猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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英単語を書いて暗記するのはバカ?
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    凡才「俺、英単語が覚えられないんだけどな。何度も書いて暗記してるんだけど、難しくて」
    天才「どうして君が英単語暗記できないか教えてやろうか?」
    凡才「うん」
    天才「君に感性と記憶力がないからだ」
    凡才「えっ?」
    天才「はっきり言って、バカだから」
    凡才「お前、かわいい顔して、ひどいこと言うなあ」
    天才「事実じゃないか」
    凡才「もっとオブラートに包めよ」
    天才「僕は英単語暗記に苦労したことはない。でも君は暗記できない。これを才能の差といわずして何という? 僕は君の悪口を言ってるわけではない。客観的事実を述べてるだけだ」
    凡才「じゃあ、お前は書いて覚えないのかよ」
    天才「僕は英単語を書いて記憶した記憶がない」
    凡才「じゃあ、どうやって暗記してんだ?」
    天才「英単語が自然に頭に飛び込んでくるんだ」
    凡才「ふん。俺はどうせバカだから、書かなきゃ覚えられないんだよ」
    天才「違う。君はバカだから書いて覚えようとする。記憶力もバカだし、勉強法もバカだ。君の単語暗記法見てると、簡単な単語も難解な単語も同じ数だけ書いている」
    凡才「なんだと」
    天才「極端な話、君は’go’’contemporary’も同じ数だけ書いている。小学校の漢字練習みたいじゃないか。『スクールウォーズ』の「花」か。花花花花花。書いている間、思考停止してないか? そんなのは頭脳労働じゃなくて、ただの手作業だな」
    凡才「でも学校の先生も塾の先生も、書いて暗記しろと言ってるぞ」
    天才「あのね、先生の側から見れば、書いてる生徒は真面目そうに見えるんだよ。生徒が一心不乱に英単語書いてる姿って健気じゃないか。逆に単語眺めてるだけじゃあ、手を抜いてサボってるように見えないか? だから教室の秩序を保つために、もっとはっきり言うなら生徒を真面目っぽく調教したいがために、書いて覚えることを奨励してるんだよ」
    凡才「でも俺は見て暗記できないな。書いて暗記しないと不安だ。単語集覚える時も書いて覚えるね」
    天才「その単語集で暗記する方法が、そもそも間違ってる」
    凡才「ターゲットやシス単使っちゃ、いけないのか?」
    天才「いけないとは言わない。まあ君くらいのレベルなら仕方ないけどな」
    凡才「さっきからお前、俺をバカにしてるな。少々勉強できるからって、威張るんじゃないぞ。おまえは石田三成みたいな性格だな。まわりから嫌われて破滅するぞ」
    天才「あのねえ」
    凡才「なんだよ」
    天才「単語というものは、単体で覚えてはならない。文の流れの中で覚えるんだ」
    凡才「それはわかってる。だけど理想論だろうが」
    天才「まあ聞きなさい。君は英語はダメだけど、日本語は日常会話程度は扱えるよね」
    凡才「日常会話程度って、言うことがイチイチむかつくな」
    天才「さっき、君は『おまえは石田三成みたいな性格だな。まわりから嫌われて破滅するぞ』と僕を批判したけど、文章まるごと一気に言っただろ?」
    凡才「それがどうかしたか」
    天才「君は、『おまえ』『石田三成』『性格』『まわり』『嫌われて』『破滅』といちいち単語を意識したか? してないだろ? 単語を意識しながら話したら「おまえ、石田三成、性格まわり、嫌われ、破滅あるよ」と、日本語習いたての中国人みたいな話し方になるだろ?」
    凡才「おまえ俺をからかってるのか?」
    天才「君の言葉を冷静に分析しただけだ。君は日本語をフレーズで血肉化している。でも外国語は単語の羅列に頼っている、ということが言いたい」
    凡才「じゃあ俺にも言わせろ。日本語だったら文章まるごと自然に暗記できるよ。でも英語は外国語だから、単語帳で暗記するのは効率がいいだろ。単語から積み上げていかないと習得は難しいぞ。中国人だって日本語をマスターするのに、きっと単語暗記からはじめているぞ」
    天才「そこなんですよ。要するにだな、僕は天才だから外国語も母国語みたいに学べるわけだ。それが才能の差だって言ってるんだ。僕は英語を呼吸をするように自然に学ぶ、君は努力と根性でしか学べない」
    凡才「そんなこと言われたら、お前みたいな語学的才能を持たない受験生は、どうすればいいんだ?」
    天才「とにかく、英単語をただ書いて暗記するという、迷信からは抜け出した方がいいな。君の勉強法は、間違ってるね」


     
    | 大学受験 | 10:18 | - | - | ↑PAGE TOP
    シンプルな単語が現代文を難しくする
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      現代文は語彙が豊富だったら解きやすいが、語彙だけで解けるわけではない。現代文キーワード辞典読んで、現代文の専門用語究めたから大丈夫と安心するわけにはいかない。現代文はもっと奥深い。
       
      現代文を難しくするのは、シンプルな単語が絡み合った文章であるたとえば「ある」「いる」といった基本語が、文章を難しくする例を見よう。早稲田の法学部の問題文である。
       
      だれかが「いる」という感覚、「ある」ではなく「いる」という感覚は、すでにそのうちに、その者への問安(=安否を気遣う)を内蔵している。「いる」という表現が、「ある」の問題圏に収容できないような関係を含んでいるかぎりで、わたしたちは、ひと(他人)の安否を問う。
      (鷲田清一『悲鳴をあげる肉体』)
       
