猫ギターの教育論

尾道市向島の塾「US塾」塾長のブログ 早稲田大学・開成高校出身 本音が飛び交う、少し「上から目線」の教育論
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「かんぽの塾」
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    麻生首相は郵政民営化に反対だったと本音を吐露し、最近存在が目立たなかった小泉元首相を、政治のカンを著しく欠いた薮蛇のような自爆発言で敵に回してしまった。
    鳩山総務相も「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却に反対を唱えていて、首相と総務相がそろって郵政民営化に対して「反動」的な対応を取っている状況だ。

    ところで「かんぽの宿」は、宿泊者からすればコストパフォーマンスが高い、良心的な宿ではある。建物は立派で、料理は水準以上だし、温泉などの施設も充実している。
    「かんぽの宿」は宿泊客に「安い値段なのに、いい宿だった」と感じさせる宿泊施設である。たとえば旅館では18000円ぐらい取られるようなサービスが、14000円で受けられる。

    その差額の4000円分が国庫負担であり、また「かんぽの宿」は郵政省の天下り先で、税金を無駄遣いし財政を圧迫してきた。
    民営化によって「かんぽの宿」はおそらく値上げするだろうから、民間の旅館と同じ「適正料金」になり、民営化で宿泊費用が上がる代わりに、国庫の負担が減るというからくりである。郵政民営化の成果である。

    いままで「かんぽの宿」の存在は、民間の旅館を圧迫してきたに違いない。国がバックについている、安い宿泊費で赤字体質でも経営が成り立つ宿泊施設が同じ地域にできたら、民間の旅館は血を流すような企業努力を迫られる。

    たとえば塾業界だったら、もし「かんぽの塾」ができたら、われわれ民間の塾にとって相当な脅威になる。

    公共事業で建設された、瀟洒で立派な建物の塾。採光性にあふれたガラス張りの塾や、木のぬくもりを感じる丸太小屋のような塾。
    先生は学校の教員の天下り。授業料は民間の塾よりも安く設定され、赤字は国や地方公共団体が補う。宣伝広告は、市役所が各家庭に撒く広報誌が利用される。
    そこに「収入の少ない家庭の子を救う学び場」という良心の旗印があれば、誰もが表立って「かんぽの塾」を非難することが難しくなる。

    「かんぽの塾」なんかできたら、それは「無駄な公共事業」と「天下り」と「民業圧迫」の三重苦のような困った存在である。
    旅館を営む経営者たちは、よく「かんぽの宿」の存在に耐えてきたと思う。国が背後についているため価格競争に図抜けて強い、国民の保養や福祉が目的という正義を旗印にしたライバルを相手にするのは、相当な努力が必要だったろう。

    私はオリックスへの一括売却に異を唱えた鳩山総務相の功績は尊重する。「かんぽの塾」が大手塾にただ同然の値段で売却されたら、零細個人塾のダメージは計り知れない。
    だけども「かんぽの宿」が今後も「国営」のままで存在し、民業を妨害することにも、強く反対したい。
    | 軟派な教育論 | 20:39 | - | - | ↑PAGE TOP
    大手塾・問題児のナイスな対処方法
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      大手塾に勤務されている、winter orion先生の塾に超問題児がいるようだ。

      大手塾の先生は、たいへんだと思う。営業目的のために、困った生徒を塾に残さなければならない。まさにロカビリー先生の名言、「入塾は誰でもおいで、退塾は誰もしないで」の世界だ。個人塾だったら塾長が即決で、キチンとした対処ができるのに。

      有能な先生のモチベーションを下げ、真面目な生徒に「授業がうるさいから塾やめます」と言わせるのは最悪の教室運営である。やる気のある人を苦しめ排除する組織はまずい。

      大手塾は「信用」があるから、少々教室が騒々しくとも屋台骨は揺らがない。問題児でもいいから1人でも多くの子供を集めて、収益を新たな教室展開につなげればいい。学校にいたっては、学級崩壊しても学校崩壊は絶対にない。学校がつぶれることはない。しかし個人塾の授業崩壊は、ただちに塾崩壊につながる。

