボソッ、ボソッ」と解説すると、2人はうなづき、ときどき静かな声で質問をしながら真面目に聞いている。授業というより筆談に近い。
                      でも、サトシ君に解けない問題はほとんどなく、高校内容を完璧なまでに記憶していて、2人の高校生からも知の巨人的な敬意を勝ち得ているみたいでよかった。

                      サトシ君は2人の高校生が問題を解いている間、手を膝に置きながら背筋を伸ばして待っている。自習室にサトシ君が1人いると、凍てつく寸前の凛とした空気が自習室を支配する。

                      サトシ君は痩身で小柄で、ただ黙っているだけなのに、言い知れぬ威厳がある。私ですら時々サトシ君に敬語を使ってしまう。
                      こんな空気を作り上げるサトシ君はどこか、あの昭和天皇を髣髴させる。サトシ君が沈黙すると、自習室は御前会議のような緊張感が流れる。

                      サトシ君の存在は、わが塾に叡智をもたらし、何でも知っている人がいる安心感を与え、また塾の空間に清冽なイオンを放っている。
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