      頭が悲鳴をあげたくなるような難しい文章である。こんな軟体動物のような文書が一番敬遠されるのだ。筆者は元大阪大学総長。鷲田氏の文章をうまく説明できれば名講師と呼ばれるくらい文章が独特なので、受験生に煙たがれ、大学受験出題者に好かれている。
       
      とにかく、この文章に書かれた「ある」「いる」が理解できる人こそ、現代文ができる人だ。
      「ある」は単独で使われたら意味不明である。しかし「東京に本社がある」「言いたいことが山ほどある」「あるある大事典」「開幕まで一週間ある」と言葉をつけ足せば「ある」の意味は明確になる。「ある」の意味は「ある」単独では決まらない。無色透明な「ある」に色をつけるのは、まわりの言葉である。「ある」は好きな男性が変われば、髪型も服装も変える尻軽女みたいな、まわりに流されやすい言葉だ。
       
      鷲田清一氏の文章の「ある」の意味を決めるのは、文章の流れである。文章の流れの中に「ある」という言葉があり、この一連の流れを文脈という。「ある」に限らず、文章中の言葉はすべて文脈に影響される。文脈を読み取り、単独で取り出したらさまざまな意味にとれる言葉を、たった一つの意味に固定するのが現代文の力である。
       
      現代文は数学の論理力と、社会のような語彙の知識がミックスした科目である。論理と知識の両面でアプローチで力を伸ばしていきたい。
      まあ本当を言えば、現代文はそんな甘いものではないのだが・・・


       
      | 大学受験 | 16:17 | - | - | ↑PAGE TOP
      難関大の問題は難化している
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        京大の英語の入試問題には、毎年2問の英作文が出題される。
        1981年と2006年の英作文問題は、以下の通りである。

        1981年
        〔1〕私は、どんな本でも、読む以上は、はじめからしまいまで、途中をとばさずに、その全部を読むことを理想としている。なかなか実際にはできないけれども、そうありたいと思っている。

        〔2〕一つのことを必ずやりとげようと思うなら、ほかのことがだめになるのを嘆いてはならないし、他人の嘲笑をも恥ずかしいと思ってはならない。多くの事を犠牲にしなければ、一つの大きな仕事が完成するはずがない。

        2006年
        〔1〕ものの見方や好みは人さまざまである。たとえば、駅前のハンバーガー店は、人々にとってどのような意味を持つだろうか。多くの人にとっては、ハンバーガーを味わう場であろう。しかし、肉が苦手な私にとっては、ハンバーガーを楽しむというよりは、仕事帰りにちょっと立ち寄り、コーヒー一杯で一日の疲れをいやす、くつろぎの場である。本を持ち込み、書斎代わりに使うことも少なくない。

        〔2〕子供の頃にわたしが毎週欠かさず観たあるテレビ番組があった。その主役はどこにでもいそうな犬で、そいつがある町にふらりとやってきては、そこで起こった事件の解決に協力し、人間からほめられる前に姿を消して、また次の町に向かって旅をつづけるのだ。私をとりこにしたのは、1つの場所に安住せずに、たえず動きつづける、その姿だったに違いない。


        見比べていただけるとわかるが、1981年と比べて、2006年の問題は長く、しかも難しくなっている。
        大学入試は「ゆとり」なんかではなかったのである。

        1981年の問題は、和英辞典を引けばいくらでも語例が出ている文章だし、パソコンの翻訳ソフトを使えば7割ぐらいは得点できそうな、簡単とは言わないまでも、訳しやすい問題である。

        しかし2006年の問題は、長くて「くだけた」文章で、英語に変えるのは難儀である。頭が固いと手も足も出ない。柔軟な語学的センスが必要だ。心のどこかで和文英訳を"enjoy"する余裕がないと、お手上げである。

        1981年の問題がプラモデルを組み立てるような感じなら、2006年のは人体を手術するみたいな問題といえようか。
        2006年の受験生が1981年の問題を解いたら高得点をGETできるし、1981年の受験生は2006年の問題に対して、手も足も出ないだろう。

        とにかく京大の問題を見比べる限り、京大を受験するような上位層に限れば、学力崩壊という巷の世評に逆行して学力は向上しているのではないか?

        また、自分が属する業種を自画自賛するわけではないが、塾・予備校の講師の教え方のノウハウの向上や、講師が執筆する参考書問題集の質的向上が、大学入試問題の難化に拍車をかけているのではないか?

        優れた講師は「天性のセンス」という無意識的な領域に思えたモワッとした部分を、意識化して論理的なわかりやすい言葉に変換してきた。問題を「感覚で解く」危険性を排除することに心を砕いてきた。

        長年積み重ねた塾・予備校の先生方の教科研究・指導にかける熱意が、受験生の学力を向上させ、向上した結果やさしい問題では差がつかなくなり、必然的に入試問題は難しくなった。
        25年間、私の同輩は指導に飽くなき研鑽を続けて受験指導技術を磨き、やる気に満ちた若者がそのノウハウを吸収してきた。そんな歴史が、京大の問題の難化1つだけでも読み取れる。

        「ゆとり教育」時代は、低学力の生徒が多かったため、高校生から逆転は比較的容易だったのかもしれない。
        だが、脱ゆとり後、教科書は分厚くなり、小中学校で基礎力はみっちり教えられる風潮になった。小学校中学校で成績がどん底に落ちてしまった子が少数派になるとすれば、そんな子が高校になって勉学に目覚めたとしても、難関大学の入試問題が難しくなっている現状では、中途から一念発起して国立や難関私立をめざす「成り上がり」を実現することは、基礎力が硬いライバルがひしめく中、困難を極めるのではないか。




         
        | 大学受験 | 18:03 | - | - | ↑PAGE TOP
        歴史・文化史で画像検索しないのは手抜き
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          文化史に登場するのは、時代を代表する人物だ。