      個人塾では「教室が静か」なのは教室運営の基本中の基本なのだ。「静かな教室」なんて、語ることさえ憚られる最低限のことだ。

      とにかく大手塾は、能力の高い先生と、まじめな生徒の味方であってほしい。不真面目な生徒を何とかしようと、嫌われる覚悟でアクションを起こした先生のやる気を削いではいけない。

      ただ、私が大手塾の経営者だったら、優秀な先生にやめられるのは痛いし、生徒にもやめられたら利益が減るので困る。両者を立てて、カネのために問題児をなんとか残す「大人の方法」を考える。

      私なら、問題児クラスを作って隔離するだろう。集団授業の教室から引き離し、どこか個室を用意して「個別指導」をする。他の生徒に悪影響を与えないように、時間も変えてしまえばいい。

      問題児の保護者には「お子様のために個別クラスを作ります」と営業トークで言いくるめて、1.5倍ぐらいの授業料を取る。問題児を隔離できて、しかも問題児の親から高い費用をもらえるから、一石二鳥の方法だ。

      個室に隔離した問題児には何をさせればいいか?
      そこで、あのWEB教材の登場だ。個室でWEB映像を垂れ流せばよい。WEB教材は「驚きの低価格」なのだから、コストもあまりかからない。

      また、生徒の「監視役」は高給の講師でなくていい。時給750円で誰でもいいから雇えばいい。監視役は問題児がWEBを見てる間に、うしろで本でも読んでいればいい。
      監視役がアホ大学生なら、生徒に「勉強のWEBなんか面白くねえから、ゲームでもしようや」と言って、2人なかよくネットゲームに興じる。

      私も教室長も、個室の中で行われていることに対して、見てみぬふりをする。波風を立てないことが肝心だ。子供も親には「塾でゲームをやっている」とチクらないだろうし、もしばれたら保護者の前で「それは存じませんでいた、お子様にゲームをやらせた講師は、即刻クビにします!」としらじらしく激怒して見せ、新しい監視人に交代させればよい。

      問題児から受け取る「個別」の高い授業料−「驚きの低価格」のWEB教材代−監視役の安い賃金=高い利益、という図式が成り立ち、経営は安泰だ。

      問題児を個室に閉じ込め、WEB教材を見せ、監視人をあてがっておく方式は、誰にとっても幸福なシステムで、一石七鳥ぐらいの効果がある。

      問題児は塾でゲームができる、アルバイト監視人は子供とゲームに興じて給料がもらえる、親は子供が楽しんで塾に行ってるから喜ぶ、講師は問題児にかかわらなくてすむ、向学心のある生徒は授業が静かになって成績が伸びる、教室長は講師と経営者の中間管理職的板ばさみの苦しみから解放される、大手塾経営者とWEB教材の販売業者はもうかる。

      グッドアイディア。私はいい経営者になりそうだ。

      | 軟派な教育論 | 16:05 | - | - | ↑PAGE TOP
      「驚きの低価格」のWEB教材
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        今日郵便受けを見たら、「個別指導用WEB教材」とやらのの宣伝広告がDMで郵送されてきた。「映像WEB教材を、驚きの低価格でご用意しました」という触れ込みである。

        ところが、チラシのどこを見ても、「驚きの低価格」がいくらなのか出ていない。価格は弊社までお問い合わせ下さいと書いてある。

        「驚きの低価格」とは、いったいどれくらいなのか?
        1ヶ月1000円なら文字通り「驚きの低価格」で納得するが、電話して聞いてみたら「驚きの低価格」どころか「びっくり高価格」の可能性のほうが高い。「1ヶ月30000円」などと、とんでもなく高い値段を吹っかけられたらどうしよう。

        先日私は、費用がHPやブログに書かれてない、電話やメールで問い合わせないと、授業料も諸費用もわからない不透明な仕組みになっている「ぼったくり塾」について書いた。

        「ぼったくり塾」も、今日送られてきたWEB教材も、どうして最初から価格をはっきり書かないのか不思議だ。私の知らない塾経営用のビジネス書に「価格は広告には書くな。問い合わせがあってから答えよ」とでも書かれているのか。問い合わせたら、しつこいDMに電話攻勢、それに迷惑メールの波状攻撃が押し寄せてくるにちがいない。

        ところで、この「個別指導用WEB教材」を売ってる会社は、セミナーを全国各地で展開しているらしく、「塾長一人で個別指導塾ができる」と書かれている。
        要するに塾には塾長一人しかいなくて、パソコンが数台置いてあって、生徒には「個別指導用WEB教材」の映像を見せるだけ、そんなお手軽経営のすすめをセミナーでやるのだろう。

        私は個別指導について、あまり事情がよくわからないので素朴な疑問で恐縮だが、WEB教材なら、塾に行かなくても家で見ればいいのではないか。「個別指導」と称する塾に通って、月額2万3万払ってパソコン見るだけなら、お金がもったいない。WEB教材を家庭に売れば、塾という中間搾取もなかろうに。

        つまり、塾長一人の個別指導塾での塾長の役割は、生徒を見張る「監視人」にしかすぎない。だったら塾長には教科力などいらず、肉体的な「強制力」が強い人を選べばいいではないか。日本相撲協会を辞めたばかりの、屈強の元力士でも雇うがよい。

        なんか「塾長一人の個別指導」といい「驚きの低価格」といい、突っ込みどころ満載のDMだった。

        とにかく、いまから塾を経営しようとする人は、補助教材ならともかく、塾のメインにWEB教材を使うような志の低さではダメだ。
        WEB教材に依存しすぎて、教材を作っている会社が路線変更したり、倒産したらどうするのか。WEB教材会社の「下請け」になってはならない。

        中学生の塾をやりたいが、教科力に自信がない方は、もう1回大量の入試問題を解いて学力を詰め込み、教壇の前に立つ心意気が欲しい。
        デジタルで楽して儲けようとするより、アナログ授業で苦労して働く方が、実は経済的にも成功する確率が高いし、また仕事のやり甲斐がまったく違う。
        | 軟派な教育論 | 23:12 | - | - | ↑PAGE TOP
        ぼったくり塾
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          どうして塾の広告やHPに、費用をキチンと書かない塾があるのだろうか?
          不思議だ。

          1ヶ月の授業料だけチラシに載せて、夏講・冬講・春講の費用を併記しないのか。年間の総費用をバシッと書かないのか。講習会の費用や「諸設備費」とやらは、そんなに高いのか?

          予備校や良心的な大手塾・個人塾では、HP上で授業料は明らかになっている。費用がガラス張りになっている塾は、良心的な匂いがする。

          私の塾でも、広告に費用はちゃんと記載してあるし、新学期に生徒に「年間授業料詳細」という紙を渡して、年間の授業料やテキスト代を明確にし、年間の総費用の合計額も明記している。

          たとえHPで授業料が記されてない塾でも、集団塾・個別指導塾にかかわらず、ほぼ満員状態の塾は、「常識的」な授業料で塾が運営されているのだろう。カネの事はあえて言わないみたいな、どこか気風の良さすら感じる。

          問題なのは小規模の個人塾で、HPやブログに「教育方針」を粘着質な文章で長々と書いておいて、「詳細はお電話で」みたいな塾は怪しい。
          電話で費用をおそるおそる尋ねてみたら、1ヶ月4万円とか、暴利のような答えが返ってくるかもしれない。

          もちろん塾の費用は、需給関係で成り立つものだから、双方が納得すれば構わない。私があれこれ口を出すことでもない。

          ただ、この手の塾で授業料が明記されていない理由は、おそらく塾長に授業料が法外だという意識があり、HPやチラシに値段をズバリ掲載したら問い合わせがないだろうと、自分でも予測しているからである。よほどの実績がない限り「1ヶ月4万円」の個人塾に消費者は寄り付かない。

          授業料を問い合わせてみて、「1ヶ月4万円」と告げられたら場が凍るが、その後は塾長の、表面上はソフトだが実は腹黒い「営業トーク」で丸め込まれる。

          また授業料が秘密主義だと、同じ時間数のコマを取っているのに、A君とBさんで授業料が違うということが起こり得る。
          「この保護者は、吹っかけやすいな」と思ったら5万円、「ちょっとうちでは4万は無理かもしれません・・・」と言う保護者には3万5千円にダンピング。これではまるで中国の値段交渉みたいである。

          もちろんこんな悪徳塾は架空の世界にしかないだろうが、授業料が明記してない個人塾では、十分可能である。うちの塾は怪しいと感じたら、他の親に費用のことをそれとなく尋ねてみればいい。