          現代なら小説家の村上春樹、アニメ映画監督の宮崎駿,iPS細胞の山中伸弥、海外ではビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズは30年後の教科書に載りそうだ。もちろんゴッホや宮沢賢治のように生前は無名でも、死後評価された人もいる。

          画期的な業績をあげたり、既存の価値観をぶち壊して新しい作品を世に出したり、時代を象徴する示準化石のような強烈な個性だけが、歴史の教科書に載っている。

           

          だけど文化史には「マルコーニ・無線電信の発明」「西田幾多郎・善の研究」といった、人物と作品・業績の丸暗記の無味乾燥なイメージがある。そんなことになるのは、紹介すべき人数があまりにも多く、教科書では名前と作品の羅列だけでお終わり、何がすごくてどこが個性的なのか、詳しい人物紹介に紙面が割けないからである。

           

          だけど最近、歴史小説の世界は織田信長や坂本龍馬といった政治史や戦記に登場するメインの人物ネタが尽きたのか、文化史を題材にした作品が多い。

          たとえば、本屋大賞を受賞した沖方丁『天地明察』は、貞享暦を作った渋川春海が主人公の小説だ。受験勉強では渋川春海=貞享暦と丸暗記でおわってしまいがちの人物だが、『天地明察』では渋川春海と関孝和のライバル関係が面白く一気に読ませる。直木賞を受賞した安部龍太郎『等伯』も、絵師・長谷川等伯と狩野永徳のライバル関係が緊張感を生み出している。

           

          ただ受験生が小説をじっくり読む時間はないので、最低限図表の活用は忘れてはならない。絵画や遺跡や仏像は写真とともに出題されるので、仏像の顔だけ暗記しても顔を知らなければ何にもならない。

           

          図表だけでは文化史の画像が網羅されているとはいえないので、スマホやパソコンで画像検索する癖は、もう絶対につけておきたい。画像検索で人物の顔を調べるだけでイメージが焼き付く。

          絵画もスマホやパソコンを最大限に利用したい。「レンブラント」「ブリューゲル」「尾形光琳」と画像検索するだけで、スマホやパソコンが美術館になる。

           

          小説なら「青空文庫」などで著作権が切れた名作がネットで公開されているから、さわりの部分だけ流し読みすれば記憶に焼き付く。谷崎潤一郎のエロさ、プロレタリア文学のグロさなど脳裏から離れないだろう。

           

          Wikiで軽く業績や生涯を眺めるのもいい。エレキテルの平賀源内など、酔って人を殺し投獄され破傷風で死んでいる。数奇な人生に触れれば記憶から離れない。

           

          どうして文化史を、人名と作品名だけの丸暗記で済ませようとするのか?

          機械的丸暗記しようとするから忘れるのである。

          画像検索は文化史の絶対的条件。アイドルだって顔写真や動画無しで、名前だけ暗記できるだろうか? 名前だけで覚えられるのは相当の記憶力の持ち主か、相当のフェチである。

          結論。文化史で画像検索しないのは「手抜き」である。


           

          | 大学受験 | 19:36 | - | - | ↑PAGE TOP
          英語音読はカラオケ
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            英語の音読が効果的だと誰もが言うが、なかなか実行できない。

            音読は英語を血肉化する。

            たとえるなら、英語音読とは、カラオケなのである。カラオケボックスで歌う気分で音読を繰り返せば、英語が自然にインプットできる。

            カラオケで好きな曲を何度も歌えば、歌詞が頭にやきつくし、節回しも本格的になる。

            同じように英語を音読すれば、英文が記憶でき、発音の節回しも覚える。英語音読の本質は「カラオケものまね」なのだ。

             

            カラオケで歌詞が暗記できる人は、英語が得意になるはず。

            とくに、若い時の記憶力には自信を持ってほしい。歳を取ると記憶力が落ちる。私の場合は25歳を境に記憶力が落ちた。

            私はサザンオールスターズ・桑田佳祐のファンだが、サザンは私が10歳の時にデビューし、30年以上第一線で活躍したバンドだ。

             

            サザンの代表曲を、リリース時の私の年齢と一緒に挙げると、

            勝手にシンドバッド 1978年 10

            いとしのエリー 1979年 11

            チャコの海岸物語 1982年 14

            真夏の果実 1990年 22

            マンピーのGSPOT 1995年 27

            TSUNAMI 2000年 32

            ピースとハイライト 2013年 45

            私はサザンを聴き倒しているが、22歳の「真夏の果実」あたりまでは歌詞を暗記しているが、27歳の「マンピーのGSPOT」くらいから怪しい。25歳で記憶力の境界があると思う。

             

            現在に至るまでサザン熱は冷めていないが、最近の曲は歌詞が暗記できない。年齢を重ねると記憶力が落ちることが、サザンの曲でわかる。

             

            繰り返す。英語音読はカラオケ。速読英単語の文章を暗記するまで音読し「持ち歌」にすれば、英語はブレイクする。



             

             

            サザンオールスターズ
            ¥ 1,650

            | 大学受験 | 18:34 | - | - | ↑PAGE TOP
            現代文嫌いほど参考書を読めないジレンマ
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              書店に行けば、ビジネス書がたくさん並んでいる。

              「三十八歳のビジネスマンが心がけておきたいこと」

              「会計学VS統計学」

              「お客様はお金を運ぶ神様です」

              「ムカつく部下を子分にする方法」

              「半沢直樹VS島耕作、出世競争に勝つのはどっち?」

              「チーママに学ぶNO2の美学」
              「ビジネスで成功した世界史の偉人たち」
              「なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?」

              「独立失敗〜強いものに巻かれないI女史と石田三成の悲劇」

              「組織人 キムタク流処世術」

              「SMAP中居正広に見る、ワンマン上司への忍耐力」

              など、サラリーマンが仕事の苦労から抜け出すヒントを与えてくれるのがビジネス書である。ゲームに熱狂する子が攻略本を読むように、大人は仕事を攻略するためにビジネス書を読む。

               

              ビジネス書を大量に読むのは、実は、仕事ができるサラリーマンである。仕事ができる人ほど活動的で、活動的であるあらこそトラブルを抱え、本にすがりつくだろう。

              仕事ができる人ほどビジネス書を読むように、現代文が得意な生徒ほど現代文の参考書が好きだ。現代文が得意だから楽しく読め、読解力があるから深く読める。

              逆に現代文が苦手な人は、現代文の参考書を読まない、読めない。せっかく著者が苦手な人のために書いた本なのに、現代文の参考書を嫌う。

              現代文が嫌いな人は、堅苦しい本を読まない。ましてや現代文の参考書など、読書嫌いが最も敬遠するタイプの本だ。現代文が嫌いなのに、得意になるために現代文で書かれた参考書の力を借りなければならない。

              そういうわけで、現代文の本は、得意な人をますます得意にし、苦手な人とますます差がつくジレンマに陥る。

               

              ビジネス書もそうだが、現代文の参考書を好んで読む人は、実は、自分の方法を再確認するために読んでいる。

              現代文が得意だということは、ある程度自分の中で現代文の解法が確立しているわけだから、何から何まで本の内容を丸呑みするわけではない。この本のここは同じだが、あそこは違う。そんな風にして読んでいる。本と同じ部分が自分の考え方をより強固にさせ、本とは違う部分は取捨選択して取り入れる。現代文の参考書を読める人は、自分の方法論を微調整するために読む。

              現代文の本は、正直、どの本も書いてあることは8割方は同じだと考えていい。本に慣れた人はそんな「同じ部分」は読み流し、「違う部分」に照準を定め読む能力がある。

              逆に現代文の本に慣れていない人は、最初から最後まで同じ濃さで読まなければならない。字面を追い、本を丸ごと鵜呑みにしようとして、消化不良になってしまう。現代文が得意な人のように、本を濃淡つけて読めないのだ。

              本嫌いの人は活字を丹念に追い字面で読む。逆に本好きの人は本を映像として捉える。マーカーをつけなくても、無意識に大事な箇所が、筆者のオリジナリティを感じる部分が目に飛び込んでくる。

              本嫌いは本を文字で読み、本好きは本を映像で読む。だから本嫌いな人は読書に疲れ本を途中放棄し、本好きな人は最後まで読める。

               

              現代文が苦手な人が、現代文に対する現代文が得意になるにはどうするか?

              良い現代文講師にめぐりあえば、文章分析力がつく。数学が得意で現代文が苦手な人は特に、構成が理解できれば現代文でブレイクする可能性がある。

              また、現代文は個別指導で伸ばす方法もある。数学が苦手なら家庭教師とか個別指導がすぐ頭に浮かぶが、現代文で個別指導を受けている人は少ない。読み方の基礎段階からマンツーマンで鍛え直すのも手だ。

               

              だが最終的に、現代文には語彙という最大の敵がある。ボキャブラリーがなければ、どんな敏腕講師の名講義、マンツーマンの熱意ある個別指導も効果がない。語彙は長年積み重ねた縄文杉の年輪のようなもので、一朝一夕につくものではない。

              現代文が得意な人を目の前にしたとき、圧力を感じるのは語彙の量である。長年の読書体験が積み重ねた、鉄板のような語彙力。最終的に現代文の力は語彙に行きつく。

              現代文を伸ばすには語彙の補強が最重点課題になる。どれだけ文章構成を学んでも、語彙がなければ文章は読めない。語彙がないのに方法論だけで文章を読もうとする行為は、料理器具は揃っているのに食材がない料理、フライパンや包丁はあるのに肉や野菜が揃わない料理と同じことである。


               

               

              | 大学受験 | 11:00 | - | - | ↑PAGE TOP
              試験本番で強い平常心を保つには
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                模試を何十回繰り返しても、大学入試本番はたった一回。とくにセンター試験は一回勝負だからこそ、フィギュアスケートや体操の選手のように、転倒の危機と隣り合わせの緊張感がある。受験生は羽生結弦や内村航平と同じ体験をしているのだ。
                 
                では、どうしたら一回勝負の本番に強くなれるのか?
                本番で最大のピンチは、最初の科目で失敗した時だ。メンタルを根こそぎやられる。思考停止に陥り、今までの努力が水の泡になったように落ち込む。

                センターでは最初の地歴公民では失敗しても痛手は少ないが、2教科目の国語が怖い。国語で失敗すると気分が重くなる。次の英語で集中できなくなり、ドミノ倒しみたいに失敗の連鎖が続く。
                センター試験では休憩時間に、スマホをいじってはいけない。自分はできなかったのに「問題易化か?」「国語170点しか取れなかったぁ」という目に痛い情報はショックだ。センターは情報戦だけども、試験の休憩時間に限っては情報弱者にならなければならない。。
                 
                最初の科目で失敗して困るのは、心の張りが消えることだ。残りの科目で細部に気が配れず、消化試合のように解き方が雑になるのだ。しかも無意識に。
                アニメ作家の宮崎駿は執念深いほど強い気力の持ち主だが、それがジブリ映画の細部へのこだわりにつながっている。『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』の細かい描き込みは、粘着質と言っていいほどの緊張感の持続が成し遂げたものである。
                魂は細部に宿る。コケて緊張感が緩めば魂が逃げる。