          塾長は「うちは高級寿司屋だ」みたいな意識なのだろうが、第三者からみたらビール1本2000円の「場末のぼったくりバー」にしか見えない。

          くだらない下衆の勘ぐりされないように、塾の費用はガラス張りで、授業料いくら、入塾金いくら、テキスト代いくら、補習の費用はいくら、講習会の費用はいくら、全部明確にして公表するのが一番わかりやすい。

          塾の費用が不明瞭な塾には、何かしら問題があると、疑って近寄らないのが子供のためだ。

          | 軟派な教育論 | 00:18 | - | - | ↑PAGE TOP
          個人塾塾長は二重人格
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            個人塾の経営者は、1人何役ぐらいこなさなければならないのか?

            よくDMの宛名に「US塾テスト担当者様」「US塾営業担当様」と書かれているが、全部私のことだ。DMを出す側は、わが塾をどんな規模の塾だと想像しているのか?

            まあ、個人塾の塾長には覚悟してなったわけだから、一人百役ぐらいはこなす自信はあるが、1人でやってると時に滑稽な目に合う。

            たとえば、授業中に怖い声で説教している時、入塾電話がかかってきたらどうなるか。私の塾は基本的に私一人しかいないから当然電話番も私だ。授業中でも電話が鳴れば、取らなければならない。

            「(怒気バリバリの低音で)おまーら、このクサレ外道が。どぎゃーな頭しよるんなあ! やる気ない奴は、はよーいねえや」

             (プルルルル 電話の音 受話器を取る)

            「(急にやさしい高音で)もしもし、US塾でございます。入塾のお申し込みですね。塾長の猫ギターと申します、よろしくお願いいたします」

            説教中でも電話が鳴ったら、一瞬にして怖い声からやさしい声に声色を180度変えねばならぬ。いくら怒気のボルテージが高い状況とはいえ、父母の方からの電話に不機嫌な声で「いま取り込み中じゃあ、わかったか、ボケ」という対応をするわけにはいかない。

            私がそんなんだから、生徒に二重人格だと言われたことがある。
            ある大学生の教え子に、私の説教中の電話の受け答えの物真似をされたことがある。
            「おまーら、ボケか!(電話、ガラリと声を変えて)もしもし、US塾でございます」
            説教中は高飛車でエラそうな声が、電話の受話器を取った途端感じのいい営業マンの声に早変わり。

            1人で塾やってる立場上、いたしかたない振る舞いとはいえ、生徒達は私のことを、裏表のある人間と見なすのだろうか?

            | 軟派な教育論 | 14:06 | - | - | ↑PAGE TOP
            BOOK OFFの新品同様の問題集
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              BOOK OFFのような古本屋で、私はときどき参考書や問題集、辞書や赤本の掘り出し物があるか見て回る。
              「ジーニアス和英辞典」を350円で手に入れたり、4〜5年前の立命館の赤本なんかが100円の捨て値で売られてたりすると、宝を掘り当てたような気になる。

              赤本の最新刊は3年から7年分しか収録していないので、それ以前の問題が掲載された古い赤本はとても重宝する。古い赤本を購入するために、Yahooオークションを使うこともあるが、BOOK OFFに古い赤本があると嬉しくなってしまう。

              勉強熱心な受験生が残した参考書や問題集や赤本は、汚れてBOOK OFFでは買い取りしてくれないだろう。本のキレイさで買取価格が決まるBOOK OFFでは、薄汚れた赤本に貨幣価値はない。
              でも壮絶な受験勉強を戦った本人や、それを見守った塾講師には、使いこなした本は、かけがえのない宝物である。

              ところでBOOK OFFには、最初の10ページぐらい手垢がついて、書き込みがあったりすろのだが、残りのページは使用した形跡がない、挫折の痕が生々しい問題集がよく売られている。
              特に数学・物理・化学の難しい問題集に挫折傾向が強く、なんだかほほえましい。

              その一方で、全く使用した形跡がない、挫折の痕すら見つからない問題集が、かなりの量売られている。今日私が買った化学の問題集は新品同然だった。
              この新品同様の問題集を売った人は、どうして買い、売ったのだろうか?

              これだけ綺麗だと、もしかしたら誰かが万引きしたものを、BOOK OFFが買い取ったのかもしれないと疑ってしまう。
              しかもBOOK OFFの棚には、Z会の「日本史100題」「世界史100題」「地理100題」の3冊が、新品同様で仲良く並んでいた。誰かが3冊同時に売ったようにしか見えない。

              このZ会の「日本史100題」「世界史100題」「地理100題」3冊を同時に買うケースは、あまり考えられない。これらの本は私立文系用で、日本史なら日本史だけと、ふつう1教科しか買わない。社会3教科を勉強するのはナンセンスだ。とにかく3冊とも新品同様なのは、あまりにも不自然すぎる。

              盗んだ人は、万引きして中古屋に売って、小遣い稼ぎをする意図なのだろうが、書店で万引きするなら、マンガが高く売れるので、慣れた人間はマンガを万引きすると思う。
              ただ学習参考書売り場は、たいてい本屋の奥まった場所にあり閑散としていて、周囲を見渡しても店員や他の客はあまりいないし、万引きしやすい環境ではある。

              なんだかBOOK OFFの学習参考書コーナーは、万引きされた本でいっぱいのような気がして、「新品同然だ」と喜び勇んで買う私も、犯罪の片棒を担いでいるみたいで、ちょっと困ってしまう。
              | 軟派な教育論 | 17:35 | - | - | ↑PAGE TOP
              問題ある「受験生の宿」
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                私はあちこち旅行するのが好きなので、各都市には定宿があり、その中でもお気に入りのホテルを、大学受験生に勧めている。
                基準は、10000円以下の、築5年以内の綺麗なホテルで、近くにコンビニやファーストフードの店が立ち並ぶ繁華街があるロケーションがいい。

                ただ東京だと、新宿や渋谷は騒々しく、安いビジネスホテルはアジア観光客がメインのホテルが多いため、新宿や渋谷で静粛なホテルを探すとなると、最低でも1泊20000円はかかる。「パークハイアット」や「セルリアンタワー東急」は、受験生の宿としてはいささか高級すぎる。

                私が好きなのは「ホテルメッツ」で、JR東日本経営で駅の敷地内にあり、しかも新築なので、私が東京を訪れた際は「ホテルメッツ」に泊まることが多い。
                メッツは渋谷・赤羽・目白・高円寺・武蔵境・国分寺・田端・立川などにあり、中央線・山手線沿線なので各大学への交通の便も良く、また値段的にも「旅の窓口」で予約すればシングルで10000円以上にはならず、リーズナブルで快適なホテルだ。

                ただ、今回、東京の私立大学を受験するY君のために予約した「メッツ武蔵境」の「受験生応援プラン」には驚いた。



                「シングル喫煙ルーム」とは・・・ 禁煙の部屋が満室だったのだ。

                左手に「シス単」、右手にマルボロを手にした受験生は、絵になるのか絵にならないのか。
                | 軟派な教育論 | 18:32 | - | - | ↑PAGE TOP
                スポーツ音痴と数学嫌い
                0
                  僕は得意なことなら困難な努力を厭わないが、苦手なことは見向きもしない。
                  変にプライドの高いところが、そうさせるのだろう。

                  僕は極度の運動音痴だ。野球をやってもピッチャーマウンドからキャッチャーへ球が届かないし、ノックバットでノックを打とうと思っても空振りする。逆上がりもできない。サッカーなら身体が大きいというだけでいつもキーパー。ドッジボールをすれば顔面にボールが当たる。自転車にも乗れやしない。
                  いまでこそギャグになるが、小学生時代の体育は、劣等感を植え付けられる場以外の何者でもなかった。

                  だから僕は人生において、いっさいのスポーツを拒絶して生きてきた。
                  (中学高校の運動会は身体が大きかったので騎馬戦や棒倒しで活躍したけど)

                  特に球技がダメだ。僕には動いているボールがよく見えないのだ。一番ダメなのが卓球だ。僕はピンポン玉を打ち返す能力がまるでない。

                  気になったので、30代前半に動体視力を測ってもらったら、僕の動体視力は極端に悪いことが判明した。球技をこなす最低ラインの数値もないという。

                  動体視力は、たとえば0.1秒だけ表示される8桁の数字を答えるという検査で計測できるのだが、イチローは7桁まで正解したという。ほかのプロ選手は平均4桁までしか答えられなかったらしいから、イチローの動体視力が、いかにずば抜けていることがわかるだろう。