                 
                入試本番で、適度な緊張は気力を充実させ、問題を丁寧に解く原動力になる。少々の緊張は電気エネルギー、緊張を怖がってはならない。
                本番ではふだんの力を100%出せればいいと言うが、柔道の谷亮子やレスリングの吉田沙保里は、本番中に練習の120%ぐらいパワーアップしているように見える。本番に強い彼女たちに共通しているのは、動物的な攻めの姿勢である。あれは明らかに、本番の緊張感を味方につけている。電気エネルギーをギラギラに浴びている。
                 
                だけど実際には、緊張感のバランスコントロールは極めて難しい。過度に緊張すれば重圧で頭が働かないし、逆に緊張の糸が切れたら雑になる。
                最初に失敗した時の、精神的ダメージを最小限に食い止めるには、最初からこけることを「想定内」と考えて臨むといい。センター試験の国語は失敗しやすいから「0点でもいい」と最悪の事態を想定して試験に臨もう。
                完璧を期して試験に臨めば減点されるごとに傷つくが、0点でも「想定内」と開き直れば攻めに転じられる。転倒も「想定内」である。想定内。開き直って緊張感を保つには、とても便利な言葉だ。



                 
                | 大学受験 | 20:29 | - | - | ↑PAGE TOP
                英単語は単語集で暗記か?長文で暗記か?
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                  英単語の暗記法その1は、長文の中で自然に暗記するという方法だ。
                  英語を学ぶ時、単語だけ詰め込むなんて間違っている、アメリカ人やイギリス人は、自然体で英語を習得してきたわけで。日本語が使えるわれわれだって、日本語の単語集で日本語覚えたわけではない。
                  長文読解力とは未知の単語を類推する力で、類推力は長文を読むことでしか養えない
                  類推量とは何か。英語ではわかりにくいので、日本語を例にしてみよう。
                  次にあげるのは、三島由紀夫の小説『春の雪』の一節である。
                  「兇器に使った刺身庖丁のことでございますが、松吉は職人気質のある男で、本当に使いいい庖丁をいくつか自分用に持っていて、『これは俺にとっては武士の刀だ』なぞと申しまして、女子供には手も触れさせず、自分で研いで大切にしておりました。それが、ひでさんとの事で私が悋気(りんき)をはじめましてから、危ないと思ったのでございましょう。どこかへしまい込んでしまいました。」
                  「悋気」という難しい言葉が登場していますが、難しい言葉はこれだけで、日本語読解力があるわれわれは、悋気を「狂って頭がいっちゃった」という意味だと、ある程度は類推できる。
                  英語も同じで、未知の単語があっても、文脈から類推する訓練が読解力を高める、という考え方。
                   
                  もう一つの考え方、英単語の暗記法その2は、それは英単語集で暗記する方法だ。 
                  英単語を長文で類推しながら暗記するなんて、英語が苦手な受験生の心理がわからないエリートのたわごとだ、という反論は当然成り立つ。
                  英語が得意な人なら、わからない単語が少々あっても、日本語みたいに類推できる。でも、一行に知らない単語が4つも5つもあったら類推なんかできるわけがない。金田一耕助やコナン君じゃないのだから。
                  極端な例だが、こんな知らない単語だらけの文章が読めるだろうか?
                  Messi prefiere actuar de extremo y no de ariete para descomponer a la abigarrada defensa rival.
                  英語が苦手な受験生の目には、英文もこんなふうに難しく見える。類推できるもんならやってみろ、という感じだ。
                  単語を知らないと、英文読んでて本当に不愉快だ。アサリを食べていて、砂がジャリジャリするのと同じ感覚だ。英文を読めない人は知らない単語だらけで、英文を砂入りの米みたいに感じている。まず単語集をガッツリ覚えて、砂を丹念に一粒一粒取り去るのがベター、最初から類推なんてとんでもない。
                  そういう考え方だ。
                   
                  だけど実際のところ、英語が苦手な人は、長文の中で単語を暗記するのも、単語集で暗記するのも両方嫌う。そもそも英単語の暗記自体が嫌いなのだ。
                  単語集で”insurance””confess””nutrition”と機械的に単語を1つずつ英単語集で暗記していると、ビー玉を飲み込むような苦痛を感じる。
                  しかも、単語集で消化不良のまま暗記した単語は、長文に登場した時に未知の単語に感じる。せっかく単語集を使って努力根性で暗記したはずの単語が、長文で出会うと「別人」に見えてしまうのだ。
                  ならば単語集はやめて長文を読み、意味の流れの中で単語を暗記すれば記憶に残りやすいのだろうが、長文アレルギーの受験生は長文にはもっと抵抗がある。英単語集がビー玉を飲み込む苦痛なら、長文はボウリングの玉を口に押し込まれるような拷問だからである。
                  初心者が『速読英単語』みたいな長文で暗記する単語集を使えば、痛い目に合う。
                  単語を暗記する時、英単語集は短すぎて記憶に残らず、長文は長すぎて敷居が高い。ちょうど良い長さのものはないだろうか?
                   