                  僕の動体視力が破滅的に悪いと聞いて、スポーツができないのが努力不足でないことがわかって安心した。自分が決して「ダメ人間」でないことがわかった。

                  生まれ変わったら、球速161kmのボールを投げられる、野球の天才になりたい。

                  また、僕に一番劣等感を植え付けてくれたのが数学だ。
                  小学生時代は算数はできた。開成の入試でも9割、ラサールでも8割5分取れた。でも中学に入って、数学でとてつもない同級生がたくさんいた。

                  音楽家を目指して音楽学校へ行ったら、周囲がみなモーツァルトみたいな感じだった。数学をやればやるほど「負ける」ことを意識して苦痛だった。

                  僕が小学生時代に算数ができたのは、努力の賜物だった。
                  僕は6年生の時、広島の塾へ日曜日だけ通っていたのだが、午後の質問教室で算数の松原先生という方に喰らいついて、わからないことを片っ端から質問した。松原先生には本当に感謝している。勉強は深夜2時までやった。

                  でも、中学校には天才がいた。天才は定期試験の問題でも、10分で解いてあとは寝ていた。コンピューターに記憶力でかなわないように、何をやっても勝てないと思った。努力の無力を身体の底から感じた。

                  それで数学から逃げてしまった。中2から高3まで、家で数学はほとんどやらなかった。数学は5年間合計で10時間ぐらいしか勉強していない。赤点を取るのは嫌だから、最低限の勉強しかしなかった。意地でも数学なんて勉強すまいと思った。

                  小学生時代にスポーツを封印し、中学校で数学を遠ざけた。

                  塾を開いたとき、中学受験の算数は一応できたが、数学がまるっきりわからず、さすがに数学ができないのはまずいので、中学数学と理科を系統的に1週間勉強した。正直言って、大手塾にいる時は、解の公式も円周角の定理も知らなかった。

                  いま考えると、変な劣等感に病的に悩むことなく、数学をキチンとやっておけば良かったと思う。あまり上を目標にし過ぎるのは、精神を圧迫する。
                  できる科目は自分は天才だと思い込んで華やかに、苦手な科目は努力を重視して泥臭く、とにかく苦手な分野は、3番手・4番手くらいで喰らいつくぐらいの意識が必要だ。


                  | 軟派な教育論 | 20:42 | - | - | ↑PAGE TOP
                  福山雅治と宮崎あおいは最高の個人塾講師
                  0
                    個人塾の先生って、やっぱり学力バリバリって人が格好いい。
                    たとえば英語のスペシャリストの、こちらの先生とか。絶対的なプロ講師だ。
                    大学受験においては、専門家に教えを請うと成績が伸びるのは当然だ。

                    ただどんな専門家でも、専門ではない分野を教えるとイマイチな場合が多い。現代文の専門家は現代文を、物理の専門家は物理を教えるのがベストだ。
                    イチローは野球はうまいが「イチローのテニス教室」はないだろうし、いくら凄腕の英語講師でも「高橋先生のバレエ教室」はシュールなホラーだし、「中田英寿の相撲道場」は弱そうだし、「朝青龍のサッカー教室」はスキャンダラスだ。

                    学力が弱そうな先生の塾は論外だ。「麻生太郎の漢字塾」は誰もが敬遠する。


                    ところで、有名人が個人塾の先生になったら、どうなるか。
                    明石家さんまが個人塾の先生になったら、楽しい授業で生徒の人気を獲得するだろう。生徒をどんどん指名し、笑い者に仕立て上げ、とにかく生徒いじりはお手のものだ。

                    しかし、さんまの塾は生徒の成績が上がりそうな気がしない。さんまは飛び切りの笑顔で「おまえアホか」と生徒に言うだろうが、ホンマにアホになりそうだ。

                    島田紳助はいい先生になるだろう。クレバーだし話のうまさはピカイチだ。でも不感症で暗い、勉強が苦手でプライドだけ高そうな女子生徒にキレてしまい、暴行を働き問題になりそうだ。

                    ビートたけしは、むさ苦しい、もてなさそうな男ばかり揃った塾を作りそうだが、塾生を連れて消火器とカサを持って殴り込みをかけ、塾生を前科者にしそうなので怖い。

                    西田敏行は人情味あふれるいい先生だ。生徒が素晴らしい点を取ると「お前、英語45点から71点に上がったんだ。よく頑張ったなあ。何て偉いやつなんだお前は。先生、感激したよ」とグジュグジュに泣き出す。ただ、ちょっと暑苦しいのが難。

                    小島よしおはブラウン管を通して見ると面白いが、教壇に立つ姿を生身で見ると変質者以外の何者でもなく、早稲田の学歴も通用しない。世界のナベアツに至っては数学の授業が成り立たない。

                    松本人志は気難しそうだが、「すべらない話」で見ればわかるように、若手芸人が面白い話をした時、心から嬉しそうに笑う顔がいい。若手芸人もネタを松本に笑われて嬉しいだろう。
                    誰も認めようとしない気難しい教師に「お前だけは違う」とほめられたら、たぶん生徒は気分がいいに違いない。

                    いい個人塾の先生になりそうなのは、宮崎あおいである。
                    小学生時代から頭の切れる聡明な明るい子で、大学時代に大手塾でバイトし、塾の仕事にはまり大学出ても就職せずに、自宅を改造して塾を開く。あっという間に口コミで満員になる。

                    塾名は「あおいのじゅくラブ」で、家塾の前に可愛らしい、木製の小さな看板が掛かっている。松坂慶子みたいなお母さんがガーデニングが趣味なので、家塾では季節のカラフルな花が生徒たちを迎え入れてくれる。

                    親が入塾の相談に行くと「あ、私が先生やってる、宮崎と申します」とチャーミングな笑顔で迎え入れる。でも親は「こんな若い先生で大丈夫かしら」と、教室が騒がしいんじゃないかと危惧する。

                    しかし宮崎あおい先生は、生徒が不真面目な態度を取ろうものなら、瞬時に天璋院に憑依する。魑魅魍魎の大奥を束ねる天璋院にとって、小中学生のガキを手玉に取ることなど簡単だ。可愛くてしっかりした先生という評判で、親の支持を集める。懇談会には父親の出席率が高くなるだろう。

                    でも個人塾の講師として最強なのは、福山雅治である。近所に福山雅治の塾が出来たら、塾業界の木村拓哉の私といえど、強烈な商売敵になる。
                    福山雅治って「完璧な男」のような気がする。誠実でハンサムで、偉ぶらずに優しくて、でもどこか根が強そうで、歌がうまくて芝居も上手、フランクな性格で猥談をしてもいやらしくならない。

                    島田紳助の塾で暴力を振るわれ塾嫌いになった、性格の悪そうなオーラを撒き散らしている、能面のように笑わない女の子が入塾してきても、
                    「君って笑ったことある? つらい思いしてきたんだね。でも大丈夫だよ。まず勉強して自信をつけようよ。自信がついたら笑顔も戻ってくるさ。先生の笑顔を、君にあげるよ」
                    という、3ヶ月放置したクサヤのようにクサイ台詞を吐いても大丈夫だろう。閉ざされた女の子の心を開いてしまう。

                    木村拓哉の私のように、ちょっと冷たく見える突き放した愛は子供に理解できない場合があるが、福山雅治の子供を抱擁するような全面的な愛を、子供はすぐに感知することができる。

                    福山雅治の個人塾は最強だ。
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                    2人で塾をやると、うまくいかない?
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                      個人塾は、塾長が1人でやっている塾と、2人の先生が教えている塾がある。
                      2人の塾は、英語・国語・社会は文系のA先生、数学・理科は理系のB先生と分かれている場合が多い。

                      ただ2人で運営している塾の場合、先生同士の人間関係は複雑だ。漫才コンビやバンドやユニットのように、結成当時は刎頚の友だが、だんだんビミョウな関係になっていく。

                      私は大手塾を独立して、2人で個人塾を作ったが、独立する時は大手塾が共通の敵として立ち塞がっているから、戦友として同志になれる。
                      しかし独立して安定期に入ると、お互いの悪い所があれこれ見えてくる。