                  英単語集は進化しているのだ
                  かつての英単語集は現在の目から見たら「粗悪品」だ。
                  戦争直後から受験生のバイブルだった英単語集、1942年初版の通称『赤尾の豆単』(旺文社)は、ただ単に単語の意味がABC順に羅列されているだけで、例文も一切ない。
                  最初に載っているのが、アルファベット順が一番若いabandon【見捨てる・断念する】で、当時の受験生はみんなabandonだけは知っていた。abandonしか暗記しないで豆単挫折して、合格の神様から見捨てられ、進学を断念した受験生は多かった。
                  そこへ『試験に出る英単語』森一郎(青春出版社)という画期的な本が出た。この通称「でる単」はアルファベット順でなく、試験にでる順に単語が並べられた画期的な構成の本だった。intellect,conscience,traditionとアルファベット順でない配列は新鮮だった。『英単語ターゲット』(旺文社)にもこの方式は受け継がれた。
                   
                  現在、単語集で最も進化した本が『システム英単語』(駿台文庫)である。
                  通称『シス単』は、単語だけを暗記するのでもなく、うんざりする長文の中で暗記するのではない。たとえば’follow’なら’follow her advice’という、短いフレーズと一緒に暗記する、ありそうでなかった方式を考え出した。
                  フレーズで暗記すれば、長文という「現場」で使える単語力がつき、単語集で暗記した単語が長文に登場した時に「別人」に見えるリスクも少なくなる。
                  「帯に長し、たすきに短し」ということわざは悪い意味で使われるが、シス単の「単語には長し、長文には短し」のフレーズ暗記は、英語が苦手な受験生の助けになるだろう。
                  『システム英単語』が幅広く支持されている理由は、こんなところにある。
                   
                  英単語暗記、まずは『シス単』が正しい答えだと思う。 

                   
                  | 大学受験 | 18:16 | - | - | ↑PAGE TOP
                  難関私大・本番直前歴史の勉強法
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                    難関私大を受験するのは、社会が得意な人が多い。

                    と同時に、英語が大の苦手な人も、これまた多い。

                    35月の全統模試は英語45、国語64、世界史74、世界史だけは全国トップクラスで、英語は中2レベルからやり直さねばならないほど悲惨、そんな高校生はたくさんいる。
                     

                    彼らの世界史の知識はかなりのもので、イギリスの戦後の首相の名前を、アトリー・チャーチル・イーデン・マクミラン・ヒューム卿・ウィルソン・ヒース・ウィルソン・キャラハン・サッチャー・メージャー・ブレア・ブラウン・キャメロンなどと自慢げに諳んじる。

                    だが、そのイギリスで話されている言語である英語はからっきし苦手で、首相を英語で何というか尋ねてもわからない。歴史の知識はブラックホールのように吸収するのに、英語の知識は『キングダム』の函谷関のように脳が拒絶している。
                     

                    そんな受験生は、放っておくと世界史の勉強ばかりする。世界史の過去問は第一志望の早稲田の全学部だけでなく、慶応や上智の過去問も積極的にやる。

                    だけど英語の過去問は第一志望の早稲田ですら手を付けなくて、「やったら?」と勧めても「自信がなくて・・・」と及び腰になる。
                     

                    難関私大は英語の配点が高く、英語で決まる。社会に時間と興味を費やすのは戦略上不利なのはわかっている。ましてや直前に新しい問題集を手当たり次第にやるなんて論外だろう。入試は教科書から出題されるわけで、大学の問題作成者は教科書を参照しつつ問題作成するわけだから、教科書をじっくり掘り下げた方が理にかなっている。

                     

                    だけど、英国の点数がある程度あれば、受験直前に、社会の新しい問題集を片っ端からやるのが絶対に良い。

                    難関私大の社会は、「高校生クイズ」で、出場高校の生徒が、ネットとか本とかで手当たり次第に知識を吸収し、本番に備えようとするようとする。同じ本ばかり繰り返していたらクイズ王にはなれない。テレビ収録本番前には、詰めて詰めて詰めまくるはずだ。世界史・日本史の直前勉強法も、それと同じことだ。

                     

                    たしかに、歴史のやり過ぎは良くないのは承知。歴史に時間使い過ぎて、英語や古文に支障が出たらたいへんだ。

                    だが、早慶や難関私大を受けるくらいだから、簡単なことばかり繰り返す勉強は退屈だ。だったら問題解きまくったほうが楽しい。

                    ゲームだって新しいゲームの方がやり甲斐があるだろう。歴史が得意な人は1週間に1冊ぐらい新しい本をバンバンやればいい。得意教科だから時間はかからない。

                     

                    もちろん、やり過ぎには注意だ。

                    ヒマラヤ山脈への登山は、八合目からが厳しい。登山は7000m級の山より、8000m級の山は段違いに難しいという。8000mを越えたら酸素濃度は海面の3分の1である。エベレストの頂上付近には、カラフルな登山服を着た150体以上の遺体が、白い山肌に放置されている。
                     

                    難関私大の世界史・日本史も、8割以上を取るのは難しい。残りの2割は難問奇問珍問で、10割めざすのは時間と労力の無駄である。

                    とくに歴史が好きな人は、歴史の勉強に没頭してしまい、英語・国語がおろそかになる。目標はあくまで8割。英語の方がただ、9割以上取りやすい。

                    世界史や日本史を8割から9割へ上げるのは、英語を8割から9割へ上げる時間と労力の100倍必要だ。また英語嫌いの受験生は、英語を避けて世界史や日本史の「楽しい」勉強に逃避する傾向がある。くどいようだが、難関私大は英語で決まる。 

                    ヒマラヤ山脈の山の頂上に登るには、八合目の壁を超えるのが不可欠だが、難関私大の世界史・日本史の勉強では、9割・10割を狙うのはナンセンスだ。8割でいい。
                     

                    ここでちょっと矛盾した言い方になるけれど、難関私大歴史で怖いのは、8割でいいと考えていると、実際、6割ぐらいしか取れない。10割を意識してはじめて、8割が狙える。

                    8割でいいと言っておきながら、二枚舌のようで恐縮だが、重箱の隅をつつくような姿勢、「完璧主義」な心意気が、私大文系の社会には必要なのである。

                    このバランスが、もう、とても難しい。
                     

                    結論。難関私大の入試本番直前2か月からは、世界史・日本史については新しい問題集を使いまくるべきだ。勉強時間の科目別比率も、英語:国語:社会を3:2:5ぐらいにしていい。勉強時間の半分を歴史に注ぎ込んだほうがいい。直前の社会は「詰め込み教育」がふさわしい。