                      中華人民共和国は毛沢東・周恩来・小平・林彪・劉少奇・朱徳など中国共産党の革命家が、日本や国民党との壮絶な戦いに勝利して建国された国家である。
                      革命の真っ最中は一枚岩で、親兄弟よりも濃い関係だった。

                      しかし建国後は、共産党幹部の間で粛清が繰り広げられた。劉少奇や林彪は激しい権力闘争に敗れ変死した。

                      個人塾の場合も中国共産党の権力闘争ほど深刻ではないが、共通の敵・大手塾に勝ったあとで、仲間同士の絆に亀裂が走り、仲違いする点では同じである。
                      最も信頼できる人間が、塾開業後には、最もイラつく人間に変わってしまうのだ。

                      同じ年代の2人が一緒に塾を始めると、2人のうちどちらかが経営権を握り、もう1人は教務に専念というケースが多いが、経営者と非経営者では立場が違うので、意見がまるっきり合わなくなる。

                      経営者は与党、非経営者は野党、そして経営者は資本家、非経営者は労働者、構造的な断絶が両者の間に広がる。

                      経営者は銀行とか不動産屋とかあちこち回らなければならないので、自然に社交的な性格になり、交流が広くなる。非経営者は生徒と保護者の相手しかしないため、性格が閉鎖的になりがちだ。経営者と非経営者の視野には格段の差ができてくる。経営者の方が起業をきっかけに「成長」するのだ。

                      そんな経営者からすれば、非経営者が自分に意見してくるのが気に入らない。
                      たとえば、経営者が生徒集めに躍起になり、広告を出す回数が多くなってくると、非経営者は「広告を出しすぎると、この塾生徒がいなくて苦しんでいると人は思う」などと意見する。

                      しかし経営者の側からすれば「お前の給料を払うために広告出してるんだろうが」と、差し出がましい意見に腹が立つ。
                      経営者は自分に意見する非経営者に対して「諸葛孔明みたいな参謀気取りやがって」と、うっとうしい感情を抱く。

                      経営者には常に危機感がある。順風満帆な時も、塾がいつ潰れるか井戸の底をのぞいている気分は絶えず持続する。特に生徒募集の時期には、生徒が誰もいなくなる恐怖で身が凍えそうになる。

                      しかし非経営者は、塾が軌道に乗ってくると危機感が乏しくなり、だんだんサラリーマンや公務員のような意識になる。非経営者は、生徒が空から降ってくると勘違いしてしまう。

                      経営者は塾を守らなければならないから、他国の動向に危機を感じる国家の安全保障担当者のように緊迫し、逆に非経営者は防衛に関心を持たない平和主義者になる。
                      ピリピリした経営者と、ノンビリした非経営者の関係は齟齬をきたし、最終的にはドロドロになる。

                      だからといって共同経営は良くない。共同経営していいのは、塾の規模が大きくなった時だけだ。共同経営は袂を分かつ時に、裁判沙汰になる可能性だって秘めている。離婚時に親権について争うように、塾が分裂した時、校舎や生徒の奪い合いになってしまう。

                      経営者と非経営者、文系理系コンビがうまくいくコツは、お互い没交渉で、ふだんはあまり話をせず、2週間に1回ぐらい軽い会議をやるような「浅い関係」に徹することだろう。ダウンタウンの2人もテレビの収録以外は、共通の友達も違い、ほとんど会っていないという。

                      また経営者と非経営者の間に、年齢や経験の差があれば、トラブルになりにくい。B'zのボーカル稲葉孝志とギターの松本孝弘は、年齢も離れ担当する分野も違うせいか、いっしょに飲みに行く仲良しだという。

                      私のように、相手を自分の型にはめなければ気がすまない、XのYOSHIKIのような自己中心主義者は、1人で塾をやるのが一番似合っている。

                      でも個人塾は、夫婦でやるのが一番いい気がする。寿司屋にたとえれば、寿司を握る主人は1人で、奥さんがお茶を出し赤だしを作る、個人的にはそんな塾が理想だ。
                      また教え子がときどき手伝ってくれるといい。中年の親方と元気のいい若い職人が2〜3人で店を回している。そんな塾もかっこいい。
                      寿司屋でも、似たような年恰好の頑固親父が2人カウンターに立っていると、変な緊張関係が走り、私には窮屈だ。
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