                     

                    ただし、難関私大の問題傾向に合った本と合わない本がある。問題傾向が研究されていない、ピントのずれた本には、絶対に手を出してはならない。

                    ピントが合った本なら、東進の世界史・日本史の一問一答。一問一答は東進のものが唯一無二だ。早慶に出そうな問題がズラズラと並ぶし、軽いコラム的な説明もあって飽きない。直前の世界史・日本史のマストアイテムである。
                     

                    一問一答と並行して、Z会の『世界史・日本史100題』と旺文社の『世界史・日本史標準問題精講』の2冊は押さえておきたい。この2冊は問題もさることながら、解説文の用語が出題される。解説が宝の山だ。

                    あとは早稲田を受験するなら慶応の、慶応なら早稲田の過去問をやればいい。早稲田と慶応では同じ用語や人名が出題される。難関私立を受けるなら、第一志望以外の大学の過去問には積極的に当たってほしい。
                     

                    新しい問題集へ果敢に攻めれば、知らない用語人名が山ほど出てくる。だけど「これ知らなかった、畜生」と叫んだ瞬間、間違った歴史用語はクッキリ頭に記憶されているはずだ。記憶するには間違えて悔しい思いをするのが一番だ。アンビバレントな心理だが、間違った瞬間「やられた!」と悔しいふりはしているが、心の中では笑っているはずだ。俺にはできると。世界史日本史の勉強にトランスすると、難問を解けなくても、爽快な敗北感をおぼえる。難問は勉強の射幸心を煽る。

                     

                    ここで、一つ忘れてはならないのは、知らない用語が出てきたら、教科書や山川の『世界史・日本史用語集』で、掲載されているか確認することだ。知らなかった用語や人名が、教科書の脚注の片隅に出ているのがわかる。(ときどき、どこのも掲載されていない難問があるのはご愛敬だが)。で、そんな用語をマークすれば、まだ入試問題や問題集に出題されていない、歴史用語や人名があるのがわかる。マーカーが引かれていない箇所こそ、入試に出題される可能性が高い。

                    教科書・用語集をただ漫然と眺めているだけではダメ。こういうアクティブな勉強こそ「教科書で学習する」というのである。

                    | 大学受験 | 20:22 | - | - | ↑PAGE TOP
                    英作文苦手を根治するには〜”吾輩は猫である”を訳せるか?
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                      ■「吾輩は猫である」を英語に訳せるか?

                       

                      私は中2の授業で悪戯心を起こし、黒板に”吾輩は猫である”と書き、英訳して下さいと指示した。

                      どう反応してくるか。

                      予想した通り、一人の生徒が「先生、”吾輩”ってどう訳すんですか」と言ってきた。

                      私は大笑いしながら、「吾輩は英語では'I'だよね。日本語の「僕」も「私」も「俺」も「おら」も「おいどん」も'I'だよ」と伝えた。

                       

                      英作文を書く時、日本語に引きずられるのは仕方ないことだが、なるべく難しい単語を使わないで、中学生ないし高1でもわかる簡単な表現にするのが、「英作文の美学」だ。

                      そんな美学を教えてくれるのが、岩波新書の『伝わる英語表現法』長部三郎である。

                      この本には「地方分権を促進する」を、どう英訳するかという話題があるが、
                      "decentralization”
                      という和英辞典を引いたら出てくる単語に加え、
                      "We will more power to local government.”
                      という、高1でも書けるような英訳が出ている。こんなシンプルな英語を書くのが英作文の底力だ。

                      また長部は「前途洋々」を、
                      ”You've your whole life ahead of you.”
                      と、四字熟語の漢語のニュアンスを、平易な英語で見事に訳している。すごい腕だと思う。


                       

                      英作文は、例文を暗記するのも大事だが、大学受験では中学・高1レベルの英文に書き換える、柔らかい頭脳センスが必要だ。

                      英作文は短文暗記が一番いいという。だが英語が苦手な、文法の知識があやふやな受験生が暗記しても、英作文の力は伸びない。機械的丸暗記では、応用問題に手も足も出ない。洋楽の歌詞をただ丸暗記していても、英作文の力がつかないように。

                       

                      ■英作文が苦手な高3生が、1年で国立大に合格した例

                       

                      英作文が苦手な高校生が、1年で英作文が書け、岡山大学に合格した例を紹介しよう。

                      数年前、英語があまり得意でない、サクラコさんという高3の女の子が塾生になった。センター模試は110点ぐらい。偏差値は50前後。志望は岡山大学文学部。岡大は2次試験の英作文の比率が高い。おそらく配点の4割は英作文が占めると考えられる。

                      だけどサクラコさんは英作文が苦手だった。模試の答案を見れば、文法や長文はある程度できているが、英作文になると意味不明な単語の羅列かもしくは白紙で、英作文の得点はほぼ0だった。

                       

                      高校の課題では、河合塾の『英作文のストラテジー』の150の英文暗記が義務づけられていた。サクラコさんは、暗記テストでは良い点を取っていた。『英作文のストラテジー』は名著で、150の例文を暗記すれば得点力が上がると評判の本だ。

                      サクラコさんは例文を丸暗記する能力はあるが、模試では暗記した英文を応用できない。「私、頭が固いです」とサクラコさんは嘆いていた。

                      日本語を簡単な英語に変える「英作文の美学」を、サクラコさんはもたなかった。美学を持つ子なら中学生でも、「この建物は建築してから何年経過していますか?」という漢語が多い日本文の英訳が”How old is this building?”でいいのだと説明すると目を輝かせるが、サクラコさんにそういう感性はなかった。

                      サクラコさんに英作文の「センス」はない。なら、センスをどうやってつけるか。

                       

                      ■英作文にしやすい日本語に変える「和文和訳」〜失敗

                       

                      サクラコさんが英作文を書けないのは、英語力以前に、日本語力にあると判断した。英作文問題の日本語を、英語の構文に近い日本語にする訓練が必要だと感じた。

                      この作業を「和文和訳」という。

                      私は「和文和訳」の方法が綿密に示されている、安河内哲也の『超基本パターン33 かける!英作文』を使うことに決めた。この本は、「財布も鍵も家に忘れてきちゃったの?」という、このままでは英文に転換しにくい和文を、「あなたはあなたの財布とあなたの鍵を両方を家に置き忘れたのですか?」という、さあ英語にして下さいといった感じの和文に変換してから、英文の模範解答を示す。

                      ほとんどの英作文参考書は、「和文→英文」と一気に飛んでいるのが、この本では「和文→和訳→英文」とワンクッション置いてある。私はサクラコさんにこの本を解かせ、240の例文を暗記させた。

                      だが残念なことに、結果はあまり芳しくなかった。例文と同じような文が出れば書けるが、模試の点数はなかなか上がらなかった。

                      直ちに次の策を打たねばならなかった。

                       

                      ■英作文の前に、整序問題〜失敗

                       

                      英作文が苦手なのは、英文法の力が足りないのではないか、私はそう考えた。

                      当然の結論である。

                      英作文を伸ばすには英作文をやるより先に、英文法を上げなければならない。

                      サクラコさんは、英文法の穴埋め問題はある程度できるが、血肉化されていない。英作文は受験英語でもかなり難度が高いジャンルだ。英文法が骨身にしみなければ英作文は書けない。英文法と英作文を繋ぐ架け橋を作ろうと考えた。

                      英作文は、白紙に英文を書く作業だ。難しい。ならば英文のパーツを与えて、それを並び替える作業から始めたら、白紙の英作文への抵抗がなくなるのではないか。泳げない子がスイミングスクールに通って、いきなり泳ぐのが難しいなら、ビート板から始めればうまくいくように。

                       

                      私はサクラコさんに「整序問題」をやらせることを思いついた。

                      整序問題とは、単語の並べ替え問題である。”all,could,do,I,it,keep,standing,to,was”といったバラバラの単語を、正しい順序に並べ替える問題である。これなら英語の構成がつかめ、英作文の力を伸ばすと考えた。英作文より難度はかなり低い。

                      私は河合塾の『英語整序問題精選600』をエクセルに打ち込み、マウスでサクラコさんに並べ替えてもらう作業を繰り返した。整序問題のマンツーマンだ。

                      整序問題は生半可な文法力ではできない。サクラコさんは整序問題を繰り返すうち、文法問題はかなり得意になった。

                      だけど肝心な英作文が書けない。いつまでたってもズルズルと離陸しない飛行機のような状態が続いた。どうすれば空を飛べるのか。

                       

                      ■超簡単な英文を瞬間的に書けるまで暗記〜成功

                       

                      サクラコさん以外の塾生たちは、中学校からうちの塾に通っている生徒が多く、英作文も結構書ける。だがサクラコさんは高3から来た子だ。差が大きい。

                      他の塾生が英作文に抵抗がないのは、中学時代に英語の教科書を強制的に暗記させられたからだ。教科書を「将来役に立つから、だまされたと思って覚えろ」と厳しく叩き込んだ。高3になって中学時代の暗記の苦労が、私の予言通り大いに役に立っている。

                      だが、さすがに中学生の教科書を暗記させるには気が引けた。もっとシンプルな短文がいい。

                       

                      私が選んだのは、『瞬間英作文』森沢洋介(ペレ出版)である。この本は、簡単な英文をスピーディーにたくさん作れば、英語が話せるようになることが目的の本だ。

                      都会の大手書店ではビジネス書の隣に置いてあり、英語が苦手なビジネスマンに圧倒的支持を得ているベストセラーで、中学レベルの簡単な英語で書かれているため、中学生の暗記用教材にはピッタリなのである。

                      『瞬間英作文』には、たとえばこんな例文が出ている。

                       "She had the waiter bring glass of water.”

                      (彼女はウェイターに水をいっぱい持ってきてもらった)

                      この英文、意味はすぐに取れるだろうが、日本文を見て、瞬間的に英語に訳せる受験生は少ない。英作文に上達するには、簡単な英語を瞬間的に無意識に思い浮かべる力がいる。

                      私たちが数学の問題を解けるのは、掛け算九九が血肉化し無意識に出てくるからである。英作文も同じことで、中学生レベルの短い文章をインプットしていないと、複雑な英作文のアウトプットは無理なのである。

                      『瞬間英作文』は英作文において、いわば掛け算九九の役割を果たしている。

                       

                      私は高3のサクラコさんに『瞬間英作文』を暗唱させた。この作戦は当たり、英作文の苦手意識もなくなり、岡山大学文学部に無事合格できた。

                      英作文が苦手な生徒に、難しい英文を暗記させても効果は薄い。整序問題でも抜本的対策にならない。

                      「英作文の美学」を実現するには、中学生の英語を掛け案九九のレベルまで暗記することから始めるべきだ。英作文が苦手な高校生は、”How old is this building?”という簡単な例文さえスラスラ出てこないという事実を知っておかねばならない。

                      英作文は中学生〜高汽譽戰襪留冓犬能颪のがいい。だが、それには中学生レベルの例文が叩き込まれているのが前提。英作文はパクリ。ただし中学生レベルの簡単な文をパクれ。


                       

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